「声劇台本置き場」

きとまるまる

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二人台本↓

「夏の駄菓子屋泥棒さん」(比率:男1・女1)約50分。

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・登場人物。 

なつひ:♂ 高校生。毎年夏休みに田舎のおばあちゃん家の駄菓子屋を手伝いに来ている青年。

しぐれ:♀ 駄菓子屋に顔を出す、不思議な少女。


役表
なつひ:♂
しぐれ、少女、男の子:♀






ーーーーー




 見晴らしのいい丘の上で、しぐれは一人ポツンと立って遠くを見つめている。視線の先には、小さな電車がゆっくりと走っている。


しぐれ「……わかってるよ。絶対会いにいくから。だから……だから、来年こそは……」





 とある夏のお昼。外に出るのを躊躇うほどの日光が降り注ぐ中、蝉が元気にミンミンと泣き喚いている。
 田畑が広がる田舎道に、ポツンと佇む一軒の駄菓子屋さん。首にタオルを巻いて、額から汗を垂れ流している青年──なつひは、夏の暑さに文句をいいながら店番をしていた。


なつひ「あぁ……あちぃ……。なんであいつらは、こんな暑い中で元気にミンミンミンミン鳴けんのかねぇ……? 少しでいいから、その元気分けてくれ……」

少女「こんにちわー!」

なつひ「おっ、いらっしゃい」

少女「あっ、なつひおにぃちゃん! 久しぶり! 私のこと、覚えてる?」

なつひ「忘れるわけねぇだろ、あかりちゃん」

少女「ねぇ、いつ帰ってきてたの?」

なつひ「昨日の夜。他のみんなは、元気してるか?」

少女「うん! またみんなで買いにくるね!」

なつひ「おう。いっぱい買ってくれ!」

少女「そのかわり、またいっぱい遊んでね!」

なつひ「店番ない時な」

少女「うん!」

なつひ「今日は、なに買いにきたんだ?」

少女「えっとね、いつもの!」


 なつひは立ち上がり、お菓子が並べてある棚へと歩いていく。


なつひ「あかりちゃんは……これと、これと……これだ!」

少女「うん、当たり!」

なつひ「毎度毎度、同じお菓子食って飽きないか?」

少女「だって、美味しいんだもん! なつひおにぃちゃんがいない時も、ずっとこれ食べてるの!」

なつひ「へぇ、そうなのか」

少女「はい、お金!」

なつひ「ちょうどいただきました」

少女「ありがと! みんなに、帰ってきたって言っておくね!」

なつひ「おう。またきてな~」

少女「ばいばーい!」

なつひ「……元気なのは、蝉だけじゃないってか? 変わんねぇなぁ、人も、ここも……夏のこの、くそあちぃ感じも」


 なつひが少女を見送って店内に目を向けると、いつの間にか店内には白いワンピースを着た女の子──しぐれが、アイスの入った冷凍庫をジッと見つめていた。


なつひ「……ん? うぉぉ⁈」

しぐれ「……?」

なつひ「あっ、いや、す、すいません、なんでもないです! いらっしゃい!」

なつひ(び、びっくりした……! いつの間に店内に?)

しぐれ「……」

なつひ「……」

なつひ(白ワンピに麦わら帽子、そして茶髪のロングヘア。いいなぁ~なんか、夏って感じで!)

しぐれ「……」

なつひ(毎年店番してるけど、この子見たことないな。最近こっちに越してきたやつか?)


 しぐれは、冷凍庫から二つに分けられるタイプのアイスを手に取る。


なつひ「そのアイスにする? それ、一個──」


 なつひの言葉を無視して、しぐれはスタスタと店の外へと出ていく。


なつひ「……え? え? え、嘘⁈ ちょっ、あんた! お金! まじかよ、おい!」

なつひ「ば、ばっちゃーん! 泥棒! 泥棒だ! 女の子がアイスって……って、あいつ足早っ⁈ だーくそっ! ばっちゃん、少し店番頼むわ!」

なつひ「あのやろう……! 俺から逃げられると思うなよぉぉぉぉ!」


 なつひは、しぐれを追いかけ店を出ていく。



ーーー



 数十分後。アイス泥棒を追いかけ森の中へとやってきたなつひ。


なつひ「はぁ、はぁ……ち、ちくしょう……! 走りにくい、森の中に……逃げやがって……! この慣れた感じ……あいつ、もしかして、常習犯か……⁈ 絶対ぜってぇ許さねぇ……! 必ず俺が、捕まえてやる……! ぜぇ、はぁ……!」

なつひ「森の中は、お前のフィールドってか……? 舐めてんじゃねぇぞ……! てめぇに見せつけてやんよ……元田舎っ子の実力をよぉぉぉ!」




 数分後。余裕の顔で森の中を駆けるしぐれ。ふと後ろを確認すると、先ほどまで必死な顔して追いかけてきていた青年の姿が見当たらなくなっている。


しぐれ「……あれ? いない。帰っちゃったのかな……?」

しぐれ「……さすがに、これはやりすぎちゃったかも──」

なつひ「せーーなーーかーーがぁぁぁ!」

しぐれ「……へ?」

なつひ「ガラ空きじゃ、ボケェェェ!」

しぐれ「えぇ⁈ い、いつ間に後ろに──」

なつひ「確保ぉぉぉぉ!」


 なつひは声を荒げながら、背後からしぐれの身体に抱きつく。


しぐれ「いやぁぁぁぁ⁈ は、離してぇぇぇ!」

なつひ「離すか、ボケェェェ! 女だろうが子どもだろうが、ばっちゃんに迷惑かける奴は俺が許さねぇ! さぁ、観念して──」

しぐれ「は、は、離してってばぁぁぁ!」


 顔を真っ赤に染め、ジタバタと暴れるしぐれ。なつひの足を力任せに踏みつける。


なつひ「あだぁぁぁ⁈」

しぐれ「え?」

なつひ「あ、あ、足がぁぁぁ! おまっ、足ぃぃ!」

しぐれ「あっ、ご、ごめん。思い切り踏んじゃった……。で、でも、そっちが急に──」

なつひ「俺が悪いって言いたいのか、お前は⁈ 誰がどうみてもお前が100%悪いだろうが!」

しぐれ「そ、そんなことないよ! そっちだって、いきなり抱きついてくるやつがあるか! ひ、久しぶりに会えて嬉しいのはわかるけどさ! こっちだって、こ、こ、心の準備ってものが……!」

なつひ「……?」

しぐれ「な、なによ、ジロジロと見て……?」

なつひ「あ、いや、久しぶりって……俺ら、会ったことあったっけ?」

しぐれ「……」

しぐれ「……そっか」

なつひ「ん? どうした?」

しぐれ「ううん、なんでもない! ごめんごめん、よく見たら人違いだった! あははは!」

なつひ「笑って済むことじゃ……って、んなことはどーでもいい! てめぇ、盗んだアイス返せよ!」


 しぐれは、アイスではなく小銭をなつひに差し出す。


しぐれ「はい」

なつひ「……え?」

しぐれ「このアイス、70円でしょ? はい」

なつひ「お、おう。ったく、払うなら店で払えよな」

しぐれ「あはは、ごめんごめん」

なつひ「今回だけは許してやるよ。次やったら、マジで許さねぇからな!」

しぐれ「うん」

しぐれ「……ねぇ」

なつひ「ん? なんだよ?」

しぐれ「……少しだけ、お話しない? 少しでいいから」

なつひ「……ごめん。俺、さっさと店戻らないとだから」

しぐれ「……わかった」

なつひ「じゃあな。次はちゃんと、店の中で金払えよ~」

しぐれ「うん。バイバイ」

しぐれ「……」


 顔を俯かせるしぐれに背を向け、帰ろうとするなつひ。しかし、帰り道がわからず立ち止まる。


なつひ「……あれ?」

しぐれ「……」

なつひ「……」

しぐれ「……帰らないの?」

なつひ「……なぁ」

しぐれ「なに?」

なつひ「お前さ……帰り道、知ってる?」

しぐれ「……ふ、ふふふっ……!」

なつひ「何笑ってんだよ! お前のせいだからな! お前がアイスらなかったら、こんなことになってないんだからな!」

しぐれ「ごめんごめん。こっちだよ、ついてきて」

なつひ「お、おう」

しぐれ「あ、そうだ」

なつひ「ん?」

しぐれ「しぐれ」

なつひ「しぐれ?」

しぐれ「私の名前」

なつひ「しぐれ、ね。俺は、なつひ」

しぐれ「……ねぇ、なつひ。これさ、分けて食べられるアイスだからさ。一緒に食べながら帰ろ」


なつひ(M)そういって渡されたアイスは、飲み物と化していた。

なつひ(M)木々のカーテンがクソ暑い日光をさえぎり、さっきまで馬鹿みたいにうるさかったせみたちも、俺たちの会話の邪魔をしないようにと静まり返っている。

なつひ(M)聞こえてくるのは、木々が生暖かい風に揺られる音。アイスを飲む音。一歩一歩、駄菓子屋に向かって行く音。楽しそうに話す、しぐれの声。そして……時々、悲しそうに話す、しぐれの声。

なつひ(M)しぐれは何度か、なにかを期待するような眼差しで俺を見てくる。しかし、俺にはわからない。彼女が俺になにを求めているのか、なにを期待しているのか……考えても考えても、答えは出ない。

なつひ(M)彼女は、初対面の俺になにを求めているのだろうか?



ーーー



 数十分後、森を出て見知った道へと出てくるなつひたち。


しぐれ「はい、到着!」

なつひ「へぇ、こんなところに繋がってたのか」

しぐれ「次は、もうちょっと早く着く道を教えてあげるね」

なつひ「お前、遠回りしてたのか⁈」

しぐれ「えへへへ。じゃあね、なつひ」

なつひ「お、おう。お前も、気をつけて帰れよ」

しぐれ「……ねぇ」

なつひ「ん?」

しぐれ「……また、会いにいってもいい?」

なつひ「……」


 なつひは、しぐれの頭を軽く叩く。


なつひ「ふん」

しぐれ「あいたっ」

なつひ「もう泥棒しないってならな」

しぐれ「……うん」

なつひ「またお待ちしてますよ~」

しぐれ「うん、バイバイ」


 なつひは手を軽くヒラヒラと振り、しぐれに背を向けて歩いていく。しぐれは、なつひの背中を悲しそうに見つめている。


しぐれ「……私は、ずっとずっと待ってたよ」

しぐれ「……神さまってさ、意地悪だね。今年で、最後って決めてたのに……」

しぐれ「約束、覚えてろよ……。バカなつひ……」



ーーー




 次の日。駄菓子屋では元気いっぱいの男の子が、自転車に乗って帰ろうとしている。


男の子「じゃあなぁ~なつひ~!」

なつひ「『なつひおにぃちゃん』だろうが! またこいよ~!」

なつひ「ったく……まぁ、元気なのはいいことか。そろそろ休憩すっか~」


 なつひが店の中へ戻ろうとすると、視線の先で一匹の狐がジッと自分を見ていることに気づく。


なつひ「ん? あっ、狐だ。狐なんて、都会じゃ絶対見られないよなぁ。しかし、あいつは人見ても逃げねぇのな」

なつひ「ほーら、こっちおいで~」

なつひ「……って、来るわけねぇか」


 狐は、なつひの声に応えるように、ゆっくりと近づいてくる。


なつひ「え?」


 狐は、なつひの前で止まると、ジッとなつひの顔を見上げている。


なつひ「え? え? よ、寄ってきたんだけど……なんだ、こいつ? 人馴れしてんのか?」

なつひ「な、なんだよ、じっと見つめて……?」


 狐は、なつひの足にスリスリと顔を擦り付ける。


なつひ「な、なんだ? 撫でて欲しいのか? よ、よーしよし……」


 狐は頭を撫でられると、嬉しそうに尻尾を振りはじめる。


なつひ「頭撫でられるの、好きなのか?」


 狐は、大きく尻尾を振りはじめる。


なつひ「尻尾振ってさ、お前は犬かっての。かわいいなぁ……! なぁ、なんか食うか?」


 狐は、また大きく尻尾を振りはじめる。


なつひ「わかったわかった! なんか持ってきてやるよ! つっても、狐ってなに食うんだ? 駄菓子は……さすがになぁ。ちょいと待ってろ! ばっちゃーん!」


 なつひは、店の奥へと入っていく。
 狐はなつひの背中をジッと見つめ、なつひが見えなくなると、スタスタと店を後にする。


なつひ「おまたせぇ~! お前、これなら食えんじゃ……あれ? 帰っちまったのか?」

なつひ「……また、くるかな?」

少女「なつひおにぃちゃ~ん!」

なつひ「ん? おぉ、いらっしゃい!」



ーーー



 次の日、駄菓子屋。なつひが文句を言いながらも店番をしている。


なつひ「あぁぁぁ……毎日毎日あちぃなぁ……。冷たいもん飲み食いしながらじゃないと、やってけねぇよ……」

しぐれ「こんにちは」

なつひ「ん? おぉ、いらっしゃい。泥棒さん」

しぐれ「その呼び方、やめて」

なつひ「今日は、なんかってくのか?」

しぐれ「盗りません! はい、これ」


 しぐれは前に盗っていったアイスを冷凍庫から取り出すと、なつひに見せる。


なつひ「70円」

しぐれ「はい」

なつひ「毎度あり~」

しぐれ「……」

なつひ「ん? どうした?」


 しぐれはアイスを半分にすると、なつひに差し出す。


しぐれ「……あげる」

なつひ「え? いいのか?」

しぐれ「うん」

なつひ「ありがとな、しぐれ」

しぐれ「……」

なつひ「どした?」

しぐれ「な、なんでもない」

なつひ「なぁ、お前もここで食ってけよ。ほら」

しぐれ「え?」

なつひ「ほれ、隣」

しぐれ「あっ、う、うん。じゃあ……」


 しぐれは、なつひの隣へと腰掛ける。


なつひ「んじゃ、アイスいただきます」

しぐれ「い、いただきます」


 二人は、アイスを口につけ食べ始める。
 しぐれは、悲しそうな顔をしながらアイスを食べ始める。


なつひ「……」

しぐれ「……」

なつひ「……なぁ」

しぐれ「なに?」

なつひ「このアイス、好きなのか?」

しぐれ「……うん」

なつひ「俺も好き」

しぐれ「……(小声で)知ってる」

なつひ「ん? なんだって?」

しぐれ「なんでもない」

なつひ「……なぁ」

しぐれ「なに?」

なつひ「どした? 元気ないじゃん」

しぐれ「そんなことない」

なつひ「そんなことあるだろ。暑さにやられたか?」

しぐれ「……」

なつひ「ちょいと待ってろ」


 なつひはアイスを口に咥えながら、店の奥へと消えていく。


しぐれ「……なにやってんだろ、私?」

しぐれ「……」


 なつひが『デコ冷えくん』という冷却ジェルシートを持って戻ってくる。


なつひ「おまたせ~」

しぐれ「おかえり」

なつひ「デコ出せ」

しぐれ「え?」

なつひ「早く」

しぐれ「あ、うん」


 しぐれは、言われるがまま髪をかきあげおでこを見せる。なつひは、しぐれのおでこにデコ冷えくんを貼りつける。


なつひ「えい」

しぐれ「んひぃぃぃ⁈」

なつひ「いや、そんな驚くもんじゃないだろ」

しぐれ「な、な、なにこれ⁈」

なつひ「しらねぇの? デコ冷えくんだ。冷たくて気持ちいいだろ?」

しぐれ「え? う、うん」

なつひ「後ろ向け、首にも貼ってやる」

しぐれ「う、うん」

なつひ「髪、上げて」


 しぐれは、ゆっくりと後ろを向いて、髪をかきあげる。


なつひ「ほいっと」

しぐれ「ひぃぃぃ⁈」

なつひ「いちいちおもしれぇ反応するな、お前」

しぐれ「う、うるさいな! 冷たいんだもん!」

なつひ「ひんやりして、気持ちいいだろ?」

しぐれ「う、うん。ありがと」

なつひ「アイスのお礼だ、気にすんな」

しぐれ「……ねぇ、なつひ」

なつひ「ん?」

しぐれ「なつひは、いつまでここにいるの?」

なつひ「そうだなぁ……二週間後の祭りまではいるよ。その後、いつ帰るかはまだ決めてないかな?」

しぐれ「……わかった」


 しぐれは、アイスを全部食べて立ち上がる。


しぐれ「なつひ」

なつひ「なんだ?」

しぐれ「なつひが帰るまでさ、会いに来てもいい?」

なつひ「別にいいけど」

しぐれ「ありがと。また来るね」

なつひ「おう。気をつけて帰れよ」

しぐれ「うん、バイバイ」

なつひ「……わかんねぇな」

なつひ(あいつは、なんであんな悲しそうな顔をするんだ? 俺たちは、どこかで会ったことあるのか? いや、毎年ここには手伝いで来てる。でも、あいつとは会ったことなんて──)


 なつひの脳内に、しぐれの声が響き渡る。


しぐれ「約束だよ」




なつひ「……今のは?」




ーーー



 森の中の奥の奥。しぐれが、木に背を預け落ち込んでいる。


しぐれ「バカだよ……バカやろうだよ……。会っても、傷つくだけだってわかってるのにさ……。もう、なつひは……私のこと知ってるなつひは、どこ探してもいないんだよ……。何回会っても、どれだけ待っても……待っても……」

しぐれ「もう、会いたくない……忘れたいのに……」


 次の日、駄菓子屋の前。


なつひ「おう、いらっしゃい。またあのアイスか?」


しぐれ(M)気がつけば、駄菓子屋の前にいる。彼に会いに来ている。


 なつひは、しぐれのおでこをジッと見つめている。


なつひ「……」

しぐれ「な、なによ? じって見つめて……?」

なつひ「お前さ、デコ冷えくん、昨日のじゃね?」

しぐれ「え? あ、うん」

なつひ「取れよ」

しぐれ「え? なんで?」

なつひ「なんでって……逆に、なんでとんねぇの?」

しぐれ「も、もらったやつだから」

なつひ「だからって、もう冷えてねぇだろ?」

しぐれ「暑い」

なつひ「だったら、とれよ」

しぐれ「……」

なつひ「お前、変わったやつだな。ちょい待ってろ~」

しぐれ「……」


しぐれ(M)なんで会いに来てるんだろ? 会ったって、私のことを思い出すわけじゃないのに……。自分が傷つくだけなのにさ……。


 なつひは、デコ冷えくんを持って戻ってくる。


なつひ「ほら、こっちこい」

しぐれ「え?」

なつひ「新しいのに変えてやるよ」

しぐれ「……」

なつひ「ほーら、はよ来い」

しぐれ「う、うん」


しぐれ(M)近づきたくないのに……。


なつひ「んじゃ、貼るぞ」


 しぐれは、おでこに力を入れる。


しぐれ「むぐぐ……!」

なつひ「……なんだよ、その顔?」

しぐれ「冷たいのに耐える顔……!」

なつひ「(笑う)変な顔だな」

しぐれ「笑うな!」


 なつひは、しぐれのおでこにデコ冷えくんを貼る。


なつひ「ほい」

しぐれ「んぐぅぅ⁈」

なつひ「全然、耐えれてねぇじゃん」

しぐれ「うるさい!」

なつひ「ほら、後ろ向け」


しぐれ(M)あぁ……触れないでよ……。


なつひ「ほら、貼ったぞ」

しぐれ「あ、ありがとう」

なつひ「デコ冷えくん、気に入ったか?」

しぐれ「う、うん」

なつひ「(笑う)そっか。じゃあ、箱で持ってくか?」


しぐれ(M)その笑顔で、私を見ないで……。


なつひ「しぐれ、アイス食ってくか?」


しぐれ(M)名前で、呼ばないでよ……。


なつひ「今日は、俺が奢ってやるよ」


しぐれ(M)優しくしないでよ……。もう、嫌だよ……やめてよ……。これ以上……。


なつひ「同じアイス好きとかさ、俺たち似た者同士かもな!」


しぐれ(M)あなたを、好きになりたくない……。





 二人は、店の中に置かれたベンチに腰掛けながら、いつものアイスを食べている。
 しぐれは、とても悲しそうな顔でアイスを食している。


なつひ「……」

しぐれ「……」

なつひ「……しぐれ」

しぐれ「なに?」


 なつひの声に反応し、なつひの顔を見る。なつひは般若のお面を付けてジッとしぐれを見つめている。


しぐれ「んひぃぃぃ⁈」

なつひ「(笑う)お前、驚きすぎだろ!」

しぐれ「な、な、なななによ、そのお面は⁈」

なつひ「こんにちは、般若はんにゃです」

しぐれ「う、うるさい! ばか!」

なつひ「ごめんって。そんな驚くと思ってなかったからさ」

しぐれ「ふんっ……!」

なつひ「……なぁ、しぐれ」

しぐれ「なに?」

なつひ「なんかあったのか?」

しぐれ「え?」

なつひ「お前、元気ないっていうか、すげー悲しそうな顔してるからさ。もしかして俺、お前になんかしちまったか?」

しぐれ「……ううん。なつひは、なんにもしてないよ」

なつひ「そうか」


しぐれ(M)なんで……なんで私は、ここに来るのだろうか? 近づいてほしくないなら、触れてほしくないなら……好きになりたくないなら、なんでここに来るのよ……?


 なつひは、アイスが入っている冷凍庫へと歩いていくと、食べているアイスをもう一つ取り出し、袋を開ける。


なつひ「しぐれ」

しぐれ「なに?」

なつひ「ほら」

しぐれ「……」

なつひ「泥棒しちまうくらい好きなんだろ、このアイス。だったら、もう一本奢ってやるよ。だからさ、元気出せって」


しぐれ(M)あぁ、ダメだ……。忘れられるわけないじゃん……。そりゃ来ちゃうよ。だって……だって……。


なつひ「どうですか? 二本目のアイスは?」

しぐれ「えへへへ! すごくすごく……!」


しぐれ(M)好きだもん。





 夕方。なつひが店の外に出て、しぐれを見送っている。


なつひ「気をつけて帰れよ」

しぐれ「うん、ありがと」

しぐれ「……ねぇ」

なつひ「なんだ?」

しぐれ「……頭、撫でて」

なつひ「え?」

しぐれ「お願い」

なつひ「い、いいけど」


 なつひは、しぐれの頭を優しく撫で始める。


しぐれ「えへへへ……!」


 しぐれは、視線をなつひへとあげる。ニコッと微笑み──


しぐれ「ありがと、なつひ。また来るね、バイバイ」

なつひ「お、おう」

なつひ「……あの笑顔は、反則だろ」





しぐれ「えへへへ、頭撫でてもらっちゃった」

しぐれ「……やっぱり、忘れるなんて無理だよ。好きだもん。近づいてほしい、触れてほしい、名前で呼んでほしい、優しくしてほしい……。ずっと、ずっと、隣にいたいよ……」

しぐれ「なんで……なんでよ……? なんで……毎年、忘れちゃうの……?」



ーーー



 次の日、駄菓子屋。なつひが駄菓子を買いに来た少女たちに手を振って見送っている。


なつひ「じゃあな~。またこいよ~」

なつひ「今日も元気で何よりだ。さてと……ん?」


 駄菓子屋の影から、半身だけ出してジッとなつひを見つめているしぐれ。


なつひ「しぐれじゃねぇか。そこでなにしてんだ?」

しぐれ「……子ども、いない?」

なつひ「さっき帰ったぞ」

しぐれ「ふぅ……。こんにちは」

なつひ「お前、子ども嫌いなのか?」

しぐれ「嫌いというか、苦手というか……。あの子達、たまに引っ張って来るから……」

なつひ「引っ張る? 髪の毛をか?」

しぐれ「それに……」

しぐれ(あの子たちのことは覚えてるのに、って……)

なつひ「……」

しぐれ「な、なによ?」

なつひ「お前、髪綺麗だもんな」

しぐれ「え?」

なつひ「あいつらが触りたくなるのもわかるわ」

しぐれ「……⁈」

なつひ「ん? どうした?」

しぐれ「う、うれしくなんてないんだから! アイス!」

なつひ「お、おう。いつものでいいのか?」

しぐれ「70円!」

なつひ「ま、まいどあり」


 しぐれはアイスを受け取ると、勢いよく食べ始める。


しぐれ「はむはむはむ……!」

なつひ(今日は分けてくれないのね。まぁ、別にいいけど)

しぐれ「ごちそうさまでした!」

なつひ「食うの早っ! お前、もっと味わって食えよ!」

しぐれ「うるさい! バーカ! バーカ!」

なつひ「なんでバカって言われてんの、俺⁈」

しぐれ「バーカ! バーーカ! ……ん、んふふふ……!」

なつひ「何で笑ってんの⁈ なんか怖いぞ、お前!」

しぐれ「うるさい! こっち見るな!」

なつひ「なんなんだよ、一体……?」

しぐれ「……ねぇ、なつひ」

なつひ「な、なんだよ?」

しぐれ「……と、隣、座ってもいい?」

なつひ「え?」

しぐれ「……ダメ?」

なつひ「あ、いや……べ、別にいいけど」

しぐれ「ありがと」

なつひ「……」

しぐれ「……」


 互いの肩が触れるか触れないかの距離で隣に座る。
二人は顔を合わせることなく、ジッと前を見つめている。
 蝉の声だけが、駄菓子屋の中に響き渡る。


なつひ「……え、えっと……その……あ、暑いな! 今日!」

しぐれ「う、うん! そうだね!」

なつひ「……」

しぐれ「……」

しぐれ「……ふふふっ!」

なつひ「な、何で笑ってんだよ!」

しぐれ「だって……!」

しぐれ「……ねぇ、なつひ」

なつひ「ん?」

しぐれ「なつひはさ、夏、好き?」
 
なつひ「うーん……嫌いじゃないけど、暑いからなぁ。しぐれは?」

しぐれ「私は、好きだよ。大好き」

なつひ「なんで?」

しぐれ「……アイスがいっぱい食べられるから」

なつひ「(笑う)なんだよ、その理由?」

しぐれ「いいでしょ!」

なつひ「それなら、俺も夏が大好きになっちまうじゃん」

しぐれ「いいじゃん、それで」

なつひ「そうだな」

しぐれ「……」

なつひ「……」


 しぐれは、なつひの肩にもたれかかる。


なつひ「しぐれ?」

しぐれ「……少しだけ、このままでいさせて」

なつひ「……少しだけな」

しぐれ「うん、ありがと」

なつひ「……」

しぐれ「……」


しぐれ(M)私、夏が大好きだよ。だって、夏になったらさ……。


なつひ「しぐれ?」

しぐれ「(寝息)」

なつひ「おいおい、肩にもたれかかったまま寝るなよ」

しぐれ「(寝息)」

なつひ「……可愛い寝顔しやがって」


しぐれ(M)大好きな人に、会えるから。







なつひ(M)夏、それは暑い季節。

しぐれ(M)夏、それは恋の季節。

なつひ(M)早く終われって思ってた。

しぐれ(M)ずっと続けって思ってた。

なつひ(M)でも、

しぐれ(M)でもね……


なつひ「おう、いらっしゃい」

しぐれ「こんにちは」


なつひ(M)彼女に会うたび……。

しぐれ(M)彼に会うたび……。

なつひ(M)ずっと続けばいいのにって。

しぐれ(M)早く終わればいいのにって……。

なつひ(M)しぐれと、もっと一緒にいたい。

しぐれ(M)なつひと、もう会いたくない。

なつひ(M)好きになった。

しぐれ(M)好きだった。

なつひ(M)だから……

しぐれ(M)決めたんだ。


しぐれ「お祭り?」

なつひ「お、おう! しぐれがよければ……い、一緒にさ……」

しぐれ「……いいよ」

なつひ「ほ、ホントか⁈」

しぐれ「うん」


なつひ(M)忘れないように。

しぐれ(M)忘れるために。

なつひ(M)夏、それは恋の季節。

しぐれ(M)夏、それは暑い季節。

しぐれ(M)ただただ暑い……それだけの季節。




ーーー



 夏祭り当日の夜。見晴らしのいい丘の上へとやってきた二人。


しぐれ「はい、到着!」

なつひ「おぉ、いい眺めじゃん!」

しぐれ「ここからなら、すごく綺麗に花火見られるんだよ」

なつひ「そんな素敵な場所を知ってるなんて、さすがしぐれ様!」

しぐれ「ふふん、もっと褒めたまえ!」

なつひ「楽しみだな!」

しぐれ「うん!」

しぐれ「……ねぇ、なつひ」

なつひ「ん? なんだよ?」

しぐれ「……手、握ってもいい?」

なつひ「え?」

しぐれ「ダメ……かな……?」

なつひ「……」


 なつひは、ギュッとしぐれの手を握りしめる。


しぐれ「……ありがと」

なつひ「もうちょいかな?」

しぐれ「たぶん……あっ!」


 二人の目の前で、花火が打ち上がる。


しぐれ「うわぁ、綺麗……!」

なつひ「だな……!」

なつひ「……」

なつひ(あれ? 前にもこんなこと……。前にも、しぐれとこうやって、花火を見た気が……)


 花火が、また打ち上がる。打ち上がる。打ち上がる。
 なつひの脳内に、薄らと記憶が蘇ってくる。


しぐれ「ねぇ、また来年も花火見に来ようね」

なつひ「おう」

しぐれ「忘れないでね」

なつひ「おう。忘れない」

しぐれ「絶対だよ」

なつひ「わかってるって。約束だ」

しぐれ「……約束、忘れちゃダメだよ」

しぐれ「私のことも、忘れないでね」


 大きく、花火の音が耳に響く。花火が打ち上がるたびに、思い出が次々に蘇ってくる。


しぐれ「ねぇ、なつひ」

しぐれ「こんにちはー!」

しぐれ「アイス、一緒に食べよ!」

しぐれ「また、来てね」

しぐれ「お別れなんて、嫌だよぉ……! なつひと、ずっとずっと一緒に……!」

なつひ「来年も来るからさ。だから泣くなよ」

しぐれ「だって……だって……!」

なつひ「心配すんなって! 俺は、お前のこと、絶対に──」


 花火が大きく鳴り響く。なつひは、ただただ花火を見つめている。


なつひ「……忘れ……ない……」

しぐれ「花火、綺麗だね」

なつひ「……」

しぐれ「……ねぇ、なつひ。私ね、なつひに伝えたいことが──」

なつひ「しぐれ」

しぐれ「え? な、なに?」

なつひ「……ごめん」

しぐれ「……え?」


 しぐれは、なつひの顔を見る。なつひは花火を見つめたまま、涙を流している。


しぐれ「……なつひ? なんで、泣いてるの……?」

なつひ「ごめん……ごめんな、しぐれ……」

しぐれ「ど、どうしたの? なんで、謝って──」

なつひ「思い出した……」

しぐれ「……え?」

なつひ「全部……思い出した……」

しぐれ「思い……出した……?」

なつひ「俺、酷いやつだよな……。忘れないって言ってたのに……お前のこと、忘れないって……忘れないってさ、言ったのに……!」

しぐれ「……気にしないで。なつひは、悪くないから」

なつひ「ごめん……ごめん……! 毎年毎年、ホントごめん……!」

しぐれ「……ねぇ、なつひ。私が、何年待ったか……わかる?」

しぐれ「……10年だよ」

なつひ「じゅう……ねん……?」

しぐれ「うん、10年。だからさ、もう慣れっこだからさ。10年も同じこと繰り返してたら……もうさ……。だから、なつひは謝らなくていいんだよ。私は……私はさ、もう……もう、わかったから……」

しぐれ「人間と妖怪の恋は、実らないんだ。って……」

しぐれ「夏が終わったら……私と離れたら、なつひは全部忘れちゃうみたいだからさ。私との思い出、全部……全部……」

なつひ「忘れないよ! もう忘れない! ほら、今年は思い出したじゃん! きっと来年からは、ずっと覚えてる! 覚えてるよ! だから──」

しぐれ「忘れさせてよ!」

なつひ「……っ!」

しぐれ「毎年毎年さ……絶対忘れないって、忘れないって言ったのに……言ったのにさ……!」

しぐれ「私、疲れちゃった……。毎年毎年さ、忘れられるの、辛いの……。もう、耐えられないよ……」

しぐれ「なつひのこと、大好きだから……」

なつひ「しぐれ……」

しぐれ「私は、10年間、1日だってなつひのこと忘れたことないのに……! 毎日毎日、会えるのを楽しみにしてたのに……! それなのに、なつひは私のこと……私のこと……!」

なつひ「……」

しぐれ「忘れないでよ……なんで忘れるの……? 私、ずっと……ずっとずっと待ってたんだよ……? ずっとずっとずっとずっと待ってのに、会いに行ったら、いつもいつもさ……! なんでなの……? なんで……? ねぇ、なんでよ⁈」

なつひ「……」

しぐれ「答えてよ! なんで私のこと忘れるの⁈」

なつひ「……ごめん」

しぐれ「バカ……バカなつひ……! バカバカバカバカァァ……!」


 しぐれは、なつひに抱きつく。


しぐれ「バカバカバカバカバカ! なつひのバカァァァァ!」

しぐれ「約束……守ってよぉ……」

なつひ「……ごめん」

しぐれ「……なつひ、私ね……なつひのこと、大好きなの。大好き、なんだよ。でも、ごめんね……。もう待てないよ……。待ってもさ……私のこと覚えてるなつひは、帰ってこないんだもん……。私の知ってるなつひは、もう……」

なつひ「……」

しぐれ「私の10年、返してよ……。私の10年、奪いやがって……! お前だって泥棒じゃん、バカなつひ……!」

なつひ「……」

しぐれ「……ねぇ、泥棒さん。私の10年を奪ったんだからさ……これくらい、許してね」


 しぐれは、なつひの唇に自分の唇を重ねる。


しぐれ「……えへへへ」

しぐれ「なつひ、ありがと。毎年会ってくれて」

しぐれ「一緒に話してくれて」

しぐれ「一緒に、アイス、食べてくれて……」

しぐれ「一緒に……お祭り行こって……誘ってくれて……」

しぐれ「私に、恋を教えてくれて……ありがと……」

しぐれ「バイバイ……なつひ……」

しぐれ「大好き……だったよ……!」

なつひ「しぐれ……! しぐれ!」


なつひ(M)花火が、大きく鳴り響く。しぐれがいなくなる。目の前には、一匹の狐。目を合わすことなく、去っていった。

なつひ(M)待ってくれと、言えなかった。言えるわけ……だって……。


なつひ「10年……10年、待っててくれたのに……なんでだよ……? なんで覚えてねぇんだよぉぉぉぉ!」


なつひ(M)俺は……俺は、心をえぐるような、この悲しい思い出すら、忘れるのだろうか……?


なつひ「……忘れんなよ……忘れてたまるかよ……! あいつは……しぐれは、待ってくれてたんだ……!」

なつひ「次は、俺の番だろ……!」










しぐれ(M)暑い暑い夏が終わって、秋になって、冬になって……毎年毎年、変わらない景色。変わることのない景色。毎年毎年、毎年毎年……。

しぐれ(M)でも、これでいいんだって、もうわかったから。これが幸せなんだって、わかったから。もう辛い思いしなくていいんだって。悲しい思いしなくていいんだって。

しぐれ(M)どれだけ私が想ったって……景色は変わらないんだって、わかったからさ。




ーーー




 翌年の夏。駄菓子屋では、額から汗を流しながら店番をしているなつひの姿が。ブツブツと文句を言うなつひとは逆に、蝉は元気よくミンミンと鳴き続けている。


なつひ「あぁ、あちぃ……。なんで、こんなあちぃんだよ……? まぁ、都会よりはマシだけどよ……」

なつひ「はぁ……あちぃ……」

なつひ「……あちぃなぁ……」


 『ちりんちりん!』と、自転車のベルの音が聞こえてくる。
 

なつひ「ん? おっ、きたきた。おーーい、あかりちゃ~ん! 今年も、なつひおにぃちゃんが帰ってきたぞ~!」








しぐれ「あ~暑いぃ~……。今年はまた一段と暑い気がするぅ~……。暑いなぁ……」

しぐれ「……もう、暑い季節なのか……。なんか、早かったなぁ……」

しぐれ「……私、なにしてるんだろ……?」

しぐれ「……アイス……食べたいなぁ……」

しぐれ「……」

しぐれ「……」

しぐれ「……会ったって、傷つくだけだよ。毎年毎年、同じことの繰り返し。わかってるでしょ? だから……」

しぐれ「……バカ……バカバカバカバカ……」

しぐれ「……バカやろう……」

















なつひ「気をつけてな~! また来いよ~!」

なつひ「やれやれ。毎年毎年、いつも元気だねぇ。さぁてと、元気いっぱいもらったし、俺も暑さに負けず元気に頑張──」


 なつひが少女を見送り、店へと戻ろうとする。視線の先には、一匹の狐。


なつひ「……狐だ」

なつひ「……ほ~ら! こっちこ~い!」

なつひ「……くるわけねぇか」


 なつひは、狐から視線を外し店の中へと戻っていく。
 と、後ろから何かが軽くぶつかってくる。


なつひ「んおぉ⁈ な、なんだ⁈」


 なつひが慌てて振り返ると、先程の狐がなつひの足に頭を擦り付けている。


なつひ「お前……。なんだよ? 頭、撫でて欲しいのか?」

なつひ「……よーしよし」

なつひ「……尻尾振ってさ、犬かっての」

なつひ「……なぁ、なんか食うか?」

なつひ「……そうかそうか」

なつひ「ちょいと、待ってろよ」


 なつひは、店の中へと入っていく。アイスが入った冷凍庫の中から二人で分けて食べられるタイプのアイスを取り出すと、袋を開け、狐の元へと持っていく。


なつひ「おまたせ。ほら」

なつひ「このアイスさ、二つに分けて食べられるんだぜ」

なつひ「……狐は、アイス食べないってか?」

なつひ「お前は好きだろ?」

なつひ「しぐれ」


 なつひは、目を閉じる。再び開けると、目の前には狐の姿はなく、代わりにしぐれが、今にも泣きそうな顔をしてなつひを見つめている。


しぐれ「な、なんで……?」

なつひ「俺、言ったじゃん。忘れないって」

しぐれ「でも……いつもいつも……!」

なつひ「あーそれは、その……えっと……なんというか……」


 なつひは、恥ずかしそうに唇を隠す。


なつひ「お、俺さ……初めて、だったからさ……。あ、あんなことされたら、忘れられるわけねーだろ!」

しぐれ「……なんだよ、それ……? それなら、別れ際、毎年キスすればよかった……」

なつひ「あーそれはそれでいいかもな」

しぐれ「うるさい……バカ……! バカ……」

なつひ「……もう、疲れたんじゃなかったのか? 待てないんじゃなかったのか?」

しぐれ「……ごめん……ごめんね……。もう、会わないつもりだったんだけどさ……」

しぐれ「……好きだもん……好きなんだもん……大好き、なんだもん……!」

なつひ「しぐれ」


 なつひは、しぐれを優しく抱き寄せる。


なつひ「ありがと。ずっと待っててくれて。また、会いに来てくれて」

しぐれ「うん……うん……!」

なつひ「……なぁ、しぐれ」

しぐれ「なに……?」

なつひ「今度はさ、アイスじゃなくて……お、俺のこと、奪っていってくれよ。そんで、ずっとずっと、そばにいてください」

なつひ「お願いします。泥棒さん」

しぐれ「……ふふふ、なにそれ? 恥ずかしくない?」

なつひ「めちゃくちゃ恥ずかしい……! でも、これくらい恥ずかしいこと言ったら、もう忘れねぇだろ?」

しぐれ「うん、そうだね」

しぐれ「……なつひ。これから先、あなたが何度私のことを忘れても、私は絶対にあなたの元に来る。何度も何度も、何度も何度も……! だから、その度に……あなたは、私に心を奪われてください。お願いします」

なつひ「忘れねぇし、もう奪われてるよ」

しぐれ「忘れないって、何度目だバカ。もう聞き飽きたよ」

なつひ「しぐれ」

しぐれ「なに?」

なつひ「大好きだぜ」

しぐれ「……その言葉も、聞き飽きてるよ」

しぐれ「私も、大好きだよ……なつひ」

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