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二人台本↓
「幸せの箱」1話(比率:女2)約20分。
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前園 茜:♀ 27歳のOL。
宮部 のの:♀ 16歳、もうじき高校二年生。
ーーーーー
朝、とあるマンションの一室。宮部は制服を着たまま布団に潜り込んでぐっすり寝ている。
出社準備のできたスーツ姿の前園は、未だに布団から出てくる気配のない宮部へと視線を送ると、小さくため息を吐き出す。
前園「おーい。おーい」
宮部「……うぅん……」
前園「いい加減に起きなさい。起きろー」
宮部「……」
宮部は薄く瞼を開け、ゆっくりと視線を上げる。
前園「おはよ」
宮部「……おはよ」
前園「さっさと顔洗ってスッキリしてきなさいよ。私、仕事行ってくるから」
宮部「うん……」
前園「二度寝、するなよ」
宮部「うん……」
前園「返事はしなくていいから、布団から出なさい」
宮部「うん……」
宮部はのそのそと布団から這い出てくる。
前園「あんた、また制服で寝てたの?」
宮部「朝、着替えなくていいから、楽……」
前園「シワになるから、やめなさい」
宮部「……」
前園「んじゃ、行ってくるから」
宮部「……ねぇ」
前園「なに?」
宮部「行ってきますのチューは?」
前園「新婚ホヤホヤか」
宮部「じゃあ、行ってきますのハグは?」
前園「ハグもチューもありません。行ってきます」
前園は小さくため息を吐き出し、ゆっくりと立ち上がる。宮部はジッと前園を見つめている。
宮部「……」
前園「なによ?」
宮部はバッと、両手を広げる。
宮部「ん」
前園「あーもう……わかったわよ」
前園はまた小さくため息を吐き出すと、布団の上でハグを要求する宮部をギュッと抱きしめる。
前園「はい、ぎゅー」
宮部「ん」
宮部は力強く、前園に抱きつく。
前園「どうしたのよ? 嫌な夢でも見たの?」
宮部「拳一つくらいの肉、食べた」
前園「めちゃ幸せな夢じゃん」
宮部「……」
前園「もう満足でしょ? 私、仕事行ってくるから。あんたも、ちゃんと学校行きなさいよ」
宮部「……」
前園「あのさ、そろそろ離してくれない?」
宮部「……このまま、洗面台まで連れてって」
前園「甘えるな! この居候が!」
前園(M)私の名前は、前園茜。彼女の名前は、宮部のの。そう、私たちは姉妹ではない。かと言って、恋人という関係でもない。
前園(M)私たちの関係性を簡潔に表すのに、ピッタリな言葉……それは『保護」だ。
前園(M)私は、彼女を保護しているのだ。
リビングに置かれた四角い茶色のテーブル。その上の電子時計は、もうじき20時に切り替わろうとしている。
学校から帰宅した宮部は制服姿のまま料理をしており、フライパンの中でバチバチと音をたてている豚肉を眺めている。
前園「ただいま~」
宮部「おかえり」
前園「今日のご飯、なに?」
宮部「豚の生姜焼き。あと、その他諸々」
前園「最高。ありがとね」
宮部「生姜チューブ、取って」
前園「帰ってきて早々に働かせないでよ」
前園は文句を言いながらも、冷蔵庫から生姜チューブを取り出す。
前園「はい」
宮部「ありがとう」
前園「あんた、学校行った?」
宮部「行った」
前園「ホントに?」
宮部「なんで疑うの?」
前園「何度か行ったって言って行ってないから」
宮部「ちゃんと行った」
前園「じゃあ、今日の出来事を簡潔に述べなさい。はい、どーぞ」
宮部「……」
前園「……あんた、やっぱり行って──」
宮部「告白された」
前園「……え?」
宮部「同じクラスの男の子に」
前園「……ホントに?」
宮部「なんで疑うの?」
前園「あっ、いや、えっと……。そ、それで、どうしたの?」
宮部「丁寧にお断りした」
前園「え⁈ なんで⁈ その子、カッコよくなかったの⁈」
宮部「なんちゃらって言うイケメン俳優に似てるって言われてる子だから、カッコいいんだと思う」
前園「なんちゃらって誰⁈ そこ一番重要なとこよ! めちゃくちゃ気になるじゃん! じゃあ、あれ⁈ 性格クソ悪いとか⁈」
宮部「この前、校庭に迷い込んだ犬を飼い主の元まで送り届けてた」
前園「めちゃくちゃいい子じゃん! 顔も良くて性格良くて、断る理由なくない⁈ やっぱり嘘なんでしょ!」
宮部「嘘じゃない」
前園「じゃあ、なんで断ったのよ? もしかしてあんた、他に好きな子がいるの?」
宮部「……」
前園「否定しないってことは、そういうことなのね? ねぇ、誰なの? 私が知ってる子? 気になるから教えてよ~!」
宮部「私のことより、自分のこと考えた方がいいんじゃない?」
前園「……」
宮部「27歳」
前園「や、やめて! 何も言わないで……! 聞きたくない聞きたくない! 三十路ロードまっしぐらなのに、私の前にはイケメンがどこにも現れない……! 嫌、このままなんて嫌……!」
宮部「(ボソッと)私なんかを、拾ったからだよ」
前園「ん? なんて?」
宮部「ご飯、もうじきできる」
前園「ん、わかった。その前に、一杯飲も……。もうやってられないわ、こんちくしょうがぁ~!」
前園は冷蔵庫の前に立ち、先程とは違い力強く扉を開け、中に入っている缶ビールを取り出す。
前園「……ん? あれ? ちょっと、あんた」
宮部「なに?」
前園「ビール、飲んだでしょ?」
宮部「……飲んでない」
前園「嘘を吐くな。私、残り本数覚えてるって前言ったでしょ」
宮部「……」
前園「あのね、あんたはまだ高校生なんだから、飲んじゃダメだって言ってるでしょ。早いうちから飲んでたら、身体壊すよ」
宮部「……」
前園「こら、聞いてるの? 返事しなさい」
宮部「ビールが置いてあるのが悪い。飲ませたくないなら禁酒して」
前園「はぁ……全く。これを最後に禁酒しようかしら?」
宮部「……」
前園「ん? なによ?」
宮部「……なんでもない」
ーーー
二人はリビングに置かれたテーブルの前に座り、食事をしている。
前園「あ~美味し~! あんた、また腕上げた?」
宮部「毎日作ってるから」
前園「いつもいつもありがとうございます」
宮部「……私の方こそ、ありがとう」
前園「お礼はいいから、イケメン紹介して」
宮部「……」
前園「じょ、冗談よ冗談……」
宮部「……ねぇ」
前園「ん? なーに?」
宮部「……」
前園「どうしたの? なにか言いにくいこと?」
宮部「……」
前園「なによ? なんでもいいから、言ってごらん」
宮部「……私、働きたい」
前園「働く? どうしたの急に」
宮部「……」
前園「もしかして、今の生活に不満が……⁈」
宮部「そんなことない」
前園「なら、今のままでいいじゃない。あんたは高校生なんだから、まだゆっくりしてていいの」
宮部「……大変でしょ?」
前園「大変じゃないわよ。あんたがここに来てから何年目だと思ってるの? 今まで、なんだかんだのんびりと生活できてるでしょ? だから、心配しなくても大丈夫よ」
宮部「……」
前園「ってか、あんたがバイトとかし始めたら、誰が家事するのよ? 私、働いてきてから家事するのとか絶対に嫌だから。今の生活に慣れちゃったから。私のためにも、あんたは家事、私は働いて金稼ぐ。この状態でいて」
宮部「……」
前園「働くったって、あてはあるの?」
宮部「……風俗か、パパ活。」
前園「やめなさい。絶対にやめなさい。ってかあんた、パパ活は働くって言わないから。なによ? お小遣い、増やして欲しいの?」
宮部「そうじゃない」
前園「まぁ、何がどうであろうと絶対にダメです。そういうところで働くなんて、絶対に許さないからね。あんたはもっと自分の身体を大事にしなさい」
宮部「……もう傷モノだから、どうだっていい」
前園「……」
宮部「……ごめんなさい」
前園「謝らないで。で、どうしたの? なにかあったんでしょ?」
宮部「……今日、告白されて、帰ってきて、色々考えたの」
前園「将来のこと?」
宮部「……うん」
前園「そっか」
宮部「……」
前園「ほら、おいで」
宮部「……」
前園「ほーら、おいでって。ギュッてしてあげる」
宮部「……うん」
宮部は、目の前で両手を広げている前園の元へゆっくり進んでいく。そして前園の胸に顔を埋める。
前園は、優しく宮部を抱きしめて、頭を撫でる。
前園「よしよし」
宮部「……」
前園「嫌なこと、思い出したんでしょ?」
宮部「……うん」
前園「大丈夫だよ。大丈夫。あんたはもう一人じゃないんだから」
宮部「……うん」
前園「ありがとね。私のこと、考えてくれたんでしょ? でも、私は大丈夫だから。あんたはあんたのことを、一番に考えなさい」
宮部「うん……」
前園「あんたの身体は、あんたのもの。他の誰のものでもないんだから」
宮部「うん……」
前園「あんたは、たくさん頑張ってきたんだから。今はゆっくりしてていいの。ね?」
宮部「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
前園「謝らないの。謝ることなんて何もしてないでしょ。だから、震えなくていいの。怖がらなくていいの。なにかあったら、私が守ってあげる。だから安心して、ここにいなさい」
宮部「うん……うん……」
前園(M)この子を保護して、三年くらい経った。少しずつ元気になってきてはいるが、心の傷は、まだ深く残っている。
前園(M)だから、毎回不安になる。私の投げた言葉は、行動は、この子の傷を抉っていないだろうか? 答えが見えないから、わからないからこそ、不安になる。
宮部「ねぇ」
前園「なに?」
宮部「……名前」
前園「名前?」
宮部「最近、名前呼んでくれない。なんで?」
前園「え?」
宮部「あんた、としか呼んでくれない」
前園「そ、そんなことは……」
宮部「呼んで。呼んでほしい」
前園「あーもう、わかったから。そんな見つめないでよ……」
前園「……の、のの」
宮部「なに?」
前園「いや、なにはこっちのセリフよ! なによこれ⁈ どこぞの新婚さんよ! めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!」
宮部「恥ずかしがっちゃって、かわいい」
前園「おいこら、歳上で遊ぶな!」
宮部「茜ちゃん」
前園「な、なによ?」
宮部「合格」
宮部は、また前園の胸に顔を埋める。
前園「はい? なにがよ? なにが合格なのよ?」
宮部「ねぇ、お風呂沸かしてきて」
前園「嫌。私、仕事で疲れてるの。シャワーで我慢して」
宮部「お願い」
前園「だから──」
宮部「お願い」
前園「あーもうっ! わかったわよ! ご飯食べてからね! はい、さっさと食べるわよ!」
宮部「うん。あと、お風呂一緒に入ろうね」
前園「いや、なんで⁈」
前園(M)『さっきの言葉、大丈夫だった?』『今の行動、嫌じゃなかった?』そんなこと、聞けるわけない。だから、この子の顔色をジッと伺う。この子を見つめる。この子の側に、ずっといる。
前園「ほら、入るならパパッと入るわよ」
宮部「服、脱がせて」
前園「甘えるな、居候」
前園(M)背中についた、小さな火傷の跡。点々と広がる、小さくて大きな傷跡。こんなもの、誰にも見せたくないはず。だからこそ、自ら進んで傷を見せてくれることが、この痛々しい傷を見れることが、喜んじゃいけないことなんだろうけど、嬉しかった。
前園(M)私は、この子を守れているんだ。
宮部は小さな湯船で、ゆっくりとくつろいでいる。前園は風呂椅子に座り身体を洗っている。
宮部「ねぇ」
前園「なに?」
宮部「身体、洗ってあげようか?」
前園「もう洗ってるから。言うならもう少し早く言いなさいよ」
宮部「……」
前園「なによ?」
宮部「いい身体してるのに、世の男たちはわかってないなぁ~って」
前園「喧嘩売ってんのか? この魅惑ボディめが」
前園(M)身体から汚れを洗い流す。汚れは簡単に流れ落ちていく。この子の傷も、これくらい簡単に流れ落ちていけば、この子は幸せだろうに。
前園「ほら、詰めて詰めて。私が入れないでしょ」
宮部「はーい」
二人はぎゅうぎゅうになりながらも、狭い湯船に浸かる。
前園「……」
宮部「……」
前園「やっぱり、狭いわね」
宮部「うん。でも」
前園「なに?」
宮部は、トンっと前園の肩に頭を寄せる。
宮部「幸せ」
前園「そっか」
前園は、宮部の頭を優しく撫でる。
前園「私も、幸せだよ。のの」
宮部「……!」
前園「なに? どうしたの?」
宮部「い、今のはズルい……反則……!」
前園「反則? 何が?」
宮部「反則、反則……!」
前園「だから、何がって?」
宮部「ズルい……! バカバカバカ……!」
前園「バカってなによ、バカって。ってかあんた、今日はちゃんとパジャマで寝なさいよ」
宮部「……ねぇ」
前園「なに?」
宮部「今日、一緒に寝てもいい?」
前園「なに、あんた? 今日は甘えん坊さんね」
宮部「ダメ?」
前園「そうね……お酒は二十歳まで飲まないって約束できるなら」
宮部「……茜ちゃんが寝た後に、布団に潜り込みます」
前園「なにそれ⁈ ズルよズル! あんたの方がズルいじゃないの!」
宮部「(笑う)」
前園「(笑う)」
宮部(M)幸せの箱。二人で居るには狭い箱。
宮部(M)でも、狭いからこそ、すぐにいっぱいになる。
宮部(M)幸せが沢山、溢れていく。
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