「声劇台本置き場」

きとまるまる

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二人台本↓

「130円の缶コーヒー」(比率:男1・女1)約45分。

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*役表
 止 大地とまり だいち:♂
 流 天花ながれ てんか:♀




・所要時間:約45分



ーーーーー



 夜の公園。大きく開けた敷地内には、ブランコやジャングルジム、パンダやうさぎの形をした揺れる乗り物など様々な遊具が並んでいる。
 スーツをきた男──止は、フラフラと公園内に入ってくると、自販機から少し離れた場所にあるベンチに腰掛け、ボーッと公園内に設置されている街灯を見つめている。ただただジッと灯りを見つめ、数分が経過する。止はため息をつきながら顔を俯かせる。


止「はぁ……今日も疲れたなぁ……」


止(M)僕の一日は、ため息で始まり、ため息で終わる。今日もいつもと変わらず、ため息で終わる……はずだった。


 スーツを着た女性──流がフラフラと公園内に入ってくる。疲れ切っているのか、元気がない様子である。フラフラと自販機めがけ歩みを進める。


止「ん?」

止(珍しいな、こんな時間に人が来るなんて。あの人も、きっと僕と同じで疲れてるんだろうなぁ)


 流はベンチに人が座ってるのを見つけ、ジッとその男を見つめる。


流「……」

止「……」

止(この人、めっちゃ僕のこと見てくるんだけど……僕、なんかしたのかな……?)

流「……お兄さん、元気ないですね……」

止「え?」

流「ダメですよ……元気がないと、この社会では生きていけませんよぉ……」

止「は、はぁ」

流「私が、元気を、分けてあげます、ね……」

止「あ、いや、その……」

流「なんですかぁ……?」

止「いや、元気を分けるって……今のあなたから元気をもらったら──」

流「なんですか!」

止「うわ⁈ な、なんですか急に!」

流「急もなにも、あなた達はこういうのがお望みなんでしょ! うわぁぁぁ! 元気元気!」

止「え⁈ いきなりなんですか⁈ お、落ち着いてください!」

流「落ち着いてますよ! 私はすごく落ち着いてます! がぁぁぁぁぁ!」

止「どこをどう見たら落ち着いてるんですか⁈ あ、暴れないでくださいよぉ!」

流「うがぁぁぁぁぁぁ!」

止「なんなんだよぉぉぉ!」


止(M)僕の日常が、変わった瞬間である






 止は自販機で缶コーヒーのブラックを二つ買うと、ベンチに座って俯いている流の元へとゆっくり歩き出す。


止「落ち着きましたか?」

流「は、はい。すみません……」

止「えっと、何があったかはわかりませんが、これ飲んで落ち着いてください」

流「は、はい。ありがとうございます。すみません……」

止「いえいえ、気にしないでください。あっ、ブラック飲めますか? もし飲めなかったら、別のモノを──」

流「バ、バカにしないでください! こんなもの……!」

  
 流は勢いよく止の手から缶コーヒーを奪うと、勢いそのままにプルタブを開け豪快にコーヒーを口の中へと流し込む。
 が、一滴も喉を通すことなく地面へと吐き出す。


流「うげぇ……!」

止「ダメじゃないですか……。すみません、すぐに別のものを──」

流「きょ、今日は舌の調子が悪いだけです!」

止「舌の調子? じゃあ、いつならいいんですか?」

流「それは、その……あ、明日?」

止「明日……じゃあ、明日もここでブラック持って待ってますんで、飲みに来てくださいね」

流「うぐっ……! わ、わかりました! 明日も来ますから、待っててくださいね!」

止「冗談ですよ。本当に来なくて──」

流「明日も来ますから! 絶対に来てくださいよ! わかりましたね! では、失礼します!」


 流は立ち上がり自分が座っていた場所に缶コーヒーを置くと、足早に公園を後にする。


止「え? あ、ちょっと!」

止「えぇ……本当に来るのか……?」



ーーー



 次の日の夜の公園。ベンチには止が缶コーヒーを二つ持って座っている。


止「はぁ、来ちゃったよ。まぁ、やることないし別にいいんだけどさぁ」

止「……やることがない、か。はぁ、悲しいなぁ……。僕は一体なにしてるんだろ……?」


 止がうつむきしょぼくれていると、流が公園へとやって来る。足取りは昨日と違い、軽くふわふわしている。


流「こんばんわ」

止「あっ、ど、どうも」

流「本当に来てくれたんですね」

止「それはこっちのセリフですよ」

流「うふふ。あっ、ブラック、持って来ましたか? 今日こそはグビッと飲みますからね!」

止「本当に大丈夫ですか? 無理しないでくださいよ」

流「ふっふっふ! 昨日の私だと思っていたら大間違いですよ! では、いきます!」


止(M)その後のことは、言うまでもない。


止(M)次の日。


 夜の公園。流が元気なくうつむきながらベンチに座っている。
 止がやってくる。流がベンチにいることを確認すると、自販機へと向かい缶コーヒーを二つ買い、ベンチへと向かう。


止「あ、あの、どうしました?」

流「ん? あっ、なんでもないです。気にしないでください」

止「は、はい」

流「さぁ、今日こそはグビっと飲みますよ!」

止「それ、昨日も聞きましたよ。というか、ここに来るたび130円取られる僕の身になってくださいよ」

流「あっ……そ、そうですよね! すみません!」

止「え? あっ、いや、き、気にしないでください! 特にやることなくて、お金だけ溜まっていく生活してますから! むしろ使わせてくれてありがとうというか! あ、あはははー!」

流「ほぉ、趣味がないんですか?」

止「その通りです。特にこれといって何もなくて……。だから、今はあなたがいつブラックを飲みきれるか眺めてるのが、趣味みたいになってますよ」


 流は目を丸くして、ジッと止を見つめている。


流「……ほぉ」

止「……あ、いや、えっと……」

止(やばい! 今の発言はやばい! 変態って思われても仕方ない発言! ど、どどどどうしよう⁈)


 流は眩しく可愛い笑顔を止に向けると、元気よく得意げに答える


流「ふっふっふ……! 残念ですが、その趣味は今日で終わりですよ!」

止「……!」

流「ん? どうしました?」

止「あっ、いや、なんでもない! ほら、ブラック!」

流「はい、ありがとうございます!」

止(い、今の笑顔は反則だろ……!)

流「それでは、いただきます!」


止(M)その後のことは、言うまでもない。


 流がベンチの前で膝をつき手をついて嘆いている。止は自分の分と流の分の缶コーヒーを手に、嘆く流を眺めている。


流「な、なぜだ……なぜ飲めない……?」

止「あの、飲めないなら飲めないでいいんですよ。無理して飲まなくても……」

流「ブラックが飲めないって、子どもっぽくないですか⁈」

止「いや、そんなことは……」

流「ブラックが飲めるって、大人って感じしませんか?」

止「ま、まぁ、そうかもしれないですね……」

流「ですよね。あ~あ、あなたみたいにグイッと飲みたいなぁ」


 流は手や膝についた砂を払いながら立ち上がる。そして、止の手にある缶コーヒーをジッと眺める。


流「……あれ?」

止「どうしたんですか?」

流「飲まないんですか?」

止「え?」

流「私が、その……の、飲めなかった分、飲んでくれたじゃないですか。今日は飲まないんですか?」

止「あ、あぁ……えっと……!」

止(あの笑顔を見た後だと、なんか意識してしまう! これは、この人が飲んだ──)

流「どうしました?」

止「あ、いや、その、えっと……!」

流「……ははーん? もしかして?」

止(あー! やめてくれやめてくれ! 察しないでくれぇぇぇぇ!)

流「あなたもブラック、飲めないんでしょ!」

止「……え?」

流「今まで無理してたんでしょ! そうでしょ!」

止「い、いや、僕は──」

流「隠さなくていいんですよ。女性の前だから、カッコつけたくて無理してたんですねぇ~! なるほどなるほど!」

止「いや、だから──」

流「では明日からは、どっちが早くブラックを飲めるか勝負ですね!」

止「え?」

流「私、絶対に負けませんからね! ではでは!」


 流は足早に公園を後にする。


止「え⁈ ちょっ!」

止「……もしかしてこれ、あの人が飲めるまでここに来るのか?」


 流が公園の入り口で立ち止まり、なにかを思い出したかのように止へと身体を向けると、止に聞こえるように声をかける。


流「あのー!」

止「え? あ、はーい! なんですかー?」

流「名前ー! なんて言うんですかー?」

止「な、名前?」

流「なーまーえー!」

止「と、止大地とまりだいちですー!」

流「とまりさんですねー! では、またあしたー!」


 流は大きく手を振り、背を向け足早に去って行く。


止「……明日も、なのか? ってか、いつまで続くのだろう、僕らの関係は?」


止(M)僕らは、どうやって出会ったんだっけか? まぁ、出会いなんてなんでもいいや。

止(M)僕の退屈な日常に、真っ白のキャンパスに……あの人は、色をつけてくれた。




ーーー



 夜の公園。二人が公園内の自販機の前に立っている。流は今から強敵に挑むかのように、自分の頬を叩き気合いを入れる。


流「よーし! 今日も元気出して行きましょう!」

止「そ、そうですね」


 止がお金をいれ、いつも買っている缶コーヒーのボタンを押す。
 大きな音を立てて缶コーヒーが落ちてくる。止は缶コーヒーを手にすると流に手渡す。


止「はい、どうぞ」

流「ありがとうございます! ではでは」


 流は缶コーヒーを受け取ると、自らもお金を入れ、缶コーヒーのボタンを押す。


止「え? ちょっ、なにしてるの?」


 落ちてきた缶コーヒーを手にすると、止に手渡す。


流「私からも、はい!」

止「え? な、なんで?」

流「止さんも飲めないんでしょ? ですから、飲めるまで私がおごり続けますよ!」

止「え⁈ そ、それは申し訳ないですよ!」

流「いいんですいいんです! 私も趣味ありませんから!」

止「で、でも……と言うか、僕は──」

流「よーし! では止さん、行きますよぉ!」

止「え⁈ ちょっ、だから僕は──」

流「いただきます!」

止(ど、どうしよう……僕、飲めるんだけどなぁ……。で、でも……)


 流はベンチへと戻ることなく、その場で缶コーヒーを飲みはじめる。止は流の勢いに流されるようにプルタブを開け、ちびちびと飲みはじめる。


流「うぅぅ……二口でギブアップです……。止さんは?」

止「あ、あははは。僕も二口だよ」

流「あら、同じですね!」

止(飲めるんだけどね、本当は……)

流「うふふふ!」

止「ど、どうしたの?」


 流は笑顔で止の顔を見つめ、ニコリと微笑む。


流「私たち、似た者同士ですね!」

止(だからその笑顔! やめてくれ! 好きになる!)

流「では、本日も失礼しました!」

止「え⁈ あ、あの!」

流「ん? どうしました?」

止「あっ、え、えっと、その……! な、な、な、な……!」

流「な?」

止「な、名前! な、なんと言うのでしょうか?」

流「名前? 私のですか?」

止「そ、そうです!」

流「私は、流天花ながれてんかと言います。呼び方はお好きなように! では!」


 流は缶コーヒーを止に渡すと、その場を去っていく。


止「ながれさん、か」


止(M)なぜ彼女は、ここに来てくれるのだろうか? 彼女は、なにをしている人なのだろうか? 彼女は、いくつなのだろうか?

止(M)ダメだ……会えば会うほど知りたくなる。


止「あの人、飲めなかったやつは捨ててると思ってるのかな?」


 止は流から受け取った缶コーヒーをジッと見つめる。


止「流さんの飲みかけ……あぁぁぁぁ! そういうことを考えるから気持ち悪いんだよ! これは捨てるのがもったいないから! もったいないから!」


止(M)流さんの飲みかけと、流さんからいただいたものを飲み干し、僕は……。


止「よーし、明日も頑張るぞぉぉ!」


止(M)彼女とは、缶コーヒーを飲み合うだけの関係。ここで会って、飲んで帰る。ただそれだけ。

止(M)5分もしない短い時間……そんな短い時間の中で、僕は彼女を好きになってしまったのかもしれない。


止「はぁ……男って単純な生き物だよ……」


止(M)仕事が終われば、彼女に会える。そう思ったら、やる気があふれてきた。

止(M)生きる希望が、湧いて来た。



ーーー



 夜の公園。ベンチに流が座っている。止と会ってる時と比べると元気が無く、力なく俯いている。


流「はぁ……今日も疲れたなぁ……」


流(M)私の一日は、ため息で始まり、ため息で終わる。


流「もう嫌だなぁ。なにやってんだろ、私……」


流(M)悪いことは何一つしていない。それなのに飛んでくる、言葉という凶器。


流(気にするなって言われるけどさ……やっぱり、気になっちゃうよ。私、強くないもん)

流(悪いことはしてないはず。でも、私が言われる立場になったら……ふざけんなって言っちゃうかな? 消えろって言っちゃうかな? 死ねって……言っちゃうかな?)

流「もう、何もしたくないなぁ……」


流(M)彼らのため、彼女たちのため。そう思って行う行為も……彼らからしたら、彼女たちからしたら、ただの迷惑行為なのだろう。


流(じゃあ、どうしたらいいのよ? どうしてほしいのよ? 黙ってたら黙ってたでごちゃごちゃ言ってくるくせに。言ったら言ったでさ……。どうしたらいいのさ? どうしたら……?)

流「ほんっと、めんどくさいな……人間って」


流(M)仕事の疲れを取るために、飲み物を買う。お金を入れて光るボタンを──


 流は無意識に缶コーヒーのボタンを押す。


流「あぁ……まただ」

流(飲めないのに、なんで押しちゃうのかなぁ?)


 流はしゃがみこみ、缶コーヒーを手にする。ジッと手にした缶コーヒーを眺めている。


流「おいおい、なんででてくるんですかぁ? 缶コーヒー、ブラックさんよぉ?」


流(M)彼も、きっと私のこと知ったらあいつらと同じになる。そう思ったら、会わない方が互いのためだと思う。

流(M)でも、なんでだろう?


 止が自販機の前へとやって来る。


止「こんばんは、今日もお疲れ様です」


流(M)なぜだろう?


 止はお金を入れ、ボタンを押す。出てきた缶コーヒーを手に取ると、優しく流に手渡す。


止「今日こそ飲めるといいですね」

流「バカにしないでくださいよ!」


 流も止へと、缶コーヒーを手渡す。


流「はい、どうぞ」

止「ありがとうございます」

流「ではでは、今日も一日お疲れ様でした!」

止「乾杯」


 二人は缶コーヒーを軽くぶつけ合うと、ゆっくりと口に運ぶ。


流(M)あぁ……この苦味が、生きてるって実感させてくれる。



ーーー



 夜の公園。流と止はベンチに腰掛け、缶コーヒーを飲んでいる。
 流は四口目を飲み終えると缶コーヒーを一度膝まで下げる。目を閉じ深呼吸をすると、意を決したかのようにもう一度コーヒーを口へ運ぶ。


止「おぉ、今日は飲みますね」


 が、ちびっと口に含んだだけで動きが止まり、缶コーヒーを膝下まで下げる。


流「うがぁぁ! 無理無理! これ以上は無理ぃぃぃ!」

止「今までで一番飲めましたね。おめでとうございます」

流「……バカにしてませんか?」

止「いやいやいや! そんなことないですよ!」

流「そういう止さんは飲めたんですか?」

止「……」

流「……なんで目をそらすんですか?」

止「いや、その……」

流「私に隠し事ですか?」

止「……」

流「言いなさい」

止「……今日は、そろそろ──」


止(M)そう言って、逃げようとしたのだが……。


 流は、立ち上がって逃げようとする止の手をガッチリと掴む。


流「逃がしません。言ってくれるまで、手は離しませんからね」

止(ずっと握ってて欲しい)

流「さぁ、早く言ってください!」

止「……じ、実は……」


流(M)彼は缶コーヒーを逆さにした。中から、ブラックは一滴も垂れてこない。


流「い、いつのまに……⁈」

止「最初からです」

流「……え?」

止「僕、飲める人です」

流「えぇ⁈」

止「あなたが飲めなかった分、飲んでたじゃないですか……」

流「あ、あれは無理してたんじゃ⁈」

止「僕、ブラック大好き人間です」

流「だ、騙したなぁぁぁ!」

止「いやいやいや、騙してなんかないですよ! あなたが勝手に──」

流「だったらもっと早く言ってくださいよ! なんで言ってくれなかったんですか⁈ あれから何日経ってると思ってるんですか⁈ なんか……なんか……!」


 流は恥ずかしさのあまり、顔を手で隠す。


流「うわぁぁ! 恥ずかしいぃぃ!」

 
止(M)そういって、彼女は顔を手で隠した。可愛い。


流「止さん!」

止「は、はい!」

流「黙っていた罰です! 私が飲めるまで、毎日付き合ってもらいますからね!」

止「ま、毎日ですか……?」

流「毎日です!」


止(M)毎日彼女に会える。そう思うと、とても嬉しかった。


 流がふてくされた様子で缶コーヒーを止に渡す。


流「はい、これ」

止「え?」

流「飲めるんでしょ? 残り飲んでください」

止「いや、でも飲みかけ──」

流「飲んでください!」

止「は、はい……」


止(M)ずっとずっと、一緒にいれたらいいな。でも、彼女が飲めるようになってしまったら……この関係は、終わってしまうのだろうか?



ーーー



 夜の公園。ベンチに二人が座っている。流は自分が飲めなかった分を飲んでいる止をジッと見つめている。


流「ジー……」

止「あ、あの、流さん……」

流「なんですか?」

止「ずっと見られてると、飲みづらいです……」

流「お気になさらず」

止「いや、そう言われましても……」

流「ジー……!」

止「……」

流「止さん」

止「な、なんですか?」

流「止さんは、いつから飲めるんですか?」

止「え?」

流「ブラック、いつから飲めたんですか?」

止「いつから……いつからだろ?」

流「何がいいんですか? ブラックの」

止「うーん……苦いところ、かな?」

流「この苦さがいいだなんて、止さんは変わり者ですね」

止「それを飲めるようになりたいって言ってる君も、変わり者になるけどいいの?」


 流は急にうつむき、小声でボソボソと呟く。


流「私は変わり者ですから……あなたたちから見たら……」

止「え? 今、なんて?」

流「なんでもありません。気にしないでください」

止「……あ、あの、流さん」

流「なんですか?」

止「流さんは、お仕事何されてるんですか?」

流「……」

止「あ、言えないなら大丈夫ですよ! 聞いてすみません」

流「ごめんなさい。詳しくは言えないんですけど……止さんには缶コーヒーたくさんいただいてるので、ヒントを差し上げますね」


止(M)そう言って、彼女は僕の前に立ち。


 流はくるっと止へと振り向くと、笑顔で敬礼する。


流「人を守るお仕事してますっ!」


止(M)敬礼しながら、笑顔でそう言った。かわいい。それ以外の言葉が見つからない。僕は彼女の笑顔を脳裏に焼き付ける為に彼女のことをジッと見つめ──


流「止さん? どうしました?」

止「え? あっ、いや、な、なんでもないです気にしないでください!」

流「そうですか。今日はそろそろ帰りますね。いつもいつもありがとうございます」

止「こちらこそ、ありがとう」

流「お礼を言われるようなことは何もしてませんよ。では!」


止(M)『君が隣にいてくれるだけで……』なんて臭いセリフは言えるわけもなく、彼女は去っていった。


止「人を守る、か。僕も、あなたの笑顔に助けられていますよ」


止(M)彼女が残していった缶コーヒーを飲み干す。日に日に量が少なくなっていく。別れがどんどん近くなっている。

止(M)でも、飲む量が増えれば増えるほど、彼女と一緒にいられる時間が長くなる。話す時間が長くなる。

止(M)複雑な気分だ。



ーーー



 夜の公園。流が一人ベンチに座っている。


流「止さん、遅いなぁ。今日はもう来ないのかな?」


流(M)仕事終わりに、缶コーヒーを飲むのが日課になった私たち。いつも同じ時間帯に集まり、少しお話しして帰る。互いに30分前後遅れることはあったのだが……。


 流が公園内に建っている古びた時計へと視線を向ける。


流「もう1時間半か……」


流(M)ここまで遅れてくることは今までなかった。今日はもう来ないのかもしれない。毎日毎日会っていたからだろうか? 来ないのかもと思うと、寂しい気持ちが込み上げてくる。


流「今日は帰ろ。その前に……」


流(M)いつもお世話になっている自動販売機の前で、いつもの行動を行う。

流(M)出てきた缶コーヒーを眺める。彼の顔が浮かんでくる。私の中で、彼の存在が少しずつ、少しずつ大きくなっているのだろうか?

流(M)彼とは特別な関係でもなんでもない。ベンチに腰掛け、缶コーヒーを飲み、少し話す。ただ、それだけの関係。

流(M)なぜ、私はここにいるのだろうか? なぜ私は、彼に会いにくるのだろうか? なぜ私は、苦くて嫌いな缶コーヒーを飲み続けるのだろうか?

流(M)この場所に来るまでに『消えろ』と言われ。この場所に来るまでに『死ね』と言われ。この場所に来るまでに『助けてくれ』と泣きつかれ……。


流「もう……やめて……」


流(M)私は、伝えることしかできないから。


流「なにが人を守るお仕事だよ……。傷つけてばっかりじゃん……。あぁ、ダメだダメだ。一人だと嫌なことばっかり考えちゃうなぁ」


流(M)手にした缶コーヒーをまた眺める。先程よりも、彼の顔が鮮明に映し出される。

流(M)いつからだろう? いつからなんだろう? でも、これ以上は、私のためにも、彼のためにも……。だって、私は……。


流「……悪魔だから」

流「……飲んで帰ろ」


流(M)毎日毎日飲んでるおかげか、今となっては半分近くまでは飲めるようになったブラックコーヒー。


 流は缶コーヒーを勢いよく喉奥へと流し込むが、強い苦味を感じ慌てて吐き出す。


流「うげぇぇ……!」


流(M)一口も飲めなくなっていた。


流「な、なんで……? 半分飲めてたのに……! なんでだぁぁぁ⁈ 私はまた子どもに逆戻りかぁぁぁ⁈」

止「流さぁぁぁん!」

流「ほわぁぁぁ⁈ と、と、止さん⁈」

止「す、すみません……! 仕事が長引いちゃって……!」

流「あっ、そ、そうだったんですか! お疲れ様です!」

止「あれ? もう買ってたんですね」

流「え? あ、はい! もうグビグビいっちゃいますよ! あははは!」

止「どうしたんですか? なにかあったんですか?」

流「飲めなくなったとか、決してそんなことはありませんからね! 見ててくださいよ!」


 流は缶コーヒーを口へ運ぶ。苦味を感じるが、吐くことはなくそのまま一口喉奥へと流し込む。


流「……あれ?」

止「どうしました?」

流「……飲める」

止「え?」

流(一人の時は、苦くて苦くて一口も飲めなかったのに)

止「流さん、なにかあったんですか?」

流(あぁ、そうか……そういうことか)

流「……しましょう」

止「え?」

流「遅くなりましたけど、お疲れ様の乾杯をしましょう」

止「はい、わかりました」


流(M)彼とは、この缶コーヒーを飲んでる間、一緒にいられるんだ。


 止は缶コーヒーを買い、二人はベンチへ腰掛ける。


流「止さん、お仕事お疲れ様です」

流(単純だなぁ、私)





止(M)毎日毎日、130円が無くなっていく。

流(M)それが、とても幸せだった。

止(M)お金が減るのが、嬉しかった。

流(M)飲めない缶コーヒーをもらえるのが、すごく嬉しかった。


止「お疲れ様でした」


流(M)彼の顔を見るのが好きだ。


流「あぁぁぁ! もうダメ! 限界!」


止(M)彼女の一生懸命なところが好きだ。

流(M)彼の声が好きだ。

止(M)彼女の笑顔が好きだ。

流(M)彼が好きだ。

止(M)彼女が好きだ。

流(M)もっともっと、近づきたい。

止(M)もっともっと、一緒にいたい。




ーーー



 夜の公園。二人がベンチに座っている。流が缶コーヒーを気合いでグビグビ飲んでいる。


流「あぁぁぁ! 頑張った! 今日は頑張った!」

止「結構飲んだね」

流「ふふん! もっと褒めてくれてもいいんだよ?」

止「あと少しです。頑張りましょう」

流「褒めてよ!」

止「(笑う)」
流「(笑う)」


 止は流から飲みかけの缶コーヒーを受け取ると、中身を確認するように軽く振る。


止「でも、ここまで飲めるようになるとは思ってなかったよ」

流「自分でもびっくりだよ」

流「……ねぇ」

止「なに?」

流「全部飲み切ったらさ、ご褒美ちょうだい」

止「え?」

流「なんかあった方がやる気が出るじゃん!」

止「はいはい、わかったよ」

流「よーし、頑張るぞー!」

止「ご褒美は僕ができそうなことにしてよ」

流「わかってるって!」


流(M)ご褒美はもう決まってる。この缶コーヒーを飲み切っても、こうやって会って──


 流は止の顔を見る。と、突然なにかに驚くような表情をしはじめる。その表情は、見てはいけないものを見てしまったかのよう。


流「……!」

止「流さん、どうしたの?」

流「あっ、いや……な、なんでも、ない……」

止「流さん?」

流「ご、ごめんね! 今日はもう帰る……!」

止「え? あっ、うん」


止(M)そう言うと、流さんは慌てた様子で公園を後にした。次の日……流さんは、現れなかった。次の日も、その次の日も……彼女は僕の前に姿を現さなくなった。

止(M)それでも僕は毎日通った。仕事が終わって、缶コーヒーを買って、待ち続けた。ずっとずっとずっと……。



ーーー



 夜の公園。止がベンチに座り、流が来るのを待っている。


止「はぁ……そろそろ帰るか」

流「止さん」

止「え……? な、流さん⁈」


 声に反応し顔を上げると、いつのまにか目の前に流が立っている。彼女の顔には笑顔はなく、見たこともない真剣な表情をしている。


止「流……さん?」


止(M)彼女は真剣な顔をしている。こんな顔は、今までで一度も見たことがない。


止「流さん、どうしたの?」


 流はなにかに耐えるように、強く拳を握っている。


流「止さん、今日はあなたに……つ、伝えなきゃいけない……ことが……」

止「伝えなきゃ、いけないこと?」

流「……止さんは『悪魔』という存在に、どんなイメージを思い描いてますか?」

止「え、悪魔? えっと、僕たち人間に対して酷いことをするというか……不幸をもたらすイメージかな?」

流「……天使は?」

止「天使……悪魔と違って僕らを助けてくれるというか、幸福を届ける……かな?」

流「……ですよね。悪魔は不幸、天使は幸福……。何でですかね? 一体どこからそんなイメージがついたんでしょうね? 天使は……天使は……」

流「人に、死を告げる存在なのに」

止「流さん? 何言って──」


 流が意を決し、視線を止へと上げる。
 流の背中から、大きく白い美しい翼が突然現れる。


止「……え?」


止(M)彼女の背中から、大きな翼が広がる。大きくて白くて、美しい翼が。


止「な、流さん……?」

流「止さん……私は、あなたを守りに来ました」

止「守りに? ど、どういうこと……?」

流「今から、あなたに『死の時間』を伝えます」

止「え……? 死の、時間? 死の時間って……ま、待ってくれ! つ、つまり僕は、近いうちに……?」

流「……はい」

止「な、なんで……?」

流「……」

止「し、死ぬ……? そ、そんなこと、いきなり言われて──」

流「ごめんなさい」

止「……え?」


止(M)彼女を見て、言葉が出てこなくなった。泣いていた。震えていた。なぜ泣いていたのか、震えていたのか……僕は、理解ができてしまった。


止「……僕が死ぬ未来は、変えられないのか?」

流「変えられません。その日を迎える前に、自ら死ぬことは可能ですが、そうした場合は天使の加護がなくなります」

止「どうあがいても、僕は……」

流「死にます」

止「……そっか」

流「……ごめんなさい」

止「な、なんで謝るんですか?」

流「私は天使なのに、死を告げることしかできません。この日に死ぬとしか伝えることが……あなたたちを助けることは──」

止「わかった」

流「……え?」

止「僕は近いうちに死ぬのかぁ。そっかそっか」

流「止、さん?」

止「流さん」

流「は、はい」

止「難しい話は、缶コーヒー、飲みながらしましょ」

流「……はい」


止(M)缶コーヒーを飲みながら、彼女は色々と教えてくれた。悪魔は人間の魂を奪っていく存在であること。天使は悪魔から人間の魂を守るために『死の時間』を伝え、加護を与えること。


 二人は缶コーヒー片手にベンチへと腰掛け、流の話に耳を傾けている。


流「私たちから加護を受けた人間は、悪魔に魂を奪われることはありません」

止「そっか、そういうことか」

流「でも……」

止「ありがと」

流「……え?」

止「死の時間を教えてくれるってことはさ、悪魔から守ってくれるってことでしょ?」

流「は、はい」

止「だったらお礼言わなきゃじゃん。守ってくれてありがとう」

流「……言わないんですか?」

止「何を?」

流「デタラメ言うなって」

止「……言わないよ」

流「信じないって」

止「言わないよ」

流「き、消えろって……」

止「言わない」

流「天使なんだろ……助けてよ……って」

止「言わない」

流「か、代わりに……死ねって──」

止「言うわけないだろ」

流「……うぅ……」

止(今まで、ずっと辛かったんだろうな)

流「ごめんなさい……ごめんなさい……! 天使なのに……天使なのに助けてあげられなくて……! 天使は幸福を与える存在なのに、私は……私は何も……! ごめんなさい、ごめんなさい……! ごめん……なさい……!」


止(M)僕ら人間が勝手に抱いているイメージのせいで、彼女はずっとずっと傷ついてきたんだろうな。悪魔から守ってもらっているのに、自分勝手な生き物だよ、人間って。


止「……流さん」

流「は、はい……」

止「一つだけ、お願い事……聞いてもらってもいいですか?」

流「お願い、ごと……?」


止(M)あぁ、本当に自分勝手な生き物だよ……。




ーーー




 夜の公園のベンチに座り、二人は缶コーヒーを飲んでいる。
 流は立ち上がり腰に手を当て、勢いよく缶コーヒーを飲みはじめる。


流「……ぷはぁ! の、の、飲めましたぁぁぁぁ!」

止「まさか、全部飲みきるとは……!」

流「ふふん! もっと褒めろ!」

止「すごいすごい」

流「もっと心を込めて!」

止「……」

流「止さん、どうしました?」

止「ありがとね」

流「え?」

止「わがまま、聞いてもらって」

流「いいんです。私も一緒に居たかったから」

止「そう言ってもらえてすごく嬉しいよ」

流「……」

止「流さん?」

流「……止さん」

止「なに?」

流「約束、覚えてますか?」

止「ご褒美?」

流「はい」

止「なにが欲しいの?」

流「……驚きませんか?」

止「僕は明日死ぬんだよ? それ以上に驚くことって、なに?」

流「……止さん」

止「なに?」

流「……」

流「……あ、あなたが……あなたが……ほしい、です」

止「……」

止「……いいよ」

流「……ありがとう……止さん……」

流「……止さん……私、止さんのこと……」

流「大好き、です」


 流はゆっくり、優しく、止の首に手を回す。




ーーー




 夜の公園。時刻は23時を過ぎており、辺りには人の気配がない。ベンチには一人の女性が座っており、月の灯りが彼女を照らしている。
 女は缶コーヒーのブラックを片手にボーッと月を眺めている。そして、缶コーヒーをゆっくりと口元へと運ぶ。


流「ぷはぁ……。あーあ、いつ飲んでもブラックは美味しくないなぁ。これが美味しいと感じる日が来るのかな?」

流「……今日はどの魂にしようかなぁ?」


 女は缶コーヒーを眺めながら、誰かに語りかけるように話し出す。


流「ねぇ、どれがいいと思う?」


 女はそう問うと目を閉じる。聞こえてくるのは、風の音。ブランコがゆっくりと揺れる音。遠くから聞こえる車の音。夜の音。
 女はゆっくりと目を開け、ニッコリと微笑む。


流「……わかった」

流「よーし! いっくぞぉぉ!」


 女は元気よく立ち上がると、手にしていた缶コーヒーを自販機の隣に置いてあるゴミ箱へと放り投げる。が、缶はゴミ箱に吸い込まれることなく大きく外れ、地面へと転がり落ちる。
 女は地面へと転がり落ちた缶を拾うことなく、背をむけ公園をゆっくりと後にした。

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