「声劇台本置き場」

きとまるまる

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二人台本↓

「桜並木の海」(比率:男1・女1)約20分。

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・役表
男:♂
女:♀

*所要時間ー約20分



ーーーーー



 4月下旬、少し明かりがさしてきた早朝。まだ肌寒く、周りには人一人いない。
 男は車椅子を眠そうにゆっくりと押している。車椅子には女が座っており、機嫌が悪いのか少しムッとした表情で前を見つめている。


男「(あくび)」

女「眠いの?」

男「眠い。今、朝の何時だと思ってるんだ?」

女「ごめんごめん」

男「朝早くから車椅子を押す人の気持ち、考えたことがあるか?」

女「ない」

男「考えてください。お前が思ってるよりも大変なんだぞ」

女「私は病人だぞ。優しくしろ」

男「はいはい」

女「ねぇ、まだ着かないの?」

男「もうちょっと」

女「もうちょいスピード出せないの?」

男「安全運転って言葉を知ってるか?」

女「スピード出せ」

男「この車は、これ以上スピード出せません」

女「周りに誰もいないんだからさ、ちょっとくらい──」

男「周りに人いるいないの問題じゃねぇの。もうちょいで着くんだから、少しくらい我慢しなさい」

女「ケチ」

男「ケチで結構。お前、最近わがままばっかりだな。先生も頭抱えてたぞ」

女「……うるさい」

男「うるさくねぇよ」

女「あんたたちにさ、私の気持ちがわかんの?」

男「……」

女「わかんないのにさ、ごちゃごちゃ言わないでよ」

男「……やれやれ、いつの間にこんなわがまま女になったのやら?」

女「嫌ならさっさとどっか行けば」


 男はため息を吐きながらも、無言で車椅子を押し続ける。


女「……あんたってさ、バカだよね」

男「いきなりなんだよ?」

女「私のなにがよくて付き合ってんの? 私がもしあんたなら、こんな女、もうとっくに捨ててるのに」

男「俺がお前なら、もう少し性格良い女になってるな」

女「は? うっざ。殴るぞ?」

男「病人は大人しくしてなさい」

女「病人扱いすんな」

男「さっき自分で病人だって言ってたろ」

女「あーはいはいそうですねー。ごめんなさいねー」


 男たちの目の前に桜並木が広がりはじめる。が、花びらはほぼ散っており、散った花びらが地面を覆っている。


男「ほら、見えてきたぞ」

女「……うん」

男「綺麗だな。桜並木」

女「うん」

男「誰もいなくて、静かでいいな」

女「うん」

男「朝早くに来た理由はこれか?」

女「うん」

男「……桜、だいぶ散ってるな」

女「桜のシーズン、ほぼ終わってるしね。でも、散った花びらが地面を覆ってめちゃくちゃ綺麗じゃん」

男「だな。桜の海って感じ」

女「は? なにそれ? ダッサ」

男「ダサくねぇだろ」

女「めちゃくちゃダサい」

男「うるさ」


 女は散りかけている桜を静かにジッと見つめている。


女「……」

男「寒くないか?」

女「うん。大丈夫」

男「どうだ? わがまま言ってまで見にきたかったんだろ」

女「……」

男「どうした?」

女「……綺麗だなって」

女「もうさ、私は見れないから」

男「……」

女「ごめんね。わがままばっかりで」

男「気にすんな」

女「……もうじき、ここの桜は散っていく。私も……」

女「あんたはさ、私のなにがよくて付き合ってんの? わがままで、口悪くて……口、悪くてさ……もうじき、死ぬのに……」

男「……」

女「あんたってさ、ほんとバカだよね。余命宣告されてさ、もう長いこと一緒にいられないってわかってんのに。どんどん動けなくなって。どんどん可愛くなくなってって。ちょっとしたことですぐ怒って、泣いて──」

男「全然笑わなくなったしな」

女「笑えるわけないじゃん……笑えないよ……」

男「わがままばっかり言うようになったし」

女「だってさ、死ぬんだもん……死んじゃうんだもん……。だから……だから──」

男「ありがとな。わがまま言ってくれて」

女「え……?」

男「俺さ、昨日全然寝れなくてさ」

女「な、なんで……?」

男「お前と、久しぶりにデートできるから」

男「嬉しくて嬉しくて、今日のこと考えてたら、楽しみすぎて全然寝れなくてよ。今こうやってお前とデートできてるのは、お前がわがまま言ってくれたおかげだ。ありがとな、俺のかわりにわがまま言ってくれて」

女「……」

男「……ごめんな」

女「え……?」

男「最近、お前全然笑わないし、ちょっとしたことですぐ怒るし……。俺さ、どうしたらいいのかよくわかんなくて……」

男「さっき、言ってただろ? 『あんたたちに私の気持ちがわかんのか?』って。……全然分かんねぇよ。分かんないから、俺……いっぱい傷つけちゃってんじゃないかってさ……。俺のせいで笑わなくなったんじゃないかって、怒ってんじゃないかって……」

女「ち、違う……違う……」

男「何年も一緒にいんのに、お前の気持ち全然わかんないなって……。ホント、ごめん……」

女「……なんで……なんであんたが謝ってんの……? 謝るのは、私の方だよ……」

女「ごめんね……ごめん……ほんとごめん……。怖くてさ……怖くて……。もうじき、死ぬって思ったら……あんたと、さよならしなきゃいけないんだって思ったら……。もう、私さ……わかんない……。どうしたらいいのか、全然わかんないよ……」

男「お前が辛いんだってことは、わかってるつもりだった。でも、お前は俺が思ってる以上に辛くて、苦しくて、悲しくて……全然わかってやれてなかった」

女「そんなことない……そんなことないよ……」

男「……なぁ

女「なに……?」

男「わがまま、言っていいか?」

女「……うん」

男「俺さ、お前のこと全然わかってやれてない、ダメダメなやつだ。でもな、好きなんだよ。大好きなんだよ」

男「お前と一緒にいれる時間が少なくなって、一人でいる時間が長くなっても……買い物してる時とか、ふとお前のこと考えるんだ。この服、似合いそうだなとか。このアクセサリー絶対好きそうだなとか……お前のことでいっぱいなんだよ……。今日のこと考えて、寝れなくなるくらい……楽しみで楽しみでさ。だから……全然わかってやれないけど、お前のそばにいたいんだ。ずっとずっと、いたいんだ……!」

男「こんなこと言ったらさ、怒られるかもしれないけど……死ぬなんて言うな。これ以上、死ぬって言うな……!」

女「……うん……うん……。ごめんね……ごめん……。あんたがずっとそばにいてくれてるのに、私は自分のことばっかりで……。理解してくれようとしてたの、知ってたのにさ……。冷たくあたってばっかりで、嫌な気持ちにいっぱいさせてたと思う。ほんとごめん……」

女「ねぇ、私もわがまま言ってもいい……?」

男「おう。いっぱい言え」

女「私さ、わがままで、口悪くて、自分でできることも少なくて、可愛くなくて……良いところなんて、全然ないかもだけど……。ずっと、そばにいてください。お願いします……」

男「そばにいるよ。ずっといるから。爺さん婆さんになった時も、またここに来て、桜見ような」

女「うん……うん……!」


女(M)桜は、咲いて、散って、また花を咲かせる。そう、また咲くんだ。散ったら終わりじゃない。

女(M)最後にって思って見に来たはずだったのに……。


男「なぁ」

女「なに?」

男「プレゼント」

女「え?」


 男はポケットから小さな紙袋を取り出し、女に渡す。
女が中を確認すると、貝殻のイヤリングが入っている。


女「貝殻の、イヤリング?」

男「お前、夏は海に行きたいってわがまま言うと思ってさ。海に関連するものが近くにあったら、早く行きたいってワクワクすると思って。すごく楽しみな気持ちになるかなって」

男「笑って、過ごせるかなって」

女「……バカ。何が全然わかんないだよ。私のこと、めちゃくちゃわかってんじゃん」


女(M)未来がどうなるかなんて、誰にもわかんない。だから、もう少し頑張ってみようと思う。

女(M)勝手にゴールラインを決められ、落ち込んで、もうダメだって諦めて……ゴールに向かって、歩み続けてきた。


 女はイヤリングをつける。男は正面に回ってしゃがみ、女の顔を覗き込んでいる。


女「ど、どう? 似合ってる?」

男「おう。可愛いよ」

女「う、うるせぇ」

男「うるせぇってなんだよ」

女「……」

男「ん? どうした?」

女「ねぇ」

男「なんだ?」

女「……泳ごう」

男「え?」

女「海。せっかく来たんだから、泳ごうよ」

男「……ダサいって言ったくせに」

女「うるせぇ」

男「よーし。しっかり掴まってろよ」

女「うん」


 男は立ち上がり、車椅子を押しはじめる。どんどんと加速し、桜並木を二人で駆けだす。


女(M)でも、あなたと一緒なら、ゴールラインを越えても……ずっとずっと、歩き続けられる気がする。走り続けられる気がする。


男「どうだー? 気持ちいいかー?」

女「うん! めっちゃ気持ちいいぃ!」


女(M)目をとじる。両耳から、海の音が聞こえる。少し冷たい風が、水のように私を包む。

女(M)さぁ、次は海に行くぞ。
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