18 / 22
第18話:ライラの宣戦布告
しおりを挟むその日、レヴは珍しく一人で歴史学の講義を受けていた。
壇上に立つ歴史学の教師――ルウィナがまるで仮面のような無表情を浮かべたまま、淡々と講義を続けていた。
「――〝魔歴〟以前についての資料はあまり残されていないが、この学園にある数少ない資料から分かるのは、この時代、魔女は決して支配者ではなかったということ」
レヴがつまらなそうに講義を聞いていると、一人の生徒が手を挙げた。
「先生。魔女が支配者でなかったとしたら、誰が支配していたのですか?」
その問いにルウィナがやはり感情のない顔で答える。
「先に答えを言うと、我々人類とは種族すらも違う――〝獣人〟と呼ばれる者達ね」
その言葉と共にルウィナの背後にある巨大な水晶から、映像が映し出される。
そこに映っていたのは、空飛ぶ巨大な鉄の塊だった。さらにその横には、服を着て武装した、二足歩行する獣のような人物が写っている。
レヴがその武装を見て、驚く。それは自分が使う魔女狩りの武器をさらに洗練させたような見た目で、彼らが高度な技術を持っていることが窺える。
千年も前に、今よりも発達した技術を持っている存在がいるとはレヴも知らなかった。
「彼ら〝獣人〟は、我々人類を遥かに超えた技術を有しており、一説によると、彼らは月から夜の海を渡って地上へとやってきたそうよ。ハガラニ大陸北部に広がる禁忌山脈で勢力を拡大させた彼らは、〝空中要塞〟と呼ばれる浮遊する拠点を使い、大陸各地へとその支配を広げた」
映っていた空飛ぶ鉄の塊は見れば各所から砲台が突き出ており、小型のまるで竜のような機械が今まさに発進せんとしていた。それは確かに、要塞と呼ぶに相応しかった。
「しかも彼らは我々と全く違う別系統のエーテル干渉技術を持っていたとされ、誰もが重力操作を行えていたという資料もある」
その言葉にレヴが思わず、声を出してしまう。
「そんな技術を持っていながら、なぜ彼らは衰退したのですか? 当時の魔女は、基礎魔術さえろくに使えなかったと以前の講義で仰ってましたけど、どうやって今の地位を魔女は確立できたのでしょうか」
そんなレヴの問いを聞いたルウィナが能面のまま、声だけで驚きを表現した。
「興味深い。通り越して、驚き。君が歴史に興味を抱いているとは知らなかったよ、レヴ・アーレス」
「別に深い意味はありません。気になっただけです」
「良い質問なので、答えましょう。彼らは大陸の北半分を支配したと思うと、突如その秩序が崩壊し、絶滅した」
「……答えになってない気がしますが」
「資料がないから、それ以上は言いようがない。一つ分かることは――我々人類は運が良かった。彼らは何かしらが原因で滅び、我らは生き残った」
レヴが納得のいかない顔をするもそれ以上反論する気にもなれず、口を閉じた。
そんな彼の様子を興味深そうに見ていた一人の生徒が、代わりに口を開いた。
「先生。少しだけ注釈しても?」
その発言に、ルウィナが頷く。否、肯定する以外の選択肢は彼女になかった。
なぜならその生徒は――
「え、ええ。もちろん構わないとも、アレシア君」
「ありがとうございます」
笑顔を浮かべ立ち上がったのは、銀髪の少女――アレシアだった。
その少女を見て、レヴが息を呑んだ。
確かに美しくどこか人外めいた彼女は、誰が見てもその美貌に見蕩れてしまうだろう。しかしレヴは違う意味で、彼女に圧倒されていた。
両目の奥が疼き、手が勝手に震え出す。
それはレヴにとっては初めての経験だった。
あれは……一体何者なんだ。
そんな疑問と、軽い恐怖がレヴを襲った。
しかしそんなことはつゆ知らず、アレシアが微笑みながら話し始めた。
「〝獣人〟は、自滅したんですよ。機械化のみで満足すればいいのに、彼らは神の領域へと触れてしまった。ゆえに生命の暴走を抑えきれず、全滅してしまったんです。多くを望めば……全てを失う。彼らから学べることはそれだけです」
「ああ……うん。興味深い説だ。ありがとうアレシア君」
ルウィナがそう話を終わらそうとするのを察して、アレシアが不満そうな顔をするも、結局そのまま着席した。
その後、講義は何事もなく続き、終了の鐘が鳴る。
しかしそのアレシアの言葉が、なぜかずっとレヴの耳の中に残っていた。
「……まあいいや」
レヴが教科書を鞄にしまい、歴史学の講義室から去ろうとした時。
「こんにちは」
そんな声が背後から掛かってきた。
その声を聞いて、レヴの動きが一瞬止まってしまう。
「少し、お話しない? レヴ君」
レヴが振り返りと、そこいたのはアレシアだった。笑顔を浮かべる彼女にレヴは冷や汗を掻いていた。
「えーっと。貴女は……」
「アレシアだよ。一応君の先輩になるけど、別に普段通りでいいし、気軽にアレシアって呼んで」
そのアレシアの言葉に嘘はなかった。しかしそう言われて、そう出来る人間は今まであまりおらず、レヴもまたそれを本気で受けとる気はさらさらなかった。
「……で、何か僕に用? アレシア」
だからこそ、そのレヴは精一杯の強がりが、アレシアには心地良かった。
「ふふふ! 君はやっぱり面白いね。顔もいいし」
「ありがとう。よく言われるよ」
「その返しも嫌いじゃないよ。そうだね、用はあると言えばある。君の可愛い相棒が君に黙って今、何をしようとしているか、知ってる?」
アレシアの言葉に、レズが眉をひそめた。
相棒……? 誰のことだ。
そう考えて、すぐにライラのことだと気付く。今朝、どうしても外せない用事があるといって、出ていったっきりだ。帰ってこないライラが心配ではないというと嘘になる。
だけども、なぜアレシアがそれを知っている?
「ライラがどうしたの」
「彼女は今、一つ殻を破ろうとしている。それを君は知っておくべきだと僕は思ってさ」
「どういうこと?」
「行けば分かる。僕が案内してあげるよ、ほら」
そう言ってアレシアがレヴの手を掴むと、走り出した。
「あ、ちょっと!」
「あはは! 早く行かないと、見どころがなくなっちゃう!」
アレシアがレヴを引っ張って駆け出す。
その向かった先は――〝星〟の生徒が住まう、アルベド寮だった。
***
レヴ達が走り出した、丁度その頃。
ライラは一人、居心地悪そうにアルベド寮の前で俯きながら立っていた。
先ほどから、寮を出入りする生徒達の視線に晒されて、顔がほんのり赤くなっている。
「なんで〝塵〟がここにいんの?」
「さあ?」
「誰かに呼び出されたんだろ」
「公開処刑かな? ちょっと見ていこうよ」
「やめとけ」
そんな声を聞こえないフリして、ライラはある人物を待っていた。
すると、彼女の知っている声が聞こえてくる。
「早く行きますよ。あの先生、時間には厳しいのですから」
その声に反応してライラが動いた。
寮の入口の前に出ると、彼女が顔を上げる。
その視線の先にいたのは――友人と共にいたリゼだった。
「……行きましょうか」
リゼが一瞬嫌そうな顔をするもすぐに元の表情に戻り、素通りしようとする。
「ま、待って、お姉ちゃん」
しかしそれをライラが、震える声で遮った。
精一杯手を広げて、ここは絶対に通さないという意志を見せるように。
「……邪魔なんですけど」
「お、お姉ちゃん。話を聞いて」
リゼがライラの態度に苛立ち、思わず右手を向けた。
「どけ!」
迸る雷撃。しかしそれはライラの手前で軌道を逸らされ、全く見当違いの方向へと飛んでいってしまう。
「お姉ちゃん、聞いて」
怯えたような表情で、しかし目線だけは決して外さないライラにリゼの苛立ちが爆発する。何より本気ではないとはいえ、自分の魔術をこの無能な妹によって防がれたことが、彼女を激怒させた。
ただでさえ昨晩の出来事で荒れているのに、それに拍車を掛けるようなライラの行為が許せなかった。
しかし隣にいる友人や周囲の生徒の視線を感じ、なんとかリゼが理性を取り戻してその怒りを収める。
「お前の話なんかを聞く気はない。さっさと消えろ、無能」
リゼが低く脅すような声に、ライラがビクリと身体を震わせた。
リゼを見るたびに、会うたびに、その声を聞くたびに、彼女は思い出してしまう。
幼い頃に、雷の魔術の実験台にさせられた最悪の記憶。
痛みと痺れ。恍惚の笑みを浮かべる姉。それを慌てて止める母。
いつからか姉は自分の存在を無視するようになり、母は魔女として自分を育てるのを止めた。
でもそれが一番、平穏だった。ずっとこうであればいいのに、と願っていた。
だから、なぜか母がこの学園に通うように言い出した時は驚いたし、拒否もした。
どうせ母が望むような、姉のような魔女にはなれっこないって。そう母に泣きついた。
それでも学園行きはなくならなかった。ずっとそれが嫌で、いっそ逃げだそうかと思った。
なのに――気付けば、自分は学園での生活を楽しんでいて、あれほど怖かった姉とこうして向き合っている。
どうしてだろう。そう不思議に思うも答えは一つしかないことも、分かっていた。
「お姉ちゃん。レヴ君との〝お茶会〟、受けてあげて」
「……黙れ。お前には関係ないだろ」
「お姉ちゃんのそういうやり方はズルいよ」
「もういい、喋るな。これ以上喋ったら本気で殺す」
リゼの脅しに、ライラは俯き――そして膝を地面へと落とした。
「はあ?」
「お願いします。レヴ君の誘いを受けてあげてください」
ライラが膝と手を地面につけ、頭を下げた。
その姿はあまりにみっともなく、回りの生徒達も嘲笑する。
「おいおい……あれ見ろよ。かっこわるっ」
「リゼ、〝塵〟イジメもほどほどにしとけよ」
「なにあれ~」
そんな声に晒されながらも、ライラが頭を下げ続けた。
「……馬鹿じゃないの。あんたがいくら頭を下げようが、関係ない。消えろ、死ね」
リゼが無情にそう吐き捨てると、ライラの手を踏みにじった。
その痛みにライラが耐える。手の甲から血が滲み出ても、決して地面から離さない。
「私も〝イレブンジズ〟も、レヴ・アーレスとは絶対に〝お茶会〟はしない。はい、話は終わり」
リゼがそう言って、ライラの横を通り過ぎていく。
「……だよね」
そんなライラの呟きが、なぜかリゼにははっきりと聞こえた。
「きっとお姉ちゃんはどれだけ私がお願いしたって聞くわけがない。でも、もし聞いてくれたのなら……それが一番平和で平穏だったのに」
ライラが立ち上がった。
「はあ? 何を言ってい――」
リゼが振り返り、そしてそれ以上何も言えなかった。
そこに立っているのは、スカートと膝と手が汚れた、負け犬な妹のはずだった。
なのに。
「お姉ちゃん。お姉ちゃんはお母さんの後を継ぎたいんでしょ? でもね、お母さんが私が入学する前にこう言ってたの。〝もしかしたら、あの子には無理かもしれない。だから、貴女が後継者になれるように一生懸命学園で努力しなさい〟って」
そこに立っていたのは、一人の魔女だった。
強い意志を秘めた瞳に、リゼは一歩下がってしまう。
「……!」
「私は結局それに対して何も答えられなかったよ。今でも、お母さんの跡を継げるとは思ってない。それでも……やらなきゃいけないことは分かってる。だから――」
ライラが右手を真っ直ぐに伸ばして、拳をリゼへと向けた。
「私は、ライラ・イレスは……! リゼ・イレスをお茶会へと招待します!」
「な、お前……それは!」
「予め何を要求するかを言っておくよ。私が勝ったら、お姉ちゃんには〝イレブンジズ〟から抜けてもらう。お姉ちゃんが勝ったら――私は学園を退学する。そうしたらお母さんはお姉ちゃんを後継者に選ぶしかないから」
そんな台詞と共に――ライラは飛びっきりの笑顔を浮かべた。
「もちろん、断らないよね――お姉ちゃん」
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる