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第18話:ライラの宣戦布告

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 その日、レヴは珍しく一人で歴史学の講義を受けていた。

 壇上に立つ歴史学の教師――ルウィナがまるで仮面のような無表情を浮かべたまま、淡々と講義を続けていた。

「――〝魔歴〟以前についての資料はあまり残されていないが、この学園にある数少ない資料から分かるのは、この時代、魔女は決して支配者ではなかったということ」

 レヴがつまらなそうに講義を聞いていると、一人の生徒が手を挙げた。

「先生。魔女が支配者でなかったとしたら、誰が支配していたのですか?」

 その問いにルウィナがやはり感情のない顔で答える。

「先に答えを言うと、我々人類とは種族すらも違う――〝獣人ベアスティアン〟と呼ばれる者達ね」

 その言葉と共にルウィナの背後にある巨大な水晶から、映像が映し出される。

 そこに映っていたのは、空飛ぶ巨大な鉄の塊だった。さらにその横には、服を着て武装した、二足歩行する獣のような人物が写っている。

 レヴがその武装を見て、驚く。それは自分が使う魔女狩りの武器をさらに洗練させたような見た目で、彼らが高度な技術を持っていることが窺える。

 千年も前に、今よりも発達した技術を持っている存在がいるとはレヴも知らなかった。

「彼ら〝獣人ベアスティアン〟は、我々人類を遥かに超えた技術を有しており、一説によると、彼らは月から夜の海を渡って地上へとやってきたそうよ。ハガラニ大陸北部に広がる禁忌山脈で勢力を拡大させた彼らは、〝空中要塞フロートレス〟と呼ばれる浮遊する拠点を使い、大陸各地へとその支配を広げた」

 映っていた空飛ぶ鉄の塊は見れば各所から砲台が突き出ており、小型のまるで竜のような機械が今まさに発進せんとしていた。それは確かに、要塞と呼ぶに相応しかった。

「しかも彼らは我々と全く違う別系統のエーテル干渉技術を持っていたとされ、誰もが重力操作を行えていたという資料もある」

 その言葉にレヴが思わず、声を出してしまう。

「そんな技術を持っていながら、なぜ彼らは衰退したのですか? 当時の魔女は、基礎魔術さえろくに使えなかったと以前の講義で仰ってましたけど、どうやって今の地位を魔女は確立できたのでしょうか」

 そんなレヴの問いを聞いたルウィナが能面のまま、声だけで驚きを表現した。

「興味深い。通り越して、驚き。君が歴史に興味を抱いているとは知らなかったよ、レヴ・アーレス」
「別に深い意味はありません。気になっただけです」
「良い質問なので、答えましょう。彼らは大陸の北半分を支配したと思うと、突如その秩序が崩壊し、絶滅した」
「……答えになってない気がしますが」
「資料がないから、それ以上は言いようがない。一つ分かることは――我々人類は運が良かった。彼らは何かしらが原因で滅び、我らは生き残った」

 レヴが納得のいかない顔をするもそれ以上反論する気にもなれず、口を閉じた。

 そんな彼の様子を興味深そうに見ていた一人の生徒が、代わりに口を開いた。

「先生。少しだけ注釈しても?」

 その発言に、ルウィナが頷く。否、肯定する以外の選択肢は彼女になかった。

 なぜならその生徒は――

「え、ええ。もちろん構わないとも、君」
「ありがとうございます」

 笑顔を浮かべ立ち上がったのは、銀髪の少女――アレシアだった。
 その少女を見て、レヴが息を呑んだ。
 
 確かに美しくどこか人外めいた彼女は、誰が見てもその美貌に見蕩れてしまうだろう。しかしレヴは違う意味で、彼女に圧倒されていた。

 両目の奥が疼き、手が勝手に震え出す。
 
 それはレヴにとっては初めての経験だった。
 あれは……一体何者なんだ。
 そんな疑問と、軽い恐怖がレヴを襲った。

 しかしそんなことはつゆ知らず、アレシアが微笑みながら話し始めた。

「〝獣人ベアスティアン〟は、自滅したんですよ。機械化のみで満足すればいいのに、彼らは神の領域へと触れてしまった。ゆえに生命の暴走を抑えきれず、全滅してしまったんです。多くを望めば……全てを失う。彼らから学べることはそれだけです」
「ああ……うん。興味深い説だ。ありがとうアレシア君」

 ルウィナがそう話を終わらそうとするのを察して、アレシアが不満そうな顔をするも、結局そのまま着席した。
 その後、講義は何事もなく続き、終了の鐘が鳴る。

 しかしそのアレシアの言葉が、なぜかずっとレヴの耳の中に残っていた。

「……まあいいや」

 レヴが教科書を鞄にしまい、歴史学の講義室から去ろうとした時。

「こんにちは」

 そんな声が背後から掛かってきた。

 その声を聞いて、レヴの動きが一瞬止まってしまう。

「少し、お話しない? レヴ君」

 レヴが振り返りと、そこいたのはアレシアだった。笑顔を浮かべる彼女にレヴは冷や汗を掻いていた。

「えーっと。貴女は……」
「アレシアだよ。一応君の先輩になるけど、別に普段通りでいいし、気軽にアレシアって呼んで」

 そのアレシアの言葉に嘘はなかった。しかしそう言われて、そう出来る人間は今まであまりおらず、レヴもまたそれを本気で受けとる気はさらさらなかった。

「……で、何か僕に用? アレシア」

 だからこそ、そのレヴは精一杯の強がりが、アレシアには心地良かった。

「ふふふ! 君はやっぱり面白いね。顔もいいし」
「ありがとう。よく言われるよ」
「その返しも嫌いじゃないよ。そうだね、用はあると言えばある。君の可愛い相棒が君に黙って今、何をしようとしているか、知ってる?」

 アレシアの言葉に、レズが眉をひそめた。

 相棒……? 誰のことだ。

 そう考えて、すぐにライラのことだと気付く。今朝、どうしても外せない用事があるといって、出ていったっきりだ。帰ってこないライラが心配ではないというと嘘になる。

 だけども、なぜアレシアがそれを知っている?

「ライラがどうしたの」
「彼女は今、一つ殻を破ろうとしている。それを君は知っておくべきだと僕は思ってさ」
「どういうこと?」
「行けば分かる。僕が案内してあげるよ、ほら」

 そう言ってアレシアがレヴの手を掴むと、走り出した。

「あ、ちょっと!」
「あはは! 早く行かないと、見どころがなくなっちゃう!」

 アレシアがレヴを引っ張って駆け出す。

 その向かった先は――〝星〟の生徒が住まう、アルベド寮だった。

***

 レヴ達が走り出した、丁度その頃。

 ライラは一人、居心地悪そうにアルベド寮の前で俯きながら立っていた。
 先ほどから、寮を出入りする生徒達の視線に晒されて、顔がほんのり赤くなっている。

「なんで〝ダスト〟がここにいんの?」
「さあ?」
「誰かに呼び出されたんだろ」
「公開処刑かな? ちょっと見ていこうよ」
「やめとけ」

 そんな声を聞こえないフリして、ライラはある人物を待っていた。

 すると、彼女の知っている声が聞こえてくる。

「早く行きますよ。あの先生、時間には厳しいのですから」

 その声に反応してライラが動いた。
 寮の入口の前に出ると、彼女が顔を上げる。

 その視線の先にいたのは――友人と共にいたリゼだった。

「……行きましょうか」

 リゼが一瞬嫌そうな顔をするもすぐに元の表情に戻り、素通りしようとする。

「ま、待って、お姉ちゃん」

 しかしそれをライラが、震える声で遮った。

 精一杯手を広げて、ここは絶対に通さないという意志を見せるように。

「……邪魔なんですけど」
「お、お姉ちゃん。話を聞いて」

 リゼがライラの態度に苛立ち、思わず右手を向けた。

「どけ!」

 迸る雷撃。しかしそれはライラの手前で軌道を逸らされ、全く見当違いの方向へと飛んでいってしまう。

「お姉ちゃん、聞いて」

 怯えたような表情で、しかし目線だけは決して外さないライラにリゼの苛立ちが爆発する。何より本気ではないとはいえ、自分の魔術をこの無能な妹によって防がれたことが、彼女を激怒させた。

 ただでさえ昨晩の出来事で荒れているのに、それに拍車を掛けるようなライラの行為が許せなかった。

 しかし隣にいる友人や周囲の生徒の視線を感じ、なんとかリゼが理性を取り戻してその怒りを収める。

「お前の話なんかを聞く気はない。さっさと消えろ、無能」
 
 リゼが低く脅すような声に、ライラがビクリと身体を震わせた。
 リゼを見るたびに、会うたびに、その声を聞くたびに、彼女は思い出してしまう。

 幼い頃に、雷の魔術の実験台にさせられた最悪の記憶。

 痛みと痺れ。恍惚の笑みを浮かべる姉。それを慌てて止める母。

 いつからか姉は自分の存在を無視するようになり、母は魔女として自分を育てるのを止めた。
 でもそれが一番、平穏だった。ずっとこうであればいいのに、と願っていた。

 だから、なぜか母がこの学園に通うように言い出した時は驚いたし、拒否もした。
 どうせ母が望むような、姉のような魔女にはなれっこないって。そう母に泣きついた。

 それでも学園行きはなくならなかった。ずっとそれが嫌で、いっそ逃げだそうかと思った。

 なのに――気付けば、自分は学園での生活を楽しんでいて、あれほど怖かった姉とこうして向き合っている。

 どうしてだろう。そう不思議に思うも答えは一つしかないことも、分かっていた。

「お姉ちゃん。レヴ君との〝お茶会〟、受けてあげて」
「……黙れ。お前には関係ないだろ」
「お姉ちゃんのそういうやり方はズルいよ」
「もういい、喋るな。これ以上喋ったら本気で殺す」

 リゼの脅しに、ライラは俯き――そして膝を地面へと落とした。

「はあ?」
「お願いします。レヴ君の誘いを受けてあげてください」

 ライラが膝と手を地面につけ、頭を下げた。

 その姿はあまりにみっともなく、回りの生徒達も嘲笑する。

「おいおい……あれ見ろよ。かっこわるっ」
「リゼ、〝塵〟イジメもほどほどにしとけよ」
「なにあれ~」

 そんな声に晒されながらも、ライラが頭を下げ続けた。

「……馬鹿じゃないの。あんたがいくら頭を下げようが、関係ない。消えろ、死ね」

 リゼが無情にそう吐き捨てると、ライラの手を踏みにじった。

 その痛みにライラが耐える。手の甲から血が滲み出ても、決して地面から離さない。

「私も〝イレブンジズ〟も、レヴ・アーレスとは絶対に〝お茶会〟はしない。はい、話は終わり」

 リゼがそう言って、ライラの横を通り過ぎていく。

「……だよね」

 そんなライラの呟きが、なぜかリゼにははっきりと聞こえた。

「きっとお姉ちゃんはどれだけ私がお願いしたって聞くわけがない。でも、もし聞いてくれたのなら……それが一番平和で平穏だったのに」

 ライラが立ち上がった。

「はあ? 何を言ってい――」

 リゼが振り返り、そしてそれ以上何も言えなかった。
 そこに立っているのは、スカートと膝と手が汚れた、負け犬な妹のはずだった。

 なのに。

「お姉ちゃん。お姉ちゃんはお母さんの後を継ぎたいんでしょ? でもね、お母さんが私が入学する前にこう言ってたの。〝もしかしたら、あの子には無理かもしれない。だから、貴女が後継者になれるように一生懸命学園で努力しなさい〟って」

 そこに立っていたのは、

 強い意志を秘めた瞳に、リゼは一歩下がってしまう。

「……!」
「私は結局それに対して何も答えられなかったよ。今でも、お母さんの跡を継げるとは思ってない。それでも……やらなきゃいけないことは分かってる。だから――」

 ライラが右手を真っ直ぐに伸ばして、拳をリゼへと向けた。

「私は、ライラ・イレスは……! リゼ・イレスを!」
「な、お前……それは!」
「予め何を要求するかを言っておくよ。私が勝ったら、お姉ちゃんには〝イレブンジズ〟から抜けてもらう。お姉ちゃんが勝ったら――私は学園を退学する。そうしたらお母さんはお姉ちゃんを後継者に選ぶしかないから」

 そんな台詞と共に――ライラは飛びっきりの笑顔を浮かべた。

「もちろん、断らないよね――お姉ちゃん」
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