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第14話:エイシャとの再会

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 翌日。

 イオン寮内は、昨晩に行われた〝お茶会〟の話題で持ちきりだった。
 特に一年生の談話室では、その話を当人に聞くべく、レヴの周囲には人だかりができていた。

「〝エステル〟の上級生に勝ったんでしょ!?」
「どうやって!?」
「流石! 〝ダスト〟の希望の星だよ! あ、でもそれだけ凄かったらほんとに〝星〟になっちゃうか」
「次は誰と〝お茶会〟と!?」

 質問攻めに合うレヴが、困ったような笑みを浮かべているのを尻目に、談話室の隅ではライラがイクスの隣で不貞腐れていた。

「起こしてくれても良かったのに……」

 ライラはレヴが自分を置いて、単身〝お茶会〟へと臨んだことに少しだけ怒っていた。さらにどうやら同居人であるミオは一緒に行ったらしいので、余計にだった。

 それがミオに対する嫉妬であることに、ライラはまだ気付いていない。

「大した奴だよ。あたしはともかく、姉ちゃんは本物の魔女だ。それに勝ってしまうなんてな」
「お姉さんがやられて悔しくないの?」
「……まあ正直言うと変な気分だ。悔しいという思う自分と、良くやったと思っている自分の両方がいる」

 イクスの爽やかな笑顔を見て、ライラがようやく笑みを浮かべる。イクスから感じていたあの焦りや怒りはもう消えていた。

「そうだね、うん。イクスはもう大丈夫そう」
「レヴも姉ちゃんもあまりに遠い位置にいるって気付けたからな。それに、これは内緒なんだが……」

 そう言ってイクスが嬉しそうにライラへと小声で報告した。

「姉ちゃんが、あたしの魔術を見てやるって手紙が今朝来てさ。びっくりだろ?」
「へえ! 同じ魔術使ってるからきっと良い勉強になるよ!」

 自分のことのように喜ぶライラを見て、イクスが頷いた。

「うん。だから今日の午前中は図書館でちょっと勉強しようと思うんだ。姉ちゃんをこれ以上失望させたくないから」
「いいと思う。頑張って、イクス」
「おう! じゃあちょっと行ってくる。じゃあまた必修でな」

 イクスが談話室から出ていくとまるでそれを見ていたかのように、レヴがライラの下へとやってきた。

「朝から疲れた……」
「寝てないからでしょ?」

 さっきまで笑顔だったのに自分が来た途端、ライラが拗ねた顔を作ったのを見てレヴが苦笑する。
 どうすれば許して貰えるかと考えるも、まあこれはこれで可愛いからいいか、と思ってしまう。

「色々考えるべきことがあってね。ふぁぁ……」
「午前中は寝てたら?」
「そうしたいのは山々なんだけど、これから本格的に〝夜庭園ガーデン〟で活動しようと思うと時間がいくらあっても足りない」
「……レヴ君」

 眠たげなレヴの顔を、ライラが心配そうに覗き込んだ。

「私が言うことではないけど……やっぱり危ないし、決闘なんてやめた方がいいよ」
「でもそれしか道はないんだ」

 レヴの声に込められた意思が鋼のように強く、自分の言葉程度では折れないことも分かっていた。

 それでもライラは言う事を止めない。

「レヴ君はイクスとは違う意味でずっと焦っているというか、生き急いでいる気がする」
「……かもね」

 レヴがそう笑っていると窓から、パタパタと紙でできた鳥が二匹、レヴの下へとやってくる。一匹は星空を模したような紙で、もう一枚は普通の白い紙でできていた。

 それは魔女達が連絡用に使う〝手紙鳥〟と呼ばれるもので、宛先の下へと自動で飛んでいく優れものだ。

 レヴがまず星空模様の方の手紙を広げて、目を通していく。 

「これは〝夜庭園ガーデン〟への入会案内だね。で、こっちは」

 もう片方の白いシンプルな手紙を読んで、レヴが小さな笑みを浮かべた。

「丁度いい。補充をしたかったところだ」
「補充?」
「僕の知り合いの魔女が、臨時教師としてノクタリアに来ているらしい。それで今日の午前中に会わないかってお誘いだよ」
「へー……臨時教師なんて珍しいね」
「その知り合いはエイシャって言う名の優秀な魔女でね。これも彼女が作ったんだよ」

 そう言ってレヴがムーンハウルをライラへと見せた。

「へえ! 凄いねえ……そういう武器って男性しか使わないってイメージだから」

 ライラがレヴの性別を知らずにそう言うので、レヴは思わず笑ってしまう。

「そうだね。その通りだよ。ああ、そうだ。せっかくだしライラも一緒も来る? きっと何かの勉強になると思うよ」

 レヴがそう提案すると、ライラがまるで、おやつを目の前にした子供のように目を輝かせた。

「いく!」
「じゃあ、そう返事しておくね」

 レヴがサラサラとペンで返事を書くと、再び紙を折って鳥にして飛ばした。

「さて、じゃあ約束の時間まで少しあるから、僕は寝てこようかな」
「私は午後の講義の予習しておくよ。でないと、私、講義についていけないし……」
「起きたら、また教えてよ。教師よりライラの話の方が僕にはずっと分かりやすい」
「分かった!」

 レヴはライラの返事を聞くと笑顔を返し、自分の部屋へと戻っていった。

「……勉強がんばろ!」

 レヴに頼られたのが嬉しくて、少しだけ勉強に対する意欲が湧いたライラだった。

***

 約束の時間になり、レヴとライラがやってきたのは城の中の一室だった。

 そこは既に部屋というより、作業場と呼ぶ方がしっくりくるような場所に改造されており、鉄と火の匂いが漂わせていた。
 そんな部屋の中で作業をしていたのは、褐色の肌に黒髪の美女――エイシャだ。

 レヴとライラが入ってくるのを見て、エイシャが顔を上げ、ゴーグルを外す。
 
「やあやあレヴ。早速、彼女を連れてくるとは、やるねえ」
「か、彼女!?」

 エイシャの言葉に、ライラが顔を真っ赤にしてしまう。しかしレヴは涼しい顔でライラを紹介する。

「同居人のライラだよ。イレスから来たんだって」
「あたしはエイシャ。〝暗殺術とその対策〟の臨時教師だよ。よろしくね、ライラちゃん」

 エイシャが笑顔でライラの手を取ると、ブンブンと上下させた。

「あ、はい! って暗殺術……?」

 ライラが疑問符を浮かべていると、エイシャが意地悪そうな笑顔でそれに答えた。

「あたしはさる暗殺組織の武器担当でね。武器や道具を使った暗殺には誰よりも詳しいのさ。まあ、本物の暗殺者には負けるが」

 そう言って、エイシャがレヴへと意味深な視線を送る。

「エイシャ先生は冗談がお上手ですね」

 ライラがにこやかにそう返す隣で、レヴがエイシャを睨み付ける。
 冗談にしても、タチが悪いよ――そんな思いを込めて。

 そんな視線を無視してエイシャが口を開く。

「ライラちゃんは知っているか分からないが、基本的に暗殺者は全て男性で魔術は使えない。だから武器を、道具を使うんだ。この学園のやり方で分かると思うけど、魔女ってのは基本的に――。だが現実では、魔女よりももっと恐ろしいのが暗殺者……しかも魔女狩りなんて呼ばれる連中だね」

 エイシャの説明をライラが熱心に聞いていた。

 その様子はまさに教師と生徒のようで、案外エイシャは教師に向いているかもしれないな、と思うレヴだった。

「だから今年度からは上級生向けに、そういう暗殺者の手口を学んで対策を施すことを目的とした講義、〝暗殺術とその対策〟が始まったわけだ」
「エイシャ先生は暗殺用の武器や道具を作れるのですか?」

 ライラが作業台にある謎の部品や、壁の棚に無造作に置かれている銃のような槍のような不思議な形状の武器を見て、そう質問した。

「そうだよ! 聞いたかもしれないけど、レヴの〝ムーンハウル〟もあたしが作ったのさ」
「凄い!」

 ライラが素直にそう褒めている横で、レヴがムーンハウルを作業台の上へと置いた。

「ああ、そうそう。昨日の〝お茶会〟でだいぶ弾を使ってしまったよ。だから補充したいんだけど」
「だと思って、用意していた。しかし、初日からド派手にやってるねえ」

 エイシャが机の引き出しから、長方形の箱を取り出した。それをレヴは受けとると箱の上部にある蓋を開け、中身を確かめる。一見するとただの銃弾にしか見えないそれが、三十個ほど隙間なく詰められていた。

「うん、これだけあればとりあえずはいけそうだ」
「大事に使いなよ。そう簡単に作れるもんじゃないんだから」
「分かってるよ」

 そんなレヴとエイシャのやり取りを見て、ライラがおずおずと口を開いた。

「あのう……その銃弾ってなにか特別なんですか? そもそも銃って玩具みたいなものですよね?」

 ライラのその言葉に悪意はないことを、エイシャもレヴも分かっていた。

 魔女が支配するこの世界において、銃という兵器は、支配される側である男性達が握る道具という印象が強かった。
 ゆえにライラのように悪意もなく無意識で、〝子供のような弱い者が持つもの〟、つまり玩具という感想が出てきても仕方なかった。

 エイシャがその問題点について、言語化していく。

「まずはその辺りの認識を変える必要があるんだろうね。確かに魔女は強い。世界の法則を、物理法則を捻じ曲げる現象――魔術を使えば、銃で武装した男達を蹴散らすのも簡単だろう。だが、それはあくまで戦場での話だ。例えば――」

 そんな言葉と共に、ライラの目の前でエイシャの右腕がブレた。

「え?」

 ライラがそう思わず声を出してしまったと同時に――彼女の眉間に銃が突きつけられていた。
 それはエイシャがどこからともなく出してきた拳銃だった。

「はい、死亡。ライラちゃんは、その玩具によって、頭が爆発四散して死にました。おしまい」
「へ?」
「決闘みたいに正面から戦うだけなら、銃は魔術に勝てないかもしれない。でもこうやっていきなり使われたら? 君が寝ている時、お風呂に入っている時、トイレにいる時……あるいは恋人と愛し合っている時に撃たれたら?」

 エイシャが突きつけていた銃を降ろす。
 
「それは……」
「銃を侮ってはいけない。むしろあたしからすれば、なぜ魔女は銃を使わないんだろうって疑問に思うよ。銃どころか、武器を使う者すら極々少数だ。たまに杖を持つ魔女もいるが、魔術の補助的にしか使っていない。勿体ない限りだよ」
「武器……道具……」

 ライラがその言葉を反芻していた。

「ま、そんな教えを僕は彼女から受けていてね。だから僕は武器を使う。それとこの銃弾の何が特別かって言うと……まあ直接見た方が良さそうだね」

 レヴが銃弾を一つ取り出すと、それをライラへと渡した。おっかなびっくりそれを受けとったライラへと彼が指示を出す。

「例の磁力を操る魔術を使ってごらん。銃弾の先っぽ……弾頭に魔法陣が描かれているだろ? そこに魔術を込めるようなイメージだ」
「え?」

 ライラが戸惑いながらも、レヴの言われた通りに魔術を使った。その弾頭に何かが吸い込まれていくような感覚と同時に、弾頭に刻まれた複雑で緻密な魔法陣が微かに発光し、緑色に染まった。

「うん、上出来だ。エイシャ、ちょっと協力してくれる?」
「もちろん。だが、いいのかい?」

 エイシャが意味深な視線をレヴへと向けた。その視線には〝ライラに教えてもいいのか?〟という意味が込められている。

「ライラはいいよ」
「ならいいさ」

 レヴがムーンハウルへとライラから返してもらった銃弾を込めた。するとエイシャが再び銃を構え、レヴへと銃口を向けると――引き金を引いた。

「危ない!」

 ライラがそう叫んだと同時に、レヴがムーンハウルの引き金を引いた。連鎖する射撃音。

「え!?」

 それはライラにとって、信じられない光景だった。

 エイシャによって撃たれた銃弾が――空中で、まるで見えない壁にぶつかったかのような挙動ではじき返された。

 しかしそれが何なのかは、ライラが一番分かっていた。

「今のは……磁力操作!?」
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