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第13話:姉と弟

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 ゆっくりとジリスがレヴ達のいる舞台へと降りていく。

「まずはおめでとうと言っておこう。まさか入学一日目で上位の魔女に勝つとは俺も思わなかった」

 そんな言葉と共に舞台の手前で立ち止まり、ジリスが座席の天板へと腰掛けた。
 それはレヴと同じ舞台には決して上がらないという、彼女の意思の表れでもあった。

「心にもないことを」

 レヴがジリスを睨み付けた。既にミオの気配はなく、この場を去ったのか姿を消したのかは分からない。

「そう噛み付くなよ。久々の再会だってのに。嫌だねえ、これだから殺すことしか能がない男は嫌いなんだよ」
「僕個人は、あんたなんかとは二度と会いたくないと思っているんだけどね。ただ、聞きたい事があるだけ」
「聞きたいこと、ねえ」

 レヴの言葉を、ジリスがニヤつきながら聞いていた。
 その余裕そうな態度がレヴは気に食わなかった。

「母さんの一番弟子であるあんたなら、知っているんだろ――誰が母さんとユウィを殺したかを」

 レヴの目が、妖しく光り始める。
 その視線には、もしジリスが誤魔化せば――力尽くでも聞いてやるという意思が籠もっている。

 それを知っててなお、ジリスは余裕そうな態度を崩さない。
 そして彼女は極めて軽い口調で、レヴへとこう答えたのだった。
 
「もちろん知っているとも。トリウィア様が襲われる直前に会っていたのが、俺だからな」

 その言葉を聞いて、レヴが猛火の如く言葉を吐きだした。

「誰だ。誰がやった。あんたか!? それとも違う奴か!? 教えろ、ジリス!」

 レヴが殺気と共にムーンハウルをジリスへと向ける。
 しかし、ジリスは涼しい顔をしてそれを受け流した。

「お前は本当に……呪われているな。嫉妬するよ。その役割は俺が担うはずだったのに」
「答えろ!」

 レヴの叫びを聞いて、ジリスが彼へと憐れみの眼差しを向ける。

「可哀想に。何も知らず、何も考えずにここまで来たんだな」

 その言葉でレヴは確信した。間違いなくジリスは真実を知っている。
 だからこそ、分からなかった。

 ジリスとは血は繋がっていないが、レヴにとっては姉のような存在だった。
 彼女は母の一番弟子であり、レヴに魔女との戦い方を教えた張本人だ。

 優れた姉は、弟と妹を守るべきもの――そうレヴに教えたのも彼女だった。

 誰よりもトリウィアを慕っていたはずの彼女が、なぜか数年前に突然アーレスを離れ、気付けばこのノクタリアで教師となっていた。

 そして、その師匠ともいえるトリウィアが死んでなお、彼女に変わった様子はない。

 それがレヴには理解できなかった。

「なんで、あんたは平気でいられるんだ」
「真実を知っているからだよ、レヴ――俺の可愛いおとうと弟子よ」

 ジリスが目を細め、大袈裟に両手を広げた。まるで出来の悪い芝居のようなその言動にレヴが苛立つ。

「だったら教えろ。僕は誰を殺せばいい」
。でも優しく寛大なジリスお姉様が、惨めで可哀想なレヴ君にヒントぐらいは与えてやってもいいぞ」
「ふざけるな!」

 レヴが地面を蹴って一気に加速し、ジリスを強襲。

 しかし。

「身体の使い方も悪くない。並の魔女なら反応できない速さだ。だけどな、そう来ると分かっていれば――対処もできる」

 座席の上に腰掛けていたジリスが赤い霧状に変化すると、突っ込んでくるレヴを逆に強襲。

「くっ!」

 レヴがムーンハウルを赤い霧と化したジリスへと振るうも、それは空を切るだけで終わった。
 その攻撃を躱したジリスが、実体に戻りながら右手で隙だらけのレヴの頭部を掴むと――思いっきり床へと叩きつける。

「かはっ」

 鈍い音と衝撃と共に床へと強制的に倒されたレヴの背中に足を乗せ、ジリスが見下すような視線を彼へと向けた。

「俺に無策で勝とうなんて千年早えよ」

 ジリスによって組み敷かれたレヴが、悔しそうに顔を歪ませる。そんな彼を見てジリスがため息をつきながら、再び座席の天板へと座った。

「素直にヒントを聞いとけ。いいか、。俺がよく知っている存在であり、お前も知っている。あとな、自分以外を信じるな。いいか、もっかい言うぞ。

 その言葉の意味が分からず、レヴが起き上がりながらジリスへと問うた。

「なぜそこまで知っていて、あんたは動かないんだ」
「こうして動いているじゃないか。お前を〝ダスト〟に入れたのも、わざわざ会いに来てやったのも全部、お前のためだよ」
「だったら、さっさと教えろ!」

 そうレヴが吼えるも、ジリスはそれ以上話すことはないとばかりに、背を向けた。

「どうしても教えて欲しいなら――俺に〝お茶会〟で勝つことだな。勝者は敗者に一つだけ好きなことを要求できるだろ? お前が俺に勝って、犯人を教えるように要求すればいい」
「それなら、今からでも決闘を!」

 レヴが身構えるも、ジリスは動かない。

「〝〟を第二段階まで使ったその身体で、今どうやって俺に勝てるって言うんだ? それに俺に挑みたければ、せめて〝イレブンジズ〟までは自力で上がってくるこい。そうしたら、〝お茶会〟の誘いに乗ってやる」

 そう言って、ジリスが大講義室から去ろうとする。

「待てジリス! 待ってくれ!」
「じゃあな、レヴ。せいぜい、励めよ。〝イレブンジズ〟は厄介な連中だぜ」

 そんな言葉と共に――ジリスが赤い霧となって消えた。

「ああああああああ!!」

 すぐそこに真実があったというのに、それはするりとレヴの手から抜け落ちてしまった。
 そのことへの悔しさや怒りが、叫びとなってレヴの口から溢れ出る。

 やがて、その目の中で燃える復讐の火が、炎となっていく。

「分かったよ。そこまで言うならやってやる……すぐに〝イレブンジズ〟に上がって、ジリスに勝ってやる」

 そう決意を新たにしたレヴの横へと再び現れたミオは、何も言わず、ただ彼の傍にいた。

 こうしてレヴの初の〝お茶会〟は勝利で終わったものの、苦い結末を迎えることとなったのだった。

 
***

 同時刻。

 城の中に無数ある部屋の中の一つに、仮面を被った十一人の魔女達が集まっていた。

「まさか、エクリシスが負けるなんてね」

 誰かがそう口にした途端、それまで無言だった場に、次々と言葉が生まれてくる。

「あれはどういう魔術だ」
「重力操作の類いだと見受けられるが」
「水を操作していたぞ? あれもそうなのか?」
「あのナイフのような武器に仕掛けがあるのだろう」

 それを黙って聞いていた、薄い緑色の髪をサイドテールにした少女が口を開いた。もしレヴがその場にいれば、その顔がライラとどことなく似ていることに気付いただろう。

「それで……皆様は彼女に勝てる自信はあるのですか?」

 その少女の問いに、その場の誰も答えることができなかった。

 エクリシスという格上を倒した、レヴ・アーレスという魔女とその魔術は、実際に見ていた彼女達ですらも理解不能な点がいくつもあった。

 ゆえにこうしてその魔術の特性や本質を解き明かそうと集まったのだが――結論は出ない。

「……そういう君はどうなんだ、リゼ・イレス」

 そう問われ、サイドテールの少女――リゼが微笑んだ。

「もちろん、勝てます」
「なら、どうする。さっさと潰しておくか?」
「どうするも何も……これまで通りにすればいいだけかと」

 リゼがゆっくりとこの場にいる全員を見回した。

 ここにいる全員が〝夜庭園ガーデン〟における序列、〝イレブンジズ〟のメンバーであり、とある目的の為に結束していた。

「我々の使命は、この〝イレブンジズ〟の立場を死守すること。だって、それだけでこの学園での生活が豊かになりますから」

 リゼが立ち上がって、まるで演説するように他のメンバーへと語りかけた。

「〝イレブンジズ〟になれば、あらゆる面で優遇される。取りたい講義も取れるし、必修だって無視できる。そして現役の〝イレブンジズ〟であることが卒業後どれだけ有利かは、皆さんに説明するまでもないですね」

 全員が頷くのを見て、リゼが満足そうな表情で手を広げる。

「負けたら、また〝ブレックファスト〟で勝ち点の集め直し。そんなの嫌ですよね? それに現状を知れば、〝イレブンジズ〟に再び上がることがいかに難しいかも知っている。ならばすべきことは簡単です」

 リゼがまるで慈母のような眼差しを全員へと向けた。

「これからも我々〝イレブンジズ〟は、〝お茶会〟の誘いを、そして誘わない。そうすれば誰も下へと落ちず、〝ファイブ・オ・クロック〟や〝ナイトキャップ〟のようなバケモノと争うこともなく、これまで通りの平和で平穏な日々を過ごせます。これでいいじゃありませんか」

 笑顔のままリゼがそう言い終えた。
 それに誰も反論できない。

 〝夜庭園ガーデン〟のルールを逆手に取った、ある種卑怯で臆病なその方法はしかし、立場を死守するという一点で、とても優れていた。

 誰だって負けたくはない。せっかくここまで上がってきたのに、下がりたくない。
 そんな思いをリゼはくみ取って口にし、実際の行動として示した。

 そのおかげか、〝イレブンジズ〟のメンバーは殆ど固定化している。彼女達は結束し、誰かが負けて席が空かないようにし、逆に上へと上がらないように説得した。

 時折、エクリシスのような例外が現れるが、それは仕方ないことだとリゼは割り切っていた。少なくとも、今のメンバーは全員が中途半端に優秀で、そして臆病だった。

 リゼの言われるがままに、消極的な策を選ぶぐらいには。

「だから、このレヴ・アーレスの魔術を解き明かす必要なんてありません。だって、そもそも――戦わないのだから」

 そう宣言したリゼの笑顔には、飛びっきりの悪意が込められていた。
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