12 / 22
第12話:レヴの要求
しおりを挟む「うーん……」
エクリシスが目を覚まし、上体を起こすと、そこはまだあの大講義室の舞台の上だった。爆発によって破壊尽くされたはずのそこは、既に魔術によって元通りに直っている。
彼女の傍には、自分を負かした相手――レヴが座っていた。
その顔に浮かぶ笑みを見て、エクリシスがため息をつく。
「はあ……私は負けたのね。なんで殺さなかったの。あんたなら出来たでしょ?」
「殺したらこうやって話せないからね。それに僕も実はさっきまで倒れていた」
その言葉通り、エクリシスに勝利後――レヴは突如として床へと倒れた。
〝お茶会〟のルール上、誰もそれを心配することはなかったが、もしいれば、レヴの全身が湯気が出るほど発熱し、その右目から僅かに出血していることに気付いただろう。
だが結果として誰もそれを知ることもなく、三十分ほどでレヴは起き上がれるようになっていた。
そのせいもあって既に大講義室には観客もおらず、レヴとエクリシスの二人っきりだった。
「あんた強いのね。そこまで強くて、なんで〝塵〟なのよ」
身体を起こそうとするエクリシスに、先に立ち上がったレヴが手を差し出した。
「それは僕が聞きたいぐらいだよ」
「ま、その強さならすぐに序列が上がるわよ。それで何が欲しいの? 〝お茶会〟の勝者は敗者に一つだけ何かを要求できるって話、忘れたわけじゃないでしょ?」
レヴの手を借りて立ったエクリシスが、そう問うた。それ以外の理由で、自分が目覚めるまで待っている理由がないと思ったからだ。
「ん? ああ、そういえばそんなルールがあったね」
「……? そのために私が起きるまで待っていたんでしょ?」
「んー、そうじゃないけど、結果そうなるかな」
レヴが何か考え込むような顔をするも、すぐに笑顔へと戻った。
「エクリシスさんは、〝星〟でしかも〝夜庭園〟における序列でも上位にいるんでしょ? だからさ、紹介して欲しいんだよね――ジリス・アーレスを」
レヴがジリスの名前を口にした時。隠しきれないその殺気を感じて、エクリシスは全身に鳥肌が立つ感覚に襲われた。
普通に考えれば、それ自体はなんでもない要求だ。なのになぜこんなにも恐怖を感じるのだろうか? それが分からないがゆえに彼女は視線を伏せて、謝るしかなかった。
「……ごめんなさい。それは実現不可能なことだから、できないわ。確かに私はジリス先生に何度か手ほどきをしてもらったけども、その程度の関係性でしかないの。多分、向こうは私の名前も顔も覚えていないわ」
「そっか。なら仕方ない。うーん、そうなると特に要求はないからなあ……」
そう言って元の雰囲気に戻ったレヴが悩みはじめる。
要求と言っても、欲しいものは特にない。
この学園に来た目的を考えるとジリスを紹介してもらえたら一番だったが、それが無理となると何も思い浮かばなかった。
そうやって考えていると、なぜかとある少女の顔を思い出した。
それからレヴは少しだけ逡巡するも、結局それを口にする。
「じゃあ……イクスをちゃんと妹として扱って、優しくしてあげてよ」
そのレヴの言葉に、エクリシスが困惑した表情を浮かべた。もっと無理難題を言われると思っていただけに、その要求はあまりに予想外だった。
「は? なによそれ」
「姉は妹を守るものだからね。守るが面倒だって言うなら、守る必要がないぐらいに鍛えないと」
僕がそうだったから――まではレヴは口にしなかった。
「なんで、私があんな奴のために。って、はあ……それは確かに、私に実現可能な要求ではあるけども」
エクリシスが諦めたような口調でため息をついた。それが実現可能な要求なら、必ず飲まなければならないのが〝お茶会〟のルールだ。
「分かったわよ。優しくなんて出来る気がしないけど、精々鍛えてやるわよ――あんたに勝てるぐらいにね」
不敵な笑みと共に、エクリシスがそう宣言した。
その顔を見て、レヴが満足そうに頷く。
「じゃあ、これで終わりだね。さて……ミオの話だと、放っておいても〝夜庭園から接触があるって話だけども」
レヴが周囲を確認するも、誰かが来る気配はない。
「あんた〝夜庭園〟に入りたいの? ジリス先生に会うために?」
エクリシスが興味本位でそう聞くと、レヴが微笑む。
「その通り。ところで、その中にある序列ってやつがイマイチ分からないんだけど、どういう形なの?」
「ま、ついでに教えてあげる。〝夜庭園〟は四つの階級に分かれているの。入った者がまず所属する〝ブレックファスト〟。九割の者がここに所属しているわ。その中から勝ち上がった者が入れる、十一人の実力者――〝イレブンジズ〟。その上に位置する、五人の強者――〝ファイブ・オ・クロック〟。そして、〝夜庭園〟の頂点――〝ナイトキャップ〟。その中でお互いに〝お茶会〟を誘い合って、勝ち点を重ねていくの」
「へえ。それでエクリシスさんは、どこだったの?」
「私は〝ファイブ・オ・クロック〟よ。でも、今日の敗北で〝ブレックファスト〟からやり直しね。十の勝利より、一の敗北の方が重いのよ。というか普通、〝お茶会〟での敗北は死を意味するからね。屈辱的よ」
そう言うものの、エクリシスは清々しい顔付きになっていた。負けると死ぬか、あるいはすぐに底へと落ちるシビアなルールだが、なぜだか悪い気分ではなかった。
散々、苛立たされた相手のはずなのに、レヴのことを妙に憎めないのが原因だろう。
「それで、どこまで上がればジリスに会える?」
「私が初めてジリス先生に声を掛けられたのは〝イレブンジズ〟に入れた時ね。少なくともその辺りまで行けば、この学園でも上位の魔女だと呼ばれるわ」
「〝イレブンジズ〟か……というかエクリシスさんに勝ったんだから、すぐに〝ファイブ・オ・クロック〟でもいいんじゃない?」
「そういうルールはないわよ。例えあんたが〝ナイトキャップ〟に勝てたとしても、勝ち点は一にしかならない」
それを聞いて、面倒臭いなあ……と思うレヴだった。
「あと何回勝てばいいんだろう」
「どれだけ勝ち点を稼いでも、席が空かなければ永遠に上がれないからね。まずは同階級の奴から勝ち点を取りつつ、タイミングを見て、〝イレブンジズ〟の誰かに〝お茶会〟を申し込んで勝つしかない」
「遠いなあ……」
とはいえそれ以外に道がない以上は、レヴはそうする他なかった。
なえなら彼には確信があったからだ。ジリスが復讐相手であってもそうでなくても、彼女なら必ず何かを知っている、と。
「ま、精々頑張りなさい。でもあんたの魔術、多分明日には〝夜庭園〟の全員に知れ渡っているだろうけど」
エクリシスが意地悪そうにそうレヴへと告げた。
「あの観客は、全員〝夜庭園〟の人か。なるほど、そういう意図もあって観客を入れたわけだ」
新入生に対する嫌がらせという意味では、なかなかの手であるとレヴは感心していた。
例え万が一負けたとしても、どんな魔術を使うかが〝夜庭園の者達にバレてしまう。
それは今後の〝お茶会〟に大きく影響するだろう。
「今頃、君の魔術について分析しているころでしょうね」
「ま、知られたところで問題ないけどね」
レヴが余裕の表情で、そう言葉を返した。
「でしょうね。私も大体検討がついているけど……まあ黙っておくわ」
エクリシスがそう言って、笑みを浮かべる。
「助かるよ。流石に手を晒しすぎたしね」
「じゃ、私はいい加減、寮に帰るわ。あーあ。明日の夜からはイクスを修業させないと」
そんな言葉と共に、手をヒラヒラと振ってエクリシスが去っていった。
一人残されたレヴが、身体をほぐすように伸ばしていく。
「――ミオ。いるんだろ」
レヴがそう声を出すと、舞台の床を通り抜けた半透明の少女――ミオが現れた。
「おや、バレていたとは」
「バレバレだよ。話は大体聞いていたんでしょ」
「勿論さ。いやしかし、ほんと良く勝てたね。あの爆発の魔術をまさか完封するとは思わなかった。君は素晴らしい魔女だ」
ミオが心からそう賞賛した。
「ありがとう」
「だけども……その眼を使うのは止めた方がいい。それは確実に……君の寿命を縮めている」
「……使わないと死んでいたからね」
「それはそうだが……その眼は……」
ミオが心配そうにレヴを見つめるが、それ以上掛ける言葉がなかった。
「そういえば〝夜庭園〟の連中、全然来ないんだけど。これ、自動的に入ったことになるのかな?」
レヴがそう問うも、それにミオは答えることはできない。
「いや、うーん。普通なら、格上を倒したような有能な新入生を放っておくはずがないのだが……」
なんてミオが悩んでいると――
「なるほど、だからか」
レヴが納得といった表情とともに、講義室の入口の方へと視線を向けた。
そこに立っていたのは。
「随分とまあ、その眼を上手く使いこなせるようになったじゃねえか――〝月の刃〟」
獰猛な笑みを浮かべる、五芒星が描かれた赤いローブを纏ったくすんだ赤毛の美女だった。
「久しぶりだね……姉さん」
それはまさにレブが会うことを渇望していた――ジリス・アーレス、その人だった。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。


最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる