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第6話:イオン寮とレヴの意外な弱点

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 月明かりに浮かぶ、白い木製の塔。

 それが、ノクタリアの本校舎である巨大な城の隣にある、この学園の生徒数の約七割を占める〝ダスト〟の生徒が暮らす――イオン寮だ。

 〝エステル〟の生徒が暮らすアルベド寮は城を挟んだ反対側にあり、そちらは城と同じ黒鉄でできた塔であり、古いながらもイオン寮と比べ造りが立派である。

 イオン寮はいかにも後から付け足し感があって、全体的に浮いている印象を見る者に与えた。
 
「嫌だああ! もう一回試験を受けさせてくれ! 次はちゃんとやるから!」

 そんなイオン寮の前で、座り込んでそう叫んでいたのはレヴだった。既にユーレリアの姿はなく、横にはライラが立っていた。

 ライラの顔に浮かぶのは、怒り。ただしそれは周囲には怒っているとはなかなかに伝わらない、可愛らしい表情だった。

「もう! レヴ君、それは無理だってユーレリア先生がさっき何度も言ってたでしょ!? ほら、早く行かないと良い部屋なくなるってば!」

 ライラが頑張ってレヴを引っ張っていこうとするも、それをレヴが頑なに拒否する。
 そんな二人を生徒立ちが遠巻きに見ていた。

 上級生らしき者は〝毎年いるようなあ、ああいう奴〟とばかりに慣れた様子だ。

「四人部屋は無理! 〝星〟の奴らだけ個室でズルいぞ!」
「仕方ないでしょ!? 〝塵〟になった以上は、これからそういう格差や不平等がいっぱいあるんだから、ワガママ言わないの!」

 駄々をこねる子を叱る母親のような口調になるライラに、ついにレヴは屈して、涙目で立ち上がった。

「ううう。くそ、絶対に〝星〟になってやる。三日だ、三日でなる」
「無理だって……〝塵〟から昇格できる人って一年に数人しかいないって噂だし」

 あれほど美しくカッコ良かったレヴが、まるで子供みたいに振る舞っているのを見てライラはため息をつきながらも、どこかで安心していた。
 少なくともレヴは、これまで自分の周囲にいた〝完璧な魔女〟であったり、それに憧れた結果、どこか人間性を失った子達とは違う。

「ほら、行くよ。ここで泣き叫んでも状況は変わらないんだから」

 ライラが優しい声で、レヴへと手を差し伸べた。

「……うん」

 小さく頷いたレヴを見て、ライラがその手を引っ張って寮へと入ろうとすると、入口の扉からユーレリアが一人の生徒を連れて出てきた。
 その生徒は背の高い、ポニーテールの黒髪がよく似合う美女で、やけに目付きが鋭かった。彼女が着ている制服の襟にはいくつものバッジが付けられていて、その内の一つである六芒星の形のものは、彼女がこの学年における最上級生である六年生であることを示していた。

「あら? 貴女達、まだそんなとこでボサッとしてたの?」

 レヴとライラを見て、ユーレリアが呆れたような声を出す。

「すみません……レヴ君が」

 ライラがそう言うと、ユーレリアの隣に立っていた黒髪の美女が口を開く。

「君達が例の二人か。私は六年生のキリナだ。このイオン寮の寮長をやっている。よろしく頼むよ」

 そう言って、黒髪の美女――キリナが笑顔で、手をレヴへと差し出した。
 しかしその手をレヴは取らず、スッと目を細めるだけだった。慌てて、ライラが差し出された手を握る。

「ら、ライラです! よろしくお願いします! ほら、レヴ君!」

 ライラがレヴを小突くと、ようやく彼はキリナへと小さく会釈した。

「……レヴだよ。よろしくね」
「うん。挨拶は大事だ。傍若無人なのは、〝星〟の連中だけで十分だからね」

 特に気分を害した様子のないキリナに、ライラは安心する。

 しかし、レヴは変わらずキリナを観察し続ける。
 キリナの立ち姿には一切隙がなく、素手なのに、なぜか刃物を突きつけられているような感覚を覚えた。

 (この人、強いな。どういう魔術を使うのかな? それに身体能力も高そうだ)

 そんな、レヴからのある種不躾な視線を受けてなお、キリナは涼しい顔を浮かべたままだ。

「あとは頼んだよキリナ。それじゃあ二人とも、また明日。くれぐれも――騒ぎは起こさないように。とくにレヴ・アーレス」

 ユーレリアがそう言って、ビシッとレヴの顔を指で差した。

「なんで僕を名指しなんですか……」
「教師の勘」

 そう言ってユーレリアが微笑むと、足早に去っていった。

 その背中を見届けたのちに、キリナが口を開く。

「さ、二人とも中に。悪いけど、新入生の部屋割りはもう全て決まってしまったよ」
「ええ!」
「まあ、どこにせよ最悪だ……」

 そんな二人の言葉を聞きながら、キリナが寮の中へと入っていく。入ってすぐの場所に、テーブルや椅子が置いてある広い空間があり、生徒達がそこで自習をしていたり、お喋りしていたりと思い思いの方法で過ごしていた。

 右手には上へと続く螺旋階段、奥には食堂らしき場所が見える。
 入口の横には掲示板があり、そこに文字が勝手に浮かび上がっては消えていく。見るにその内容は、講義の教室変更の案内などの事務的なものや、倶楽部活動の募集など様々である。

「うわあ! 凄く広い!」

 それを見たライラが楽しそうな声を出した。

 確かにそこは外観からは想像がつかないほどに広く、レヴはある種の空間操作の魔術が使われていることに気付き、感心したような顔になる。

 そんな二人の様子を見て、キリナが満足げに笑った。

「なかなか悪くないだろ? ここはロビーで待ち合わせに使ったりする場所だけど、まあ好きに使うといい。一応ここまでは寮生じゃなくても入れる。とはいえここにわざわざ来る〝星〟はいないが」
「ほえー」

 ライラがキョロキョロと周囲を見回した。それに合わせて、キリナが説明をしていく。

「奥が食堂になっている。この時間だと夕食が用意されているから、あとで行くといい。午後八時を過ぎると、サパー……紅茶や夜食しか提供されないから、早めにいくことを推奨する。で、そこの螺旋階段が各学年の談話室と部屋に繋がっている。他学年の談話室と部屋には基本的に繋がらないような仕組みになっていて……ああ、そうだ。はい、これ」

 キリナが二人へと、この学園の紋章である月と竜が刻まれた銀色の丸いバッジを渡した。

「それが、君達がこの学園の生徒であることを証明にしてくれるもので、学年が上がるごとに更新される。そのバッジがないとあの螺旋階段は繋がらないようになっているから、くれぐれも――なくさないように」
「は、はい!」

 ライラが慌ててバッジを制服へと付けはじめた。

「〝拒絶〟の魔術式辺りを使っているのかな? 調べてみたいなあ」

 レヴが興味深そうに螺旋階段を見つめる。どうやら噂通り、この学園はかなり凝った造りになっていて、魔術を随所に使っているようだ。

 今後こういった施設や魔女の拠点に侵入する際の参考になるな、と考えていた。おそらくこの学園の生徒でそんなことを考えているのは、レヴだけだろう。

 そんなことは知らずに、キリナが説明を続ける。

「この寮にも細かいルールはいくつかあるが、おそらく一番気になるであろう門限については、特にルールはない」
「ルールがない……? ということは好きに行動できるってこと?」

 レヴの問いに、キリナが頷く。

「その通り。だが一年生の間は、夜間外出はあまり推奨しない。入学式でも説明があったと思うが……って、そうか君達は出席していないんだったな」
「すみません」
「別に僕らは悪くないけどね」

 そんな二人を見て、キリナがフッと小さく笑った。

「事情は聞いているよ。代わりに私が説明しよう。魔女にとって夜とは特別な時間だ。ゆえに校則に、夜の時間の使い方や行動に対する規制はない。講義も全て午後からだしね。その代わりと言ってはなんだが、夜間における事故や事件に関しては――基本的に学園側は。怪我しようが、死のうが……全て自己責任だ」
「死!? け、怪我!?」

 その脅しのような言葉に、ライラが泣きそうな顔になる。しかしキリナは真面目な表情のまま、言葉を続けた。

「この学園は魔術を学ぶ場であると同時に、未来を掛けた戦場でもある――と私は思っている。ここで活躍し、勝利した者が将来の夜域の支配者、あるいはそれに類する魔女となり、負けた者はその配下もしくは奴隷として一生を過ごす。〝ノクタリアは未来の縮図〟なんて言葉あるぐらいだ。偉大な魔女達のほとんどが、この学園においてその地位を確立した」

 そのキリナの言葉を聞いてライラが悲しい顔になり、レヴは少しだけ思案気な表情を作った。

 この学園の詳細や実態について、レヴはエイシャからある程度事前に聞かされていた。それと今の話は概ね同じような内容だったが、そういう殺伐とした雰囲気は少なくともここまでは感じられなかった。

(となると、そうか。この学園の本質は……夜にあるんだな)

 丁度良い、とレヴは考えていた。夜に動き、しかも何をしようが咎められないのなら、それは暗殺者にとって好都合だ。

「で、でも! 夜の間は好き勝手していいなんて、それじゃあまるで無法地帯じゃないですか!」

 ライラの反論に、キリナが頷く。

「だからさっき、夜間外出は推奨しないと言った。少なくともこの寮内は比較的安全だ。暗黙の了解として、寮には手を出さないことになっているからな。それに無法地帯というのも少し違う。この学園の夜は、ある種の均衡状態で危うく保たれている。ゆえに派手に動くやつほどすぐに死ぬ」

 それを聞いたレヴが、推測を口にする。

「……夜域ごとに派閥があったりとか、生徒による自主的な自警団みたいなのがいるとか、そんなとこでしょ。例えばライラに危害が加えた奴がいれば、イレスの魔女達がそいつに必ず報復する、とかね」

 キリナが笑いながらそれを肯定する。

「あはは、流石だね。その通りだよ。各夜域ごとに派閥があり、それとは別にいくつか組織がある。君達がそれとどう関わっていくか自由だが……まあ慣れないうちは様子見の方がいい。特に――〝夜庭園ガーデン〟は関わらない方が身のためだ」

 その言葉にレヴがピクリと反応する。なぜなら、キリナの声に少しだけ殺気が混じっていたからだ。

 よほど恨みがあるか、あるいは――そう想像してしまう程度には、何か不穏な響きがそこには含まれていた。

 しかしその殺気もすぐに消え、キリナがなぜか立ち止まると、レヴとライラへと振り返った。

「ちなみに私が所属している〝竜の爪ドラクロワ〟はまさにその自警団の役割を果たしている。夜に暴れる馬鹿を取っ捕まえて地下牢にブチ込む楽しい集まりだ。どうだ、二人とも入るなら歓迎するぞ? 君達は優秀だとユーレリア先生から聞いている」
「あはは……それは遠慮しておきます」

 ライラが愛想笑いでキリナの誘いを辞退する。
 平穏を望む彼女からすれば、暴れる輩もそれを嬉々として取り締まる奴も、同じぐらい関わり合いたくない存在であるからだ。

「それより、その〝夜庭園ガーデン〟とやらについて教えてよ」

 レヴが気になってそう聞くも、キリナはそれに答えずに背を向けて螺旋階段の方へと向かっていく。

「私から語ることは何もないよ。さあ、君達の部屋へと案内しよう」
「……まあいいや」

 レヴが肩をすくめる。どうせ聞いたところでそれが真実は限らない。ならば自分で調査するだけだ。

 レヴの前を行くキリナが螺旋階段を上がっていくと、一周ほどした後に行き止まりになっていて、左手側に大きな扉があった。そこにはレヴ達が付けたバッジと同じ形のプレートが掛かっている。

「ここが一年生の談話室になっている。ちなみに私がこうしてここに入れるのは、寮長専用の権限があるからだ」

 そう言いながらキリナがその扉を開けた。その先には、暖炉やソファが置いてある寛ぎやすそうな空間があって、同じ一年生らしき生徒達が既にグループを形成して、つかず離れずの位置で談笑している。

 中へ入ると全員がお喋りを止め、視線をレヴ達へと集めた。
 なぜかその目には憐れみの感情が含まれていることに、レヴが気付く。

「部屋はこっちだ」

 談話室の奥にある階段へとキリナが進んでいく。視線を受けて顔を赤くしながら俯くライラと、逆に微笑み返すレヴの両極端な反応に、生徒達がザワつき、小声で話しはじめた。

「……あの子でしょ、例の」
「部屋、あそこしか残ってないとか可哀想」
「まあまあ美人じゃん」
「はん。初日で目立つやつは大体、大したことないよ」
「……あいつか」

 なぜか一人だけ敵意を剥き出しにする少女がいたが、それを無視してレヴ達が奥に進むと、再び階段が出てくる。

「君達には、この階段の一番上の部屋しか残っていない。まあ一年の我慢だな」

 キリナが意地悪そうな笑みを浮かべるので、ライラが恐る恐る尋ねた。

「あ、あのう。私達の部屋って何か問題が……?」
「……四人部屋を二人で使えるのは羨ましい限りだ。一応即席で二人用に改装しておいたけど、まあ好きに変えるといい」
「ど、どういう意味ですかそれ!」

 それに答えず、キリナがレヴとライラの背中をソッと押した。

「行けば分かる。さて、私はここまでだ。君達の荷物はもう運んであるよ。何か困ったら、一階の階段の脇にある寮長室に来るといい。私か寮生の誰かがいるはずだ。それじゃあ……良い夜を」

 そんな言葉と共にキリナが銀色の小さな鍵を二人へと渡すと、そのまま去っていった。

「……なんか凄く嫌な予感がするんだけど」

 ライラが思わずそう口にしてしまう。

「ん? でも四人部屋を僕とライラだけで使えるのはラッキーだと思うけど」

 レヴが少しだけ明るい表情でそう返した。

(四人よりは、ライラと二人の方がずっとマシだ。バレるリスクも少ない)

 そんなことを考えながらレヴが階段を上がっていくと、その一番上の踊り場に、小さな木の扉があった。その鍵穴へと早速さっきもらった鍵を差し込む。カチャリという小さな音と共に、扉がひとりで開いていった。

 その先には、二人で使うには十分すぎるほどに広い部屋があった。

 奥には大きな窓があり、月光が優しく差し込んでいる。壁の両側それぞれに、カーテンで仕切りができるベッドが置かれていて、その横には木製のデスクと椅子。部屋の手前にはソファと小さな暖炉があり、パチパチと薪が爆ぜる音が小さく響いていた。

 左側を見れば扉があり、その奥にトイレと洗面台、さらにお風呂が設置されている。

 総じて、その部屋は決して豪華ではないが、居心地が良いように見えた。

 しかし――問題が一つだけあった。

「やあやあ! ようこそ、イオン寮最上階、通称〝賢者の部屋〟へ! ん? 私が誰かって!? よくぞ聞いてくれた! 私こそがこのノクタリアきっての天才にして唯一無二の極星! 最強にして不滅のラブリー錬金ガール――ミオ・エルハンドラさ! まあ、見ての通りの……死んでいるのだがね! あっはっは!」

 そんな軽快な言葉と共にレヴとライラの前で、はしゃぎながらのは、ショートボブの髪型で、右目に古めかしい単眼鏡モノクルをかけている――半透明の少女だった。

 それを見てライラは思わず絶句し、レヴは――

「おばけ……むり……!」

 その場で気絶したのだった。
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