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第4話:会議は踊る

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 ノクタリア、本校舎内――第四会議室。

 薄暗い会議室に、月明かりが注いでいる。その中央にある円卓を、赤いローブを着た魔女達――このノクタリアの教師陣が囲んでいた。

「今年は中々見込みがありそうな新入生が多いね~」

 一人の教師が円卓の中央にある巨大な水晶に映った一部始終を見て、楽しそうな声を出した。
 そこに映っているのは、今年行われたクラス分けの試験――〝星の尾切りダスト・カット〟の様子だ。

「ユーレリアの初撃を避けたものがまさか半分もいるとは……驚き。通り越して、驚愕」

 もう一人の教師が表情を一切変えず、仮面のような顔のまま、そう呟いた。

「しかし、ユーレリアも意地悪だよねえ。予め、夢の中の、ある種仮想空間みたいなところで試験を行うなんて。夢の中ならやりたい放題だもんね~。流石は魔術式のプロ」
「外道。通り越してゲス」
「でも、ちゃんと気付けるようにやったわよ?」

 同僚達の評価に不服そうな声を出したのは、ユーレリアだった。
 彼女は今年の〝星の尾切りダスト・カット〟の試験担当者であり、どのような試験を課すかも全て彼女が決めたことだ。

「現実世界であんな派手にやって橋を壊したら、学園長に怒られるわよ。それに、あえてありえない魔術を使うことで、そこが現実ではないと分かるようにしたし。そもそも睡眠の魔術は直接脳に作用するから、掛けた瞬間にどうしてもある種の違和感が生じる」

 ユーレリアがそう説明するも、同僚達は意地が悪いとばかりに目を細める。

「でもそれに気付くような、頭の回る子はいなかったんでしょ? ほとんとの子が最終的には落下死か圧死してるし~」
「だが、ユーレリアを追い詰めた者も数人いた」

 水晶に数人の新入生の顔が映る。

「間違いなく、〝エステル〟だねえ。楽しみ~」
「……実は、まだ映していない子がいるわ」

 ユーレリアがそう言って、水晶へと手を翳した。すると水晶に、長い金髪をリボンで括った美しい少女と緑髪の少女が映し出された。

 その二人の試験の一部始終を見て、その場にいた全員が黙ってしまう。

 それから数秒後。全員が一斉に喋り始めた。

「何これ」
「この子、夢だって気付いてる。驚愕。通り越して……なんだろ」
「驚天動地?」
「それ」
「でも普通、さっきまで協力しあってた同級生を殺せる?」
「というか、あれどういう魔術を使って避けたのかしら」
「わからん。というか、これ――使? エーテル反応が、ケイラの娘の分しか検出されていない」

 水晶に手を翳して情報を抽出した教師の一人が、信じられないとばかりの声を出した。

「はああああ? ありえんだろ」
「それより、この身体能力はどうなってんのよ」
「ケイラの娘は、判断が難しいところね……」

 喧々諤々の議論を行っていた教師達が、黙っていたユーレリアへと次第に視線を集めていく。

「で、どうなんだよ試験官」

 その問いにユーレリアはすぐには答えずに、その時のことを思い出していた。

 その光景が今でも鮮明に思い浮かぶ。

 何かに気付いた金髪の新入生――学生番号<零一九番>のレヴ・アーレスが、隣にいた学生番号<零一五番>ライラ・イレスをナイフで殺害。

 その後、笑顔で自分へとこう言ったのだった。

『睡眠の魔術はとても扱いが難しいのに、それを魔術式でやってしまうなんて流石ですね。起きたら、是非その式の書き方を教えてください。それでは」

 その後、ナイフを自らの首に突き立てて自殺した。

 試験が夢の中で行われていると気付いたからこその行動であり、当然気付けるように仕込んでいたのは間違いないのだが……心のどこかで気付く者はいないと思っていた。

 さらに後ほど精査すると驚いたことに――レヴ・アーレスはこの試験中、使

 ありえない。そう思って何度その夢を再現しても、やはりレヴ・アーレスがどうやって空中での回避不可能な攻撃を避けたかが分からなかった。

 こんなことは、初めての経験だった。

 それはユーレリアの長い魔女人生の中でも、ある種屈辱的なことであり、今でもまだどう評価したらいいか分からなかった。

「……魔術を使っていないのは、事実。もし使っていたとすれば、未知の技術よ。身体能力だけで避けたとすれば驚異的としか言いようがない。こちらの魔術を的確に分析した点も評価できる。夢の中だと気付き、即自殺する決断力も素晴らしいわ。だから、この子は――」

 ユーレリアがその先の言葉を紡ごうとした時。

 ここまで一切喋らず、黙って腕を組んでいた一人の教師が、それを遮るように口を開いた。
 彼女のローブは周りと同じ赤色だが、一人だけそのローブには大きな五芒星が描かれている。

 それが示すことは一つ。
 彼女が魔女界の中でも五指に入る実力者であることだ。

「こいつは〝塵〟でいい。どんな手品を使った知らんが、ここは魔女を育てる学園だぜ? あの状況になってなお魔術を使わない人間を、俺は魔女とは認めない。あとこのライラ・ケレスも、こいつがいなければ初撃で死んでいたし、磁力操作の規模も雑魚すぎる。二人とも〝塵〟だ」

 そう言いながら話は終わりだとばかりに立ち上がった彼女の名は――ジリス・アーレス。
 くすんだ赤髪と、どこか中性的で美しい顔立ちが目立つ長身の美女であり、〝エステル〟を担当する教師でもあった。

「……ジリス君。この子は貴女と同じ夜域の出身なんでしょ」

 ユーレリアがジリスへと、わざと君付けをしてそう問いかけた。この世界において、君付けされるのは強い魔女に対してだけという風習がある。

 ゆえに実力がありながら、なぜレヴ・アーレスの凄さが分からないのか――という意味を込めての言葉だったが、

「だから?」 

 それにジリスは醒めた声で答えるだけだった。

 魔女達は一般的に、自身の出身の夜域を家族名として名乗り、その結束を固めるという。
 だからこそ、同じアーレスの出身でありながらレヴに辛辣な評価をしたジリスに、ユーレリアは疑問を抱いたのだ。

「夜域が同じだろうが何だろうが、評価は変わらないが? そもそも、、聞いたことがないね。どこの魔女が推薦したかは知らないが、少なくとも〝星〟に入れる必要性が感じられない」

 その言葉に、他の教師達が同調し始める。

「まあジリス君がそういうなら……ね~? それに今、アーレスの子ってちょっと難しいしね」
「正論は通り越しても正論。アーレスには下手に触れない方がいい」
「そもそも〝星の尾切りダスト・カット〟は新入生の魔術の実力を測るものだからなあ……魔術を使っていないとなると、そうなるか」

 そんな中、ユーレリアは一人ため息をついていた。
 夢の中でとはいえ、直接対峙した彼女としてはレヴ・アーレスは興味深い魔女であり、間違いなく対魔女戦闘の経験者であるという確信があった。

 分析力。決断力。身体能力。全てが他の新入生より上であり、突き抜けていた。

 今、アーレスで起こった事件のせいで外の世界の均衡が不安定になりつつあることを考えれば、この学園で育てるべきは、ああいう魔女ではないのか。

 そう彼女は思いながらも、この場を既に掌握したジリスの評価を覆すのは無理だと悟る。

「はあ……なら、塵ということで。これで、全新入生の評価は出たわね」

 そうユーレリアが口にすると場が、ようやく終わったとばかりの雰囲気に包まれた。

「今年も楽しそうだね~」
「〝夜庭園ガーデン〟がどうなるか。今年は荒れるぞ」

 そんな風に教師達が談笑するなか、一人さっさと会議室から去ろうとするジリスの背中を、ユーレリアがジッと見つめた。

 ジリスが背を向けたまま、立ち止まる。

「どうした、ユーレリア。不服か」
「いえ。ただ、貴女がこんな風に新入生のクラス分けに口を出すなんて珍しかったから。いつもなら、こんな会議に出ることすらしないのに。どういう風の吹き回しかしら」

 ユーレリアがその背中へと言葉を投げる。その五芒星が描かれたローブは、つい最近新調されたばかりのものだ。

 五席しかない、魔女の中の魔女である証。
 最近その内の一席が空席となった結果、六番目の魔女だったジリスが繰り上がりでそこに座れるようになったことを、皆が知っている。

「……ただの気紛れだよ」

 ジリスがローブの裾を翻し、去っていった。

「はあ……。ほんと、政治を学園に持ち込まないで欲しいわ」

 ユーレリアが思わずそう愚痴ってしまう。

 その後、彼女は残っている教師陣にとある提案をしたのだった。

「ねえ、ちょっと急だけど――今年の〝塵〟の担当教師、私に変えてくれないかしら」

***

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