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2:救っていただいたドラゴンです
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胸の中でニコニコする黒髪の少女ディアを、ラルクはどうしていいか分からず、ついこう言ってしまう。
「……帰ってくれ」
「えええええええ!?」
大袈裟に驚くと同時にディアがラルクから体を離した。
「この状況で、〝……帰ってくれ〟は不適切っぽくないですか!? もっとギュッとするとか、顔を赤らめるとか! 色々あると思うのですが!」
妙に似ているラルクの声まねをするディアに、ラルクは渋い顔をしながらこう言葉を返した。
「お前は誰だ」
ドラゴンだのなんだの言っていたが、ラルクにはそもそもディアは人間にしか見えない。
「あ、聞こえてなかったんですね! じゃあもう一回やります! 先日救っていただいたダークドラ――」
「いや、それはもういい」
再び抱き付こうとするディアを、ラルクはその小さな頭を手で抑えることで止める。
「乙女のハグを〝もういい〟って言う人がいた! というかなんかあたしって犬扱いされてないです!? 信じられない……アダマスお姉ちゃんは、これで大体どんな人間の雄も落とせるって言ってたのに……」
「残念ながら、どう見ても君は竜には見えない」
必死に抱き付こうとするディアを抑えながら、ラルクがそう伝えた。
「……? ああ! そうか、人間って竜が人化できるの知らないんでしたっけ?」
「初耳だ」
二十年近く竜と戦ってきたラルクですら、それは初めて聞く話だった。
竜とは、この世界において最強とのも言われる生物だ。
高い知性に、分厚い鱗と筋肉の束に覆われた巨体による近接戦闘能力、無限とも思える魔力による属性魔法やブレスによる広範囲遠距離攻撃。
正面からぶつかってまともに勝てる者はごく僅かしかいない。
そんな竜が、わざわざ弱い存在である人の姿になる理由も分からない。
「よろしい、ならばまずは竜の歴史から教えてあげましょう。あれは一億と八千年前のことじゃった……」
その言葉を聞きながら、ラルクはディアを扉の外に押し出すとそのまま扉を閉じた。ついでに鍵も掛けておく。
「――って聞いてない!? しかもしっかり施錠してる! そのガチャリって音、結構拒否されてる感あって傷付くんですけど!」
扉の向こうで騒ぐディアの声を聞きながら、ラルクはどうするべきか悩んでいた。
竜だがなんだが知らないが、いきなり見知らぬ少女がやってきてお礼をしたいと言われても困る。でもそれを言ったところで、きっと伝わらない気がしていた。
なんて考えていると。
「まあ、鍵なんて意味ないんですけどね」
破壊音と共に、施錠された扉が無理矢理開かれた。当然、そんな無茶をすれば、廃墟に近いこの家の扉だ。
「あ」
あっけなく扉が、壁から外れてしまう。ディアが扉を握ったまま、照れ笑いする。
「あはは……壊れちゃいましたね。人間の家って脆すぎません? ほんのちょっとしか力入れてないのに」
「本当にもう帰ってくれ」
両親が他界し、自分と妹が村を出た後は誰も住む者がいなかったこの家は、既に崩れかけだった。だから扉が外れた程度なんて今更ではあったが、これ以上壊されてはたまらないと、ラルクはディアを拒絶した。
「……あう。ごめんなさい」
流石にやりすぎと思ったのか、ディアがしょげた様子で顔を俯かせながら、外れたドアをソッと壁へと立て掛けた。
「あたし……人とちゃんと話すの初めてで……なんか浮かれちゃって……」
「……そうか」
どうしたもんかと頭をポリポリと掻くラルク。
とりあえず、目の前の少女が只者でないことは分かっていた。
とはいえ竜だと言われても信じがたく、そもそも竜がこうして人に姿となって恩返しにくるなんて話は聞いたことがない。
ただ悪意はなさそうなので、あまり責めるのもな……とラルクは悩むが――
「もう……あたし……こうなったら……一生お側に仕えて罪滅ぼしをするしかないですね! はい決定!」
顔を上げると満面の笑みだったディアを見て、ラルクはため息をついた。
(全然反省する気ないな……こいつ)
ゆえにもう、こう言うしかなかった。
「扉直したら……もう竜界に帰れ」
ラルクがそう告げると、ディアが笑顔をさらに弾けさせる。
それは見る者全てを魅了するような、そんな笑顔だった。まるで骨を投げてもらった犬のように、嬉しさを爆発させている。
「了解です! 扉を直せばいいんですね!? ついでにこのボロ小屋も直します!」
「あ、いや、扉だけでいいんだが」
「とりあえず木製? っぽいので樹木魔法で……!」
「や、やめ――」
ラルクが慌てて止めようとするも、ディアから尋常ではない量の魔力があふれ出す。その魔力によって地面から木やツタが次々と生えていき、壊れた扉と壁を覆い尽くし、そのまま一体化。
さらに隙間風が吹き込んでくるほどにボロボロだった外壁も、生えてきた木と同化していく。
「どうです!? なんかエルフにお勧めできそうな物件になりましたね!」
外から、変わり果てた姿となったラルクの家を見てディアが満足そうに頷いた。
「……どうしてこうなった」
そこにあったのはボロボロの廃墟ではなく――大樹と一体化したような木製の家だった。
優雅な曲線を描く扉にはツタがまるで紋様のように張っていて、確かにエルフ達が住みそうな外観だ。
「ついでに二階部分も作っておきました! ほら、これから二人暮らしですし……家族も増えるかもだし……えへへ、やだなあ、もう!」
顔を真っ赤になって、バシバシとラルクの背中を叩くディア。それは普通の男ならば骨折するほどの力が込められているが、流石は元Sランク冒険者。平気そうな様子で、ラルクは家を見上げていた。
あるいは、呆然としていた。
「やっぱり、君は竜なのか」
この力。
魔法が得意と言われるエルフ族でもここまでのことはできないだろう。こんなことができるのは、樹木魔法が得意なグリーンドラゴンぐらいだ。
「いや、だから何度もそう言ってますってば」
「……分かった。だが、恩返しならもうこれだけでいい。助かった」
ラルクがディアへと頭を下げた。見た目はともかく、ボロ屋だった実家が立派な住居になったのはありがたいことだった。
ご近所さんにこれをどう説明したらいいかを考えると、頭が痛くなってくるが。
「はい? いやいや、こんなの恩返しの〝お〟の字にもなりませんて」
「俺は満足した。ありがとう。もう竜界に帰るといい」
ラルクがディアに背を向けて足早に家に入ろうとすると――その腰へとディアが抱き付いてくる。その力があまりに強く、ラルクはその場から動けなくなっていた。
「待ってください! これじゃあダメなんです! 竜は、竜の掟に従わないと追放されちゃうんです!」
動けないので渋々話を聞くことにしたラルクを、ディアが泣き顔で見上げた。その顔を見て彼は思わず顔を逸らし、顎ひげを掻いてしまう。
「竜の掟……?」
「はい。竜の掟とは、竜が必ず守らなければならないルールで、もし破ったら……竜界から追放されるんです。そうなると邪竜あるいは悪竜認定され、討伐されてしまいます! そうなったら最後、死ぬまでやたら強い人間達に追われる日々が待っているのです!」
「そんなルールがあるのか」
「そうなんですよ! 〝命を救われた竜は、救ってくれた者に一生を尽くさねばならない〟って掟があって……ううう……このまま竜界に帰ってもあたし、追放されて邪竜に……そうなったらもう暴れるだけ暴れて国土の半分を焦土にしちゃいますよ? 嫌ですよね? だったらもうあたしを受け入れるしかないんです! 平和的結論!」
一気に言葉をまくし立てるディアを見て、ラルクはため息をついた。どこまでが本当か分からないが、この子が困っているのは確かそうだった。
そういうルールでもなければ、わざわざ独り身の中年男性である自分に、こんなに可愛くて若い子が積極的に迫ってこないはずだ。
何より――
「あら? なーんだ。ちゃんとお嫁さん貰ってきてるじゃない。もう、ちゃんと紹介しなさいよ?」
「都会の女はやっぱり綺麗だなあ……おっぱいも大きいし……羨ましいぜ」
「家も都会風ってやつなのかしら?」
「魔法の力だろ? すげえなあ」
なんて会話と、温かい視線をご近所の村人達から受け、ラルクは慌ててディアを家へと招き入れた。
どうにも村人達には色々と勘違いされていそうなので、あとで誤解を解かなくてはならないが……そういうことをするのが、ラルクはもっとも苦手としていた。
「おお……家の中はそのままなので、ボロっちいですね!」
ディアが家の中を見て遠慮無くそう言うと、ラルクがディアへと真剣な表情で向ける。
「ディア……だったか。本気で俺に恩返しをする気なのか」
「ええ。もちろんです。まあ人間風に言えば、お嫁さんになるって感じですかね!? 押しかけワイフ的な?」
「見知らぬ男相手で君はいいのか。そもそも俺がどんな奴かも――」
ラルクがそう言いかけた時――ディアがまっすぐにこちらの目を見つめた。
その目には本気の光の宿っていた。
「見知らぬ男性、ではありません。貴方はあたしを助けてくれました。それだけで十分です。それに……」
ディアが頬を赤らめて俯いた。その仕草の意味が分からず、ラルクは首を傾げる。
「それに?」
「貴方は……私の初恋相手に似ているんです。顔とかじゃなくて雰囲気が……だから……」
「……そうか」
だからなんだ? と本気で思うラルクだったがそれ以上口にしなかった。
とにかくこの子に帰る気がない以上、どうしようもなかった。無理矢理返すにしても、相手は若いとはいえ竜だ。もしこの村で暴れられたら、それこそ一大事だ。
何より、掟を守らないと邪竜認定されるという言葉が、ラルクに重くのしかかる。
竜界を追放され、やってきた邪竜による被害は、帝国が抱える大きな問題の一つだ。邪竜によって多数の人々が死に、その中にかつての仲間や幼馴染みも含まれている。
もしこの少女が邪竜となって被害が出たら、それは自分のせいではないか?
そんなことまで考えてしまうラルクは――彼のライバルであるリーシャの言葉を借りると、〝馬鹿がつくほどの真面目な馬鹿〟、であった。
「だから、あたしをここに住まわせてください。料理、家事、なんでもやります。あ、どっかの城でも襲って財産かっぱらってきましょうか!?」
「それは絶対にだめだ。とにかく……一生と言われると困るが、落ち着くまで色々手伝ってもらう、ということでいいか?」
そう言うしかなくラルクは、ディアへと手を差し出したのだった。
色々と不安はあるが、現状そうする以外に何も思い浮かばない。
その手を、ディアが嬉しそうに握り返す。
「はい! ところで……なんてお名前でしたっけ?」
今更だな……と思いつつもラルクは律義に自己紹介する。
「……ラルク。ただのラルクだ」
「ディアです! 今後ともよろしくお願いします!」
笑顔のままぴょんと頭を下げるディアを見て、ラルクはまた顔を逸らし、顎ひげをポリポリと掻いたのだった。
その仕草が照れ隠しであるとディアが知るのは――もう少し先のことである。
「……帰ってくれ」
「えええええええ!?」
大袈裟に驚くと同時にディアがラルクから体を離した。
「この状況で、〝……帰ってくれ〟は不適切っぽくないですか!? もっとギュッとするとか、顔を赤らめるとか! 色々あると思うのですが!」
妙に似ているラルクの声まねをするディアに、ラルクは渋い顔をしながらこう言葉を返した。
「お前は誰だ」
ドラゴンだのなんだの言っていたが、ラルクにはそもそもディアは人間にしか見えない。
「あ、聞こえてなかったんですね! じゃあもう一回やります! 先日救っていただいたダークドラ――」
「いや、それはもういい」
再び抱き付こうとするディアを、ラルクはその小さな頭を手で抑えることで止める。
「乙女のハグを〝もういい〟って言う人がいた! というかなんかあたしって犬扱いされてないです!? 信じられない……アダマスお姉ちゃんは、これで大体どんな人間の雄も落とせるって言ってたのに……」
「残念ながら、どう見ても君は竜には見えない」
必死に抱き付こうとするディアを抑えながら、ラルクがそう伝えた。
「……? ああ! そうか、人間って竜が人化できるの知らないんでしたっけ?」
「初耳だ」
二十年近く竜と戦ってきたラルクですら、それは初めて聞く話だった。
竜とは、この世界において最強とのも言われる生物だ。
高い知性に、分厚い鱗と筋肉の束に覆われた巨体による近接戦闘能力、無限とも思える魔力による属性魔法やブレスによる広範囲遠距離攻撃。
正面からぶつかってまともに勝てる者はごく僅かしかいない。
そんな竜が、わざわざ弱い存在である人の姿になる理由も分からない。
「よろしい、ならばまずは竜の歴史から教えてあげましょう。あれは一億と八千年前のことじゃった……」
その言葉を聞きながら、ラルクはディアを扉の外に押し出すとそのまま扉を閉じた。ついでに鍵も掛けておく。
「――って聞いてない!? しかもしっかり施錠してる! そのガチャリって音、結構拒否されてる感あって傷付くんですけど!」
扉の向こうで騒ぐディアの声を聞きながら、ラルクはどうするべきか悩んでいた。
竜だがなんだが知らないが、いきなり見知らぬ少女がやってきてお礼をしたいと言われても困る。でもそれを言ったところで、きっと伝わらない気がしていた。
なんて考えていると。
「まあ、鍵なんて意味ないんですけどね」
破壊音と共に、施錠された扉が無理矢理開かれた。当然、そんな無茶をすれば、廃墟に近いこの家の扉だ。
「あ」
あっけなく扉が、壁から外れてしまう。ディアが扉を握ったまま、照れ笑いする。
「あはは……壊れちゃいましたね。人間の家って脆すぎません? ほんのちょっとしか力入れてないのに」
「本当にもう帰ってくれ」
両親が他界し、自分と妹が村を出た後は誰も住む者がいなかったこの家は、既に崩れかけだった。だから扉が外れた程度なんて今更ではあったが、これ以上壊されてはたまらないと、ラルクはディアを拒絶した。
「……あう。ごめんなさい」
流石にやりすぎと思ったのか、ディアがしょげた様子で顔を俯かせながら、外れたドアをソッと壁へと立て掛けた。
「あたし……人とちゃんと話すの初めてで……なんか浮かれちゃって……」
「……そうか」
どうしたもんかと頭をポリポリと掻くラルク。
とりあえず、目の前の少女が只者でないことは分かっていた。
とはいえ竜だと言われても信じがたく、そもそも竜がこうして人に姿となって恩返しにくるなんて話は聞いたことがない。
ただ悪意はなさそうなので、あまり責めるのもな……とラルクは悩むが――
「もう……あたし……こうなったら……一生お側に仕えて罪滅ぼしをするしかないですね! はい決定!」
顔を上げると満面の笑みだったディアを見て、ラルクはため息をついた。
(全然反省する気ないな……こいつ)
ゆえにもう、こう言うしかなかった。
「扉直したら……もう竜界に帰れ」
ラルクがそう告げると、ディアが笑顔をさらに弾けさせる。
それは見る者全てを魅了するような、そんな笑顔だった。まるで骨を投げてもらった犬のように、嬉しさを爆発させている。
「了解です! 扉を直せばいいんですね!? ついでにこのボロ小屋も直します!」
「あ、いや、扉だけでいいんだが」
「とりあえず木製? っぽいので樹木魔法で……!」
「や、やめ――」
ラルクが慌てて止めようとするも、ディアから尋常ではない量の魔力があふれ出す。その魔力によって地面から木やツタが次々と生えていき、壊れた扉と壁を覆い尽くし、そのまま一体化。
さらに隙間風が吹き込んでくるほどにボロボロだった外壁も、生えてきた木と同化していく。
「どうです!? なんかエルフにお勧めできそうな物件になりましたね!」
外から、変わり果てた姿となったラルクの家を見てディアが満足そうに頷いた。
「……どうしてこうなった」
そこにあったのはボロボロの廃墟ではなく――大樹と一体化したような木製の家だった。
優雅な曲線を描く扉にはツタがまるで紋様のように張っていて、確かにエルフ達が住みそうな外観だ。
「ついでに二階部分も作っておきました! ほら、これから二人暮らしですし……家族も増えるかもだし……えへへ、やだなあ、もう!」
顔を真っ赤になって、バシバシとラルクの背中を叩くディア。それは普通の男ならば骨折するほどの力が込められているが、流石は元Sランク冒険者。平気そうな様子で、ラルクは家を見上げていた。
あるいは、呆然としていた。
「やっぱり、君は竜なのか」
この力。
魔法が得意と言われるエルフ族でもここまでのことはできないだろう。こんなことができるのは、樹木魔法が得意なグリーンドラゴンぐらいだ。
「いや、だから何度もそう言ってますってば」
「……分かった。だが、恩返しならもうこれだけでいい。助かった」
ラルクがディアへと頭を下げた。見た目はともかく、ボロ屋だった実家が立派な住居になったのはありがたいことだった。
ご近所さんにこれをどう説明したらいいかを考えると、頭が痛くなってくるが。
「はい? いやいや、こんなの恩返しの〝お〟の字にもなりませんて」
「俺は満足した。ありがとう。もう竜界に帰るといい」
ラルクがディアに背を向けて足早に家に入ろうとすると――その腰へとディアが抱き付いてくる。その力があまりに強く、ラルクはその場から動けなくなっていた。
「待ってください! これじゃあダメなんです! 竜は、竜の掟に従わないと追放されちゃうんです!」
動けないので渋々話を聞くことにしたラルクを、ディアが泣き顔で見上げた。その顔を見て彼は思わず顔を逸らし、顎ひげを掻いてしまう。
「竜の掟……?」
「はい。竜の掟とは、竜が必ず守らなければならないルールで、もし破ったら……竜界から追放されるんです。そうなると邪竜あるいは悪竜認定され、討伐されてしまいます! そうなったら最後、死ぬまでやたら強い人間達に追われる日々が待っているのです!」
「そんなルールがあるのか」
「そうなんですよ! 〝命を救われた竜は、救ってくれた者に一生を尽くさねばならない〟って掟があって……ううう……このまま竜界に帰ってもあたし、追放されて邪竜に……そうなったらもう暴れるだけ暴れて国土の半分を焦土にしちゃいますよ? 嫌ですよね? だったらもうあたしを受け入れるしかないんです! 平和的結論!」
一気に言葉をまくし立てるディアを見て、ラルクはため息をついた。どこまでが本当か分からないが、この子が困っているのは確かそうだった。
そういうルールでもなければ、わざわざ独り身の中年男性である自分に、こんなに可愛くて若い子が積極的に迫ってこないはずだ。
何より――
「あら? なーんだ。ちゃんとお嫁さん貰ってきてるじゃない。もう、ちゃんと紹介しなさいよ?」
「都会の女はやっぱり綺麗だなあ……おっぱいも大きいし……羨ましいぜ」
「家も都会風ってやつなのかしら?」
「魔法の力だろ? すげえなあ」
なんて会話と、温かい視線をご近所の村人達から受け、ラルクは慌ててディアを家へと招き入れた。
どうにも村人達には色々と勘違いされていそうなので、あとで誤解を解かなくてはならないが……そういうことをするのが、ラルクはもっとも苦手としていた。
「おお……家の中はそのままなので、ボロっちいですね!」
ディアが家の中を見て遠慮無くそう言うと、ラルクがディアへと真剣な表情で向ける。
「ディア……だったか。本気で俺に恩返しをする気なのか」
「ええ。もちろんです。まあ人間風に言えば、お嫁さんになるって感じですかね!? 押しかけワイフ的な?」
「見知らぬ男相手で君はいいのか。そもそも俺がどんな奴かも――」
ラルクがそう言いかけた時――ディアがまっすぐにこちらの目を見つめた。
その目には本気の光の宿っていた。
「見知らぬ男性、ではありません。貴方はあたしを助けてくれました。それだけで十分です。それに……」
ディアが頬を赤らめて俯いた。その仕草の意味が分からず、ラルクは首を傾げる。
「それに?」
「貴方は……私の初恋相手に似ているんです。顔とかじゃなくて雰囲気が……だから……」
「……そうか」
だからなんだ? と本気で思うラルクだったがそれ以上口にしなかった。
とにかくこの子に帰る気がない以上、どうしようもなかった。無理矢理返すにしても、相手は若いとはいえ竜だ。もしこの村で暴れられたら、それこそ一大事だ。
何より、掟を守らないと邪竜認定されるという言葉が、ラルクに重くのしかかる。
竜界を追放され、やってきた邪竜による被害は、帝国が抱える大きな問題の一つだ。邪竜によって多数の人々が死に、その中にかつての仲間や幼馴染みも含まれている。
もしこの少女が邪竜となって被害が出たら、それは自分のせいではないか?
そんなことまで考えてしまうラルクは――彼のライバルであるリーシャの言葉を借りると、〝馬鹿がつくほどの真面目な馬鹿〟、であった。
「だから、あたしをここに住まわせてください。料理、家事、なんでもやります。あ、どっかの城でも襲って財産かっぱらってきましょうか!?」
「それは絶対にだめだ。とにかく……一生と言われると困るが、落ち着くまで色々手伝ってもらう、ということでいいか?」
そう言うしかなくラルクは、ディアへと手を差し出したのだった。
色々と不安はあるが、現状そうする以外に何も思い浮かばない。
その手を、ディアが嬉しそうに握り返す。
「はい! ところで……なんてお名前でしたっけ?」
今更だな……と思いつつもラルクは律義に自己紹介する。
「……ラルク。ただのラルクだ」
「ディアです! 今後ともよろしくお願いします!」
笑顔のままぴょんと頭を下げるディアを見て、ラルクはまた顔を逸らし、顎ひげをポリポリと掻いたのだった。
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