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1:田舎へ帰ろう

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アレジア帝国、帝都アルルシア――冒険者ギルド本部。

「本当に行くのかい、ラルク」

 早朝。まだ本部のロビーには誰もおらず、普段は騒がしいここも、今は閑散としている。

「ああ。世話になった」

 そう短く答えたのは、銀に近い灰色の髪の男――ラルクだった。背が高く、引き締まったその肉体はいっそ芸術的とさえ言っていい。体には傷が多く、その凜々しい顔つきからも、彼が歴戦の戦士であることが窺えた。

 特にその背中に背負っている機械仕掛けの大斧が、彼が只者ではないことを示している。

 そんな彼に名残惜しそうな顔を向けているのは、このギルドの責任者であるギルドマスターだ。

「寂しくなるね。どうしても冒険者を辞めるのかい? 別に登録だけでも残して――」

 そう引き留めるギルドマスターに対し、ラルクは首を横に振った。

「すべきことを果たした」

 ラルクの深い湖のような青い瞳が陰る。
 冒険者となって二十年。田舎から出てきて、Sランクまで上がったことは我ながらよくやったものだと自分を褒めたい。
 
 しかし幼馴染みの仇である邪竜を先日倒した時、案外、復讐を果たした時の気持ちはこんなものかと拍子抜けしてしまった。
 
 二十年という歳月は、復讐心を失わせるのに十分だったらしい。
 同時に、冒険者である意味も失ってしまった。

 だから辞めることにした。もはや、戦う理由は何もなかったからだ。

「……そうか。なら仕方ない。だが、いつでも戻ってこれるようにはしておくさ」
「達者でな」

 ラルクは軽く手を挙げると、そのままギルドの出口から外へと出た。
 帝都の春の朝はまだまだ肌寒い。しかしその冷たい空気と風がなぜかラルクには妙に心地良く感じられた。
 
 そんな彼を、待ち構えるように道で仁王立ちする者が一人。

「……あんた、一体、どういう了見なわけ!? 私、あんたが冒険者を辞めるなんて一言も聞いてないんだけど!?」

 そう怒りながらラルクを睨み付けたのは、金髪をツインテールにした褐色肌の少女だった。
 少数民族のエルフの中でもさらに珍しいダークエルフの特徴を有したその少女を見て、ラルクが少しだけ困ったように眉をひそませた。

「リーシャか」
「そうよ! あんたと同じSランクで、ライバルのリーシャ様よ!」

 なぜかいつも怒っているリーシャに、ラルクは困っていた。
 確かに彼女は自分と同時期にSランクに上がった冒険者で、ライバルと言う関係性も分からなくはない。だけどもSランクになるのに二十年掛かった自分と比べれば、たかが数年でそこまで上がってきた彼女の方が実力は上だと思っていた。

 しかしなぜかそれが伝わらない。

「冒険者を辞めて、故郷に帰ることにした」
「さっき知ったわよ! だからこうして朝っぱらから文句を言いに来たの!」
「……俺が何かしたか?」

 本気で文句を言われている理由が分からずに、首を傾げるラルク。
 それを見てリーシャが顔を真っ赤にして怒鳴る。

「あんたのそういうところよ! 何も言わず何も語らずで、なにそれカッコいいとでも思ってんの!?」
「いや……そんなわけじゃ」
「とにかく、私は認めない! 冒険者を辞めたいなら、私を倒してからにしなさい!」
 
 リーシャがそう叫びながら、自己強化魔法を自分へと重ね掛けしていく。それは単身で竜と張り合えるほどの力をもたらすものだ。

 彼女が地面を蹴って、ラルクへと、とある魔法を宿した右手を伸ばそうとした。

 しかし。

「……すまん。あとは任せた、リーシャ」

 そんな彼女よりも速く動いていたラルクが、リーシャに肉薄。その柔らかい金髪をくしゃりと撫でた。
 竜と張り合うリーシャすらも凌ぐ動きと先読みをした彼に、リーシャはそれ以上何も出来ず――

「……ずるい」

 ただ、俯きながらそう呟くしかなった。

 彼女は地面を睨み付けながら、ただ去っていくラルクの足音に耳を澄ませる。
 顔を向けたら……泣いているのがバレてしまうから。
 
 こうして、アレジア帝国が世界に誇る冒険者の一人――〝竜断りゅうだん〟のラルクはひっそりと冒険者を引退。

 彼は故郷である、帝国の東端、竜の支配圏である竜界との境に位置する小さな村、キーナ村へと二十年ぶりに帰ることにしたのだった。

***

 帝都からキーナ村までは、馬車を使うと一ヶ月以上掛かる長旅である。

 しかし荷物も少なく、新生活用にと用意した金銭と愛用の武器、野営用の道具以外は持ってこなかったラルクは――を選択。

 結果――彼は僅か一週間で、帝国の東端近くまで来ていた。キーナ村まではあと山が一つだけ。
 
 だが既に夕暮時であり、ラルクは野営をするべく、その山の麓にある洞窟へと向かっていた。

 洞窟の奥には確か、古の邪教徒が作った地下遺跡があったことを思い出しながら、ランタンを手に持ったラルクが洞窟の中へと足を踏み入れた。

 すると彼はすぐに、奥から人の気配がすることに気付く。

「しかも集団だ」

 妙な胸騒ぎを覚えながらラルクが進むと、洞窟の先は広い空間になっており、遺跡の手前に祭壇らしきものが設置されていた。

 それを囲むように立っているのは、青く染められたフード付きローブを纏っている集団だ。見れば露出している手や首にびっしりと白い紋様が刻まれている。

「あれは……」

 その特徴的な姿は、最近帝都で噂になっている生贄の儀式を行うという邪教徒の特徴と一致している。

 だが祭壇の上で縛られている生贄は――人ではなく、だった。全身を光る鎖で覆われており、竜がもがくたびにそれがその体を締め付けていく。

 大きさ的にもまだまだ若い竜であることが窺えるが、それでも邪教徒如きに捕らわれるほど竜は弱くない。しかしラルクは、微かに漂う酒の匂いに気付く。

「飲まされたか……」

 〝竜は酒に弱い〟。これは古からの常識であり、長生きしている竜ほど酒は避けるという。しかしあの祭壇の竜はまだ若い。おそらく何かしらの方法で酒を飲ませたのだろう。

 そうして泥酔している間に竜用の捕縛魔法で捕らえて――ここで儀式の生贄にする気なのだ。

「止めなければ」

 それがどういう儀式であれ、魔力の塊のような存在である竜を使った儀式で、何も起きないはずがない。

 祭壇へ、竜の鱗すらも貫く鋭い槍を持った男が近付いていく。

 もう時間がない。

 ラルクがそう判断し、地面を蹴った。

「……!? 誰かいるぞ!」

 一番後ろにいた邪教徒がそう叫ぶも――既に手遅れだ。

「……へ?」

 彼らが気付いた時には、風切り音と共に、機械仕掛けの大斧が彼らの中心へと叩き込まれた。

 その刃が地面へと触れた瞬間――青い雷が爆ぜて放射状に拡散、邪教徒達を強襲する。

「ぎゃああああ!」
「なんだこいつ!?」

 雷撃にやられ邪教徒達が痺れて動けない中、大斧を肩に担いだラルクがゆっくりと祭壇へと近付く。
 そんなラルクを、捕らわれていた竜が、その赤い縦長の瞳孔を見開いてジッと見つめていた。

「……暴れるなよ。あと、自由になったらちゃんと大人しく竜界へと帰れ」

 ラルクがそう言って、大斧を一閃。

「馬鹿な!?」

 邪教徒達が驚きの声を上げるのも無理はなかった。竜すらも捕縛する魔法の鎖を――この目の前の男はあっさりと大斧で切断したからだ。

「くそ、儀式は失敗だ! 逃げろ! 竜が暴れるぞ!」

 邪教徒達がそう叫ぶと同時に、自由になった竜が咆吼を放つ。

「ギャルアアアアアア!!

 それは魔力を伴った咆吼で、それ自体が攻撃と化していた。

 次々と気絶していく邪教徒達。

 竜はそんなことはお構いなく、つい数秒前まですぐ傍にいたはずのラルクを探していた。

 しかし既にラルク――竜にとって、命の恩人である――の姿はなかった。

***
 
 面倒事はゴメンだとばかりに早々に遺跡を去り、ラルクは夜のうちに山を越え、キーナ村へと着いた。
 彼は久々にあった村人達との挨拶をそこそこに、ボロボロに荒れ果てていた実家で一晩を過ごした。

 翌朝。

 壊れかけのドアをノックする音で目覚めたラルクは、扉の向こうにただならぬ気配を感じた。

「……まさか」

(邪教徒が復讐にやってきたか? それとも、別のナニカか?)

 警戒しつつ、大斧を片手に扉を開けたラルクの胸に――黒い影が飛び込んでくる。

「へ?」

 油断していたわけではないのに、懐にあっさりと入られたことに驚くラルク。

 それは、セミロングのまるで黒曜石のような光沢の黒髪をなびかせた――美しい少女だった。
 ラルクの鼻腔を甘い、少女特有の香りがくすぐる。

 その黒髪の美少女は可愛らしい顔で、胸の中からラルクを見上げながらこう言い放ったのだった。

ダークドラゴンのディアです! お礼をしにきましたので、よろしくね!」
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