勇者と魔王のはしご酒

虎戸リア

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1杯目「スタートは雀蜂亭の生ビール」

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 【王都 平民地区】

 王都の外れの外れ。そこに旧バスク通りがあった。
 通称酔いどれ通り。

 そこは喧騒と騒めきが踊る歓楽街。
 空には赤い月が登り、星が酔ったように揺らめくように瞬いている。
 もう夜の9の刻を過ぎようと言うのにその通りは人とそれ以外で溢れていた。

「魔族禁止ってなんだよ! 差別か!?」
「もーいいじゃん違うお店いこーよ」
「オニイサン、マッサージ、イルカ? ヤスクスルヨー」
「タコ焼き如何っすかあ、出前もやってるっすよー」
「おらあ、さっさと金持ってこいや! あんまり舐めた商売してるとバスク川に蹴落とすぞ!?」
「サキュバス館どこだっけ?」

 人も人外も等しく酔っており、感情を剥き出しに通りを練り歩く。
 それを通りの住人達が獲物を狙う狩人の如く、虎視眈々と緩くなった財布の中身を狙っていた。

 食事処、酒場、賭け場、娼館、人の欲と呼べる物を全て凝縮させたそんな場所に、その店はあった。

 【雀蜂ワスプ亭】と書かれた蜂を模した看板の下。

 そこはこの通りでも比較的大きな酒場だった。
 通りにまでテーブルと席が出してあり、酔客が大声を上げている。

 店内には所狭しと丸テーブルと椅子が置かれており、その全てが客で埋まっていた。

「リンカちゃーん! こっちにビール4つね!」
「ポテト盛り合わせまだー!?」
「リンカちゃん結婚してくれ!」
「あ? お前ぶっ殺すぞ」
「はいはい、喧嘩は駄目ですよー。喧嘩したら女将に言いつけますからね~」

 注文が飛び交い、それを給仕が柔軟に対応していく。店には活気があり、何より華やかだった。

 それは給仕達が全て可愛らしい少女であるせいかもしれない。
 しかしそんな事とはよそに、客席と調理場と酒瓶が並ぶ棚を仕切るように設置されたカウンターに、二人の男が座っていた。

 一人は、短い黒髪に茶色の瞳を持った青年だった。腰には何やら豪奢な飾り付けがされた剣をぶら下げている。
 それ以外については、その辺りの客と同じ麻の服を着ており、剣だけが違和感を醸し出していた。

「それで? まーちゃん、今日はどうすんの」

 その黒髪の男が軽薄そうな口調で隣に座る筋骨隆々の大男に声を掛けた。

 その大男は燃えるように赤い長髪をオールバックで後ろに流しており、魔族特有の角が頭に2本生えていた。こちらも同じように麻の服を着ているが、丸腰だった。

「決まっておろう……まずは乾杯イッキ勝負といこうではないかゆー君よ」

 低い、雷が轟くような声で大男が答えた。

「はあ……またあんたたちか……たまにはうちでもっと食べて飲んでくれる?」

 その二人の前に金色の泡立つ液体の入ったジョッキをドンっと置いたのは、茶髪の美女だった。エプロン姿が似合っており、何よりそのエプロンを突き上げるように主張する大きな胸に目を奪われる。

「いやあ、ほら、まずはベスパさんとこ飲んで……何? こう勢い付け? 的な?」
「うむ。なぜかここのカウンター席はいつも空いているからな。集合場所にはうってつけなのだ」

 この店の女主人——ベスパはやれやれと言いながら、この常連二人のいつもの儀式の手伝いをする事にした。

「じゃあいくわよ…………はいスタート!」
「うおおおおおお」
「うがあああああ」

 二人が一気にジョッキの中身を飲み始めた。

「全く……騒いだら叩き出すからね!」

 そんな言葉は上の空。二人は息継ぎする事なくジョッキを傾け続けた。呆れたベスパは調理場へと戻っていく。

「っ!」
「!!」

 おそらく——この世界で武の達人と呼ばれる者がこの場に居れば、驚愕していたであろう。

 なぜならば、黒髪の青年がジョッキを持つ手とは反対の手……つまり大男側の手で、光の速さを越えた掌撃を放ったのだから。
 そしてまともに受ければ、骨折どころか腕が粉微塵に吹っ飛ぶほどの威力を秘めたその一撃を、大男はいとも簡単にいなした。

 二人の静かな攻防が繰り広げられる中、最初にカウンターにジョッキを置いたのは……大男だった。
 僅差で青年もジョッキを叩き付けたが、大男はそれを見て無骨な顔をにやりと歪ませた。
 
「ふっ……攻撃を仕掛けたのが命取りだったな」
「まーちゃん……ジョッキ逆さにしてみ」
「……我を疑うか?」
「いいからやれ」

 大男がジョッキを逆さにすると、ほんの一滴だけ、酒のしずくがこぼれた。

「……【灼熱地獄炎禍ベルゼビュート】」
「あ、ずりい!」

 しかしそのしずくはカウンターに落ちる前に大男が放った魔術で蒸発した。
 
 これまた、魔術を極めた者——俗に言う賢者がこの場にいれば、腰を抜かしていたかもしれない。
 大男がしれっと放ったのが……火の精霊魔術の中でも最も高威力かつ広範囲を焼き尽くす、禁術と呼ばれる類いの魔術だったからだ。
 無詠唱で、しかも一滴のしずくを蒸発させるだけという緻密な魔力操作。
 それは賢者と呼ばれる者でも出来ない芸当だろう。

「我の勝ちだ」
「次からまーちゃんは魔術禁止な」
「ゆー君も打撃禁止だ」

 まるで子供のように言い争う二人だが……お察しの通りただの飲んべえではない。

 この世界には多種多様な種族が住んでいるが、その中に魔族と呼ばれる種族がいた。彼らは高い身体能力と生まれ持つ魔術特性を生かし、人類と長い間争っていた。その強大な力に、人類は苦戦を強いられていた。
 
 あわや絶滅の危機という時に、人類の特異点とも言うべき存在——勇者が現れたのだ。
 
 勇者は人智を超えた力と女神の加護によって侵略してきた魔族を撃退した。
 一転して劣勢に陥った魔族にもしかし、まるで反発するようにとある存在が生まれた。
 その者はどの魔族より強く賢く……何よりも誇り高い、魔を操る王の中の王——魔王だった。

 彼らは何度もぶつかり合い、そして伝説となった。

 勇者と魔王の実力が均衡していた。いや、

 どのような勝負をしても二人は勝てはしないが負けもしなかった。まるで釣り合った天秤のように二人は水平を保ったまま——2000年が過ぎた。

 二人が人類も魔族も立ち入れぬ領域で戦っているうちに、世界は平和になった。

 人類も魔族も、強すぎるリーダーを持て余していたのだ。
 同時にそれぞれが居なくなったのでこれ幸いとばかりに人類と魔族は和平を結び、文明を築いた。

「魔王、どれだけ遅くパンチを放てるか勝負しよーぜ。俺の100年パンチを超えられるかな?」
「まて勇者よ。それよりも星操魔術で星を動かして如何に上手く猫の星座を描けるか、というのはどうだろうか?」

 はっきり言って二人は戦うのに飽きていた。

 そして、ふと、そういえば世界がどうなったっけと、見た時に二人して驚いたという。

「平和になってるやんけ!!」

 こうして争う理由をなくした勇者と魔王は、とぼとぼと世界に戻ってきたのだった。
 知り合いは全員死んでおり、平和に小競り合っている人と魔族を見て、彼ら二人は顔を見合わせた。

「どうするよ魔王」
「どうするか勇者よ」
「……とりあえず……飲むか?」
「そうだな……そうしよう」

 こうして二人は——ひたすら酒に走ったのであった。

「しかしまーちゃんよ。酒は随分と進化したよなあ」
「うむ。このビールなぞ最高だ。我が昔飲んでいた物はションベンの味がしたぞ」
「さて……じゃあ次の店、まーちゃんが決めていいぞ」
「では……を飲みに行こうぞ、ゆー君」
「いいねえ……さあ……今夜もはしご酒だ!」
「おう!」

 こうして今宵も勇者と魔王のはしご酒が始まるのだった。

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