2 / 20
2話:後輩は九尾の狐娘でした
しおりを挟むその日の夜。犬崎さんの事が頭から離れずに自宅でぼーっとしていると、スマホが震えた。
『少し話したいことがあるのですが、今から会えますか?』
それは、犬崎さんからのラインだった。事務的というか普段のキャラとは違う丁寧な文面に僕は少し戸惑う。時計を見ると、午後八時をまだ少し過ぎた程度の時間だ。母はすでに仕事に出ているし、家には僕一人だ。
やべえ。クラスの子から来たラインにどう返したらいいか分からん。
しかもギャルだし! ケモ耳だし!
僕はスマホで、〝ライン 女子への返信の仕方〟で検索し、10回ほど書き直した物を――返信した。
『大丈夫』、と。
……。だってシンプルな内容の方が良いって! キモい語尾とかスタンプは極力やめて、端的に短く……。
僕のシンプル極まりない返信は、すぐに既読がつき、返事がついた。
『じゃあ、瀬太駅前のマクドナ〇ド前で良いですか?」
『おk』
『では、20時半にそこで』
『りょ』
その後、可愛らしいデフォルメされた子犬のスタンプが付いた。
ああ! 可愛い! ラインの画面越しでも可愛いよ犬崎さん!!
「でも……やっぱりなんかキャラが違うな……ギャルはこんな感じなのか?」
そんな事を考えながら、僕は何を着るか迷ったすえに、迷うほど服を持っていない事に気付き、結局いつものジーパンにパーカーの姿で家を出た。
もう初夏という事もあり、生温い風が吹いている。上を見上げれば空には半月が浮かんでいた。その隣には赤い<第2の月>はない。
「ははっ、地球だなあ」
それがなんだか寂しいような嬉しいような、複雑な気持ちだ。
久々に乗るママチャリの揺れを楽しみながら僕は駅前へと辿り着くと、煌々と光るマクドの前へと自転車を止めた。見たところ、まだ犬崎さんは着いていないようだ。
手持ち無沙汰に店舗の横で、スマホを弄ろうとした僕だったが、背後に気配を感じた。
「あれ? あれあれ? あれあれあれ? なんで先輩が? まるで誰かと待ち合わせをしているかのように突っ立っていますねえ。いやまさかそんな訳ないかー、だって先輩って陰キャだし、オタクだし」
僕が恐る恐る振り返ると、テイクアウトの袋を持った美少女が僕に向かって意地悪そうに目を細め、笑みを浮かべていた。スレンダーな体型に控えめなおっぱい。背は犬崎さんと同じぐらいに低く、スカートから覗く太ももが眩しい。
金髪に近い明るい色に染めた髪をボブカットにしたその美少女の名は――稲荷川咲妃。
幼少期から顔見知りであり、僕が所属している文芸部の後輩で、そこに所属するオタクや陰キャを小馬鹿にする事を生きがいにしているような奴だ。だけど、ルックスだけは良いせいで、その存在は許されていたし、同級生や先輩はそれでもこの後輩を可愛がっていた。
だが、僕は違う。ちょっとルックスが良いからと調子に乗っているこいつに、異世界から帰った今の僕ならガツンと言えるはずだ。
「アッアッ……えっと」
「会話になってないですけど?」
駄目でした。ううう……もしかしたら犬崎さんと喋れた流れで話せるかと思ったが、普通の女子は無理だ……。稲荷川とは幼い頃は普通に喋れていたのに、高校で再会してからは全然駄目だった。
「駄目ですよー先輩。陰キャは陰キャらしく家に引きこもってないと。こんなところにこんな時間に立っていると、まるでデートの待ち合わせしてる陽キャみたいですよ~? まあ先輩には一生縁のない話ですね~」
ぺらぺら喋る稲荷川の背後に、見覚えのある姿が現れた。
「お、犬崎さん!」
「流石、陰キャ、話も聞いてないし目も合わせられないんで……え?」
僕が稲荷川を無視して手を上げると、その背後にいた犬崎さんがコクリと頷いた。犬崎さんは制服のままだったし、なぜか犬耳も尻尾も見えない。無くてもパーフェクトに可愛い。
「もしかして、待たせた?」
「いや、少し僕が早く着きすぎただけだよ。時間も、ほら、今丁度午後20時半」
どうやら、耳や尻尾がなくても犬崎さんとは普通に会話できるようだ。それに僕が少し安心していると、口をぽかんと開き、いつもの細い目を見開いていた稲荷川がようやく声を絞り出した。
「え、マジで待ち合わせ? しかもこんなギャルと? え? 待って」
「あんた誰?」
なぜか、犬崎さんが敵意剥き出しで稲荷川を睨む。うおー怖え。あれ、最初僕に向けていたやつよりずっと凶悪な眼差しだぞ。一部界隈の男子は喜びそうだが……。
「え、あ、えっと」
犬崎さんの迫力に負けた稲荷川が、あわあわしながら後ずさる。
「会話になってないんだけど?」
犬崎さんがそう吐き捨てた。どうやら僕と稲荷川のやり取りを聞いていたらしく、僕が言われたセリフをそっくりそのまま返された稲荷川が顔を真っ赤にして、今度は僕を睨んでくる。
なんとも珍しい姿だ。黙ってたら可愛いのになあ……こいつ。
「い、一兄! だ、だ誰ですかこの人!」
懐かしい呼び方をする稲荷川だったが、あれ……。なぜか稲荷川の頭にさっきまではなかったはずの――尖った、縦長の二等辺三角形の金色の耳が見える。さらにその背後には、ふさふさの尻尾が九本見えていた。
待て待て……まさか、犬崎さん以外にも魔獣がいたのか!?
落ち着け……まずは冷静になろう。僕は深呼吸すると、口を開いた。
「彼女は、僕のクラスに今日転校してきた犬崎紫苑さんだ。僕の待ち合わせ相手だよ。んで、犬崎さん、こいつは僕の文芸部の後輩の稲荷川咲妃。口は悪いし、性格もアレだが、一応後輩なんだ。勘弁してやってくれ」
なぜか稲荷川相手でも急にすらすらと言葉が出た。ケモ耳が生えただけで話せるようになるとか僕、ちょっと単純すぎない?
「一里君がそう言うなら……」
犬崎さんが視線を稲荷川から話して、ため息をついた。
「うそだ……夢だ……幻だ……狐に化かされているに違いない……あの一兄が……いや……嘘だ!」
ブツブツ言いながら、稲荷川が走り去っていった。いや、狐なのはお前の方だろうが。
あの耳と、尻尾。僕でなくても分かる。
ナインテール。それは魔獣の中でも最も高い魔力と知力を持っているとされ、扱いは難しいものの、上手く使役出来れば最高のパートナーとなる狐系のモンスターの最上位種だ。
僕も、異世界では散々苦労して、一匹のナインテールをテイムしたっけ。まあ大変だったのは使役してからだったが……。
そんなことをふと思い出した。そういえばあいつは元気にやっているだろうか。
「さっきの子、狐みたいだった」
そう、犬崎さんがポツリと呟いた。うん、確かに、狐耳も尻尾も痺れるほど似合っていた。ずる賢く小悪魔みたいな稲荷川にはぴったりだ。やっぱり美少女は何をプラスしても可愛いからずるいよなあ……
じゃなくて。
「え、犬崎さんにも見えてた?」
「うん。いきなり耳と尻尾が生えてびっくりした」
どうやら、犬崎さんにも見えていたらしい。だけど、僕の覚えている限り、異世界に僕が行く前の稲荷川には耳も尻尾も生えていなかった。つまり……僕がこっちに帰ってきてから生えてきたのか、もしくは元々あって、見えていなかっただけか……。
「……あたしと一緒だ」
「だね」
なんだ? 美少女にだけケモ耳が生える呪いでも蔓延しているのか? だとすれば朗報だが……そんな訳がない。
「とりあえず、入ろっか。あと、あたしのこと、紫苑でいい」
ぷいっと、マクドの入口へと顔を向けた犬崎さんがそう呟いた。
「へ?」
「犬崎って名字、あたし嫌いだから」
なるほど。名字で呼ばれるのが嫌いなら仕方ない。というかなぜか僕もナチュラルに下の名前で呼ばれてるし。ギャルはそういうものなのだろうか。ならば、遠慮無く呼ばせてもらおう。
「えっと、紫苑さん」
「さんも要らない」
マジかよ。
「じゃあ、紫苑」
「ふふ、それでおっけ」
「じゃあ僕も、君、いらないよ」
「……っ! わ、わかった……一里」
なぜか僕以上に動揺する犬崎さん……じゃなかった紫苑の頭に、先ほどまでなかった犬耳とブンブンと揺れる尻尾が見えた。
ああ……可愛い過ぎる。ギャルっぽくて第一印象が怖い感じだった分、耳と尻尾の可愛さのせいで一気に好感度が爆上がりしてる。ギャップ萌え? という奴だろうか。
「素晴らしい……」
「え? 何が?」
「なんでもない」
僕は誤魔化すように適当に注文し、二階の一番奥の席に座った。学生の集団が騒ぎ、仕事帰りの社会人が黙々と食事をこなしている中で、僕の前に座った紫苑が口を開いた。
「あのさ……この耳と尻尾の事なんだけど」
1
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

恐喝されている女の子を助けたら学校で有名な学園三大姫の一人でした
恋狸
青春
特殊な家系にある俺、こと狭山渚《さやまなぎさ》はある日、黒服の男に恐喝されていた白海花《しらみはな》を助ける。
しかし、白海は学園三大姫と呼ばれる有名美少女だった!?
さらには他の学園三大姫とも仲良くなり……?
主人公とヒロイン達が織り成すラブコメディ!
小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。
カクヨムにて、月間3位
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

十年間片思いしていた幼馴染に告白したら、完膚なきまでに振られた俺が、昔イジメから助けた美少女にアプローチを受けてる。
味のないお茶
恋愛
中学三年の終わり、俺。桜井霧都(さくらいきりと)は十年間片思いしていた幼馴染。南野凛音(みなみのりんね)に告白した。
十分以上に勝算がある。と思っていたが、
「アンタを男として見たことなんか一度も無いから無理!!」
と完膚なきまでに振られた俺。
失意のまま、十年目にして初めて一人で登校すると、小学生の頃にいじめから助けた女の子。北島永久(きたじまとわ)が目の前に居た。
彼女は俺を見て涙を流しながら、今までずっと俺のことを想い続けていたと言ってきた。
そして、
「北島永久は桜井霧都くんを心から愛しています。私をあなたの彼女にしてください」
と、告白をされ、抱きしめられる。
突然の出来事に困惑する俺。
そんな俺を追撃するように、
「な、な、な、な……何してんのよアンタ……」
「………………凛音、なんでここに」
その現場を見ていたのは、朝が苦手なはずの、置いてきた幼なじみだった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる