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9:宣戦布告のスカーレット

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 私は再度陛下に頭を下げると、謁見の間から退室した。部屋の外で待っていたアリアを連れて、私は少し居心地の悪い王宮の廊下を抜けてゆく。

 注がれるのは好奇の視線。それだけなら良いが、どうにも良くない感情の視線が混じっている気がする。

 それを無視して中庭に出ると、私は奥の回廊を目指す。庭師が丹精込めて育てた草花が揺れ、甘い香りが漂ってくる。
 
 この奥にある回廊を抜けた先は、王宮のすぐ北側を囲むようにそびえる〝銀嶺アガレス〟と呼ばれる山の麓になる。その断崖絶壁に寄り添うように図書塔が建てられており、その前には小さな庭があった。

 まさに図書塔は、山と王宮に囲まれたほんの僅かな土地に建てられたのだ。

「図書塔の庭にも花を植えようかしら。庭師のリーエイさんに頼んだら種と苗をくれるかな?」
「良い考えかと思いますよ。後で道具も借りれるか聞いてましょう」
「ああ、道具は必要ないわ」

 私は中庭の畑の土へと手をかざしながら歩いていく。思った通り、魔力がふんだんに土へと注がれているのが分かる。

「魔術だけで――花畑を作る練習だもの」
「流石はエステル様。発想が違いますね。魔術で花ですか」
「祖国では、それ専門の魔術師がいたのよ。とても素敵な魔術でいつか試したいと思っていたの」

 そんなことを言いながら、私達が回廊に差しかかるとーーそこを塞ぐように立っている二人の少女がいた。

 一人は前で仁王立ちしており、キッと私をにらみ付けていた。長く、綺麗な金髪と青い瞳、それにどこかで見たことあるような、強気そうな顔立ち。着ている真っ赤なドレスも豪奢であり、ただの貴族令嬢でないことが分かる。というか王宮を護衛という名の監視役を付けずにうろうろしている時点で、それなりの立場なのだろう。

 その後ろで、肩辺りでふんわりとカールした栗毛の、少し地味な黄色のワンピースを着た少女がおどおどしながら、ちらちらと私とその仁王立ちの少女へと視線をさまよわせていた。

 赤いドレスの方が口を開く。

「あんたがエステルね」
「そうだけど……貴女は?」

 立ち止まらないといけないことに、少しだけ苛立ちながらも私は笑みを浮かべた。いきなり、あんた呼ばわりな時点で、この子の印象は最悪だが。

「私を知らないなんてあんた、やっぱりまだ寝ぼけてるんじゃない? 私はスカーレット・エイブレシアよ。覚えておきなさい」

 その赤ドレスの少女――スカーレットが得意気に語るが、私は寡聞にしてエイブレシアなんて家名を聞いたことがない。まあ……この国に来てからはこれ幸いとばかりに社交界から遠のいていたから仕方ないのだけど。

 しかし、この自信満々な物言いといい、スカーレットという名前で赤いドレスを着る辺り、なんとなく性格の想像がつく。

「エステル様……エイブレシアはバネッサ王妃の家柄ですよ。彼女は王妃の弟であるトーマス様の娘です。つまり王妃の姪ですね」

 アリアがそう小さく私の耳に囁いた。

 ああ……なるほど、既視感があると思ったら、彼女はバネッサ王妃に似ているのだ。ちょっと釣り目がちなところとか、ちょっと高圧的なところとか。

 バネッサ王妃の姪となると、つまりユリウスの従姉妹ということになる。

 そしてスカーレットがその細く綺麗な指を私の方へと向けて、こう言ったのだった。

「今日は宣戦布告を言い渡しにきたわ!」 
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