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7:竜学院
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「ううう……くそ、エステルが起きたら格好付けようと思っていたのに……とんだ醜態を晒してしまった……」
目を擦りながら、ユリウスがプイッと顔を横に向けて、赤く腫れた目を私に見せないようにしていた。
「今さらですよ、ユリウス様。貴方の格好悪いところはいっぱい知っていますから」
「……それもそうか。でも、今の俺はあの頃の俺とは違う! そうだ聞いてくれエステル! 俺は〝竜学院〟の生徒に選ばれたんだ! 凄いだろ!?」
ユリウスがまるで子供のようにはしゃいだ声を上げた。その顔には、少しだけ得意気な表情が浮かんでいる。
「あら……それは凄いです。竜学院は、選ばれた優秀な者しか通えないですからね。良いなあ……きっと読んだ事のない本がいっぱいあるんだろうなあ……」
この国、いやこの大陸全土の常識であるが、王侯貴族や大商人、聖職者などの子息は、十六の歳になると貴族院や魔術学院、聖教院などと呼ばれる学術機関に進学する。
ある程度の規模の国なら、自国に一校ずつあり、それぞれの国の特色があった。例えば私の滅んだ祖国エステライカは魔術が盛んであり、よってエステライカ国営の魔術学院は高名で知られていた。
このヘイルラント王国は、騎士と貴族の国であり、ヘイルラント貴族院は各国の貴族の子息達にとっては憧れの学院だ。
だけど、竜学院はそれらとは一線を画している。
竜学院はどこの国にも所属しない機関であり、そこでは魔術のみならず、騎士道や経営術、帝王学など様々な分野に特化していた。しかし、その秘匿性ゆえに門戸は狭く、竜学院が選んだ者しか進学が許されないという。志望者も一応試験自体はするそうだが……合格した者は過去を見ても数人しかいないという。
つまり選ばれたユリウスは、竜学院にその名が届くほどの功績を、何か残したのだろう。それはとても素晴らしいことだ。
「だから――エステルも一緒に行こう」
「へ?」
私は、その突拍子もない言葉に想わずマヌケな声を出してしまった。
「エステルは時が止まったままで、十年経った今も十六歳のままだ。それに、身分も亡国のとはいえ皇女だ。竜学院に挑む資格はある」
「いや、でも、私選ばれてないし……」
「入学試験を受けよう。きっと……エステルなら余裕だよ。だってカウレアの召喚を単独で阻止したんだから」
「うーん」
「嫌か?」
「嫌じゃないけど……まだ、これからどうしようって考えが中々出来なくて」
「そうか……そうだよな。ごめん。俺、焦っちゃって」
ユリウスがしょんぼりしたような顔をするので、私は笑みを浮かべた。
「ありがとう、ユリウス様。当分はこの図書塔でゆっくり過ごすものだと思っていたから」
とはいえ、十年の眠りの間にだいぶ読んでしまったのは事実だ。夢の中での読書が読書と言えるのかは謎だが、少なくとも内容は全て覚えている。
多分だけど、カウレアのおかげなのだろう。どういう理屈かは分からないけど……
「竜学院には、そこでしか読めない魔導書や歴史書が沢山あるのになあ……」
そんなことをブツブツと呟いてチラリとこちらを見てくるユリウスは、十年経っても私の事をよく分かっていた。その言葉は、何とも魅力的で、私の考えを改めさせるには十分だった。
「そうね……何か目標がある方が良いかもしれないですね」
「ほんとか!? 良し、すぐに父上にそれを報告してくる! きっと父上なら喜んで賛成してくれるさ!」
「あ、ちょっと! 待ってくだ――行っちゃった」
脱兎の如き勢いで部屋から去っていったユリウスを見て、私は苦笑する他なかった。
「まあ……喜んでくれたしいいか。どうせ落ちるだろうし」
そう暢気に呟いた私だったが……。
私はこの時、気付くべきだった。思い出すべきだった。
己の内に――邪神を宿していることを。
ドクン、と鼓動が一度だけ、確かに高鳴ったのだった。
目を擦りながら、ユリウスがプイッと顔を横に向けて、赤く腫れた目を私に見せないようにしていた。
「今さらですよ、ユリウス様。貴方の格好悪いところはいっぱい知っていますから」
「……それもそうか。でも、今の俺はあの頃の俺とは違う! そうだ聞いてくれエステル! 俺は〝竜学院〟の生徒に選ばれたんだ! 凄いだろ!?」
ユリウスがまるで子供のようにはしゃいだ声を上げた。その顔には、少しだけ得意気な表情が浮かんでいる。
「あら……それは凄いです。竜学院は、選ばれた優秀な者しか通えないですからね。良いなあ……きっと読んだ事のない本がいっぱいあるんだろうなあ……」
この国、いやこの大陸全土の常識であるが、王侯貴族や大商人、聖職者などの子息は、十六の歳になると貴族院や魔術学院、聖教院などと呼ばれる学術機関に進学する。
ある程度の規模の国なら、自国に一校ずつあり、それぞれの国の特色があった。例えば私の滅んだ祖国エステライカは魔術が盛んであり、よってエステライカ国営の魔術学院は高名で知られていた。
このヘイルラント王国は、騎士と貴族の国であり、ヘイルラント貴族院は各国の貴族の子息達にとっては憧れの学院だ。
だけど、竜学院はそれらとは一線を画している。
竜学院はどこの国にも所属しない機関であり、そこでは魔術のみならず、騎士道や経営術、帝王学など様々な分野に特化していた。しかし、その秘匿性ゆえに門戸は狭く、竜学院が選んだ者しか進学が許されないという。志望者も一応試験自体はするそうだが……合格した者は過去を見ても数人しかいないという。
つまり選ばれたユリウスは、竜学院にその名が届くほどの功績を、何か残したのだろう。それはとても素晴らしいことだ。
「だから――エステルも一緒に行こう」
「へ?」
私は、その突拍子もない言葉に想わずマヌケな声を出してしまった。
「エステルは時が止まったままで、十年経った今も十六歳のままだ。それに、身分も亡国のとはいえ皇女だ。竜学院に挑む資格はある」
「いや、でも、私選ばれてないし……」
「入学試験を受けよう。きっと……エステルなら余裕だよ。だってカウレアの召喚を単独で阻止したんだから」
「うーん」
「嫌か?」
「嫌じゃないけど……まだ、これからどうしようって考えが中々出来なくて」
「そうか……そうだよな。ごめん。俺、焦っちゃって」
ユリウスがしょんぼりしたような顔をするので、私は笑みを浮かべた。
「ありがとう、ユリウス様。当分はこの図書塔でゆっくり過ごすものだと思っていたから」
とはいえ、十年の眠りの間にだいぶ読んでしまったのは事実だ。夢の中での読書が読書と言えるのかは謎だが、少なくとも内容は全て覚えている。
多分だけど、カウレアのおかげなのだろう。どういう理屈かは分からないけど……
「竜学院には、そこでしか読めない魔導書や歴史書が沢山あるのになあ……」
そんなことをブツブツと呟いてチラリとこちらを見てくるユリウスは、十年経っても私の事をよく分かっていた。その言葉は、何とも魅力的で、私の考えを改めさせるには十分だった。
「そうね……何か目標がある方が良いかもしれないですね」
「ほんとか!? 良し、すぐに父上にそれを報告してくる! きっと父上なら喜んで賛成してくれるさ!」
「あ、ちょっと! 待ってくだ――行っちゃった」
脱兎の如き勢いで部屋から去っていったユリウスを見て、私は苦笑する他なかった。
「まあ……喜んでくれたしいいか。どうせ落ちるだろうし」
そう暢気に呟いた私だったが……。
私はこの時、気付くべきだった。思い出すべきだった。
己の内に――邪神を宿していることを。
ドクン、と鼓動が一度だけ、確かに高鳴ったのだった。
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