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1話:王子と私
しおりを挟む王宮内の廊下に、神官長の必死な声が響く。私は、またいつもの奴かとため息をついた。
「レオン様、困ります! これはエルハ教において重要な行事でして……」
「くだらん。神を信じぬ俺が祈って何になる? 聖女なんて腐るほどいるんだからそいつらにやらせろ」
背の低い神官長がそのでっぷりとした、だらしない腹を揺らしながら声を掛けているのは、大股で歩く一人の青年――この国の第二王子であるレオンだ。少し癖のある太陽のような金髪に青い瞳、王国中の貴族令嬢や聖女が熱をあげるほどに、レオンの顔は整っているが、残念ながら性根の方までは顔と同じように綺麗で整っているとは言いがたい。
「ですがこれは代々この国の王族のみが行える儀式で……」
「くどい。ならばそれは、この代で終わりだ。ビーチェ、騎士団長を呼べ、戦略会議をしたい」
「はいはい」
私の気のない返事と共に、レオンは自身の執務室に入り、拒絶するように分厚い扉を閉めた。
「ええい、ベアトリクス! 貴様はレオン様の秘書官であろう!! 何としてでも明日の儀式に参加されるように進言されよ!」
「あの様子だと無理っぽいんですが」
「知らぬ! 何とかしろ! そもそも王子の秘書官は代々聖女が行い、そしてそのまま婚姻するのが本来の習わし。それを貴様のようなみすぼらしい女が秘書官をやっている事自体が許しがたい」
「みすぼらしくて悪かったですね。文句はレオン様に言ってください」
廊下のガラスに反射して映る私の姿は、確かに神官長の言う通り、みすぼらしいものだった。
白亜城という別名が付くほど、白を尊ぶこのヴァルハルト王宮で、真っ黒のローブにぶかぶかのとんがり帽子を被っている私は確かに異質な存在だろう。少し癖のある長い髪も、瞳も全て黒いし化粧っけもない。
真っ白なキャンバスに落ちたインクの沁みのような存在――それが私だ。それでも、きらびやかな衣装と楚々とした雰囲気を出しながら腹の中は魔女の釜のようになっている聖女達と比べれば、分かりやすく〝近付くな関わるな〟、というオーラを出している私の方がまだ誠意はあると思う。
「もし明日の儀式が中止になれば……今度こそ処刑するぞ、この魔女めが」
神官長が小さな声で私を恫喝する。その顔に浮かぶのは侮蔑と憎しみだ。見下すような目で私を見ながら神官長は去っていった。
「……めんどくさ」
思わず独り言が出てしまうぐらいに、めんどくさい。こんな事が日常的に起きれば私でなくてもきっとそう言いたくなる。貴族ではなく聖職者が権力を持つこの国で、彼らの仇敵である魔女でありながら、王子の秘書官という立場にさせられた私の未来は暗澹としたものだ。
「はあ……どうしてこうなった」
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