1 / 1
1話:王子と私
しおりを挟む王宮内の廊下に、神官長の必死な声が響く。私は、またいつもの奴かとため息をついた。
「レオン様、困ります! これはエルハ教において重要な行事でして……」
「くだらん。神を信じぬ俺が祈って何になる? 聖女なんて腐るほどいるんだからそいつらにやらせろ」
背の低い神官長がそのでっぷりとした、だらしない腹を揺らしながら声を掛けているのは、大股で歩く一人の青年――この国の第二王子であるレオンだ。少し癖のある太陽のような金髪に青い瞳、王国中の貴族令嬢や聖女が熱をあげるほどに、レオンの顔は整っているが、残念ながら性根の方までは顔と同じように綺麗で整っているとは言いがたい。
「ですがこれは代々この国の王族のみが行える儀式で……」
「くどい。ならばそれは、この代で終わりだ。ビーチェ、騎士団長を呼べ、戦略会議をしたい」
「はいはい」
私の気のない返事と共に、レオンは自身の執務室に入り、拒絶するように分厚い扉を閉めた。
「ええい、ベアトリクス! 貴様はレオン様の秘書官であろう!! 何としてでも明日の儀式に参加されるように進言されよ!」
「あの様子だと無理っぽいんですが」
「知らぬ! 何とかしろ! そもそも王子の秘書官は代々聖女が行い、そしてそのまま婚姻するのが本来の習わし。それを貴様のようなみすぼらしい女が秘書官をやっている事自体が許しがたい」
「みすぼらしくて悪かったですね。文句はレオン様に言ってください」
廊下のガラスに反射して映る私の姿は、確かに神官長の言う通り、みすぼらしいものだった。
白亜城という別名が付くほど、白を尊ぶこのヴァルハルト王宮で、真っ黒のローブにぶかぶかのとんがり帽子を被っている私は確かに異質な存在だろう。少し癖のある長い髪も、瞳も全て黒いし化粧っけもない。
真っ白なキャンバスに落ちたインクの沁みのような存在――それが私だ。それでも、きらびやかな衣装と楚々とした雰囲気を出しながら腹の中は魔女の釜のようになっている聖女達と比べれば、分かりやすく〝近付くな関わるな〟、というオーラを出している私の方がまだ誠意はあると思う。
「もし明日の儀式が中止になれば……今度こそ処刑するぞ、この魔女めが」
神官長が小さな声で私を恫喝する。その顔に浮かぶのは侮蔑と憎しみだ。見下すような目で私を見ながら神官長は去っていった。
「……めんどくさ」
思わず独り言が出てしまうぐらいに、めんどくさい。こんな事が日常的に起きれば私でなくてもきっとそう言いたくなる。貴族ではなく聖職者が権力を持つこの国で、彼らの仇敵である魔女でありながら、王子の秘書官という立場にさせられた私の未来は暗澹としたものだ。
「はあ……どうしてこうなった」
0
お気に入りに追加
7
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢は皇帝の溺愛を受けて宮入りする~夜も放さないなんて言わないで~
sweetheart
恋愛
公爵令嬢のリラ・スフィンクスは、婚約者である第一王子セトから婚約破棄を言い渡される。
ショックを受けたリラだったが、彼女はある夜会に出席した際、皇帝陛下である、に見初められてしまう。
そのまま後宮へと入ることになったリラは、皇帝の寵愛を受けるようになるが……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。
木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。
それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。
誰にも信じてもらえず、罵倒される。
そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。
実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。
彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。
故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。
彼はミレイナを快く受け入れてくれた。
こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。
そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。
しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。
むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫
梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。
それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。
飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!?
※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。
★他サイトからの転載てす★
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる