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7話:第二階層に到着です!
しおりを挟むドラゴンプラントの咆吼と共に、周囲の地面からうねうねとした触手が四本飛び出てくる。それはムチのようにしなり、ヘカティ達へと払われた。
「僕もそろそろ仕事しないとね――【シルフィードの調べ】」
キースがそう言って剣を構えると、短く息を吐きながら一閃。風を纏った斬撃が周囲に吹き荒れた。
四本の触手が全て断ち切られ、地面へと落ちる。
「おー、かっこいい」
ヘカティがそれを見て、パチパチと手を叩いた。
「緊張感がないなあ……」
呆れた声を出しながら、更に追加で出てくる触手をキースが切り裂いていく。
ヘカティはニコニコとそれを見つめているだけだった。キースが放つそれは、風魔術と剣技を組み合わせた技であり、威力と範囲も素晴らしいが、何よりその所作が美しかった。
「まるでダンスみたい」
そのヘカティの言葉の通り、キースは踊るように回転しながら剣を振り、斬風を巻き起こす。
見かねたドラゴンプラントの本体が、口から緑色の液体を弾丸のように放ってきた。
「っ!! ヘカティ、あれには絶対当たるな! 腐食性の液体で痛いどころじゃ済まないし当たらなくても毒霧が発生する!」
「ふむふむ――じゃあアレを試しに使ってみますか」
ヘカティが右手をドラゴンプラントに向けると、薄い黒色の透明な結界がヘカティ達の前面に張られた。
緑色の液体がその結界に触れた瞬間、消失。何個も飛んでくるが全て結界へと触れたと同時に虚空へと消えていく。それを打ち破ろうとドラゴンプラントが触手を叩き付けるが、これも触れた瞬間に消失した。
「……なんだこれ」
思わずそう呟いてしまったキースに、へカティが首を傾げながら答えた。
「重力……バリア?」
レックスベアを倒して以来、ヘカティは色々と考えていた。どうすればこの【重力】という魔術を冒険者として有効活用できるか。
周囲の物を重くするだけで大抵の物は防げるが、例えば今撃ってきた毒霧を発生させるものや、重さという概念がそもそもなさそうな魔術による攻撃。こういったものは重くするだけでは防げなさそうで厄介なのだ。
そこで、ヘカティは学院時代に一度試したことある使い方を思い出したのだ。
【重力】を加重や軽量化に使うのではなく、あるがままに指定の位置に具現化させると――その位置にあった物が消失する。それがどういう理屈でなぜそうなるのかは分からなかったが、ヘカティが試した限り、あらゆる物がそれに触れると消失し虚空へと消えたのだ。
彼女は、それを人に対し使うのを恐れて封印していたが……魔物相手であれば、手加減は不要。
そうして出来たのが、ヘカティが自ら命名した――重力バリアだ。
それは――【重力】を薄く盾のように前面に張ることであらゆる存在を遮断無効化できる、無敵の盾だ。
「反則すぎない?」
「そうですか? 魔術師ってこんな感じでは?」
「そんなわけないでしょ……」
呆れて言葉も出ないキースは、改めてこの少女が規格外だと思い知った。
だが、まだこれは彼女の力の一部に過ぎなかった。
「えっと――こんな感じかな?」
ヘカティは黒水晶の短剣を抜くと、キースの動きを真似てみる。
「おいおい……まさか」
嫌な予感がするキースを尻目に、ヘカティが黒い魔力を纏う短剣をドラゴンプラントへと向け――
「魔術を刃に乗せて――放つ!!」
短剣が縦に振り抜かれた。
当然、20mは先にいるドラゴンプラントにその刃は届かない、はずだった。
しかし刃の切っ先をなぞるように黒い斬閃がきらめき――
「ギャ……?」
ドラゴンプラントを、空間ごと真っ二つに切断した。
体液を撒き散らしながら、ドラゴンプラントの死体が左右に倒れ、地響きを鳴らした。同時に、広間全体が縦に割れ、天井の一部が瓦解する。
「おー。出来た」
ヘカティはキースの動きを見て、思い付いた。重力バリアを薄い刃状にして放てば、それはあらゆる物を切断する、剣になるのではないかと。
「んー、重力剣? 重力ブレード? なんか良い名前考えよっと!」
「……いやいや」
魔術を剣に乗せ、しかも刃として放つ技は、相当な訓練と魔力操作の技術が必要であり、見たぐらいで出来たら誰も苦労はしない。
なのにこの少女は見ただけで、それをこなした。しかも、その威力は自分の比ではない。キースは、すでにこの少女がAランクの自分よりも上の存在であると確信していた。
瓦解し落ちてくる天井も、彼女が自分達の上に展開してくれた重力バリアによって消失。
「さ、行きましょうかキースさん!」
天井から差し込む光を浴びながら、意気揚々と先へと進む小さな背中を見て、キースは溜息をついた。
「やれやれ……【極光】の再来かな?」
☆☆☆
【絶塔クスラ・ティリス】第二階層――そこは端的に言えば、地獄だった。
天井からの光が少ないせいか全体的に薄暗く、一階層と打って変わって囲に遮蔽物はあまりない。だだっ広いだけの空間が広がっている。しかし地面は不自然にでこぼこしており、更にその上は無数の死体や骨、良く分からない鉄の残骸で埋め尽くされており、大変歩きづらい。
ところどころに青い炎が上がっており、冷たい空気も含め、いかにも地獄めいた雰囲気を醸し出していた。遠目に、屈強な魔物同士が争っているのが見えた。
ここでは魔物ですら、己以外は全て敵なのだ。
故についた名が――【孤立無援の死戦場】
「……最悪な場所ですね」
「心から同意するよ」
ヘカティは流石に場の雰囲気に飲まれたのか、一応黒水晶の短剣を構えていた。キースもいつ何が起きても良いように臨戦態勢で進んでいく。
「あー、あれだあれだ」
そんな二人の先には淡い光が立ちのぼっていた。
そこに辿り着くと、地面に魔法陣が描かれており、その上に人の頭部ほどの大きさの水晶が浮いていた。
「これがダウンストリームの正体さ。要するに、踏み入れた者を下の階層へと飛ばす簡易の転送装置だよ」
「なんでこんなものが?」
「さてね。突如現れるんだ。周期も場所もバラバラ。僕は……ダンジョンの悪意だと認識している。これによって大量の魔物が下層に落ちる場合もあるからね」
「……まるでこの塔自体が意思があるような言い方ですね」
「そうとしか考えられないからさ。君も遭遇したレックスベア。あんなもんが一層に現れたら、本来なら大災害なんだよ。君のおかげで被害は最小限に抑えられたけどね。僕は、悪意とかしか感じない」
「確かに……」
キースさんが剣を一閃させると、水晶が澄んだ音と共に弾け、粉々に砕けた。
「これで終わり。しばらくすればこの魔法陣も消える。さ、今のうちにこれを使おう」
「え? 使うんですか?」
「また来た道を歩いて戻りたいなら話は別だけど」
「……使いましょう」
こうしてヘカティとキースの依頼は無事終わり、帰還したのだった。
しかし二人は気付いていない。そんな二人を遙か遠くから――見つめていた存在を。
「あいつは誰だ……? あいつはなんで……母さんの短剣を持っている」
しかしその呟きは誰にも聞かれることなく、第二階層の冷たい空気に消えていった。
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