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1章:ルーチェ幼少期

2話「母と父と私」

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 ルーチェ・クロイツ10歳。

 私は、ハッピーな未来——女王エンドの為に生存戦略を立てた。

・自分の覚えている限りの死亡フラグ、破滅フラグを回避する。
・おそらく女王エンドの鍵となるメインヒロインの女王エンドルートを出来る限りなぞる。
・かつなるべく、ゲーム通りに動く。

 私は、この先待ち受ける死亡フラグと破滅フラグの山が、そこから逃避すれば無くなるとは思わない。例えば家出して見知らぬ土地に逃げたとしても……きっとそこで見知らぬ死亡フラグが建ち、結果死んでしまうだろう。

 ならば、予測可能、回避可能な物の方がまだマシだ。

 そして、私が前世で模索した方法をここでも実践する。私がやった中で最も女王エンドに近付いたメインヒロインルートをなぞるやり方だ。

 メインヒロインの女王エンドルートは流石主人公だけあり、腐敗したこのミールディア王国を一度壊しそして理想郷を作るという何とも分かりやすいストーリーだ。

 つまり私がすべき事は——&。腐敗した貴族をぶっ倒し、耄碌した老王を玉座から引きずり下ろし、内乱を、他国の侵略を、巧みに誘導してスクラップしたところで、平和で愛の溢れる国を建てる。

 だから出来る限りゲーム通りに動く事にした。

 まずメインヒロインルートに入る前に……いくつかこの10歳の時にやっておかねばならない事があった。

 ぶっちゃけどれも気が進まないのだけど!!

 ということで、まず第1の目標は……為のイベントを発生させる事だ。
 幸い、10~12歳の段階では死亡フラグはさほど多くない。けど、この期間での動きを間違えると、予測可能回避不可能な死亡フラグが立ってしまう。

 ここを生き延びないと、女王エンドなんて夢のまた夢だ。

 なので。

「お父様。剣と魔法の稽古を始めたいわ。そうね、ゼンギル卿の息子辺りが訓練相手に適役かと」

 私は、書斎で分厚い魔術書を読む父へとそう声を掛けた。
 細い身体に、茶色の髪。理知的で少し気難しそうな顔付きだが、私に向ける笑顔は優しかった。

「ん? どうしたんだルーチェ? 魔法は良いとして剣の稽古など……貴族の女子のする事ではないぞ?」

 父が魔術書から顔を上げ、そう訝しげに答えた。
 剣は男の物で、魔術は女の領分。この国ミールディア王国の古いしきたりだった。

 だけど、そんな物は昔の話だ。女剣士で騎士団長になった者もいるし、父のような男性が王宮魔術師になれるのだ。
 
「甘いですお父様。これからの時代、女子も剣で戦えて当然です。お父様はそもそも、貴族のしきたりに囚われなかったお母様のそういうところに惚れたのでしょ?」

 私の母は、元冒険者だ。魔術も使えるが、それよりも剣や槍を振り回す方が性に合ってると豪語するような人。

「ふむ……理屈は通るな。良いだろう。しかしゼンギル卿から息子を雇ってほしいとお願いされていたのを良く知っていたな」
「小耳に挟んだもので。それではよろしくお願いします」

 私はそう言って頭を下げて、退室した。父は自分の作業を長時間邪魔されるのを嫌う。言質を取ったらすぐに退くのが吉だ。

「よしっ、まずはゲーム通りの展開だ」

 このタイミングで父にお願いしないと、戦闘訓練とそこから繋がる投獄イベントが始まらない。これが始まらないと、後々詰む。つまり、ゲーム始まっていきなりヒント無しに普通ならしないムーブをかまさないと、詰むのだ。

 開発者の意地悪さに今更嫌になる。

 ちなみに、本当にゲーム通りに本当に事が起きるかは、正直未確定だ。ただ、少なくとも調べれば調べるほどこの世界はゲームと同じだし、いくつかのイベントもゲーム通り起こった。

「あの馬鹿息子とのイベントを発生させて……」

 私はこの先どうなるかを思い出して……気持ちが沈む。
 とはいえ、このイベントをこなさないと、私は18歳を迎える前に死ぬ。

 それにもうゲームじゃないのだ。矢が刺されば痛いし、毒を盛られたら苦しい。

「覚悟を決めろっ私!」

 パンと自分の頬を叩く。

 私は、おそらく庭で剣を振っているであろう母の元へと向かった。


☆☆☆


「遅い! 見てから動かない! 動いてから見なさい!」

 眩しいほどの金髪を後頭部で編みこんだ母が木剣を私の喉に突きつけていた。
 肩で息をする私。

 手には木剣を母に弾かれた衝撃による痺れが残っている。

「あうー難しいよお母様」
「ルーチェが稽古付けてって言ったんでしょ? こう、ガーッとババーッとやるのよ」

 動きやすそうな服を身に纏い、木剣を肩で担ぐ母はとても貴族の婦人には見えない。
 化粧っ気のない顔だが、それでもその美しさは変わらない。
 ゆったりとした服の上からでも分かるダイナマイトボディは、私の希望。

 私のはまだぺたんこだが、ちゃんと育つ……はず。

「分かる? 相手が動いたらピンッと来るからスッと動いて、ズバッと斬るの」

 母は剣術に関してはかなりの腕前だけど……教えるのが致命的に下手くそだった。

「なるほど。お母様、自分より大きい相手にはどう戦えば?」
「男性だったら股間ね。女性だったら……というか男女問わず太ももの内側。そこが急所になってるわ」
「なるほど」

 これを聞いておく事が大事だ。
 この世界でのルールなのかも知らないけど、前世の記憶はあくまで記憶に過ぎないらしい。

 例えば、ゲーム終盤辺りで使える魔術を詠唱してみたが、何も起こらなかった。魔力が足りない可能性もあるが、それでもこの時点での魔力量で十分発動できる魔術のはずだった。

 つまり記憶していても、再度それを何らかの方法で取得しないと意味ないのだ。
 母に聞かなくても、私は人体の急所は大体把握しているので多分同じ動きは出来る。

 だけど、念には念を入れたい。なので、知っていても習う必要がある。

 これはぶっちゃけめんどくさいのだけど……まあいざとなって使えないまま死ぬよりはマシかな?
 
 強くてニューゲームは出来ない仕様だ。

「お母様ありがとうございました。明日からはゼンギル卿の息子が稽古を付けてくれるようなので、また腕が上がったらお母様に挑戦します!」
「ふふふ……てっきりあの人似だと思ったら……やっぱり私の娘ね!」

 嬉しそうにそう母が私を抱きしめてくれた。
 どうやら自分と同じように剣術を習おうとする私の事が嬉しいようだ。

「お母様! 苦しい!」

 見た目以上に強い力で抱きしめられた。大きな胸が私の顔を圧迫する。
 この大きさ羨ましい!

「あら、ごめんなさい! しかしゼンギル卿の息子ね……あまり良い噂は聞かないからルーチェには近付いて欲しくないのよねえ」
「御心配なく。このような子供には手を出さないでしょうし……出したら股間をスパッと切り落としますよ」
「ふふふ……頼もしいわね」

 私と母は庭でそうやってうふふと笑い合ったのだった。

 まあ……半分は冗談ではないのだけどね。
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