霧の都のヴォーパルバニー ~貴族に殺された私、うさ耳獣人に転生し最強に。ワケあり令嬢に拾われてS級暗殺者になったので白豚共に復讐を開始する~

虎戸リア

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第2話:月と紳士

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「と、言っても……何も分からないのよね」

 一時間ほど下層部の夜空を飛び跳ねた私は、一際高い煙突が立つ屋根の上で、休憩をすることにした。

 復讐すると決めたが、肝心の復讐相手が誰か分からない。

「分かるのは声と、あの良く分からない言葉だけ……」

 〝我ら<議論する獣ジャバウォック>に栄光を〟

 ジャバウォックとはなんだろうか。

 私としては思い出すのも忌々しいが、あの男達の様子を見るに、ああやって人を殺すのは初めてでないように思えた。それが表沙汰になっていないことを考えると、それなりの権力がある存在ーーつまり貴族であることは間違いない。

「でも、貴族なんて上層部アッパー・ロンドにいっぱいいるしなあ。あーあ……向こうから来てくれたら楽なのに。いっそアリス・ハーグリーヴは生きてますよーって大々的に宣伝するか」

 なんて私が冗談っぽく呟いていると――

「月にウサギとは……いやはやまるで異国の御伽噺フェアリーテイルですな」

 そんな言葉が背後、数メートル先で聞こえてきた。

 私はすぐに振り向き、同時に屋根材である石瓦スレートをそちらへと蹴り飛ばす。

「ふむ……」

 豪速で迫る石瓦スレートはしかし、細長い棒状のもので弾かれ、割れてしまう。

「……やるじゃん!」

 私は少し前傾気味に身体を傾け、いつでも走れるように下半身に力を込めた。

 この身体になる前の私ですら、人の接近は五メートル以上離れていても気付いた。聴覚、視覚、嗅覚に優れたこの身体なら、なおのことだ。

 そんな私に気付かれずに、ここまで接近してきた時点で――それは誰であれ只者ではないし、私に味方なんてものはもうこの世に存在しない。

「つまりは――敵ね!」

 脱兎――という言葉が相応しい速度で私は屋根を蹴って疾走。

 その先には――屋根の上よりも屋敷の中にいる方が似つかわしい、黒のイブニングコートにステッキを片手に持つ、紳士然とした男性が立っていた。白髪交じりの髪は整えられており、右目に付けている単眼鏡モノクルが理知的な印象を与えている。

「……恐ろしい速度ですね。獣のようとはまさにこのこと」

 目の前に私が迫っているというのに、その老紳士は余裕を崩さない。

「ウサギだからね!」

 私は老紳士によって弾かれ、割れてしまった石瓦スレートの欠片を空中で掴み、そのまま相手の太ももの内側を狙う。

「なるほど、先ほどの石瓦スレートは先制攻撃にして、私が弾くのを見越しての武器作りでしたか。更に大腿部の急所を狙うとは……お見事です」

 そんな言葉と共にステッキが跳ね上がり、私の目を正確に狙ってくる。

「っ!」

 上半身を反らし、それを回避。さらに足に力を込めて跳躍、後ろに宙返りしてサマーソルトキックを叩き込む。

「反応速度も体捌きも素晴らしいですな」

 しかしその蹴りはあっさりとバックステップで躱されてしまう。老紳士が煙突を背にすると、ゆっくりとステッキを構え直した。

「あはは! 戦いって……面白いね!」

 身体が熱い。心臓が、大きな鼓動を打ち鳴らしている。楽しいという感情が全身に巡る。

 身体を動かすって……こんなに楽しいんだ!

「初めての実戦でそれだけ動けるとは……いやはやはいつも正しい」

 低い姿勢ですぐに接近してくる私を見て、老紳士が目を細めた。

「余裕ぶっていられるのも……今のうち!」

 石瓦スレートの欠片をナイフのように逆手に持ち直し、心臓を狙う。

「少し本気を出さないといけないようですね」

 ステッキでそれを弾こうとするのを見て、私は跳躍。心臓狙うなんて見え見えの攻撃が防がれるのは分かってる。だから跳躍し――老紳士の背後の煙突を更に蹴って勢いを付け、首へと石瓦スレートを走らせた。

「ふむ……鋭く、そして重い」

 しかし、それすらも読まれて石瓦スレートはステッキに防がれてしまう。

「だったらそのステッキごと、叩き斬る!」

 更に力を込める。怖いぐらいに、思い通りに力が出るのが快感だった。獣の膂力で振るわれた石瓦スレートがステッキを砕いた――ように見えたその時。

「へ?」

 魔蒸の匂いと共に刹那の銀閃。

 咄嗟の判断で更に煙突を蹴ってその場から離脱。

「耳の一本ぐらいは斬り飛ばそうと思ったのですが……やれやれ……まさか、たかが石瓦スレートで私の剣が折れるとは」

 そんな言葉と共に――煙突が斜めにズレていく。

「うそん……煙突を……斬った?」

 急に動きが加速した老紳士の斬撃は、私を背後の煙突ごと斬ろうとしたのだ。咄嗟に避けていなければ……危なかった。

 煙突がゆっくりと倒れていくのと同時に、老人が服の隙間から蒸気を噴出しながらステッキ――私の一撃で杖を模した鞘が砕け、細い刀身が露わとなった仕込み剣――を私へと向けた。

 しかし、その刀身は半ばから欠けている。

「鞘は白檀、刀身はミスリウム鋼なので硬い上に高いのですがね……これは赤字ですな」
「良いなあ……その仕込みステッキ――私に頂戴!」

 そう笑いながら迫る私だったが――

「そこまでよ!!」

 少女の声が響いた。その声と同時に、老紳士が明らかに戦闘態勢を解くので、私は少し苛立つ。

「誰? 邪魔しないでよ!」
「はあ……はあ……ったく……せめて地面の上で戦いなさいよ! 常識ないの!? 煙突まで斬っちゃって……後始末は誰がすると思っているの、アダム!」

 その声は、屋根の端から発せられていた。見れば、はしごがかかっており、高そうなワンピースドレスを見た金髪少女が息を切らしながら上がってくる。

「……申し訳ございません、お嬢様。つい……」
「つい……じゃないわよ! もう!」

 アダムと呼ばれた老紳士がしょげた様子でその金髪の少女に謝るのを見て、私はどうしたら良いか分からなかった。

「えっと……続けてもいい?」

 一応、念の為にそう聞くも、その金髪の少女が目を釣り上げて、私へとその白く細い指を突きつけた。

「駄目に決まってるでしょ! そもそも今何時だと思っているのよ!」
「わかんない」
「深夜零時よ零時!」
「道理で眠たいと思った」
「でしょうね! ってそんなことはどうでもいいのよ!」

 自分で何時か聞いたくせになんでこの子は怒っているのだろうか……?

「とにかく、いい加減その獣じみた殺気を収めなさい、アリス・ハーグリーヴ。あたしはベアトリクス……貴女の――
 
 そう言って、金髪の少女はその年齢に似つかわしくない妖艶な微笑みを浮かべる。

 それがのちに私の運命を大きく変えることになる、ベアトリクスとの出会いだった。
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