1 / 8
1話:世界の敵
しおりを挟む
僕は自分で言うのもなんだか、平凡なただの青年だった。
茶色の髪に同じ色の瞳。中肉中背で、背は高くもなく低くもない。見た目はわりとイケてると自分では思っているが、女性にさしてモテた試しはない。幼馴染みで、隣に住む同い年のベルに僕がそう言うと、そんな訳ないでしょと笑ってくれる。
僕はベルが好きだった。ベルも多分僕の事が好きだったと思う。どちらも家は農家で、僕の家は野菜を、ベルの家は小麦を栽培していた。ベルは決して美人という訳ではないが、僕達が住むこのミリカ村では一番スタイルが良いし、可愛いと僕は思っている。
父からこの家業を継いだら、ベルにプロポーズしようと計画していた。
僕の父も母も典型的な農民で、優しくもあり厳しくもある良い両親だった。村の皆だってそうだ。この村はどこにでもある牧歌的な農村であり領主も話の分かる貴族で、とにかく平和でのんびりとした場所だった。
「ルネ! 早く! 今日はお母さんがキノコのシチュー作ったからお裾分けするって言ってたわ!」
ベルが僕達の家へと続く道を先に歩いていて、こちらへと振り返りながら笑顔を僕に向けた。両側は小麦畑で、金色の麦穂が夕日を反射し、きらきらと輝きながら風で揺れている。
僕と同じように茶色の髪を三つ編みにしたベルが、手でさらさらと麦穂を触った。
「もうすぐ収穫だね。ルネ、手伝ってくれるよね?」
「仕方ないなあ。おばさんのシチュー美味いからね」
「あたしも今特訓してるもん!」
拗ねたような声を出すベル。その声も仕草も全部僕の心を掴んで離さない。
「楽しみにしてるよ。黒焦げでなければいいけど」
「もう! あれはちょっとだけ【火炎】のスキルの操作を失敗しただけだもん!」
「良いよなあベルは。使えるスキルを持ってて」
「別にいいじゃん。農家にスキルは別に必要ないよ」
この世界の人間は生まれてくる時に一つだけスキルという物を神から授かるらしい。だがまれに何も授からない者もいる。そう、僕のように。
僕も最初は嘆いた。かっこいいスキルや強そうなスキルがあれば冒険者や騎士になれた。
だけど少し大人になって、ベルとの今後を考えると別に必要ないなと思うようになった。
「まあなあ。でもほら、もし僕に【火炎】のスキルがあったら冒険者になって魔物をドカーンって!」
僕が冗談めかしてそう言った。ベルの持つスキル【火炎】は文字通り火を操れるスキルで、慣れてくれば巨大な炎を起こし、操れるらしい。だけどベルは料理ぐらいにしか使っていない。
「ルネみたいな優しい人には無理だよ。こないだだって、なんか変な動物助けたじゃない。あれ絶対魔物だよ~」
「あーそういえばそんな事あったな」
僕は言われて思い出した。先日、道端に変な生き物が倒れていたのだ。ぬいぐるみみたいなモフモフの見た事のない動物で、額には赤い宝石が嵌まっていた。怪我をしていたので家に連れて帰り、薬を塗ってやるとそいつは元気になった。
さて、魔物であれば一大事だが、そいつに敵意はなかったので、こっそりと逃がそうと思っていたのだ。だけどいつの間にかそいつは消えており、残っていたのはその額に嵌まっていた赤い宝石だけだ。
僕はそれをどうしようか迷った末にそれをペンダントにして首にかけていた。まあお守りみたいなもんだ。実は半分に割っており、もう半分は指輪にしようとここから少し離れた位置にある街の細工士に渡してあるのだ。
そう、ベルへの婚約指輪だ。
僕はこの平凡な、でも平和な日々が永遠続くと信じていた。だから――その不穏な影に気付くのがあまりに遅すぎた。
「……? あんた誰だ?」
「へ? どうしたのルネ?」
ベルの後ろに、黒い男が立っていた。それは見るだけで不吉な存在である事が僕には分かった。ドクロの面を被り、何より、巨大な鎌を掲げていたからだ。
「世界は貴様を――【悪】と認定した。よって我ら【抑止力】は契約に則り、貴様の排除を行う」
「は……い? おい、待て、それをどうする気だ? おい!」
僕の目の前で、ベルの首にその巨大な鎌がかかった。待ってくれ、あいつは何を言っているんだ? 何をする気だ?
何が起きているか分からず、ベルがただ震えている。
やばいやばいやばい。絶対にまずい事が起きている。助けないと。ベルを助けな――
「まずは――絶望を」
「ルネ……助け――」
ベルがその言葉を最後まで言い切る事はなかった。なぜならその首があっけなくそのドクロ面の男の鎌によって刎ねられたからだ。
「う……そ……だ」
「まだ、足りぬな。もっと絶望を」
僕は地面に膝をついてしまった。目の前には表情の歪んでいるベルの首が転がっている。目線が下がりそこで僕は初めて、その男の片手に四つの生首がぶら下げている事に気付いた。
それらは全部苦痛で顔の歪んでおり、何度見てもそれは僕とベルの両親だった。
「見ろ、空が紅蓮に染まる。【竜騎士】はいつもやり過ぎる」
ドクロ面の男の言葉と共に、上空で竜の咆吼が聞こえた。
空には真っ赤な飛竜が口を広げており、火球を村へと向けて吐いていた。その背中に、槍を持った騎士らしき姿が見える。
火球によって村は燃え、黒煙と火炎による旋風が巻き起こった。それは村の家も畑も全て焼き払っていく。
「あああ……村が……」
「【悪】の萌芽は一片たりとも残すつもりはない。貴様の死を持って、終わりとしよう」
ドクロ面の男が鎌を掲げた。僕には、何も理解できなかった。
なぜベルは、両親は、死ななければならなかったのか。なぜ村は燃やされた。
なぜ――僕は殺されそうになっているのか。
鎌が僕へと振り下ろされる瞬間。背後から少女の声が掛かった。
「待ってよ、【死神】ちゃん。そいつには聞きたい事があるんだよね。あたしにくれない?」
「……殺した方が良い」
後ろから現れたのは、道化の仮面を被った、派手な衣装を着た少女だった。なぜか両手にはとんかちと釘を持っているが、全て赤黒く汚れているのが不吉だった。
「そう言わずにさ。アレの行方、知っているかもだし」
「――ならば貴様が責任を持て、【道化】」
「もちろん! あはは、質問するのあたし得意なんだ」
次の瞬間に、僕は麻袋のような物を被された。
「やめ! やめろ!! 離――」
僕が暴れると同時に、頭に衝撃と痛みが走り、そして僕は――意識を失ったのだった。
☆☆☆
それからの事を僕はあまり口にしたくない。
端的に言えば、僕は【道化】と呼ばれた少女によって拷問されたのだ。
何度、殺してくれと叫んだか分からないし、最後には舌も切られていたので声出せなかった。途中からは完全にそうしたいだけという【道化】の歪んだ欲望を満たす為だけに僕は惨い仕打ちを受けた。
「あはは……そろそろ飽きたなあ……結局君は次元獣の行方を知らないんだね?」
「……」
「よし、もういいや。【万象】ちゃん、【無葬】しちゃっていいよ」
「……お前はすぐにおもちゃを壊すな【道化】」
既に目は潰されているせいで、姿は見えないが青年らしき声が聞こえる。
「【聖女】のクソビッチが回復してくれないからね。【回復】スキルなんて拷問の為にあるのに」
「そう言うな。あいつにはあいつの考えがあるんだ――さて、随分と長く苦しんだようだが……本当の地獄はこれからだぞ」
とっくになくなった皮膚感覚だが、頭に手を置かれた事だけは分かった。
「今からお前を世界から追放し、無の空間へと送り出す。そこは時間も奥行きも高さも長さも何も無い。お前は永劫の時をそこで過ごす事になる。生きず、されど死なず。無限の牢獄で発狂し続けるがいい」
なんで……僕がこんな目……。
「これが世界の選択だ。【悪】は潰さねばならない。その為に我ら【抑止力】はいるのだ。それが――正義だ」
ただの農民だった僕が悪なわけないだろ……なんだよ抑止力って。なんだよ正義って。
「もう知らなくてもいい。では、さらばだ。二度と会うことはないだろう――【無葬】」
次の瞬間に、感覚が消えた。
上も下も何もない。目が潰されているのに分かる。
ここには何も無い。無だ。無だけがこの世界を支配している。そこは耳が痛いほど静寂で、冷たくも熱くもない。
そもそもどこまでが自分でどこまでが世界か分からない。
頭がおかしくなりそうだ。いや、拷問された時点でとっくに僕はおかしくなっていた。
「あはは……アハハハハハ!! 何が抑止力だ! 何が悪だ! 僕が――いや俺が何をした! ベルが何をした!!」
舌のないはずの俺の血の叫びが響き、そして一瞬で消えた。
俺を俺たらしめているのはこの怒りだけだ。
そしてそれはなぜか胸元に集まり、妙に熱くなり、赤い光を放っている。それは、俺が身に付けているあのペンダントの宝石の色とよく似ていた。
熱も何もない空間でそこだけはまるで、凍える荒野で見付けた焚き火のように、俺を導いてくれる。
「これは……?」
俺はいつぞや聞いた、スキルの力についてふと思い出した。スキルは生まれた時に授かるのだが、使えるようになるのは大体物心つくようになってかららしい。そしてそれは、まるで前から知っていたかのようにふとそのスキルについての知識が頭に降ってくるそうだ。
それをなぜ思い出したかというと、まさに今、その現象が俺に起こっているからだ。
「スキル……【次元操作】……?」
俺はスキルのない無能力者だったはずだ。なのに今更スキルが発現したのだ。
そのスキルはどうやら次元を作ったり操作したり出来るらしいが、俺には今一つピンと来なかった。
そもそも次元ってなんだ? 作るってどういう事だ?
だけど俺はなぜか確信を得ていた。これを使えば、ここから脱出できるかもしれない。
なんせ時間は無限にあるらしい。
スキルは使えば使うほどに成長し、出来る事が増えるそうだ。
ならば、今この空間で使い続ければ……いつかここから出られるかもしれない。
こうして俺の絶望的な試行錯誤が始まったのだった。
☆☆☆
無限とも言える時間を消費し、ようやくその地に立てた時に込み上がってきた想いは――悲しみだった。
「ああああああ!!」
辛うじて、そこには家があったと分かるぐらいの痕跡しか残っておらず、俺の家もベルの家も――小麦畑もミルカ村も全て、無くなっていた。
ただただ、黒く焦げた地面が露出しており、建物や人だった物の残骸が転がっているだけだ。
悲しみはやがて、怒りへと変換されていく。
「許せねえ……絶対に許せねえ……殺してやる……あいつら全員殺してやる……関わった奴もそうでない奴も全員! 何が抑止力だ。何が正義だ! 世界が俺を否定するなら上等だ!! 俺がこの世界を否定してやる!! “開け開闢の門よ、羅列する瞳よ――【次元門解放】”」
白髪となった俺の髪が揺れ、俺は手を前へと突き出した。俺の赤く染まった瞳に、次元が裂ける様子が映る。
空間が割け、その奥に見えるのは星空と銀河。
そしてそこから現れたのは異形の軍勢だ。
「ルネ様……ああ……ここがルネ様の世界なのね……ああ、なんて低次元な世界。お陰様でこんな醜い姿にしないと適応できないわ」
俺の右手に、竜のような角と翼と尻尾が生えた美女が歩み出てきた。
「世界の抑止力? 相手にこれだけの戦力いります? ルネ様だけで100%勝てると演算で出ましたけど」
俺の左手には、巨大な銃を担いだ少女が並ぶ。身体の半分が機械で出来ており、瞳は無機質な赤い光を放っていた。
その後ろには何千という異形の兵士達が各々の武器や兵器を持ち、静かに整列していた。まるで化け物を無理矢理人の形に押し込んだような、そんな姿だ。
その更に奥には、巨大な空中戦艦が浮いている。
「貴様らの主にして神である俺が、ここに宣言する。蹂躙だ。奴らには一片の慈悲も与えずに蹂躙し駆逐し滅殺せよ――俺が許す」
俺は言葉と共に前へと向いた。背後では異形の雄叫びが鳴り響く。
「さあ世界よ、俺は戻ってきたぞ。俺を【悪】と断ずるなら上等だ! この【悪】の力を持って全てを捻じ伏せてやる」
こうして俺はこの世界への復讐を開始したのだった。
茶色の髪に同じ色の瞳。中肉中背で、背は高くもなく低くもない。見た目はわりとイケてると自分では思っているが、女性にさしてモテた試しはない。幼馴染みで、隣に住む同い年のベルに僕がそう言うと、そんな訳ないでしょと笑ってくれる。
僕はベルが好きだった。ベルも多分僕の事が好きだったと思う。どちらも家は農家で、僕の家は野菜を、ベルの家は小麦を栽培していた。ベルは決して美人という訳ではないが、僕達が住むこのミリカ村では一番スタイルが良いし、可愛いと僕は思っている。
父からこの家業を継いだら、ベルにプロポーズしようと計画していた。
僕の父も母も典型的な農民で、優しくもあり厳しくもある良い両親だった。村の皆だってそうだ。この村はどこにでもある牧歌的な農村であり領主も話の分かる貴族で、とにかく平和でのんびりとした場所だった。
「ルネ! 早く! 今日はお母さんがキノコのシチュー作ったからお裾分けするって言ってたわ!」
ベルが僕達の家へと続く道を先に歩いていて、こちらへと振り返りながら笑顔を僕に向けた。両側は小麦畑で、金色の麦穂が夕日を反射し、きらきらと輝きながら風で揺れている。
僕と同じように茶色の髪を三つ編みにしたベルが、手でさらさらと麦穂を触った。
「もうすぐ収穫だね。ルネ、手伝ってくれるよね?」
「仕方ないなあ。おばさんのシチュー美味いからね」
「あたしも今特訓してるもん!」
拗ねたような声を出すベル。その声も仕草も全部僕の心を掴んで離さない。
「楽しみにしてるよ。黒焦げでなければいいけど」
「もう! あれはちょっとだけ【火炎】のスキルの操作を失敗しただけだもん!」
「良いよなあベルは。使えるスキルを持ってて」
「別にいいじゃん。農家にスキルは別に必要ないよ」
この世界の人間は生まれてくる時に一つだけスキルという物を神から授かるらしい。だがまれに何も授からない者もいる。そう、僕のように。
僕も最初は嘆いた。かっこいいスキルや強そうなスキルがあれば冒険者や騎士になれた。
だけど少し大人になって、ベルとの今後を考えると別に必要ないなと思うようになった。
「まあなあ。でもほら、もし僕に【火炎】のスキルがあったら冒険者になって魔物をドカーンって!」
僕が冗談めかしてそう言った。ベルの持つスキル【火炎】は文字通り火を操れるスキルで、慣れてくれば巨大な炎を起こし、操れるらしい。だけどベルは料理ぐらいにしか使っていない。
「ルネみたいな優しい人には無理だよ。こないだだって、なんか変な動物助けたじゃない。あれ絶対魔物だよ~」
「あーそういえばそんな事あったな」
僕は言われて思い出した。先日、道端に変な生き物が倒れていたのだ。ぬいぐるみみたいなモフモフの見た事のない動物で、額には赤い宝石が嵌まっていた。怪我をしていたので家に連れて帰り、薬を塗ってやるとそいつは元気になった。
さて、魔物であれば一大事だが、そいつに敵意はなかったので、こっそりと逃がそうと思っていたのだ。だけどいつの間にかそいつは消えており、残っていたのはその額に嵌まっていた赤い宝石だけだ。
僕はそれをどうしようか迷った末にそれをペンダントにして首にかけていた。まあお守りみたいなもんだ。実は半分に割っており、もう半分は指輪にしようとここから少し離れた位置にある街の細工士に渡してあるのだ。
そう、ベルへの婚約指輪だ。
僕はこの平凡な、でも平和な日々が永遠続くと信じていた。だから――その不穏な影に気付くのがあまりに遅すぎた。
「……? あんた誰だ?」
「へ? どうしたのルネ?」
ベルの後ろに、黒い男が立っていた。それは見るだけで不吉な存在である事が僕には分かった。ドクロの面を被り、何より、巨大な鎌を掲げていたからだ。
「世界は貴様を――【悪】と認定した。よって我ら【抑止力】は契約に則り、貴様の排除を行う」
「は……い? おい、待て、それをどうする気だ? おい!」
僕の目の前で、ベルの首にその巨大な鎌がかかった。待ってくれ、あいつは何を言っているんだ? 何をする気だ?
何が起きているか分からず、ベルがただ震えている。
やばいやばいやばい。絶対にまずい事が起きている。助けないと。ベルを助けな――
「まずは――絶望を」
「ルネ……助け――」
ベルがその言葉を最後まで言い切る事はなかった。なぜならその首があっけなくそのドクロ面の男の鎌によって刎ねられたからだ。
「う……そ……だ」
「まだ、足りぬな。もっと絶望を」
僕は地面に膝をついてしまった。目の前には表情の歪んでいるベルの首が転がっている。目線が下がりそこで僕は初めて、その男の片手に四つの生首がぶら下げている事に気付いた。
それらは全部苦痛で顔の歪んでおり、何度見てもそれは僕とベルの両親だった。
「見ろ、空が紅蓮に染まる。【竜騎士】はいつもやり過ぎる」
ドクロ面の男の言葉と共に、上空で竜の咆吼が聞こえた。
空には真っ赤な飛竜が口を広げており、火球を村へと向けて吐いていた。その背中に、槍を持った騎士らしき姿が見える。
火球によって村は燃え、黒煙と火炎による旋風が巻き起こった。それは村の家も畑も全て焼き払っていく。
「あああ……村が……」
「【悪】の萌芽は一片たりとも残すつもりはない。貴様の死を持って、終わりとしよう」
ドクロ面の男が鎌を掲げた。僕には、何も理解できなかった。
なぜベルは、両親は、死ななければならなかったのか。なぜ村は燃やされた。
なぜ――僕は殺されそうになっているのか。
鎌が僕へと振り下ろされる瞬間。背後から少女の声が掛かった。
「待ってよ、【死神】ちゃん。そいつには聞きたい事があるんだよね。あたしにくれない?」
「……殺した方が良い」
後ろから現れたのは、道化の仮面を被った、派手な衣装を着た少女だった。なぜか両手にはとんかちと釘を持っているが、全て赤黒く汚れているのが不吉だった。
「そう言わずにさ。アレの行方、知っているかもだし」
「――ならば貴様が責任を持て、【道化】」
「もちろん! あはは、質問するのあたし得意なんだ」
次の瞬間に、僕は麻袋のような物を被された。
「やめ! やめろ!! 離――」
僕が暴れると同時に、頭に衝撃と痛みが走り、そして僕は――意識を失ったのだった。
☆☆☆
それからの事を僕はあまり口にしたくない。
端的に言えば、僕は【道化】と呼ばれた少女によって拷問されたのだ。
何度、殺してくれと叫んだか分からないし、最後には舌も切られていたので声出せなかった。途中からは完全にそうしたいだけという【道化】の歪んだ欲望を満たす為だけに僕は惨い仕打ちを受けた。
「あはは……そろそろ飽きたなあ……結局君は次元獣の行方を知らないんだね?」
「……」
「よし、もういいや。【万象】ちゃん、【無葬】しちゃっていいよ」
「……お前はすぐにおもちゃを壊すな【道化】」
既に目は潰されているせいで、姿は見えないが青年らしき声が聞こえる。
「【聖女】のクソビッチが回復してくれないからね。【回復】スキルなんて拷問の為にあるのに」
「そう言うな。あいつにはあいつの考えがあるんだ――さて、随分と長く苦しんだようだが……本当の地獄はこれからだぞ」
とっくになくなった皮膚感覚だが、頭に手を置かれた事だけは分かった。
「今からお前を世界から追放し、無の空間へと送り出す。そこは時間も奥行きも高さも長さも何も無い。お前は永劫の時をそこで過ごす事になる。生きず、されど死なず。無限の牢獄で発狂し続けるがいい」
なんで……僕がこんな目……。
「これが世界の選択だ。【悪】は潰さねばならない。その為に我ら【抑止力】はいるのだ。それが――正義だ」
ただの農民だった僕が悪なわけないだろ……なんだよ抑止力って。なんだよ正義って。
「もう知らなくてもいい。では、さらばだ。二度と会うことはないだろう――【無葬】」
次の瞬間に、感覚が消えた。
上も下も何もない。目が潰されているのに分かる。
ここには何も無い。無だ。無だけがこの世界を支配している。そこは耳が痛いほど静寂で、冷たくも熱くもない。
そもそもどこまでが自分でどこまでが世界か分からない。
頭がおかしくなりそうだ。いや、拷問された時点でとっくに僕はおかしくなっていた。
「あはは……アハハハハハ!! 何が抑止力だ! 何が悪だ! 僕が――いや俺が何をした! ベルが何をした!!」
舌のないはずの俺の血の叫びが響き、そして一瞬で消えた。
俺を俺たらしめているのはこの怒りだけだ。
そしてそれはなぜか胸元に集まり、妙に熱くなり、赤い光を放っている。それは、俺が身に付けているあのペンダントの宝石の色とよく似ていた。
熱も何もない空間でそこだけはまるで、凍える荒野で見付けた焚き火のように、俺を導いてくれる。
「これは……?」
俺はいつぞや聞いた、スキルの力についてふと思い出した。スキルは生まれた時に授かるのだが、使えるようになるのは大体物心つくようになってかららしい。そしてそれは、まるで前から知っていたかのようにふとそのスキルについての知識が頭に降ってくるそうだ。
それをなぜ思い出したかというと、まさに今、その現象が俺に起こっているからだ。
「スキル……【次元操作】……?」
俺はスキルのない無能力者だったはずだ。なのに今更スキルが発現したのだ。
そのスキルはどうやら次元を作ったり操作したり出来るらしいが、俺には今一つピンと来なかった。
そもそも次元ってなんだ? 作るってどういう事だ?
だけど俺はなぜか確信を得ていた。これを使えば、ここから脱出できるかもしれない。
なんせ時間は無限にあるらしい。
スキルは使えば使うほどに成長し、出来る事が増えるそうだ。
ならば、今この空間で使い続ければ……いつかここから出られるかもしれない。
こうして俺の絶望的な試行錯誤が始まったのだった。
☆☆☆
無限とも言える時間を消費し、ようやくその地に立てた時に込み上がってきた想いは――悲しみだった。
「ああああああ!!」
辛うじて、そこには家があったと分かるぐらいの痕跡しか残っておらず、俺の家もベルの家も――小麦畑もミルカ村も全て、無くなっていた。
ただただ、黒く焦げた地面が露出しており、建物や人だった物の残骸が転がっているだけだ。
悲しみはやがて、怒りへと変換されていく。
「許せねえ……絶対に許せねえ……殺してやる……あいつら全員殺してやる……関わった奴もそうでない奴も全員! 何が抑止力だ。何が正義だ! 世界が俺を否定するなら上等だ!! 俺がこの世界を否定してやる!! “開け開闢の門よ、羅列する瞳よ――【次元門解放】”」
白髪となった俺の髪が揺れ、俺は手を前へと突き出した。俺の赤く染まった瞳に、次元が裂ける様子が映る。
空間が割け、その奥に見えるのは星空と銀河。
そしてそこから現れたのは異形の軍勢だ。
「ルネ様……ああ……ここがルネ様の世界なのね……ああ、なんて低次元な世界。お陰様でこんな醜い姿にしないと適応できないわ」
俺の右手に、竜のような角と翼と尻尾が生えた美女が歩み出てきた。
「世界の抑止力? 相手にこれだけの戦力いります? ルネ様だけで100%勝てると演算で出ましたけど」
俺の左手には、巨大な銃を担いだ少女が並ぶ。身体の半分が機械で出来ており、瞳は無機質な赤い光を放っていた。
その後ろには何千という異形の兵士達が各々の武器や兵器を持ち、静かに整列していた。まるで化け物を無理矢理人の形に押し込んだような、そんな姿だ。
その更に奥には、巨大な空中戦艦が浮いている。
「貴様らの主にして神である俺が、ここに宣言する。蹂躙だ。奴らには一片の慈悲も与えずに蹂躙し駆逐し滅殺せよ――俺が許す」
俺は言葉と共に前へと向いた。背後では異形の雄叫びが鳴り響く。
「さあ世界よ、俺は戻ってきたぞ。俺を【悪】と断ずるなら上等だ! この【悪】の力を持って全てを捻じ伏せてやる」
こうして俺はこの世界への復讐を開始したのだった。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜
ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。
社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。
せめて「男」になって死にたかった……
そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった!
もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!
クラス転移で神様に?
空見 大
ファンタジー
空想の中で自由を謳歌していた少年、晴人は、ある日突然現実と夢の境界を越えたような事態に巻き込まれる。
目覚めると彼は真っ白な空間にいた。
動揺するクラスメイト達、状況を掴めない彼の前に現れたのは「神」を名乗る怪しげな存在。彼はいままさにこのクラス全員が異世界へと送り込まれていると告げる。
神は異世界で生き抜く力を身に付けるため、自分に合った能力を自らの手で選び取れと告げる。クラスメイトが興奮と恐怖の狭間で動き出す中、自分の能力欄に違和感を覚えた晴人は手が進むままに動かすと他の者にはない力が自分の能力獲得欄にある事に気がついた。
龍神、邪神、魔神、妖精神、鍛治神、盗神。
六つの神の称号を手に入れ有頂天になる晴人だったが、クラスメイト達が続々と異世界に向かう中ただ一人取り残される。
神と二人っきりでなんとも言えない感覚を味わっていると、突如として鳴り響いた警告音と共に異世界に転生するという不穏な言葉を耳にする。
気が付けばクラスメイト達が転移してくる10年前の世界に転生した彼は、名前をエルピスに変え異世界で生きていくことになる──これは、夢見る少年が家族と運命の為に戦う物語。
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが
倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、
どちらが良い?……ですか。」
「異世界転生で。」
即答。
転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。
なろうにも数話遅れてますが投稿しております。
誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。
自分でも見直しますが、ご協力お願いします。
感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。
異世界転生は、0歳からがいいよね
八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。
神様からのギフト(チート能力)で無双します。
初めてなので誤字があったらすいません。
自由気ままに投稿していきます。
ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~
三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】
人間を洗脳し、意のままに操るスキル。
非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。
「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」
禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。
商人を操って富を得たり、
領主を操って権力を手にしたり、
貴族の女を操って、次々子を産ませたり。
リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』
王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。
邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!
修行マニアの高校生 異世界で最強になったのでスローライフを志す
佐原
ファンタジー
毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。
誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。
また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。
僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。
不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。
他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる