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1話:世界の敵

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僕は自分で言うのもなんだか、平凡なただの青年

 茶色の髪に同じ色の瞳。中肉中背で、背は高くもなく低くもない。見た目はわりとイケてると自分では思っているが、女性にさしてモテた試しはない。幼馴染みで、隣に住む同い年のベルに僕がそう言うと、そんな訳ないでしょと笑ってくれる。
 
 僕はベルが好きだった。ベルも多分僕の事が好きだったと思う。どちらも家は農家で、僕の家は野菜を、ベルの家は小麦を栽培していた。ベルは決して美人という訳ではないが、僕達が住むこのミリカ村では一番スタイルが良いし、可愛いと僕は思っている。

 父からこの家業を継いだら、ベルにプロポーズしようと計画していた。

 僕の父も母も典型的な農民で、優しくもあり厳しくもある良い両親だった。村の皆だってそうだ。この村はどこにでもある牧歌的な農村であり領主も話の分かる貴族で、とにかく平和でのんびりとした場所だった。

「ルネ! 早く! 今日はお母さんがキノコのシチュー作ったからお裾分けするって言ってたわ!」

 ベルが僕達の家へと続く道を先に歩いていて、こちらへと振り返りながら笑顔を僕に向けた。両側は小麦畑で、金色の麦穂が夕日を反射し、きらきらと輝きながら風で揺れている。
 僕と同じように茶色の髪を三つ編みにしたベルが、手でさらさらと麦穂を触った。

「もうすぐ収穫だね。ルネ、手伝ってくれるよね?」
「仕方ないなあ。おばさんのシチュー美味いからね」
「あたしも今特訓してるもん!」

 拗ねたような声を出すベル。その声も仕草も全部僕の心を掴んで離さない。

「楽しみにしてるよ。黒焦げでなければいいけど」
「もう! あれはちょっとだけ【火炎】のスキルの操作を失敗しただけだもん!」
「良いよなあベルは。使えるスキルを持ってて」
「別にいいじゃん。農家にスキルは別に必要ないよ」

 この世界の人間は生まれてくる時に一つだけスキルという物を神から授かるらしい。だがまれに何も授からない者もいる。そう、僕のように。

 僕も最初は嘆いた。かっこいいスキルや強そうなスキルがあれば冒険者や騎士になれた。
 だけど少し大人になって、ベルとの今後を考えると別に必要ないなと思うようになった。

「まあなあ。でもほら、もし僕に【火炎】のスキルがあったら冒険者になって魔物をドカーンって!」

 僕が冗談めかしてそう言った。ベルの持つスキル【火炎】は文字通り火を操れるスキルで、慣れてくれば巨大な炎を起こし、操れるらしい。だけどベルは料理ぐらいにしか使っていない。

「ルネみたいな優しい人には無理だよ。こないだだって、なんか変な動物助けたじゃない。あれ絶対魔物だよ~」
「あーそういえばそんな事あったな」

 僕は言われて思い出した。先日、道端に変な生き物が倒れていたのだ。ぬいぐるみみたいなモフモフの見た事のない動物で、額には赤い宝石が嵌まっていた。怪我をしていたので家に連れて帰り、薬を塗ってやるとそいつは元気になった。
 さて、魔物であれば一大事だが、そいつに敵意はなかったので、こっそりと逃がそうと思っていたのだ。だけどいつの間にかそいつは消えており、残っていたのはその額に嵌まっていた赤い宝石だけだ。

 僕はそれをどうしようか迷った末にそれをペンダントにして首にかけていた。まあお守りみたいなもんだ。実は半分に割っており、もう半分は指輪にしようとここから少し離れた位置にある街の細工士に渡してあるのだ。

 そう、ベルへの婚約指輪だ。

 僕はこの平凡な、でも平和な日々が永遠続くと信じていた。だから――その不穏な影に気付くのがあまりに遅すぎた。

「……? あんた誰だ?」
「へ? どうしたのルネ?」

 ベルの後ろに、黒い男が立っていた。それは見るだけで不吉な存在である事が僕には分かった。ドクロの面を被り、何より、巨大な鎌を掲げていたからだ。

「世界は貴様を――【悪】と認定した。よって我ら【抑止力】は契約に則り、貴様の排除を行う」
「は……い? おい、待て、それをどうする気だ? おい!」

 僕の目の前で、ベルの首にその巨大な鎌がかかった。待ってくれ、あいつは何を言っているんだ? 何をする気だ?
 何が起きているか分からず、ベルがただ震えている。

 やばいやばいやばい。絶対にまずい事が起きている。助けないと。ベルを助けな――

「まずは――を」
「ルネ……助け――」

 ベルがその言葉を最後まで言い切る事はなかった。なぜならその首があっけなくそのドクロ面の男の鎌によって刎ねられたからだ。

「う……そ……だ」
「まだ、足りぬな。もっと絶望を」

 僕は地面に膝をついてしまった。目の前には表情の歪んでいるベルの首が転がっている。目線が下がりそこで僕は初めて、その男の片手に四つの生首がぶら下げている事に気付いた。

 それらは全部苦痛で顔の歪んでおり、何度見てもそれは僕とベルの両親だった。

「見ろ、空が紅蓮に染まる。【竜騎士】はいつもやり過ぎる」

 ドクロ面の男の言葉と共に、上空で竜の咆吼が聞こえた。
 空には真っ赤な飛竜が口を広げており、火球を村へと向けて吐いていた。その背中に、槍を持った騎士らしき姿が見える。

 火球によって村は燃え、黒煙と火炎による旋風が巻き起こった。それは村の家も畑も全て焼き払っていく。

「あああ……村が……」
「【悪】の萌芽は一片たりとも残すつもりはない。貴様の死を持って、終わりとしよう」

 ドクロ面の男が鎌を掲げた。僕には、何も理解できなかった。

 なぜベルは、両親は、死ななければならなかったのか。なぜ村は燃やされた。

 なぜ――僕は殺されそうになっているのか。

 鎌が僕へと振り下ろされる瞬間。背後から少女の声が掛かった。

「待ってよ、【死神】ちゃん。そいつには聞きたい事があるんだよね。あたしにくれない?」
「……殺した方が良い」

 後ろから現れたのは、道化の仮面を被った、派手な衣装を着た少女だった。なぜか両手にはとんかちと釘を持っているが、全て赤黒く汚れているのが不吉だった。

「そう言わずにさ。アレの行方、知っているかもだし」
「――ならば貴様が責任を持て、【道化】」
「もちろん! あはは、質問するのあたし得意なんだ」

 次の瞬間に、僕は麻袋のような物を被された。

「やめ! やめろ!! 離――」

 僕が暴れると同時に、頭に衝撃と痛みが走り、そして僕は――意識を失ったのだった。


☆☆☆


 それからの事を僕はあまり口にしたくない。

 端的に言えば、僕は【道化】と呼ばれた少女によって拷問されたのだ。

 何度、殺してくれと叫んだか分からないし、最後には舌も切られていたので声出せなかった。途中からは完全にそうしたいだけという【道化】の歪んだ欲望を満たす為だけに僕は惨い仕打ちを受けた。

「あはは……そろそろ飽きたなあ……結局君は次元獣の行方を知らないんだね?」
「……」
「よし、もういいや。【万象】ちゃん、【無葬】しちゃっていいよ」
「……お前はすぐにおもちゃを壊すな【道化】」

 既に目は潰されているせいで、姿は見えないが青年らしき声が聞こえる。

「【聖女】のクソビッチが回復してくれないからね。【回復】スキルなんて拷問の為にあるのに」
「そう言うな。あいつにはあいつの考えがあるんだ――さて、随分と長く苦しんだようだが……本当の地獄はこれからだぞ」
 
 とっくになくなった皮膚感覚だが、頭に手を置かれた事だけは分かった。

「今からお前を世界から追放し、無の空間へと送り出す。そこは時間も奥行きも高さも長さも何も。お前は永劫の時をそこで過ごす事になる。生きず、されど死なず。無限の牢獄で発狂し続けるがいい」

 なんで……僕がこんな目……。

「これが世界の選択だ。【悪】は潰さねばならない。その為に我ら【抑止力】はいるのだ。それが――だ」

 ただの農民だった僕が悪なわけないだろ……なんだよ抑止力って。なんだよ正義って。

「もう知らなくてもいい。では、さらばだ。二度と会うことはないだろう――【無葬】」

 次の瞬間に、感覚が消えた。
 上も下も何もない。目が潰されているのに分かる。

 ここには何も無い。無だ。無だけがこの世界を支配している。そこは耳が痛いほど静寂で、冷たくも熱くもない。

 そもそもどこまでが自分でどこまでが世界か分からない。

 頭がおかしくなりそうだ。いや、拷問された時点でとっくに僕はおかしくなっていた。

「あはは……アハハハハハ!! 何が抑止力だ! 何が悪だ! 僕が――いや何をした! ベルが何をした!!」

 舌のないはずの俺の血の叫びが響き、そして一瞬で消えた。

 俺を俺たらしめているのはこの怒りだけだ。

 そしてそれはなぜか胸元に集まり、妙に熱くなり、赤い光を放っている。それは、俺が身に付けているあのペンダントの宝石の色とよく似ていた。

 熱も何もない空間でそこだけはまるで、凍える荒野で見付けた焚き火のように、俺を導いてくれる。

「これは……?」

 俺はいつぞや聞いた、スキルの力についてふと思い出した。スキルは生まれた時に授かるのだが、使えるようになるのは大体物心つくようになってかららしい。そしてそれは、まるで前から知っていたかのようにふとそのスキルについての知識が頭に降ってくるそうだ。

 それをなぜ思い出したかというと、まさに今、その現象が俺に起こっているからだ。

「スキル……【次元操作】……?」

 俺はスキルのない無能力者だったはずだ。なのに今更スキルが発現したのだ。

 そのスキルはどうやら次元を作ったり操作したり出来るらしいが、俺には今一つピンと来なかった。

 そもそも次元ってなんだ? 作るってどういう事だ?

 だけど俺はなぜか確信を得ていた。これを使えば、ここから脱出できるかもしれない。

 なんせ時間は無限にあるらしい。

 スキルは使えば使うほどに成長し、出来る事が増えるそうだ。
 ならば、今この空間で使い続ければ……いつかここから出られるかもしれない。

 こうして俺の絶望的な試行錯誤が始まったのだった。


☆☆☆


 無限とも言える時間を消費し、ようやくその地に立てた時に込み上がってきた想いは――悲しみだった。

「ああああああ!!」

 辛うじて、そこには家があったと分かるぐらいの痕跡しか残っておらず、俺の家もベルの家も――小麦畑もミルカ村も全て、無くなっていた。

 ただただ、黒く焦げた地面が露出しており、建物や人だった物の残骸が転がっているだけだ。

 悲しみはやがて、怒りへと変換されていく。

「許せねえ……絶対に許せねえ……殺してやる……あいつら全員殺してやる……関わった奴もそうでない奴も全員! 何が抑止力だ。何が正義だ! 世界が俺を否定するなら上等だ!! !! “開け開闢の門よ、羅列する瞳よ――【次元門解放ディメンションゲート】”」

 白髪となった俺の髪が揺れ、俺は手を前へと突き出した。俺の赤く染まった瞳に、次元が裂ける様子が映る。

 空間が割け、その奥に見えるのは星空と銀河。

 そしてそこから現れたのはだ。
 
「ルネ様……ああ……ここがルネ様の世界なのね……ああ、なんてな世界。お陰様でこんな醜い姿にしないと適応できないわ」

 俺の右手に、竜のような角と翼と尻尾が生えた美女が歩み出てきた。

「世界の抑止力? 相手にこれだけの戦力いります? ルネ様だけで100%勝てると演算で出ましたけど」

 俺の左手には、巨大な銃を担いだ少女が並ぶ。身体の半分が機械で出来ており、瞳は無機質な赤い光を放っていた。

 その後ろには何千という異形の兵士達が各々の武器や兵器を持ち、静かに整列していた。まるで化け物を無理矢理人の形に押し込んだような、そんな姿だ。

 その更に奥には、巨大な空中戦艦が浮いている。

俺が、ここに宣言する。。奴らには一片の慈悲も与えずに蹂躙し駆逐し滅殺せよ――
 
 俺は言葉と共に前へと向いた。背後では異形の雄叫びが鳴り響く。

「さあ世界よ、俺は戻ってきたぞ。俺を【悪】と断ずるなら上等だ! この【悪】の力を持って全てを捻じ伏せてやる」

 こうして俺はこの世界への復讐を開始したのだった。
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