異海のルインダイバー 

虎戸リア

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17話:人の形をした竜

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 僕の剣とナナの剣を交互に捌きながらファーヴニルは余裕そうに笑う。

「良い眼をしている。覚悟のある戦士の表情だ」
「こっちは必死だっつーのに!」

 ユーリの銃弾を超反応で躱し、大剣を巧みに操るファーヴニルはやっぱり規格外に強い。大剣に集中し過ぎると尻尾や翼を喰らってしまうから、本当に厄介だ。

 ナナが連撃を叩き込むが、流石に大剣で捌ききれないのか、ファーヴニルは翼を使いつつそれを防いでいく。その隙に横へと移動し、僕もクラウ・ソラスを振るがこちらも翼で防がれてしまう。

 がら空きになったファーヴニルの正面へとユーリの銃弾が群れとなって飛来。

「良い連携だ」

 ファーヴニルは無理矢理翼を身体の前で閉じて銃弾の雨を防ぐ。徹甲榴弾が爆破を起こし、ファーヴニルの視界が一瞬遮られた。

 ナナが背後へと回りつつ襲ってくる尻尾へと一閃。弾かれるものの、尻尾の動きが止まる。

 つまり僕の動きを邪魔するものはこの瞬間には一切ない。

「“再現せよ――【竜滅の劫剣グラム】”」

 僕の手のクラウ・ソラスが青い光――エーテル光に包まれ形を変えていく。

 それは2mはある、幅広の両刃を持ったロングソードだ。シンプルな柄と刃を持ち、その逸話に比べると随分と落ち着いた見た目だ。だけど、握っているだけで僕は分かる――この剣が秘める力はこれまでの聖剣とは比べ物にならないほど大きい。

 僕は予想通りではあったけども――この剣とファーヴニルの大剣が見た目は全く違うのにどこか似ているように感じてしまった。

「……この気配は……まさかか!?」

 ファーヴニルが初めて、動揺したような声を上げた。

 だが、気付いたところでもう遅い。僕は既にグラムをファーヴニルへと振り下ろしていた。

「“滅せよ――【怒吼グラムヴァニア】”」

 グラムが唸りを上げ、竜の咆吼のような音を響かせた。刀身からエーテル光を噴出し、巨大な光刃と化したグラムをファーヴニルへと叩き込む!

 ファーヴニルは無理矢理体勢を変え、大剣でそれを防ごうとするが、僕は構わずその上から押し切った。

「我が正体を知り、更にその剣を再現出来るところまで持って行けたのは見事だ! だがそれだけでは!!」

 ファーヴニルの言葉と共にエーテル光が爆発。辺りを一瞬で青く染め上げる。

 爆発が収まり、青い光の粒子が舞い散る中、僕は祈った。頼む……効いてくれ!

 そんな僕に、光の粒を切り裂きながら大剣が迫る。

「くそ! やっぱりかよ!」

 グラムでそれを弾く。ファーヴニルはやはり健在だ。だが、無傷とはいかなかったようだ。

 翼は千切れ、尻尾はボロボロになっていた。だが、ファーヴニル本体は無傷のままだ。



 グリンが確信を得たような声を出した。

「あの翼と尻尾がファーヴニルなんだよ! マモノの特化した部分が機械化するというのなら、あいつの特化した部分――それがファーヴニル」
「全く……ここまでやられたのは久し振りだな」

 ファーヴニルは余裕そうに大剣を払った。その動きで尻尾と翼が切断され、地面へと落ちた。やはり、エンプーサ同様、そこにコアがあるわけではないようだ。

「これで、ようやく……

 そうファーヴニルが言ったと同時に大剣の切っ先が僕の眼前に迫っていた。

「っ! うっそだろ!」

 慌てて顔を逸らしてその鋭い突きを躱す。さっきより速くなってるぞ!

 僕は慌ててグラムでその剣を弾きながら、距離を取る。その間にナナが接近し、超々近距離で光刃による連撃を叩き込んだ。
 
 刀の長さを短刀ぐらいまで短くし、大剣が苦手するインファイトへと持ち込む。ナナが得意とする高速剣術の本領発揮だ。

 だが、ファーヴニルはそれを苦とせず、大剣を盾にして突進。近距離過ぎて避ける余地のなかったナナがまともにそれを喰らってしまう。

「かはっ……!」

 ナナの身体が吹き飛ばされる。僕は一瞬そっちへと気を取られた瞬間に――

「人の心配をする暇はあるのか?」

 既に接近していたファーヴニルの大剣が払われており、僕は何とか反応してグラムで受ける。

「体術も修行することだな」

 腹部に衝撃。胃液が込み上がってくるを堪えた瞬間に僕の足が地面から離れた。

「アヤトさん!」

 ファーヴニルの蹴りによって後方にいたユーリの位置まで僕は吹き飛ばされていた。

「痛っ……」

 ファーヴニルは僕とナナに追撃する事なく、大剣を肩に担いでこちらの様子をうかがっている。その余裕さが腹立つな!

「くっそ、翼と尻尾なくなったら余計に強くなったじゃねえか……」
「動きが速い上に、先程まで使ってこなかった体術まで駆使している。隙が見えない」

 ナナも立ち上がって僕の横に並んだ。

「どうした。この程度で終わりか?」
「ペラペラうっさい奴だな。ってのはもっと寡黙なもんじゃねえのか?」
「……そこまで分かっていたか」

 分かっていたか……じゃねえよ。分かってるに決まってるだろ。

 そもそも僕はファーヴニルが持つ大剣に違和感を覚えていた。金色に輝く柄、赤い縁飾りのついた分厚い両刃、そして柄頭に輝く緑の宝玉。

 ただの大剣にしては随分と大仰だ。まるで――古の英雄が持つ武器のようだ。

 ゆえに僕はアスカロンのデータベースへと執行騎士の立場を使ってアクセスしそこにあったあらゆる聖剣や魔剣、それに纏わる逸話や伝承を頭に叩き込んだ。

 そしてグリンとその知識を共有し、導き出した結論。それは――

「その剣、立派だよなあ……流石はかの有名な――だ」
「……ふん、そこまで分かっているなら、理解しているはずだ。グラムでは決して俺は殺せない」

 バルムンク。
 それはドイツの有名な叙事詩である【ニーベルンゲンの歌】に出てくる英雄が持つ竜殺しの剣である。
 僕が持つグラムや別の伝承に出てくるノートゥングと同一視されている剣であり、竜殺しの剣としては有名な剣……だったらしい。

 となると、必然的にその持ち主は決まってくる。

「そうだな。あんたの正体は古の英雄。もしくはこう呼んだ方が正確か――と」

 伝承内でファーヴニルを殺したとされる英雄の名はシグルズ。彼の持つ剣の名はグラムだ。

 僕もグリンも最初、奴はファーヴニルとシグルズの伝承が混じった存在だと勘違いしていた。

 レギンがいて、それらしい姿のファーヴニル。知識があれば奴がシグルズだとすぐに分かるだろう。
 だけどもしそうであるなら、持っている剣はグラムであるべきなのだ。

 だけどあいつが持っているのはグラムではないし、その見た目の特徴から考えられるのはバルムンクしかない。

 何よりシグルズとジークフリートは。つまりシグルズであれば、それはジークフリートたり得るのだ。

 だが、この二人の英雄には色々と違いがある。最も大きいのは、竜の力の有無だ。どちらも屠った竜の心臓を食べたり、血を浴びたりという描写はあるが、シグルズは鳥の声が理解出来る程度で終わるが、ジークフリートは違う。彼は竜の血を浴び、不死身になった。つまり彼は宿のだ。

「おかしいと思ったんだ。シグルズの伝承に竜になる話はない。だとすればファーヴニルと同一化し混じるってのはどうにも符が落ちない。直前に出会った伝承体であるエンプーサが伝承通りだった事もこれを裏付けている」
「その通りだ――我の名はジークフリート」

 そう、奴をジークフリートだと仮定すると全てがしっくりくるのだ。

 なぜ、ファーヴニルと同化しているのか。
 それはジークフリートは竜の力をその身に宿しているからだ。その竜の名は後世には伝わっていないが、シグルズと同一視されている事を考えれば、ファーヴニルでも決しておかしくはない。

 奴がなぜバルムンクを持っているのか。
 
 考えるまでもない。奴がジークフリートの伝承体だからだ。

「さて、それで? 我の正体が分かったところでどうする気だ? グラムは我には効かない」
「そりゃあね。確かにあんたは竜の力を持っていて、グラムはファーヴニル殺しの聖剣だけども。あんたがジークフリートである以上は、効果は半減するだろう。バルムンクを再現したところで、同じだ」

 それが厄介なところだ。竜殺しの英雄に、竜の力。背反する力を得た奴――ジークフリートには少なくともグラム、バルムンク、ノートゥングは効かない。

 竜殺しの剣として最も有名と言ってもいいこの3本が封じられた僕は他の聖剣を探した。

 だが、ダメだった。
 再現できる物語を作れないのだ。
 例えばスサノオが八岐大蛇ヤマタノオロチを斬ったとされる剣、【天羽々斬アメノハバキリ】。これも竜殺しの剣だが……奴の姿が蛇だったり、頭が八つあれば再現できるのだろうが……残念ながら人型だ。

 竜の力が宿っているだけの人間相手に再現出来るとは思えない。

 他も有名な竜殺しの英雄の話はあるものの、剣の名は伝わっていない。

 つまり、僕はある意味詰んでしまったのだ。

「では、諦めるのか?」
「さて……どうしようかね。後は――任せたよ!」

 そう言って僕はグラムを解除し、【回帰に至る剣リグレス・ブレード】を柄だけに戻すと――
 
 さあ、始めようぜ。

 僕達のドラゴン殺しは――ここから。
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