異海のルインダイバー 

虎戸リア

文字の大きさ
上 下
12 / 18

12話:鍛冶屋レギン

しおりを挟む
「ドワーフ? なんだグリンの知り合いか?」

 グリンにそう聞いてみるが、ドワーフとはまた変わった響きの名前だ。外国人っぽいけど……。

「いえ、アヤトさん……違います……ドワーフは――です」
「は? 種族名?」

 なんて暢気に僕らが、会話しているとそのドワーフのおっさんが口を開いた。

「人の家の前でグダグダ喋ってんじゃねえよ……なんだ、じゃねえのか?」

 そのぶっきらぼうな口調と共にそのドワーフのおっさんが小屋の奥を親指で差した。

「あいつら……?」

 覗き込むと小屋の奥の部屋にダイバースーツを着た人間が数人、床に寝かされていた。何やら怪我しているのか、ダイバースーツに血がこびり付いている。

 何より、一番手前で苦しそうにしている男に――僕は見覚えがあった。

「っ! か!?」

 金屋《カネヤ》アツシ。僕が元いたAランクダイバーチーム【アルビオン】のメンバーだ。20代半ばで、ドレッドヘアーに筋肉質な身体。一見怖そうな印象を受けるが、誰よりもチームメンバーの事を気に掛けているのを僕は知っている。そんなアツシが、なぜこんなところに?

 僕はお邪魔します! っという言葉を置き去りに小屋の中に駆け入って、アツシの元に向かった。

 背後で、

「やっぱり仲間じゃねえか……」

 ってドワーフのおっさんの言葉が聞こえたが、無視する。

「アツシ! どうしたんだよお前! なんでこんなとこに!! ナナは!? ショウジはどうした!?」

 見れば、他の寝かされている者も【アルビオン】のメンバーばかりだ。

「ううう……アヤトの声が聞こえる……これが死に際の幻聴か……」
「しっかりしろ!」

 僕はしゃがみ込んでアツシの頬を軽く叩く。すると、血に汚れた顔のアツシがゆっくりと目を開いた。

「……? っ! アヤトか!? なんでここに! って痛つつ……」

 僕の顔を見てガバッと起きあがったアツシだったが、傷を負っているのか胸を強く押さえた。

「無理すんじゃねえよ若造。死にかけだったんだぞお前」

 僕の後ろに立っていたドワーフのおっさんの不機嫌な声。振り返ればユーリとグリンが、入口の近くでどうしたらいいか分からず視線をキョロキョロさせていた。

「えっとドワーフ……さん? これは一体何があったんだ?」

 僕がそう聞くとドワーフのおっさんは小さな椅子にどかりと座り、パイプを取り出して煙草を吸い始めた。

「ドワーフドワーフ呼ぶんじゃねえよ、人間の若造。俺の名は、鍛冶屋だ。そいつらは、ステュクスの川辺に流れ着いていたから拾って怪我の治療をしてやったんだ。仕事の邪魔だからさっさと連れて帰ってくれ」

 どうやら、レギンはアツシ達を助けてくれたようだ。無愛想なおっさんだが、悪い人ではなさそうだ。
 いや、ぶっちゃけ色々と気になる事がありすぎるが、それよりも【アルビオン】だ。

 Aランクのアツシ――しかもどちらかといえば前線ではなく斥候や遠距離から援護を得意とするアツシがこれほどの重傷を負う事自体が異常だ。

「アツシ、何があった?」

 僕はアツシの背中を支えながら、何が起きたかのを聞く。

「……深層を目指してダイブしてたんだ。勿論、アヤトが口酸っぱく言ってた通り、準備は入念に、装備と体調は万全に……。表層……中層の途中までは良かったんだ」

 アツシがぽつりぽつりと語っていく。

「ちょうど、【宝物庫】近くだったと思う。地震の影響で見た事のない通路が出来ていて、川が流れていたんだ。そしたらそこから――が……」
「グレンデル! アヤトの時と一緒だ!」

 グリンの言葉に僕は頷いた。

 地震で出来た未知の場所、水、そしてグレンデル。気持ち悪いぐらいに僕の時と類似している。
 僕は、そこでエンプーサに遭遇した。おそらくその男がエンプーサの立ち位置にいる存在だろう。

「どんなやつだ?」
「……デカい剣を持った男で……機械みてーな尻尾と翼が生えてたぜ……とにかく、やたらめった強くてよ……あのナナが純粋な剣術で負けていたんだ……ありえねえだろ? しかもグレンデルの大群を指揮してやがって、俺らはあっけなく壊滅した。腕を負傷したナナとショウジは新人を引き連れて撤退したが、斥候として前に出過ぎてた俺らは追い詰められちまった。だから一か八で川に飛び込んだんだ。そっからは記憶がねえが……気付いたらここにいて、そこのおっさんに助けられていた」
「どれぐらいだ。それからどれぐらい時間が経った!」

 僕の問いに、レギンがアツシの代わりに答えた。

「……俺がそいつらを拾ったのは昨日だ。どれぐらいあの川にいたかは知らねえが、【】から下ってくる分にはさほど時間は掛からねえし、傷を見た限りさほど時間が経っていたとは思えねえ」
「だとすれば……まだナナ達は中層にいる可能性がある」

 身軽な僕やユーリと違い、負傷してかつ新人を連れて地上まで戻るのはかなり難しい。ショウジならきっと、ある程度動けるようになるまでどこか安全な場所に留まる事を選択するだろう。ナナの負傷具合も気になる。腕を負傷してしまったのなら固有武装も満足に振れていない可能性がある。
「くそ……! やはりこっちにも影響があったか」

 僕は密かに推測していた事が的中した事に嫌気が差した。【太陽の塔】ですら影響があったのだ、ウメダダンジョンに影響が無いわけない。
 しかしよりによってナナ達がそれに出くわすとは。

「アヤトさん。おそらくですが、そいつはエンプーサの仲間でしょう。何者かは不明ですが……」
「……グレンデルを従える大剣を持った男だ? それに翼と尻尾があるなら……そいつは……【抱擁する者カドラー】だ」

 レギンがそう言って、煙を吐いた。その顔には苦い表情を浮かべている。

「カドラー……何者ですか? 初めて聞く名前です」

 ユーリの質問にレギンは力無く首を振った。

「……宝の守護者……黄金を抱える者……色々と名はあるが……真名は……失われている」
「グリン、聞き覚えは?」

 そいつが何者か分からないが、知識があれば対処が出来る。無ければ……非常に厄介な事になる。
 僕にとって……知識は武器なのだ。

「ごめん、分かんない。姿を見ればまた分かるかもしれないけど……」
「そうか。まあ仕方ない。よし、じゃあ行くか」

 僕は既に、ナナ達を救出しに行く気でいた。明らかに異常事態だ。いずれにせよ上に戻らないと行けないしね。

「アヤト……お前まさか」
「ナナ達は高確率でまだ中層に留まっている。多分だが、まだどこかで戦っているはずだ。あいつらは――しつこく追ってくる。身をもって体験しからね」
「……なんか、表情変わったなアヤト」
「そうか? まあ色々とな」

 僕は苦笑いを浮かべながらアツシをゆっくりと床に横たえて、立ち上がった。
 とりあえずここにいればアツシ達は安全だろう

「レギンさん。こいつらの面倒、任せてもいいか? まずは安全に地上に戻る経路を確保しないと運ぶのは無理だ」
「……ちっ。条件がある」
「飲んだ」
「即答か小僧」
「アヤトだよ。僕の名前」
「じゃあ、アヤト。――カドラーを。あいつは……生きてちゃいけない奴なんだ」

 レギンの声には複雑な感情が含まれている事に僕は気付いた。何かしら事情があるのだろう。ま、深くは聞くまい。いや、本当は色々聞きたいけど、今は時間が惜しい。

「分かった。どうせ、倒す事になるさ。倒せれば……だけど」
「ならいい。こいつらの傷が治るまでは面倒みてやる」

 アツシが、悔しそうな顔で僕を見つめた。気持ちは分かる。チームの危機に何も出来ない自分の無力さは――僕が一番良く知っている。

「アヤト……俺……」
「お前はさっさと傷を治せアツシ。絶対に迎えに来る」
「ああ……すまねえ。ナナ達を……助けてやってくれ……」
「任せろ」

 さてと……問題は……。

「……勝手に話を進めていますけど……私は地上に戻る事を優先するつもりですが」

 そうユーリさんが言いやがりました。今の僕とアツシの感動的なやり取り見て、よくそんな事言えるよね!
 いや、うん。至極全うな意見です。

「あー。これは僕の都合だからね。仕方ない! ここで分かれよう! 短い間だったけど楽しかった! じゃ僕はこれで――うげっ!」

 さっさと扉から出ようとする僕の後頭部に硬い何かが突きつけられている。黒くてゴツい何かの銃口に違いない。

 僕は素早くホールドアップ。つい、場を茶化そうとするのは僕の悪い癖だ。

「何、しれっと逃げようとしているんですか貴方は……。管理局に連行するまで、私は貴方の傍から離れるつもりはありません」
「おお……覚えていたのね」
「当たり前です。それと……グレンデルの大群に、そのカドラーという男。執行騎士の仕事ではありませんが……管理局の一員として見過ごせません」
「ならユーリ、手を貸してほしい。僕は――仲間を救いたいんだ」

 僕はユーリへと振り向いて、なるべく真面目な顔をして手を差し出した。これは改めて、協力関係を築く為の儀式だ。

「はあ……どうも貴方といると調子狂いますね……分かりました。管理局に戻るまでの間は協力します」

 ユーリはため息を付いたあと、おずおずと僕が差し出した手を握ってくれた。
 
 それを見ていたアツシがぽつりと呟いた。

「……ナナにチクったろ」
「怪我人は寝てろ!」

 僕は慌てて大声を出したが、ユーリが目を細めている。

「……そういえば、そのナナさんについて、あまり話を聞いていませんでしたね。あとで、たっぷりと聞かせてもらいますね」

 あ、笑顔が怖い。

「うん、あたしも聞きたいんですけど」

 あれ、なぜかグリンまで同じ表情だ。

「あー、うん。よし、とりあえず上に向かおう。レギンさん、どこから上に?」
「……この林を抜けた先に洞窟がある。そこを進めば【上界】に出られる」
「洞窟ね。うっし、じゃあ改めて……行きますか」

 こうして僕とユーリは、【アルビオン】救出と【抱擁する者カドラー】討伐に向かったのだった。

 それが、想像を絶する死闘になる事を――この時の僕はまだ知らない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

ダンジョンの隠し部屋に閉じ込められた下級冒険者はゾンビになって生き返る⁉︎

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 Bランクダンジョンがある町に住む主人公のカナンは、茶色い髪の二十歳の男冒険者だ。地属性の魔法を使い、剣でモンスターと戦う。冒険者になって二年の月日が過ぎたが、階級はA〜Fまである階級の中で、下から二番目のEランクだ。  カナンにはAランク冒険者の姉がいて、姉から貰った剣と冒険者手帳の知識を他の冒険者達に自慢していた。当然、姉の七光りで口だけのカナンは、冒険者達に徐々に嫌われるようになった。そして、一年半をかけて完全孤立状態を完成させた。  それから約半年後のある日、別の町にいる姉から孤児の少女を引き取って欲しいと手紙が送られてきた。その時のカナンはダンジョンにも入らずに、自宅に引きこもっていた。当然、やって来た少女を家から追い出すと決めた。  けれども、やって来た少女に冒険者の才能を見つけると、カナンはダンジョンに行く事を決意した。少女に短剣を持たせると、地下一階から再スタートを始めた。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

削除予定です

伊藤ほほほ
ファンタジー
削除します

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...