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11話:地獄
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「これは……」
絶句。
僕は目の前に広がる光景に対し、何も言葉は出なかった。
地下とは思えない広大な空間。遙か上に微かに天井が見えていなければ、地下とは気付かないほどだ。
左右には壁が続いており、先が霞がかって見えない。正面も同じだ。大地が広がっていて向こう側は見えない。しかし、そこには大地という言葉で想像するような自然や豊かさはなかった。
岩が露出している地面からは、骸骨のような枯れた木がまばらに生えており、その枝先には蒼い炎が灯っており、ゆらゆらと揺れている。色彩の失われたこの空間でその蒼い炎が印象的で、不気味だった。
何より、僕にとってこの場所を地獄とイメージさせたのは、僕達の目の前に流れる巨大な川だ。
蕩々と流れる黒い川。そこに生命の気配はない。僕は見た事もないのに、この場を地獄だと確信した。
「はは……師匠の言う通りだ」
「ありえません……絶対にありえません」
ユーリがカタカタと歯を震わせて、その川を凝視していた。
「まさか本当に……ステュクスが存在するなんて」
ユーリのその言葉に肩に座っているグリンが初めて口を開いた。
「ステュクス……思い出した……うん、ユーリの言う通りあれは、ギリシャ神話の出てくる冥界の川、ステュクスだよ」
「ギリシャ神話ね……僕は寡聞にして聞いた事がないけど、この川はどういう川なんだ?」
旧文明時代にはあったらしい神話や伝承の類いは全て失われてしまっていた。だが、どうやらグレムリンのグリンや執行騎士のユーリは知っているようだ。
「名前の通り、冥界、冥府、地獄……呼び方はなんでもいいけど、あの世の世界に流れている川で、生ある世界と死後の世界の間に横たわってるの。それがステュクス」
「日本人であれば、三途の川と言えば分かりやすいでしょう」
ユーリの言葉にグリンが頷いた。だけど、それはステュクスと同じぐらいに初耳の言葉だ。
「サンズの川? いや僕は知らないな。まあそれはどうでもいい。それが実際にあるって事はなんだ? 僕らは死んだって事か?」
「……いえ。どうやら本当に実在しているようです。ステュクスは、梅田地区に広がる【都市侵食型異海遺跡】――通称ウメダダンジョンの深層に存在するかもしれないという話だけはあります。ですがそこまでダイブ出来た者はほとんどおらず、アスカロンの間では存在は疑問視されていました」
ユーリの言葉を信じるならやはりここはウメダダンジョン。しかも深層だ。
……僕、本当にめちゃくちゃ不運になってないか?
「そもそもギリシャ神話では、あの世とこの世は地続きなんだよね。英雄達はわりと行ったり来たりしてる。まあ英雄だからこそ、かもしれないけど」
「どう見ても、向こう側は地獄だろうさ。あの川を渡るのは止めておこう」
「ええ。更に深層へ進むには川を渡る必要があると聞いています。私達は……一刻も早くここから地上に上がるべきです」
「……まあいつか来るつもりだったから、見れたのは僥倖だ。ついでになんか拾って帰るか」
僕はそう言って笑顔を作った。悲観する時間は終わりだ。僕は、もう既にこんな状況に慣れつつある自分に驚いていた。
でも、こんなところで突っ立っていても仕方ないし、何より危険だ。今はマモノの反応はないが、いつエンプーサのような反応しない奴が現れるとも限らない。
「貴方は……前向きですね……私は……怖くて泣きそうなのに」
ユーリが右手で必死に震える左手を抑えようとしている。僕は、ユーリの前に立つと、その震える両手を握った。白く細い指だが、傷や火傷も多い。きっとたくさん努力してきたのだろう。僕にはそれが分かった。
「え?」
「ユーリ、大丈夫。別に先に進む必要はないんだ。この少人数で地上に戻るだけなら、さして難しくない。だから頑張って一緒に戻ろう」
僕はそう力強く言って笑顔をユーリに向けた。
【アルビオン】にいた時も、ごくまれにダンジョン内でパニックを起こす新人メンバーがいた。
気持ちは分かる。危機的状況は正常な判断を狂わせて、恐怖が視界を濁す。
だからこそ。そういう時にこそ、リーダーは必要なのだ。
「……女たらし」
「おい、グリン、台無しにすんなよ……人がせっかく励ましているのに」
僕がグリンに拗ねたような声を出すと、そこで初めてユーリが笑顔を浮かべた。
「ふふふ……貴方は変な人ですね。すみません、私、弱気になっていました。でも確かにアヤトさんの言う通りです。マモノとの交戦は最低限にして、地上へ戻るだけならやれるはずです。絶望するのはまだ早いですね」
「そうそう。うっし、じゃあ上に上がる階段を探そう。途中で他のチームに会えたら一番だな」
「まあ今回は仕方ないですね。本来執行騎士はダンジョン内でルインダイバーと行動するのは禁則事項なんですが……」
「執行騎士めんどくさっ。僕とこうしている時点で上司に説教食らうの確定なんだし良いでしょ」
僕の言葉に、せっかく笑顔になったユーリの顔色が暗くなってしまった。
「ううう……絶対に怒られるぅ……」
「アヤト、いらない事言わないの」
「へいへい。さてじゃあ隠密行動で行きますか」
こうして僕とユーリは、地獄の淵を歩き始めたのだった。
☆☆☆
「あれぐらいは倒せるんじゃ」
「ダメです。帰るのが最優先」
「分かったよ……」
僕とユーリは岩の陰に隠れて、のしのしと歩く見た事のない石のような肌を持つマモノが通り過ぎるのを待った。虎徹なら斬れそうなんだけどなあ……。
僕達は、壁沿いに2時間ほど歩いたが、景色は一向に変わらなかった。
川の向こうは生命無き大地。こちら側も似たようなものだが、少なくとも横が壁という安心感はある。時折こうしてマモノに遭遇するがほとんどはさほど好戦的ではなく、やり過ごせた。
「なんか聞いていたほどじゃないなあ……師匠め、話を盛ったのか?」
出口は見付からないものの、危機的状況に慣れてしまって僕は軽口を叩けるぐらいには元気になっていた。先程バックパックに入れていた携帯食料をユーリと分けて食べたおかげで、体調は万全だ。疲労もない。
見た限りではユーリもさして疲労していないように見える。んー執行騎士恐るべし。
「アヤトさん……あれ、なんだと思います?」
「林……かな?」
先にみえるのは、黒い葉に覆われた木々だ。ようやく、何か有機的な存在が見れて、なんだか感慨深い。
「いえ、それもですが、見て下さい。あそこ……煙が立っています」
ユーリの指差す先。林の間から確かに細く白い煙がなびいていた。
「……まさかルインダイバーか?」
「かもしれません。であれば、どこかに上へと戻れる場所があるのかもしれません」
「うっし、行ってみよう」
林の近くまで行く、なんとこれまで岩と砂しかなかった地面が土に変わり、草まで生えていた。
「草だぞ草! すげー」
「はい! 草でこんなに嬉しい気持ちになるとは思いませんでした!」
「ただの草じゃん……」
なぜ草如きではしゃいでいるのか分からないとばかりにグリンが目を細めて僕達を見つめた。
「普通の草は高速に住んでたら見れないしな。緑は貴重なんだよ」
「はい。ウメダ天空街でも緑化は進めていますが……中々難しいみたいです」
「しかし、ここの植物は日光もないのにどうやって生きているんだ?」
素朴な疑問だ。しかし、なんでそんな事を知らないの? とばかりにグリンが説明してくれた。
「エーテルのおかげだよ? ここは凄いエーテル濃度が濃いから。それで成長してるんだと思う」
僕らは、煙を目印に林を進んでいく。
「そうそう、そのエーテルって言葉ちょくちょくグリンは口にするけどなんなんだよそれ」
「エーテルは、我々が異海と読んでいるあの白い霧を指している言葉です。エーテルについては未だに謎が多い存在ですが、ダンジョンの最深部から発生していると推測されています。なので、そこに近付けば近付くほどエーテル濃度が濃くなるのは当然でしょう。それで植物が育つのは知りませんでしたが」
ユーリはまばらな感覚で立つ木々を見上げた。エーテルで育つ木。確かに不思議だ。
「エーテルは全ての源だよ。アヤト達が固有武装って呼んでるそれだってエーテルの力を使って力を発現させているんだから」
「だからエーテル武器か」
「エーテルはエネルギーにもなり、あらゆる物質になり得る存在です。私の【竜機兵】もエーテルを弾にして撃っています。正直言ってなぜそうなるのかは……分かりません」
「だよなあ……僕もこの剣については正直まだ未知数なところが多い」
【回帰に至る剣】の柄を握りながら僕はしみじみとそう言った。理解出来ていない物に命を預けている僕らルインダイバーは……ある意味自殺志願者なのかもしれない、と思った。
「あたしも記憶が消えてて、肝心な部分が思い出せないの。エーテルにはもっと別の力があったと思うんだけど……」
「またそのうち思い出すさ」
「アヤトさん――アレは」
グリンに僕がそう言っていると、ユーリが立ち止まって前を指差した。
その白い指の先には――小屋があった。
小屋の前には、薪が積み上げられており解体された獣が吊されている。
小屋からは煙突が出ており、どうやら見えていた白い煙はそこから上がっていたようだ。
「誰か、居ますね」
「そりゃあね。さて、じゃあ精々お行儀良く行きますか」
天井がないのが怖い【空恐怖症】にかかり、ダンジョンに住み着くルインダイバーもいる。その類いだろうと思うが……流石に深層に住み着く奴はいないはずだ。
ま、とにかく当たって砕けろだ。どう見てもここで生活してるっぽい感じだし、上へと戻れる道を知っている可能性が高い。
僕は小屋の入口にある扉をノックしようとしたその瞬間に――中から扉が開いた。
「あ、えっと――え?」
僕らは怪しい者ではありませんと言おうと口を開いた僕はそのまま停止してしまった。
なぜならそこには、ヒゲもじゃでハンマーを片手に持った、子供ほどの背丈しかないおっさんが立っていたからだ。
「まさか……ドワーフ!?」
グリンの声が僕の耳元で響いたのだった。
絶句。
僕は目の前に広がる光景に対し、何も言葉は出なかった。
地下とは思えない広大な空間。遙か上に微かに天井が見えていなければ、地下とは気付かないほどだ。
左右には壁が続いており、先が霞がかって見えない。正面も同じだ。大地が広がっていて向こう側は見えない。しかし、そこには大地という言葉で想像するような自然や豊かさはなかった。
岩が露出している地面からは、骸骨のような枯れた木がまばらに生えており、その枝先には蒼い炎が灯っており、ゆらゆらと揺れている。色彩の失われたこの空間でその蒼い炎が印象的で、不気味だった。
何より、僕にとってこの場所を地獄とイメージさせたのは、僕達の目の前に流れる巨大な川だ。
蕩々と流れる黒い川。そこに生命の気配はない。僕は見た事もないのに、この場を地獄だと確信した。
「はは……師匠の言う通りだ」
「ありえません……絶対にありえません」
ユーリがカタカタと歯を震わせて、その川を凝視していた。
「まさか本当に……ステュクスが存在するなんて」
ユーリのその言葉に肩に座っているグリンが初めて口を開いた。
「ステュクス……思い出した……うん、ユーリの言う通りあれは、ギリシャ神話の出てくる冥界の川、ステュクスだよ」
「ギリシャ神話ね……僕は寡聞にして聞いた事がないけど、この川はどういう川なんだ?」
旧文明時代にはあったらしい神話や伝承の類いは全て失われてしまっていた。だが、どうやらグレムリンのグリンや執行騎士のユーリは知っているようだ。
「名前の通り、冥界、冥府、地獄……呼び方はなんでもいいけど、あの世の世界に流れている川で、生ある世界と死後の世界の間に横たわってるの。それがステュクス」
「日本人であれば、三途の川と言えば分かりやすいでしょう」
ユーリの言葉にグリンが頷いた。だけど、それはステュクスと同じぐらいに初耳の言葉だ。
「サンズの川? いや僕は知らないな。まあそれはどうでもいい。それが実際にあるって事はなんだ? 僕らは死んだって事か?」
「……いえ。どうやら本当に実在しているようです。ステュクスは、梅田地区に広がる【都市侵食型異海遺跡】――通称ウメダダンジョンの深層に存在するかもしれないという話だけはあります。ですがそこまでダイブ出来た者はほとんどおらず、アスカロンの間では存在は疑問視されていました」
ユーリの言葉を信じるならやはりここはウメダダンジョン。しかも深層だ。
……僕、本当にめちゃくちゃ不運になってないか?
「そもそもギリシャ神話では、あの世とこの世は地続きなんだよね。英雄達はわりと行ったり来たりしてる。まあ英雄だからこそ、かもしれないけど」
「どう見ても、向こう側は地獄だろうさ。あの川を渡るのは止めておこう」
「ええ。更に深層へ進むには川を渡る必要があると聞いています。私達は……一刻も早くここから地上に上がるべきです」
「……まあいつか来るつもりだったから、見れたのは僥倖だ。ついでになんか拾って帰るか」
僕はそう言って笑顔を作った。悲観する時間は終わりだ。僕は、もう既にこんな状況に慣れつつある自分に驚いていた。
でも、こんなところで突っ立っていても仕方ないし、何より危険だ。今はマモノの反応はないが、いつエンプーサのような反応しない奴が現れるとも限らない。
「貴方は……前向きですね……私は……怖くて泣きそうなのに」
ユーリが右手で必死に震える左手を抑えようとしている。僕は、ユーリの前に立つと、その震える両手を握った。白く細い指だが、傷や火傷も多い。きっとたくさん努力してきたのだろう。僕にはそれが分かった。
「え?」
「ユーリ、大丈夫。別に先に進む必要はないんだ。この少人数で地上に戻るだけなら、さして難しくない。だから頑張って一緒に戻ろう」
僕はそう力強く言って笑顔をユーリに向けた。
【アルビオン】にいた時も、ごくまれにダンジョン内でパニックを起こす新人メンバーがいた。
気持ちは分かる。危機的状況は正常な判断を狂わせて、恐怖が視界を濁す。
だからこそ。そういう時にこそ、リーダーは必要なのだ。
「……女たらし」
「おい、グリン、台無しにすんなよ……人がせっかく励ましているのに」
僕がグリンに拗ねたような声を出すと、そこで初めてユーリが笑顔を浮かべた。
「ふふふ……貴方は変な人ですね。すみません、私、弱気になっていました。でも確かにアヤトさんの言う通りです。マモノとの交戦は最低限にして、地上へ戻るだけならやれるはずです。絶望するのはまだ早いですね」
「そうそう。うっし、じゃあ上に上がる階段を探そう。途中で他のチームに会えたら一番だな」
「まあ今回は仕方ないですね。本来執行騎士はダンジョン内でルインダイバーと行動するのは禁則事項なんですが……」
「執行騎士めんどくさっ。僕とこうしている時点で上司に説教食らうの確定なんだし良いでしょ」
僕の言葉に、せっかく笑顔になったユーリの顔色が暗くなってしまった。
「ううう……絶対に怒られるぅ……」
「アヤト、いらない事言わないの」
「へいへい。さてじゃあ隠密行動で行きますか」
こうして僕とユーリは、地獄の淵を歩き始めたのだった。
☆☆☆
「あれぐらいは倒せるんじゃ」
「ダメです。帰るのが最優先」
「分かったよ……」
僕とユーリは岩の陰に隠れて、のしのしと歩く見た事のない石のような肌を持つマモノが通り過ぎるのを待った。虎徹なら斬れそうなんだけどなあ……。
僕達は、壁沿いに2時間ほど歩いたが、景色は一向に変わらなかった。
川の向こうは生命無き大地。こちら側も似たようなものだが、少なくとも横が壁という安心感はある。時折こうしてマモノに遭遇するがほとんどはさほど好戦的ではなく、やり過ごせた。
「なんか聞いていたほどじゃないなあ……師匠め、話を盛ったのか?」
出口は見付からないものの、危機的状況に慣れてしまって僕は軽口を叩けるぐらいには元気になっていた。先程バックパックに入れていた携帯食料をユーリと分けて食べたおかげで、体調は万全だ。疲労もない。
見た限りではユーリもさして疲労していないように見える。んー執行騎士恐るべし。
「アヤトさん……あれ、なんだと思います?」
「林……かな?」
先にみえるのは、黒い葉に覆われた木々だ。ようやく、何か有機的な存在が見れて、なんだか感慨深い。
「いえ、それもですが、見て下さい。あそこ……煙が立っています」
ユーリの指差す先。林の間から確かに細く白い煙がなびいていた。
「……まさかルインダイバーか?」
「かもしれません。であれば、どこかに上へと戻れる場所があるのかもしれません」
「うっし、行ってみよう」
林の近くまで行く、なんとこれまで岩と砂しかなかった地面が土に変わり、草まで生えていた。
「草だぞ草! すげー」
「はい! 草でこんなに嬉しい気持ちになるとは思いませんでした!」
「ただの草じゃん……」
なぜ草如きではしゃいでいるのか分からないとばかりにグリンが目を細めて僕達を見つめた。
「普通の草は高速に住んでたら見れないしな。緑は貴重なんだよ」
「はい。ウメダ天空街でも緑化は進めていますが……中々難しいみたいです」
「しかし、ここの植物は日光もないのにどうやって生きているんだ?」
素朴な疑問だ。しかし、なんでそんな事を知らないの? とばかりにグリンが説明してくれた。
「エーテルのおかげだよ? ここは凄いエーテル濃度が濃いから。それで成長してるんだと思う」
僕らは、煙を目印に林を進んでいく。
「そうそう、そのエーテルって言葉ちょくちょくグリンは口にするけどなんなんだよそれ」
「エーテルは、我々が異海と読んでいるあの白い霧を指している言葉です。エーテルについては未だに謎が多い存在ですが、ダンジョンの最深部から発生していると推測されています。なので、そこに近付けば近付くほどエーテル濃度が濃くなるのは当然でしょう。それで植物が育つのは知りませんでしたが」
ユーリはまばらな感覚で立つ木々を見上げた。エーテルで育つ木。確かに不思議だ。
「エーテルは全ての源だよ。アヤト達が固有武装って呼んでるそれだってエーテルの力を使って力を発現させているんだから」
「だからエーテル武器か」
「エーテルはエネルギーにもなり、あらゆる物質になり得る存在です。私の【竜機兵】もエーテルを弾にして撃っています。正直言ってなぜそうなるのかは……分かりません」
「だよなあ……僕もこの剣については正直まだ未知数なところが多い」
【回帰に至る剣】の柄を握りながら僕はしみじみとそう言った。理解出来ていない物に命を預けている僕らルインダイバーは……ある意味自殺志願者なのかもしれない、と思った。
「あたしも記憶が消えてて、肝心な部分が思い出せないの。エーテルにはもっと別の力があったと思うんだけど……」
「またそのうち思い出すさ」
「アヤトさん――アレは」
グリンに僕がそう言っていると、ユーリが立ち止まって前を指差した。
その白い指の先には――小屋があった。
小屋の前には、薪が積み上げられており解体された獣が吊されている。
小屋からは煙突が出ており、どうやら見えていた白い煙はそこから上がっていたようだ。
「誰か、居ますね」
「そりゃあね。さて、じゃあ精々お行儀良く行きますか」
天井がないのが怖い【空恐怖症】にかかり、ダンジョンに住み着くルインダイバーもいる。その類いだろうと思うが……流石に深層に住み着く奴はいないはずだ。
ま、とにかく当たって砕けろだ。どう見てもここで生活してるっぽい感じだし、上へと戻れる道を知っている可能性が高い。
僕は小屋の入口にある扉をノックしようとしたその瞬間に――中から扉が開いた。
「あ、えっと――え?」
僕らは怪しい者ではありませんと言おうと口を開いた僕はそのまま停止してしまった。
なぜならそこには、ヒゲもじゃでハンマーを片手に持った、子供ほどの背丈しかないおっさんが立っていたからだ。
「まさか……ドワーフ!?」
グリンの声が僕の耳元で響いたのだった。
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