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9話:エンプーサ
しおりを挟む「【突撃の息吹】」
ユーリの持つ拳銃型固有武装が火を噴いた。放たれた弾丸は一つのはずなのに、それはユーリの言葉と共に弾が空中で分裂し、まるで騎兵隊のように隊列を為した数十という銃弾となってマモノの群れに着弾。
どうやらあの弾は徹甲榴弾らしく、被弾した部分が爆ぜた。
「エグい威力と数だなあれ」
「人の手で撃てるレベルの拳銃じゃないと思う。多分、13mm徹甲榴弾だよ」
グリンがいつの間にか飛び出しており、ユーリの拳銃を見てそう呟いた。
「まあ、僕も負けてられないな!!」
僕はクラウ・ソラスを極限まで伸ばし、水平に薙ぎ払った。群れただけのマモノなんて敵ではない。
マモノ達の首が飛び、半分以上が消失。僕は止まらず、そのまま群れへと疾走。
首を無くしてもなお動くマモノ達に、次々とユーリの銃弾が命中し、的確に機械化された部分が射貫かれていく。
ユーリは相当射撃の腕が良いのが分かる。流石は執行騎士といったところか。銃口こちらに向けられていないうちは心強いが……。
僕の目の前で、毛のないつるつるとした身体に機械化した小さな羽を生やした猿のようなマモノ――インプが飛びかかってくるのを袈裟斬りで羽ごと叩き斬ると、刃がたまたまコアに当たったのか、羽が爆発。巻き込まれたゴブリンもそれによって目のコアが誘爆。辺りが一瞬明るくなった。
インプの身体を盾にその爆発を防ぎ、僕は疾走。まだあと20体近く残っている。
後ろに置き去りにしたマモノはユーリが処理してくれるだろう。そのまま群れの中心にいる存在へと迫る。
それは見た目だけはインプと同じだが、手には鉄で出来た杖のような物を持っていた。その杖の先にはコアが付いており、赤い光を発している。
「お前がこの群れのリーダーだろ?」
ダンジョンの浅い層でも時折こういったマモノの群れが発生するが、大抵そういった群れにはそれを操るリーダーがいる。
「ピシャアア!!」
インプリーダーとでも呼ぶべきそのマモノは牙を向けながら杖を僕へと向けた。同時に杖が輝き、周りのマモノがそれに呼応するように一斉に飛びかかってきた。
「グリン!」
「任せて!――【欠陥領域】」
グリンが羽を広げ、半透明のバリアを展開。範囲に入ったマモノ達は機械部から火花と煙を上げつつ勢いを失い地に落ちた。
悶えるインプリーダーをクラウ・ソラスの二連撃で切断。コアが入っていた羽が身体から切り離されてせいで、肉体が崩れていく。
更に連続する銃声が背後から聞こえ、周りに倒れているマモノ達が射貫かれて爆発か消失し、全てのマモノが倒された。
「……中々やりますね。流石【アルビオン】のリーダー。それにやはりグレムリンの力……脅威ですね」
「元、リーダーだよ」
僕は、そう答えながら散乱しているコアを拾っていく。
「さあ拾ってないですぐに行きますよ。またいつ新手が来るとも限りません」
「くっ、これを置いていけと!?」
「はい出発」
「アヤト……びんぼーしょー」
ユーリだけではなくグリンからもそう言われ、渋々僕は走るユーリの後を追ったのだった。
☆☆☆
その後、何度かマモノの群れに襲われたが、危うげなく僕とユーリはそれを撃退した。
「ようやく環状線です。ここまで来れば安――」
「だからそうやってフラグ建てるのやめろってば!」
既に朝になっており、ウメダ天空街は目の前にそびえていた。
高速からは、崩れた旧文明の遺跡の上にそびえ立つその威容が良く見えた。部分部分だけを見れば、スイタジャンクション街とあまり変わらないが、全体を見るとまさに鉄くずの城といった感じで規模が違う。
元々この辺りは大都市だったらしく、地上より高い部分が多かった為これだけ巨大な街が出来たという。だがそれと同じぐらいに地下深くまで都市は及んでおり、トウキョウに続いて2番目に早く異海に侵食されたエリアでもある。
そうして、旧文明の遺跡を取り込んで異海に飲み込まれたこの一帯の地下はダンジョンと化したのだ。
この国において2番目に深く、そして広いダンジョン――ウメダダンジョン。
未だにその深淵を覗いた者はおらず、このダンジョンの奥深くに、世界が異海に飲み込まれた謎を解明する答えがあると言われている。だから、実力あるルインダイバーは皆こぞってここを潜る。手に入るコアも、遺物や遺産も他のダンジョンとは比較にならないほど多彩だ。
僕とユーリが今走っている環状線と呼ばれる高速の下に漂う異海の下は既にウメダダンジョンだ。
「ですがアヤトさん。ここはもう守備隊の圏内。マモノの群れなんて現れません」
たしかにユーリの言う通りだ。ウメダ天空街を守る為に、定期的に守備隊と呼ばれる者達が地上に出てきたマモノ達を駆除している。
とはいえマモノの数が尋常ではないので、地上から1匹残らず駆除できるわけではない。
だけど、ここまでに僕達を襲ってきた規模のマモノの群れがいれば、警報に引っかかりすぐに守備隊が出動する。なので、この辺りはほぼ安全と言っても良い。
そもそも地上付近にはさほど強いマモノは出ないはずなのだ。
はずなのだが……。【太陽の塔】に現れたグレンデル、高速上まで上がってきたムカデ……そしてあの魔女。
決して油断は出来ない。
そんな事は分かっている――はずだった。
ユーリは僕へと振り返って、笑顔を向けてくれた。
彼女が立っている位置は、二つの高速が交わる場所で、ジャンクションほど大きくなく、言うなればただの十字路だ。
そう――十字路だった。
「とにかく、ウメダ天空街にさえ着けば安全で――どうかしましたか?」
ありえない。そもそも腰の警報器だって何も反応していない
なのに。
朝日によって出来たユーリの背後の影の上に――あの魔女が立っていた。
「伏せろユーリ!」
僕の表情と声で察したユーリは素早く屈むと、その頭上――立っていればユーリの首があった空間をあのカマキリの腕のような鎌が通り過ぎた。
ユーリは僕の方へと、転がりながら、拳銃型固有武装【竜機兵】を素早く抜いて背後へとぶっ放した。
器用に鎌で銃弾を弾く魔女を視認しながら僕は【回帰に至る剣】を抜いた。
まずいまずいまずい。
「あらら……今度は可愛いカノジョ連れているのね……さあ今度こそ――血を!」
魔女がコウモリのような翼を広げた。くそ、クラウ・ソラスは効かない事は分かっている。
「これが例の奴ですか!?」
「ユーリがフラグ建てるからだよ!」
とにかく逃げ場がない以上、ユーリと協力してここで奴を倒すしかない。
幸い、今、魔女が出現した瞬間を僕は見たおかげで、奴の能力が少しだけ分かった。
「ユーリ、影に気を付けろ。奴は影から影に一瞬で移動できる!」
「正解よ人間! まあそれは借り物の力だから私の実力とは関係ないけどね!!」
魔女の鎌の一閃を僕はクラウ・ソラスで弾く。動きはだいぶ見えてきたが、相手も本気を出してはいない。
「なるほど……アヤトさん、この魔女の正体にようやく確信が持てました。今の貴方なら――勝てます」
ユーリがそう言って、後退しつつ銃弾を放った。魔女は僕の剣を捌きながら余裕でその銃弾を躱す。
やはり身体能力が違い過ぎる。
「正体だと?」
僕はユーリに、【回帰に至る剣】については、一部説明していない部分があった。それは、聖剣を再現する為の条件だ。
だからユーリは聖剣を再現する為に、舞台だとか物語の再現が必要という情報は知らないはずだ。
それでも、彼女は勝てると言った。それはつまり既に彼女が見た聖剣の中に、魔女を倒せる物があると言っている事に他ならない。
フルンティング、クラウ・ソラス、蜈蚣切。どれだ? どれなら倒せる?
「あの魔女の正体は――エンプーサ」
「エンプーサ……?」
聞いた事のない名前だ。
「そうか……だから、あの脚で、あの鎌で――あの時あんなに怯んだんだ!!」
僕の腰の警報器から顔を出したグリンが叫んだ。
「エンプーサ――それはギリシャ神話に伝わる夢魔で片足が青銅、もう片方が山羊の脚になっていて――騒音を嫌います」
「それが分かったから――何だって言うのよ人間!!」
魔女――エンプーサがそれが正解だと認めた。エンプーサが一瞬で僕の目の前からユーリの背後にある影へと移動、ユーリへと鎌を縦に振るう。しかし既にユーリの影の位置を把握していた僕はクラウ・ソラスを伸ばし、それをユーリの頭上で受け止めた。
だが、その特徴を聞いて、僕は疑問が解けた。
なぜ、夢で見たのか。それはエンプーサが夢魔だからだ。
なぜ、あの楽器屋でエンプーサはいきなり怯んだのか。それはグリンの投げた金属棒と床に散らばっていた金属板によって騒音にも近い音が鳴ったからだ。
あの甲高い金属音がダメだったのだろう。
僕は、後退するユーリと入れ替わるようにエンプーサへと向かい、クラウ・ソラスによる連撃を叩き込んだ。
しかしその全てが、弾かれてしまう。
この感触には覚えがあった。
そう――あのムカデの背中だ。
「アヤト、エンプーサって名前には語源があるの」
「語源?――っ!!」
エンプーサの鎌が僕へと迫るが、ユーリの放った銃弾が鎌に当たり、弾かれながらもその軌道を逸らしてくれた。
「アヤトさん! エンプーサの語源は――【雌蟷螂】です!」
「雌……蟷螂か!」
なるほど。通りでムカデと同じ感触な訳だ。
「そういう事か……蜈蚣が切れるなら――蟷螂も切れる」
「何をごちゃごちゃと!」
僕はクラウ・ソラスでエンプーサの鎌を弾き、剣を解除。
「お前の剣は――私には届かない! 私は夢! 私は影! 夢も影も斬れるものか!」
エンプーサが吼え、鎌を掲げた。
「“血を啜れ――【悪夢の乱入者】”」
その言葉と共にエンプーサの右手が鎌と一体化。更に左手も鎌へと変化し、それこそまるでカマキリのような姿に変貌した。
両腕の鎌による斬撃の雨が僕へと降りそそぐ。
だけど、僕はもう――勝ちを確信していた。
「“再現せよ――【蜈蚣切】”」
僕が柄を振るったその軌跡が青い光に染まり、それはこれまでに何度も弾かれたエンプーサの鎌を切断。
「馬鹿なああああああ!!」
「エンプーサ、お前の本質が蟷螂、つまり虫である限り、お前が夢に逃げようが影に潜もうが――僕の蜈蚣切は防げない」
伝承が、物語が、大事なのだ。
蜈蚣切の本質は、ムカデが斬れる……だけではないのだ。
ムカデを斬ったからこそ与えられた剣。
その因果を逆転させ、僕はこの剣を再現させた。
ならば、また因果を逆転させれば――もう一つ違う剣を再現できる。
僕の師匠は刀について詳しく、色々と僕に名刀、魔刀の類いの話をしてくれた。もうほとんど忘れてしまったけど、中には今でも忘れていない物もある。
その内の一振りを蟷螂という単語で思い出したのだ。
蟷螂――その漢字を“とうろう”、と読む事もあったそうだ。
であれば――
「なぜ! なぜ私が斬れるのだ!!」
「お前がギリシャ神話由来なら、知らないのも無理はない。虫殺しの太刀をたまたま手に入れてしまった僕の幸運を恨むが良い。そして、悪いがついでに利用させて貰うよ」
「黙れ黙れ! 死ね!!」
エンプーサが斬られてもなお、諦めずに切断された鎌で僕を襲う。
だけど、それはもう無駄だった。
僕は詠唱する。
「“再現せよ――【石灯籠切り虎徹】」
蜈蚣切が僕の言葉と共に青い光に包まれ、姿を変えた。
形は同じ、刀だが反りはなくまっすぐな刃だ。若干刀身も短いが、問題ない――なんせ切るべき灯籠……いや蟷螂はすぐ目の前にいるのだから。
「人間ふぜいがああああ!!」
美女の皮を破り、カマキリのような複眼が露わになったエンプーサの顔へと僕は【石灯籠切り虎徹】を振りぬいた。
空気すらも切り裂くその刃は、エンプーサの顔を真っ二つに切断。
「ギ&%&ジャ’%&&%アアア!!」
エンプーサが苦悶の声を上げると同時に、ユーリの銃弾が着弾。爆発が花のように身体中で咲き乱れた。
「アア&%$56アア%&$&ア!!」
「さっさとくたばれ!」
僕は更に虎徹を横に一閃。エンプーサの胴体が真っ二つになると同時に、その肉体がぼろぼろと崩れ――消失した。
こうして僕は、あの大回廊での敗走のリベンジを果たしたのだった。
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