3 / 18
3話:回想と追放
しおりを挟む僕は泣きながら――思い出していた。
なぜ、チームを抜けたか。
なぜ、ソロでのダンジョンに潜るようになったかを。
☆☆☆
「僕――このチームを抜けるよ」
A級ルインダイバーチーム【アルビオン】の拠点内にある作戦室に、僕の声が響いた。
僕の前のテーブルにはこのチームの幹部連中が座っており、僕の発言を聞いて全員が顔を見合わせた。それぐらいに僕の発言は突飛で、彼らにとっては信じがたい事のようだった。
「お、おい何を言っているんだよアヤト。このチームはお前が立ち上げたチームだろ!? なんでリーダーであるお前が抜けるんだよ!」
古株のメンバーであり、Aランクダイバーである金屋アツシが声を上げた。
「アツシの言う通りだ。確かに先の戦闘で、アヤトに落ち度はあったかもしれない。だが結果全員生き延びた。それで良いじゃないか。アヤトだけの責任ではないだろ」
そう言ってくれたのは同じく古株のメンバーでAランクダイバーである室田ショウジだ。
彼の言葉で、僕は先のダンジョン内での戦闘を思い出した。
事はとてもシンプルだ。僕の実力不足のせいで、チームはピンチに陥ったのだ。A級チームなだけあり、メンバーのほとんどがA~Cランクなのに対して、僕だけは――Fランク。つまり最底辺だ。
僕は腰に差していた、まだ覚醒していない【悔恨の柄】をテーブルの上へと投げた。
「これが理由だよ。今までは僕がこのチームの創設者だから、リーダーだから、と誤魔化して見ない振りをしていたけど、これ以上はもう無理だ。間違いなく僕はこのチームのお荷物になっている。今だって僕に気を遣って、浅い階層でしか活動出来てないだろ? そんなんじゃいつまで経ってもこのチームの目標であるウメダダンジョン踏破なんて出来ない」
オオサカ地区ウメダにある最深最悪のダンジョン――通称ウメダダンジョン。そこはまさに迷宮で、手強いマモノも多く、いくつものルインダイバーチームがそこで命を落としている。このチームなら必ず踏破出来ると信じていたけど、僕のようなお荷物がいればそれは夢のままどころか悪夢で終わってしまう。
「既に、僕が担ってた斥候やダンジョン内の構造把握も他のメンバーが出来るようになってきた」
「だったら、地上での裏方に徹してだな……勿論報酬はこれまで通りで……」
アツシの言葉はもっともだ。実力不足の僕はダンジョンに潜らずにチームの裏方として役割を果たせばいい。だけど、僕は力無く首を横に振った。
「アツシ……知ってるだろ。僕はダンジョンに潜りたいんだ。だけど今のままでは足手まといにしかならない」
それが我が儘なのは分かってる。実力もないのに潜りたがるルインダイバーは自殺志願者と同義だ。
だけど、それでも僕には意地があった。
古参メンバーはともかく、それ以外のメンバーが陰で僕の存在を疑問視している事は僕は知っている。
それを聞き流して、これまで通りこのチームに居座れる自信と余裕がもう僕にはなかった。
「アヤトのその固有武装も……きっと何か仕掛けがあってだな! もう少し色々やってみようぜ!」
アツシがそう言ってフォローしてくれるが、その仕掛けとやらがこの筒にあるとは僕には思えなかった。
アツシが腰に差している拳銃型固有武装、ショウジが背負っている盾型固有武装、どちらもAランクダイバーに相応しい力を秘めている。
そんな中、僕のダイバーランクは未だにFランク。
固有武装とは、マモノのコアを素に作るルインダイバー専用の武器だ。最初に作った時は皆似たような形の武装になるが、使っているうちに使用者の願望や素質、戦い方によって独自の形に進化していくのだ。
かつて僕にルインダイバーとしての生き方を教えてくれた師匠は僕が作った固有武装を見て、これは【悔恨の柄】という珍しい固有武装で、将来必ず君の役に立つから大切に育てなさいと言ってくれた。
だけど、刃すらないし、出来る事と言えばせいぜい投げつけてマモノの注意を引き付けられるぐらいか?
そんな物でどうやってマモノと戦えばいいんだ? そうやって育てればいいんだ?
肝心な事を教えてくれる前に師匠はあっけなくダンジョンで死んだ。
その後も、僕が常に抱き続けてきたその疑問に、結局僕は答えを見つけ出せなかった。
「僕は、このチームならウメダダンジョンを踏破出来ると信じてる。僕がいなくてもチームが回るように準備はしたし致命的なミスが、取り返しのつかない失敗が、起きる前に僕は抜けるべきだとこのチームのリーダーとして、判断した。僕は僕をこのチームから――追放する」
「追放って……嘘だろ……」
「それに忘れたのか? このチームのモットーを。なあ、そうだろ、ナナ」
僕は僕から一番離れた席、つまり作戦室の入口近くの壁に背を預けている女性にそう声を掛けた。
その女性の長い黒髪は腰まで届いており、整った顔は無表情だった。ダイバースーツに、腰には刀の柄だけを差しており、一見すると僕の固有武装と似た見た目だが中身には雲泥の差があった。
彼女は刀型固有武装【光鱗】を持つ、僕の幼馴染みにして、僕と一緒にこのチームを立ち上げたSランクダイバー、城山ナナだ。
僕の言葉を聞いて、彼女はゆっくりと口を開いた。
「“来る者拒まず去る者追わず”、よねアヤト」
「そう。いつか、こういう日が来るって分かってたろ?」
最初は良かった。ナナと一緒に悪戦苦闘しながら小ダンジョンを攻略し、仲間と出会って……。そうしていつしか僕とナナの作ったチームはこれほどの大所帯になってしまった。最初は皆、僕と同じFランクだったのに潜るたびに強くなって帰ってきた。
そして僕は浅い階層で、強くなったメンバーに手伝ってもらいながらマモノを倒し続けたが、僕の固有武装は一切強くなる気配がなかった。メンバーは諦めずにやれば強くなると励ましてくれたが、いつしか僕はそれすらも時間の無駄、チームの停滞だと割り切って、斥候や案内役としてサポートに徹し始めた。
僕が劣等感と諦観と嫉妬に、何度も飲み込まれそうになっていたのナナは知っている。
だからナナは短く僕の問いに答えた。
「ええ。思ったよりも遅かったぐらい」
僕を止める気配のないナナを見て、アツシが慌てて立ち上がった。
「ちょ、まってくれよ! ナナも止めろよ! そもそもアヤトお前これからどうするんだよ! まさかルインダイバー引退する気か?」
「続けるよ勿論。僕らみたいな孤児には、この世界で他に生きる道はないからね。まあのんびり、独りで小ダンジョンでも潜るよ」
「でもよお……ソロは危険だって……お前がそう言って、俺をここに誘ってくれたんだろうが……」
絞り出すような声をアツシが出した。ああ、そういえばそうだったなあ、懐かしい。
「俺達の言葉に耳を傾けるつもりはないんだなアヤト」
ショウジがまっすぐに僕の目を見た。これまで僕の我が儘をいちばん聞いてくれていたのはショウジだった。僕が頑固な事も良く分かっている。
「最後まで我が儘言ってすまない。リーダー失格だね。これからはショウジとナナで指揮を執ってくれ……今まで通りにね」
「……分かった。なあアヤト、いつでも戻ってきて良いんだからな。いらん意地を張るなよ」
「分かってるさ。もう既に私物はまとめてある。あとはこの身一つだけだ。それじゃあみんな、武運を」
そう言って、僕はメンバーからの別れの言葉に答えながら、作戦室から出ようとした。
扉の横の壁に背を預けたままのナナが視線を向けすらせずに、僕にしか聞こえないほど小さな声で囁いた。
「諦めてないんでしょ?」
「……ああ」
「待ってるから」
「うん」
それだけで僕らには十分だった。
こうして僕は、A級ルインダイバーチーム【アルビオン】を抜けた。その後、僕は日々の食い扶持を稼ぐ為にダンジョンに潜り続けた。チームリーダーの重責から解放されたおかげで、僕はようやく自分を強化する事について専念できる。
僕は【太陽の塔】でひたすらにゴブリンを狩っていたのだ。
ゴブリンは子供ほどの背丈の人型のマモノだ。緑色の皮膚で、右手と左右の目だけが機械で出来ており、その機械腕は左手に比べて長く太く、金属製の棍棒を携えていた。
ゴブリンのコアでも売ればそれなりの値段になるので、ソロダイバーの僕はありがたく頂戴する。
そういう事もありマモノを倒す際、コアは出来れば確保したい反面、コアの場所が個体毎に変わるのでどうしてもソロだと賭けのような形になってしまう。戦闘中にコアを砕いてしまうと、得られる物は何もなくただの骨折り損だ。もちろん怪我したり死んだりするよりはマシなので、コアを狙って倒すのも必要な事なのだ。
まともな固有武装があればもっと楽にこなせるのだが……残念ながら僕にはそれが出来ない。僕に出来る事と言えば、ひたすらコアを稼いで、固有武装を作り続けるしかない。これまで何十本と作ったが全てハズレだった。だけど、その先に当たりがないとも限らない。それぐらいしか……僕には望みがなかった。
根気のいる話だし、無駄骨に終わりそうな僕の強化にこれ以上チームの手を煩わせたくなかった。僕の作ったチームはもっと上に行けるチームだ。だから僕は――自らを追放した。後悔もないし、これで良かったと思っていた。
風の噂では、【アルビオン】はウメダダンジョンの中層を突破したらしい。
なのに、僕は無力のまま――だった。
だけど今は違う。
今、僕の手には力がある。
【回帰に至る剣】
ナナ……みんな……僕、強くなるよ。そしていつか――肩を並べて戦いたい。
そう思ったのだった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
劣等生のハイランカー
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す!
無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。
カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。
唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。
学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。
クラスメイトは全員ライバル!
卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである!
そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。
それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。
難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。
かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。
「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」
学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。
「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」
時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。
制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。
そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。
(各20話編成)
1章:ダンジョン学園【完結】
2章:ダンジョンチルドレン【完結】
3章:大罪の権能【完結】
4章:暴食の力【完結】
5章:暗躍する嫉妬【完結】
6章:奇妙な共闘【完結】
7章:最弱種族の下剋上【完結】
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
強奪系触手おじさん
兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる