過去、いじめの圧力に屈し裏切ってしまった私は彼と再会する。決死の謝罪に対し、彼が私に下すのは断罪か、赦しか────

鳳仙花

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追憶編・メシウマを諦めない彼女の挑戦の始まり

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 それは、メシウマを目指した六花がマジックペンを持参した事件から、かなり経った日のこと。

 彼女は元々、何をするにしても基本的に飲み込みが早い。

 キチンと意味を理解しさえすれば、料理もその例外ではないのだった。

 ある程度の上達を確信した六花は、以前のリベンジをするべく尚哉を家に招く事にした。

「ナオくん、いらっしゃい!」

「お邪魔します。あれ、ルカさんは?」

「お母さんなら席を外してもらってるよ。今回ばかりは、ちゃんと自分の力を証明したいって言ったら、納得してくれたの!」

 握りこぶしをグッと握る六花。尚哉はその仕草(ルーティーン)を見ると、つい一抹の不安が頭をよぎってしまうのだが……『いやいや、今回ばかりは誤解する要素もない。さすがに杞憂きゆうだろう』と思い直したのだった。

「そっか。まぁ、屋内のどこかに居てくれるなら心強いね」

 無意識の不安からか、そんなセリフが口から出る。

「? 確かに、揚げ物なんかもしてるし……ナオくんの言う通り、誰か大人が待機してた方が安心かも」

 奇(く)しくも、少年の懸念けねんは違った形で少女に伝わっていた。

「しかし、単純に楽しみではあるね。女の子の──しかも、りっちゃんの手料理。思わず朝食を抜いて来ちゃったよ、俺」

「も、もうナオくんったら! そんなにハードル上げられると、やりにくいよ!」

「はは、ごめんごめん。りっちゃんの事だから食べられないどころか、ちゃんとしたものが出てくるって思ってるから、安心してよ」

 以前の事を棚上げして尚哉は言う。

「うん、今日はちゃんと食べられるものだからね。この前のリベンジも兼ねてね……!」

「おぉ、りっちゃんが燃えてる。これはいよいよ期待できそうだ。よし……シェフ! 今日の献立こんだては!?」

「よくぞ聞いてくれました! 今日のメニューは……男の子が大好きな肉料理と、ご飯、汁物、それにサラダです!」

 いつになく饒舌じょうぜつな六花。

「肉料理か……俄然がぜん、楽しみになってきたね!」

「もう、ご飯をよそうだけだから。食卓へどうぞ!」

 そして、草薙家の食卓へと少年は誘(いざな)われる。

 そこには──ハンバーグに付け合わせのサラダ等。ご飯に汁物は……まだ出ていない。おそらく、ご飯と一緒に出す按配あんばいだろう。

「おお、ハンバーグなんか、まだジュウジュウいってる! この時点で、すでに美味そうだ……!」

「ふふ、じゃあご飯と……ハンバーグだからスープを用意するね」

 先ほどまで温めてあったであろうスープと、炊きたてのご飯。

 六花はその二つをお盆に載せて持ってくる。

「じゃあ、さっそく『いただきます』……をしたいんだけど。りっちゃん、一ついい?」

「さすがナオくん。気づいちゃった?」

「うん、まあ、さすがというか。こうも、これ見よがしに置かれてるとね。で、なんでハンバーグが二皿あるの? りっちゃんの分じゃないよね?」

「もちろんナオくんのだよ。これはね、私自身に対するテストなの。片方は私の手作り、もう片方は冷凍食品。ナオくんに、当ててもらおうと思って」

 少年は少し前に抱いた杞憂が、急速に現実味を帯びるのを感じた。

「そ、そんなことしなくても。俺、りっちゃんをテストなんてするつもりは──」

「これは女のプライドなの。お願い」

 間違いなく【スイッチ】が入っている。この時点で尚哉は諦めた。

「分かったよ……。じゃあ、いただきます」

「どうぞ召し上がれ……!」

 そして、食べ比べのため……結果を出すのに、少しの時間を要するのだった。

 六花はドキドキしながら見守っているが、それ以上に尚哉の方がドキドキしていた。

 スープやサラダで口直しをしながら、何度もハンバーグの味を比べる。

(これは……明らかに味が違う。両方とも美味いことは美味い。でも、果たして個性の強い方と普通の方、どっちが正解なんだろう……)

 味の違いは分かる。だが、正解が分からない。

 杞憂が現実に変わった今、少年は決意する。

『よし、ここは正直に個性の主張が強い方をチョイスしよう』と。

 そして。

「ふう、分かったよ。りっちゃん」

「! ホント……!?」

「うん、まずは最初に食べたこっち。色合いやソースもさることながら……ここには愛情があふれている。これぞハンバーグの味、そう言い換えても良いくらいに。片や、次に食べたもう一方。形は──なるほど、整っている。そしてソースも無難、決して不味くはない。むしろ美味しい。でも、愛情の差ってやつだね。この機械がねたんだろうな、という均一な形。そして同じく、大量生産されたであろうソース。俺は思ったよ。『ハハァン? こいつら、機械生まれの工場育ち。出荷の果てに……みんな美味しくいただくことはけ合いだろう。だが、そこに愛はあるのか』ってね」

 尚哉は食レポを真っ当した。自分に嘘を吐かない、なんの後ろめたさもない感想だ。

 正直、愛については言い過ぎた感もある。

 だが、『比較される六花からすれば、それくらいの言葉は必要だろう』と、そんな気持ちで。

 その結果。

「ア、アハハ」

「り、りっちゃん?」

「機械生まれの工場育ちで……愛が無くって、ごめんねぇえええええええ!!」

 少女は泣きながら走り去る。

「嗚呼(ああ)っ!! りっちゃああぁぁああん!!」

 そして少年は己が答えを間違えてしまったことを悟り、少女を追いかけるのだった。

 だが……六花の【食事会】はまだ始まったばかりだという事実に、尚哉はまだ気づいていない……。
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