過去、いじめの圧力に屈し裏切ってしまった私は彼と再会する。決死の謝罪に対し、彼が私に下すのは断罪か、赦しか────

鳳仙花

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尚哉編1・出会い。そして極(き)きまる関節

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「雪女めー!」
「吸血鬼ー!」
「化物ー!」

 初めて彼女と会ったとき、彼女は近所の悪ガキにいじめられてる真っ最中だった。

 幼い頃に引っ越した先の地。

 新しく住む家の家財道具の整理もある程度つき、親から

『少し遊んでいらっしゃい。あ、でも、今日は早めに……四時半くらいには帰ること。言いつけを守れたらオヤツ増量キャンペーンね!』

 と見送られ――俺はしばらくブラブラと散歩をし、近所の公園にフラリと入った。

 そこで目にしたのがその光景だ。

 彼女は言われるがまま、うずくまって泣いていた。そんな彼女の頭……正確には髪か。肩口で切りそろえられた髪は、白銀色だった。確かに珍しい色。個性があるということは、良くも悪くも目立ってしまう。

 子どもらの社会からすれば、からかわれるのも仕方がないことなのかもしれない。だからといって、イジメが許されるわけでは決してないが。

 さて、ここはもちろん――

 見て見ぬフリをする……わけがない。

 とはいえ、幸先の悪い引っ越しだなぁ……嫌な人が多い街だったらどうしよ。そんな、それこそどうしようもない事を考えながら騒ぎの渦中へ向かって走って行った。

「こんにちはぁ!!!!」

「うおっ!?」
「えっ誰!?」
「急になんだ!?」

 威勢良く挨拶すると、いじめっ子達は一様にビックリしていた。

 泣いていた女の子は目を丸くしてこちらを見上げている。

「俺、今日からここに引っ越してきたんだけど……まだ、来たばっかりで知り合いがいなくてさ。同い年くらいの集団がいたから、とりあえず挨拶をと思って」

「ああ、お前、引っ越してきたのか」

 男三人の内のリーダー格らしきヤツが俺の言葉に返答してくる。

「うん。そっちはなにやってんの?」

「見てわかるだろ? 化物退治だ」

 このイジメの事かな。

「なるほど?」

「おう。コイツ見てみろよ。こんな真っ白な髪のヤツいないだろ。化物に決まってる。漫画なんかでも化物は退治されてるだろ」

 他の二人の方を見ると、二人も異論はないようで頷いていた。

 一方、涙目の女の子の方を見やると──その言葉を聞いて、この世の終わりのような顔をしていた。そりゃ辛いわ。

 ……ん?

 待て待て、この子……メチャクチャ可愛いぞ!? ちょっと、そこいらでは見ないレベルだ。白銀の肩まである髪に白い肌。唇は朱をさしたような鮮やかな色で、その大きな瞳は──碧眼? 南の海のような綺麗な色をしていた。

 これアレだ。以前、父さんが言ってたシチュエーション。

 ◇

尚哉なおやよ』

『なに?』

『今日もまた一つ教えておこう。早熟なお前だ、もう内容も理解できるだろう……』

『また【紳士道】の話?』

『そうだ。お前くらいの年齢だと、可愛い女の子をいじめて気を引こうとする輩もいるが……お前は絶対するなよ? むしろ助けろ。我が家の家訓通り、【常に紳士であれ】。後で心底後悔するからな。いいか、絶対するなよ?』

『それって、可愛い子がいたら意地悪して気を引けよっていう前フリ?』

『違うわっ! ちっとも理解できておらんではないか! ちっとも理解できておらんではないか! 何が早熟だ! こんなコントを勧めるワケがないだろっ。本気の忠告だ!』

『う、うん、わかった。別に二回も言わなくても。だいたい早熟とか言い出したの父さんだし……。それは分かったけど、それじゃあどうすればいいの?』

『いいか、そういう場合はな──』

 ◇

 一瞬でそこまで回想した。俺は父親から『教育』という名で色々と吹き込まれているのだった。

「あー……」

 そして、無意味に発声をしつつ考えを巡らせる。

「おっ、そうだ。お前も仲間にしてやろうか? 引っ越したばっかで友達いないんだろ? 友達になってやるから化物退治に参加しろよ!」

 その提案に、俺は────

「よし、絆をはぐくもう!」

 即、快諾するのだった。

「お! なかなか話のわかるヤツだな。じゃ、お前らもそれでいいな?」

 リーダー格は仲間の二人に確認をとる。二人ともノリ良く、「おう!」「もちろんいいぜ!」と頷いていた。

 俺の登場によって泣き止みかけていた女の子は、再び半泣きになっていた。そして始まる、化物退治という名の言葉の暴力。



「雪女は山に帰れ!」
「ああ──雪女って、もれなく美人だよね」

「吸血鬼は昼に出歩くなよ!」
「何かのアニメであったね。デイウォーカー……なるほど、高貴な存在って意味か。姫的なやつ」

「化物は化物とつるんでろよ!」
「美の化物か。確かに、俺ら風情じゃこの子と釣り合わないね……。キミ、上手いこと言うなぁ」

 美少女がつるんで良いのは美少年か美少女である、と。謙虚ではあるが悲しい発言であった。

「いやおい待て!」

 そこで、リーダー格から俺に『待った』がかかった。女の子は泣き顔からポカンとした顔になり、今はリンゴみたいに顔を赤くしている。

「ん?」

「なんで俺らがコイツをべた褒めしてるみたいになってんだよ! お前なんなんだよ!?」

「だから絆を育んでる最中だろ!? 急に水を差すなよ、空気の読めないやつだな! チッ、シラけちゃったよ!」

「えええ! なんで俺、舌打ちされて逆ギレされてんの!? 意味わかんねえ! それに何でお前が主導権握ってるみたくなってんだよ!」

「キミ、ツッコミの才能あるんじゃない?」

「ツッコんでるわけじゃねえ!! クソッ! やりづれぇな! おい、いったん出直すぞ!」

 リーダー格の少年は仲間の二人に指示を出した。呆気にとられていた二人は我にかえり、リーダー格の少年と何やら騒ぎながら公園から出て行った。

 残されたのは俺と、名も知らぬ白き美少女である。

「あ、あの──」

 そこから自己紹介が始まるという段で、俺は気づいてしまった。

 待て──いま、何時だ?

 そう、家を出る際に、親から『今日は早めに帰りなさい』と言い含められている。俺は基本的に良い子のつもりなので、親の言う事には素直に従うのだ。

 と、いうのは建前。もし万が一にでも、この成長期に『オヤツ抜き』とでも言われたら、俺は泣く。まさに餓鬼ガキ。俺はカロリーに餓えていた。

「ごめん! いま何時か分かる!?」

「え!? えと、四時……半くらい?」

「やっべええええ帰らないと!!」

「え、えっ!?」

 目を白黒させている少女。

「キミ、ここの近所の子!?」

「う、うん!」

「じゃあまた! たぶん、そんな離れてないと思うし!」

「あっ、えと、」

 急いでるにしても、このまま立ち去るのはさすがに味気ない。ここは彼女に励ましの一言でもかけておこうかと思った。

 ええと、何かないかな、元気が出そうな良さげなワード。
 脳内語録を高速で検索する。

 そして。

「生きろ、そなたは美しい!」

「!?」

 最近見たアニメの、なんか良さげなセリフを言ったのだった。良さげというだけで特に意味は無い。

 こうして俺は、引っ越し先で幸先良く美少女との絆を育み、オヤツも増量。大変に満足したのだった。

 急ぎすぎて名前聞くのを忘れてたけど。焦りのあまり名乗り忘れるとは、紳士としてまだまだだ。



 そして家に帰り、人心地ついたあと、親と共にお隣さんにご挨拶へ行った。

 そこには──大人の影に隠れるようにして、先ほどイジメられていた白い少女がいた。

 もしかしたら、この出会いは運命的な何かだったのかもしれない。

 まあ、それはそれとして。
 去り際に吐いた意味不明の捨て台詞を思い出し、俺は密かに恥じた。


 その後、自己紹介よりもオヤツを優先したエピソードを聞いた父さんから『貴様! 花より団子か! 武士は食わねど高楊枝ッ!』と、教育的指導という名のサブミッションをかけられた。

 俺は『武士じゃなくて紳士だろッ!』と反論し、咄嗟にガードをしたが無駄だった。められたのは【チキンウィング・アームロック】という技である。

 サブミッションは強すぎだ。勝てるビジョンがまるで浮かばない。アニメなんかに出てくる魔法よりも脅威だと思っている。

 もちろん必死にタップしまくったのは言うまでもない。
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