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第六章『学校開校』

187話 仮説と検証

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『其は小さき怒り。打ち合わせしは硬き石と鋼。火花よ在れ』

 ストリナが『火花』の聖言を詠唱をしながら、ミスリルアマルガムの剣を振るう。大量の火花が剣にまとわりついて、夕闇の中で鮮やかに舞う。ネズミ花火みたいだ。

「ほぉ。こいつはすごい。どうやってるんだ?」

 殿下は腕を組んでストリナを見ている。

「多分、五行仙術の『金行衝波』に神術の『火花』を乗せてますね。一緒にナログに行った時に、ペーパさんも似たようなことしてましたよ?」

「ああ、練丹仙術の外丹と符呪仙術を組み合わせていたな。手練れの仙術士だった」

 ちなみに練丹仙術は水銀を媒介に発動させる仙術のことで、体内に水銀を取り入れる『内丹』と体外で水銀を扱う『外丹』がある。符呪仙術は紋様で発動させる仙術のことだ。
 
 この国で仙術といえば、封身仙術が一般的に知られている。霊力を体内に圧縮する『拘魂制魄』により、心身の強化を行う術だ。その効果は絶大で、極めれば自身に対する神術を無効化でき、老化も遅くすることができる。
 親父が幼い頃修行した仙郷には、不老を体得した仙人がいたらしいが、寝ている間も『拘魂制魄』を行うのはさすがに難易度が高い。

 が、その封身仙術も基礎にすぎない。習熟が進むと、次は木火土金水の五属性を扱う『五行仙術』に進める。神術の属性が地火風水の四属性なのでちょっと違うが、火は共通属性だ。

「なるほど。同じ霊力だからか」

 殿下は僕が言った意味を理解したらしい。

「おにいちゃん、これならできるでしょ?」

 ストリナがトテトテと戻ってくる。確かに『金行衝波』も使えるし、詠唱もできる。

「やってみる」

 詠唱だけでも発動しないのに、仙術を使いながらとか本当にできるのだろうか? ミスリルメッキの刀を抜きながら、少し距離を取る。

「面白そうだから俺もやるか」

 殿下も剣を抜いて、進み出た。

『其は小さき怒り。打ち合わせしは硬き石と鋼。火花よ在れ』

 先に唱えたのは殿下だった。タイミングが合わなかったのか、火花の量はストリナより少なかったものの、それでも剣の軌道が浮かび上がるほどの火花は出た。

 正直、びっくりした。コンストラクタ寮に来てから、殿下と一緒に訓練することが増えたけど、殿下がどの程度の実力者なのかは知らなかったからだ。
 今ので火花が出たということは、すでに『金行衝波』は使えるということか。

『其は小さき怒り。打ち合わせしは硬き石と鋼。火花よ在れ』

 僕も詠唱しながら刀を振る。

「あっっち!」

 大上段から振り下ろしたせいで、火花を全身に浴びる羽目になった。

「ほらできた!」

 ストリナはちょっと興奮しているようだ。生まれて初めての神術。いや、正確には自称天使さんの灯りは聖霊神術なので、灯り以外で初めての神術ということになる。

「これ、『金行衝波』の範囲とか動きが目視できて良いですね」

 僕の『金行衝波』は威力が出ない。せいぜいが手で押したぐらいなのだが、その原因が今、わかった。

『其は小さき怒り。打ち合わせしは硬き石と鋼。火花よ在れ』

 パチパチッ。

 殿下が今度は剣を振らずに火花を出した。

「面白いな。漏れた霊力での『火花』と、仙術に乗せた神術、威力が段違いだ」

 義母さんが言っていた霊力の指向性や密度の相関性は、こういう意味だったのだろうか?

 これはもしかして、けっこう凄い技術なのではなかろうか?


◇◆◇◆


 お館様は変わった人だ。年齢は私と同じ九歳。にも関わらず、わずか一年で辺境の貴族令息から、王国で名を知らぬ者がいないほどの大物になってしまった。

「これは最近開発された顕微鏡という道具です。小さな物体を拡大して観察できます」

 レンズ磨きの仕事の時、レンズの本当の開発者がお館様だという噂を聞いた。ということは、この顕微鏡という道具も、元を辿ればお館様が関わっているはず。
 それだけではない。前国王の公爵が起こした内乱で、公都の教会を守っていた守護聖人の竜騎士を、その護衛の竜騎士もろとも倒してしまったらしい。

 文武両道のすごい人のはずなのだが、接してみるとさほどすごい感じがしない。少し大人びているのは間違いないが、それ以外はどこにでもいる普通の少年に見える。

「この顕微鏡は試作品で、まだ世には出ていません。これまで実際に使った人は世界で十人ちょうど。みなさんで三十人目ですね。将来自慢できますよ。さて、まずは木の枝を薄くスライスした断面を観察してみましょう」

 そんなお館様が、村の戦災孤児に用意した環境は、驚異的なものだった。寮は朝夕の食事と住居を保証してくれたし、どこに奉公に出ても学べないような先生をつけてくれる。
 教室にズラッと並ぶ顕微鏡はできたてほやほやの最新の機材だし、教壇に立っているオバラ先生は、この国の医療を変えた風雲児だ。

「使い方は簡単です。ここは接眼レンズといってーーー」

 そんな人が、目をキラキラさせながら私たちに顕微鏡の操作方法を説明している。ちっとも偉そうではない。

「さて、手元の顕微鏡は実はすでにピントを合わせてありますので、覗くだけで観察できます。倍率は百倍。暗い場合は反射鏡を動かしてみてください」

 教室のそこかしこで、感嘆の声が上がったので、気になって私も顕微鏡を覗きこんだ。

「おお~」

 思わず声が出た。うっすらと浮かび上がる植物の構造。見えにくいが、それは肉眼で見たものとは全く違った。

「見えている穴は植物の血管みたいなものらしい。大きい方が根から吸い上げた水が通る管で、小さい方が葉で作られた養分を通す管だ」

 すごい。顕微鏡は開発されたばかりなのに、植物の仕組みがここまで解き明かされているなんて。

「さて、次は倍率400倍に変えてみようか。レンズの組み合わせはわかるか? 計算してみてくれ。次の観察用のプレパラートは、前に置いてあるから各自取りにくるように」

「オバラ先生! 次は何を観察するんですか?」

 生徒の質問に、オバラ先生はニヤッと笑った。

「レイスウィルスを見るんだ。厳密にはウィルスではなく菌らしいんだが、面白いものが見れるぞ」

「ええ!? 腹痛起こしたりしないんですか!?」

「カバーガラスを外したら起こすかもしれん。終わったらちゃんと石鹸で手を洗えよ?」

 教室が楽しそうにざわつく。

「次はスケッチだ。レンズを組み合わせて、プレパラートをセットして、ピントを合わせてから各自手元の紙にレイスウィルスを描いてみてくれ」

 この学校は驚きの連続だ。霊体だと思われていたレイスに、実体があるなど聞いたこともない。

「なるほど方程式として考えれば良いのか。10倍と、40倍で……」

 周囲の反応を参考に、レンズを組み替える。それからプレパラートを乗せてピントを合わせる。

 のぞきこんだレンズの先で、未来が像を結んだ。
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