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第六章『学校開校』
185話 こぼれ落ちるもの
しおりを挟む「さっきルドとレットと、シーゲンの治療院に行ったんですけど、色よい返事はもらえませんでした。名乗った途端に険悪な雰囲気になったんですが、なんででしょうね?」
シーゲンの街とフロートの街はかなり近い。鉄道上を走る駅馬車を使えば、足が悪くてもすぐに往復できる。
今日から産褥熱の現場調査を始めたフィーちゃんは、シーゲンの街から戻ってくるなり、怪訝そうに報告してきた。
「あー、前に揉めたせいかも。どんなこと言われたの?」
あちらの治療院の院長と副院長が、舐めた取引を持ちかけてきて、親父が交渉をテーブルごと両断する出来事があったせいだろう。
考えてみれば、それ以降もリナが安価に冒険者を治療して顧客を奪い、最近ではフロートの街に新設された治療院とシーゲンの街の治療院は真っ向から競合している。当然うちへの融資の申し込みもなく、完全に敵対状態だ。
「子どもの使いは非常識だとかとか、孤児に何がわかるとか、人間死ぬときは死ぬとか。あとはログラム学園の悪口とか?」
最近は僕が舐められなくなってきていたので、そんなものだと油断していた。
九歳の、しかも片足が義足の孤児が、先触れもなくやってきて、出産の資料を見せろとか言い出したら、こうなってもおかしくはないだろう。
治療院は人が死ぬところでもあるので、家族からは何かと恨みを買いやすい。そんな情報を、敵対している陣営が簡単に渡すわけがない。
「ごめん。大人をつけるべきだったね」
それにしても、まさかフィーちゃんが子どもだけで行くとは思っていなかった。最近は敵が増えたので、注意しないと。
「ああいう相手だと必要かもしれませんね。とりあえず、あそこに協力してもらうのは無理と想定しておきます。産院からは情報をもらえているので、治療院へ回った分、手分けして聞き取りしてきます。シーゲンの領主府への許可取り、お願いします」
僕は前世の経験もあるから当然だけど、フィーちゃんは前世なしの九歳のはずだ。小学三年生にしては優秀すぎやしないだろうか?
「ユニィ経由でお願いしておくよ」
「あとは、王国各地への情報提供依頼ですが、代筆しておきましたので、オバラ先生と連名でサインお願いします」
「あ、うん……」
ちょっと引いてしまった。綺麗に清書された各所への依頼の手紙が、もうそろっているとか、フィーちゃんのバックには誰がいるんだろうか?
ガラスペンをインクに漬けて、複数の書類にサインしていく。すでにオバラ院長のサインは書かれている。
レイスウィルス感染症の論文は、オバラ院長の名前で書かれたものだ。今やオバラ院長は感染症の権威だから、これはとても良い手だ。協力はしてもらえるだろう。
「そういえばフィーちゃん、遊びたいとかないの?」
20通ぐらいに署名してから、執務室に持ち込んだ質素な机で何やらメモしているフィーちゃんに声をかける。
寮で生活してわかったが、フィーちゃんは授業と宿題の時間以外はずっと何か仕事をしていた。
寮では料理も、掃除も、洗濯も、下働きの孤児たちがやっている。フィーちゃんはそれを手伝ったり、その孤児らに文字を教えたり、孤児たちに下請けに出したレンズ研磨の仕上げをしたりしている。
ともかく、忙しいのだ。
「他のみんなも呼んで、何かしようか? お礼もしなきゃだし」
ギョッとして動きを止めたフィーちゃんを、黙って観察する。
「その分のお給料はもらっています。もし可能なら、コンストラクタ寮に入れなかった子にもお仕事をあげてください。見舞金を奪われた子は、服も買えないから下働きにも入れないんです」
二十秒ぐらいかかって出てきたフィーちゃんの要求は、聞き捨てならないものだった。
「ちょっと待って。読み書きできる子は大半こっちに呼んだよね? もしかして、勉強も止まってる?」
下働きに入れない子どもがいるのは予想外だった。けっこう手厚くしたつもりだったけど、まだ不十分だったらしい。
「それは……そうですね。こっちに来た子が食べ物を送っているんですけど、親がいる子のグループと抗争してるので、奪われてしまうことも多くて」
なるほど。そういう経験があるから、貴族に絡まれたり、シーゲンの治療院で険悪な雰囲気になっても『怪訝そう』なレベルで留まっていたのか。肝が太い。
この街、治安は割と良い方だと思ってた。仕事は常に人手不足で腐るほどあるはずで、労働者の羽振りも良い。
でももしかしたら、子どもはその対象外になっているのかもしれない。
いや、そもそも子どもが仕事とか、それはアリなのだろうか? 思い出されるのは、前世の産業革命時代に炭鉱で働いていた子どもの絵だ。
「その話、報告書にまとめてくれない? いや、今度実際見にいったほうが早いかな」
放置はできなさそうな気がする。
「わかりました。しかし、こんな下賤の争いに、ご領主様が介入する必要はないと思いますよ?」
「いや、今の僕は孤児のインテ―ジャだから」
窓の外の時計塔から、鐘の音が響いてくる。授業の終わりを意味する終鈴だ。
「わかりました。ではインテ―ジャ君。次は聖言神術の授業ですよ? 遅れないでくださいね」
「そうだった! スタック君と一緒に受ける約束していたんだった!」
仕事に夢中になって、時間を忘れていた。僕は次の授業に向かうために、あわてて理事長室を飛び出した。
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