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第六章『学校開校』
181話 暴走の対価
しおりを挟む訪問中の国王陛下に呼び出されたのは、開校式のあとのことだった。行ってみると義母さんとストリナと僕がいた。
コンストラクタ村に引きこもっていた義母さんは、久々に会ったせいか少しふっくらして見える。腹周りが明らかに太っているので、少し食べすぎているのかもしれない。
「ジェクティ姐さん、体調は大丈夫ですか?」
国王陛下が、なぜか緊張して義母さんに聞いている。
「もう安定してるんじゃないかしら。最近はお腹を蹴るようになったわ」
お腹を蹴る?
「え?」
妊娠ってこと?
「「「え?」」」
僕が疑問の声を上げると、逆に疑問の声が返ってくる。
「義母さん、妊娠してるの?」
「ええ。これがあるから、公都攻めに参加できなかったの。護れなくてごめんなさいね」
マジかよ。家族が増えるのか……。
「そういうわけだから、産褥熱の予防方法の確立は急務だ。今ジェクティ姐さんを失うと、下手をすると国が滅ぶ。イント、頼むぞ」
そんな気はしてたけど、義母さんもそんな重要人物なのか。大切な家族だから手を抜く気は毛頭ないけど、なんか一気にプレッシャーが増した。っていうか、出産までの時間的余裕はどれくらいあるんだろうか?
「開校式の護衛もご苦労だったな。テレース派はどこにでもいて、簡単に過激派に堕ちる者もいる。成功すると、天罰とか言い出す奴が出てきて同調者が増えるから、これからも注意してくれ」
陛下が怖いことをサラリと言う。もしやこれ、日中は護衛とカリキュラム作成、夜に研究ってことになるんじゃなかろうか。他に仙術の腕を落とさないための訓練とかも考えると、凄まじい激務になりそうな予感しかしない。
「……わかりました」
陛下に会うと、いつも厄介ごとが始まる気がする。まぁ陛下の責任というわけでもないけど。
「期待している。さて、前置きはこのくらいにして……どうしたイント? 鳩が豆投げつけられたような顔をして」
「いや、前置きだけですでにお腹いっぱいになりまして……。九歳の若輩者には少々荷が重く……」
「はっはっは。そうか、もう九歳になったのか。ちょうど同い年の娘がいるから、来年の舞踏会ではエスコートを頼む」
陛下が言っているのは、社交デビュー前の練習として開催される舞踏会でのことだ。王国中から十歳になる子どもが集められる。十二歳になるまで何度か開催されるらしいけど、絶対面白がってるよな、これ。
「残念ですが、婚約者のユニィが同い年ですので、エスコートはできません。申し訳ないです」
「子爵は妻を三人までまで持てるのだ。エスコートを二人するぐらいは構わんと思うが?」
これは絶対罠だ。厄介ごとの匂いがする。
「それはそうかもしれませんが、これ以上妻を増やすつもりもないので……」
「欲のない話だな。君の婚約者たちは若い。このままいくとまだ功績をあげるぞ? 彼女らが世襲貴族の当主になれば、彼女らも複数の伴侶を持てるようになる。そうなったら、その子はコンストラクタ家の後継にはなれんぞ?」
うぐ。どうなってんだ、この国の貴族制。
男尊女卑の気風はあまりなく、貴族家の当主は男女どちらでもなれる。そして、当主は男爵で二人、子爵で三人というふうに、伴侶を複数持てる。つまり、マイナ先生やユニィが男爵以上になった場合、僕以外の夫を持てるようになってしまう。思わず想像してしまったが、そんなのは絶対嫌だ。
そういえば二人ともすでに準男爵。すでにあと一歩のところまで来ている。
「娘もイントに会うのを楽しみにしていたのだが……」
どこまでが偶然で、どこまでが必然なんだろうか? 王族って怖い。
「僕は二人をもっと大事にしようと、今心に決めました。そんなことより陛下、本題をお願いします」
前世との文化の違いにおかしくなりそうだったので、とりあえず話題を変える。
「そうだったな。話というのは、ヴォイド師匠のことだ」
話題を変えなくても地獄、変えても地獄。クソ親父の話も聞きたくない。
「処分が決まりましたか」
義母さん、不機嫌が少しだけ声に漏れている。
「処分は謹慎で終わりだな。あとは師匠からの嘆願をどう扱うか、だったのだが……」
スカラ子爵とその家族の助命だったか。
「スカラ子爵の娘の妊娠が発覚した。娘は相手について口を閉ざしているが、師匠は認知すると言っている」
ギリッと、歯軋りの音が響く。霊力圧縮が解けて、義母さんから高濃度の霊力が溢れた。霊力に鈍感な僕でもわかるレベルで、毛穴が開いて汗が噴き出すのがわかる。
「それで?」
義母さんの声が氷点下にまで下がってる。流石の陛下も、少し汗ばんでいるようだ。
「館で娘を監禁していた者は全員師匠が斬殺してしまったから、事実関係の調査は難航している。そもそも娘本人が否定していてな。しかし、タイミング的に機会があったのも事実でな。子の父親が師匠なら、少なくとも国王として娘は処刑できない」
親父のことだから、機会があったなら手を出してると思う。また複雑な境遇の兄弟が増えると思うと、腹のあたりがズンと重くなる。
「現状師匠の家督権は停止されているので、コンストラクタ家としての判断はイントに委ねられる。イントはどうしたい?」
全員の視線が僕に向く。これは、どこからどこまでが判断の範疇だろう。丸投げされても、ぜんぜんわからぬ。
「何度も言うようですが、僕は九歳なので……」
困った時の九歳頼み。前世の考え方が全く通用しないので、本当に九歳みたいなもんだ。
「では、こちらが想定している選択肢を教えようか。まず、スカラ子爵の処刑は、娘がどうあれ避けられない。これは前提条件だ。その上で、現状を維持したいなら、密かにスカラ子爵の娘に堕胎の薬をもるという方法が選択肢の一つ目だ。師匠の子ではない可能性がある以上、無事堕胎すれば、妊娠など問題ではなくなる。家族は予定通り処刑となるだろう」
うん。こんな黒い選択肢を、九歳に選ばせるなんて正気だろうか。妊婦を前にした話題でもない。
自然と義母さんと目が合う。義母さんは、すでに怒り一色ではなくなっているようだ。
「二つ目は、師匠の子どもとして認める方法だな。この場合、コンストラクタ家の縁者として、当主以外のスカラ家の者は助命嘆願が可能になる。だが、スカラ子爵領を野放しにはできん。コンストラクタ家が助命嘆願するなら、スカラ領の監督はコンストラクタ領の役目となる」
考えてみる。
一つ目の選択肢の場合、バレて親父の逆鱗に触れてしまったら斬られてしまいそうだし、何より僕が嫌だ。
二つ目の選択肢の場合、村の戦闘要員は騎士団に徴兵されて、今は半数ほどしか残っていないのが問題になる。村や街の治安維持や、魔物肉の産業維持を考えると、これ以上は減らせない。定住冒険者は増えてはいるものの、彼らは魔物狩りに来ている荒くれ者だし。
かといって学校は開校したばかりで、新たな人材が育つにはまだ時間がかかる。
こんな人員不足状態でスカラ家を押さえつけることは不可能で、もちろん監督など無理だ。
では派閥の力を借りるというのはどうだろう? どこかの家に力を借りて……
それも即断は無理だ。いくら友好関係にあっても、うちに手を貸すメリットが他家にはない気がする。じっくり考えないと、どこかに落とし穴があるに違いない。
「ふむ。すぐ答えないか。領地と自家の現状はきちんと把握できているようだ。ではこちらとして落としどころとして考えていた案を出そうか。王家としては、これ以上の譲歩はないと考えてくれ」
しばらく黙って考えていると、陛下が口を開いた。陛下はこの後、王族専用の飛行船で王都へ帰還する予定になっている。面談もいっぱい入っているで、あまり時間はないのだろう。
「まず、イント、お前はコンストラクタ家の当主になれ。お前なら当主として充分やっていけるだろう」
「繰り返すようですけど、僕まだ九歳なんですけど……」
実権を持つ社交年齢未満の当主とか、ちょっと考えられない。というか、こんな黒い話をするところに身を置きたくない。
「お前のような九歳がいるか」
僕の反論は、陛下にピシャリと遮られた。ひどい。
「それに、僕が当主になったら、親父はどうするんです?」
ダメ親父ではあるが、家族としての情がないわけじゃない。失敗を許すのが我が家の家風だし、追放は忍びない。
「ヴォイドは単身でスカラ子爵家に入って、あちらの家を継いでもらおう。師匠は拘魂制魄を極めているので、半端な毒や神術、武器は通用しないだろう。おそらくスカラ家では暗殺など不可能なので、人質になりうる人間を連れて行かなければ問題なかろう。家族を助命することで恩も売れるだろうしな」
単身でスカラ領に放り込めって、陛下もなかなかシビアなこと言うな……。元敵対派閥ですけど。
「義母さん、どう思う?」
「私は賛成。のべつまくなしに女の子に手を出して引っ掻き回して、たまには責任を取らせるべきね。死ぬほど苦労すればいいわ」
遠い目をして、義母さんが呟く。
ダメだ。これはもうどうにもならない。僕は親父を反面教師にして、マイナ先生とユニィを大切にしよう。
「承知しました」
声を絞り出す。どうやら僕は、九歳にして子爵家の当主にならなければならないらしい。
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