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第六章『学校開校』
180話 開校式
しおりを挟む『ここに、王立ログラム学園の開校を宣言する!』
開校式、顔バレを警戒した王太子が開校挨拶を断ったので、急遽国王陛下が挨拶に立った。
おかげで校内のグラウンドには、合格した児童生徒、その親はもちろん、各地からの視察員や休暇になった建設作業員、集まった人に飲み物を売る商人まで、さまざまな人が、国王陛下を一目見ようと集まっている。
僕はその光景に、ちょっと感動していた。計画したのは僕だけど、まさかこんな大規模になるとは思っていなかった。
「ここから見ると陛下の顔が見えないんだな! 見えないのにこんなに集まるなんて、なんかすごいな!」
一緒に人ごみに紛れ込んだ王太子殿下が、拍手しながら何やら騒いでいる。顔が見えないことに興奮するとか、僕とは感動ポイントがぜんぜん違う。普段はあちら側の人なので、こちら側は新鮮なのだろう。
おかげで護衛としては大変なんだが。
「しかし、学校の名前、なんで急に変わったんだ?」
隣の学生の会話が耳に入ってくる。
平民か貴族かはわからない。制服を支給制で、街には大衆浴場が間に合ったせいだ。
服がボロボロではなくて、垢じみていなければ、平民か貴族かなど見分けがつかない。いや、厳密には香水の匂いや髪型なんかでわかったりはするが、一目で確信できるほどの違いはなくなったのではないだろうか。
「王家が本格的に支援に入ったって話だし、こっちのほうが権威がありそうだからじゃね?」
うん。それはある意味正しい。フロートの街への追加融資を受け入れた結果、出資額の比率がコンストラクタ家より王家のほうが大きくなったので、土壇場で名称を変えたのだ。
「なるほどな~。おかげで俺らもちゃんと卒業できたら箔がつくからありがたいよな」
それもある。ここが最初にできたから、自動的にこの学校がこの国の最高学府になった。それなら、今の校名のほうがわかりやすかろう。
「そうだけど、故郷の街と比べると、昼飯一食でもむちゃ高いぜ? 『マヨラー』とか名店だとは思うけど、卒業までに生活費が足りなくなりそうで不安だよ」
それは申し訳ない。確かにうちの街、最近物価がインフレしている。最近貨幣の流通量が急増しているので、多分それが原因だろう。
簡単なメカニズムだ。うちの銀行は預金に対し、塩や麦で利子を払っている。それを売れば何もしていなくても儲かるため、大富豪たちは金倉に貯めこんでいた金貨をかなりの割合で預金しはじめた。
銀行がその預金を融資に回すことで金貨が市場に放流され、今のインフレにつながっている。
そして、同時に経済の活性化が起き、うちが運営している銀行や商会の利益や、領地の税収にも如実に現れはじめていた。
王太子殿下によれば、王家の税収も跳ね上がっているらしい。好景気は王国全体に波及して、各貴族家の納税額が大きくなる。今回の出資額を見るに、王家はうちとは比較にならないほど潤っているはずだ。
他にも、『信用創造』がインフレに影響しているかもしれない。
街を作るために金貨を使うと、その金貨が預金される。その預金を原資に銀行から融資をすると、その取引先の預金がまた増える。使えば使うほど預金残高が増えていくので、どうしてもインフレが起きてしまうのだ。
「何だ知らないのか? 下宿できる寮ってのがあるらしいぜ? 宿泊費用はけっこう安いし、メシも出る。しかも学生にも仕事を斡旋してくれるんだ」
「え? お前もう申し込んだの?」
「俺はシーゲン寮ってとこに申し込んだぞ。コンストラクタ寮が良かったんだけど、人気らしいから」
「そういう話は共有しよぜ~。で、どんな仕事があるんだよ?」
「受付の近くの掲示板に貼られているの見たけど、シーゲンの街側にあるセメント工場の手伝いとか、建設現場の人足、レンズ磨きとかかな。優秀な奴だと家庭教師とかもあるって」
こちらの世界は前世とは違い、基本子どもでも働いている。親の仕事を手伝う場合もあれば、どこかの親方に弟子入りする場合もあるが、ここでは学業優先なので、冒険者ギルドを真似たシステムで自分のペースで稼げるようにしてみた。
まだ始まったばかりだけど、好感触で良かった。
「マジか。俺も申し込もう。今なら空いてるかな?」
二人は話しながら人ごみをかき分けて行ってしまった。シーゲン寮へ行くのだろう。まだ開校式の挨拶は続くのに、自由だな。
『次はログラム学園校長、ログラム王家特別顧問、元賢人ギルドギルドマスター、元侯爵、司祭。ゴート・コボル卿からのご挨拶です』
ゴート爺さん、相変わらず肩書きが長い。しかも、ログラムの賢者という異名は読まれなかったし、最後の司祭というのは聞いた事がない肩書だ。司祭は教会の階級のはずで、僕の記憶が正しければ、ゴート爺さんと教会は対立関係にあったように思うのだが。
『ほとんどの子らは、初めましてかな? 校長のゴートだ』
今日のゴート爺さんは、いつもの土下座系賢者ではない。圧倒的な賢者オーラを全身から放っているようだ。
『まずは合格おめでとう。諸君らはこのログラム学園の栄えある一期生だ。これから、いろいろなことを学び、また研究してここを巣立っていくことになる』
校長の前に、巨大な箱が運ばれてくる。
『さて、初めに君たちに言っておきたいことは、この世界に唯一の正解というものはほとんどないということだ。例えば、人間は神の加護がなければ空は飛べないという解釈だ』
箱が開放されると、色とりどりの風船が、空中に浮かんで、風に流れていく。
『これまでも、空を飛べるものはいた。しかし、それが特別なことではないということが証明されて、まだ半年が経っていない。この街に来るのに、飛行船を利用した者はたくさんいるだろう。これから、空は神の領域ではなくなる」
さらにゴート爺さんは、壇上から紙飛行機を投げる。円弧を描いて飛ぶ飛行機に、会場がどよめく。
『人間は、さまざまな方法で空を目指せるようになるだろう』
聖紋を描かれているのか、紙飛行機は旋回しながら上昇していく。
『こういった現象は、これまで力づくで否定されてきた。一部の正解を振りかざす愚か者によって、人類の進歩は千年以上も妨害され続けてきたのだ』
うん? もしかして、教会にケンカを売ろうとしている?
『君たちは既存の理論や解釈に疑問を持って欲しい。現象を正しく観察・記録し、新たな仮説を作り、それを証明していってもらいたい』
異端審問という言葉が、脳裏をチラつく。きっと話を聞いた生徒たちにも、それは伝わったはずだ。
『聖典だけが真理ではない。そして私の言葉も正しいとは限らない。神はこの世界という、聖典以上の創造物を遺している。だから正解は、世界の中にもあるはずだ。私は君たちと、君たちの中の神を信じている。学び、疑い、自らの力で未来を勝ち取って欲しい』
内乱に手を貸したテレース派は、どちらかといえば世界よりも聖典を優先する派閥だ。調べによると、僕を襲っていた連中もテレース派の差金だったそうだ。自分たちの聖典解釈から外れたものは、異端として排除してきたのだろう。
「禁断の果実を崇める異端者めっ」
突然、突風が吹いて聴衆が薙ぎ倒された。
その突風に乗って、人混みから数人の刺客が抜け出し、ゴート爺さんがいる演壇に向かって剣を抜きながら駆けていく。
ゴート爺さんの挨拶は、少々攻撃的にすぎたのかもしれない。
「やれ、インテージャ」
殿下が耳元で囁く。よくわからないけど仕方ない。僕は杖を掲げる。
「ガッ」
杖に仕込んだ『断罪の光』が、ゴート爺さんに飛びかかろうとしていた刺客を次々に狙撃していく。この距離なら、スコープなしでも外さない程度には練習してきた。
『断罪の光』が便利なのは、命中した場所で乱反射が起きるだけで、ほとんど射線が読めない点だ。
幾度かの閃光のあと、地面には大火傷を負った刺客たちが横たわっている。
ゴート爺さんは一切動じた様子を見せず、壇上から哀れな刺客たちを見下ろす。
『これが、考えることを辞めた者の末路だ。諸君らはこうならないことを祈っている。君たちに、叡智が訪れんことを!』
ワッと、歓声があがり、万雷の拍手があたりを満たす。追撃の刺客を警戒しながら、ちょっと顔が緩む。イレギュラーがあったことを含め、これはこれで良い開校式なのではなかろうか。
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