転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

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第六章『学校開校』

178話 変わった面接

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「そういえばイント師、提案してもらった時計じゃが、精度が高いものができそうじゃぞ」

 面接のために用意された部屋で、校長になるゴート爺さんが親しげに話かけてくる。前世と比べればひどく簡単なペーパーテストを2日に渡って解いて、3日目の今日が面接。
 王太子殿下の陰謀で、僕は別人として正規の手順で試験を受けている。

「ゴート校長、僕の今の名前はインテージャです。一応王太子殿下の命令で孤児のふりをしてるので、イントはやめてもらって良いですか? あと普段でも師と呼ぶのはやめてください」

「ほっほ。またおかしなことやっとるな。それも試験の一環かの?」

 ゴート爺さん、今日はグレーの髭が可愛らしいリボンで結ばれていた。とても気が散る。ローブも髪もグレーで、今日はとても賢者っぽい。

「さあどうなんでしょう? 顔が知られてないからって言ってましたけど」

 そりゃ、僕らは学校の発案者であり出資者なので、それなりに権力はある。でも試験ごときで僕らが不合格を判断する事件が起こるはずはないだろう。あくまで殿下の安全を護るための一手だ。

「殿下は相変わらずじゃの。まぁお互い忙しい身じゃしな。面接なんぞやっとるヒマはなかろ」

 押しかけ弟子のゴート爺さんが笑う。メガネまでかけていて、今日はとても知的に見える。いや、面接だと思ったからけっこう緊張して来たのに。

「いやいや、面接はちゃんとしてくださいよ。時計の調整方法は気になりますけど」

 この世界に標準的な時計があるわけではないので、1秒の長さから調整してちゃんと24時間で1日がすぎるようにしないといけない。

「今文教区画中央の時計塔で、太陽の南中を基準に時計を合わせとるよ。60秒を1分に、60分を1時間に、24時間を1日にじゃろ? 位置を微調整しとるが、もう少しかかりそうな気がするの。年レベルの精度合わせとなると、あと2年はかかりそうじゃが」

 冬至から計測を開始して、一年でどの程度時間がズレるかを確認して、翌年それをさらに微修正。まぁ2年あればそこそこの精度にはできるだろう。

「それは楽しみでんな。飛行船と羅針盤と時計、世界がひっくり返るんちゃいます?」

 面接官は中央のゴート爺さんを含めて全部で五人いる。今喋った右端にいるのが商業都市ビットのイニング氏だ。都市の偉いさんで、以前会った時は銀行の仕組みについて熱心に聞いてきた。今回は留学生たちを連れてきて、そのまま面接官をやってる。

「すいません。聞いた事がない話なのですが、時計とは何でしょうか?」

 左端のレコさんが焦った顔を見せた。親父と同年代の女性で、親父とは知り合いらしい。今はナログ共和国の役人で、フロートの街へ視察に来ていたところで面接官を依頼されたらしい。

「時間を正確に計る道具じゃの。今は天文台の過去の記録から、1日の長さを正確に割り出す微調整と、船で揺れても正確に時を計れるよう改良しているとこじゃ。これと羅針盤、水平線と星の組み合わせることで、陸地の見えない洋上でも、正確な位置が知れるようになる」

 ゴート爺さんの説明に、レコさんがガタッと立ち上がる。

「ちょっと待ってください。そんな技術が実用化されるんですか!? それはうちにも供与されるんですか?」

 レコさんは知らなかったらしい。まぁ機密指定で王都で研究されていたので当然だろうが。

「それは無理な話ちゃいますか? この技術は禁輸指定の技術やし、ビットはすでにログラム王国に恭順しとります。独立国のナログはんとは、立場がちゃいますからな」

 イニング氏は悪びれずに答える。商業都市ビットの降伏の条件は、天測航法開発へのコンストラクタ家の協力。前世でも自分の位置がわかるGPSは便利だった。船を使った貿易では、陸沿いに航海するより、一直線に行った方が圧倒的に有利なのだ。

「どういうことですか⁉︎」

「まぁ今回は共同開発ということなので、製造技術は秘匿されますが、動作原理そのものは授業内容に含まれます。カラクリが得意な技術者がいれば、ナログ共和国でも問題なく開発できるでしょう」

 右に座った宰相閣下が仲裁に入る。現国王のやり方を真似て、面接では派閥同士の牽制機構を導入した。中立の面接官が揃えられないなら、それぞれの派閥から面接官を出せば良いのだ。
 そう思って聖堂派にお願いしたら、何と宰相閣下が自ら来てしまった。

「我が国としても、海の貿易ルートも技術も複数あったほうがええねん。開発の邪魔はせえへんから」

 ビット訛りが出ている左側のおじさんが、婚約者のマイナ先生の叔父であるフォートラン伯爵だ。コンストラクタ家が所属する王族派の偉いさんで、なおかつ副宰相閣下でもある。

「ぐっ。わかりました」

 レコさんがあっさり引き下がった。もう少し反発がありそうな気もしたんだけど。

 ナログ共和国は最近まで国交のなかった半敵対国ではあったが、最近ログラム王国の元王女を娶った評議員が国の最高権力者である議長になり、戦争原因の調査でスキャンダルが次々に明らかになったことで、世論はログラム王国に対し友好的な方向に傾いてきたらしい。

 加えて、親父がナログ共和国各地の孤児院に、匿名で大量の金貨を送っていたことが明るみに出たのも、その後押しとなった。時々親父が家の金庫から数千枚規模で金貨を持ち出していたのは気づいていたが、副騎士団長としての給料も上乗せしてあちらに送っていたようだ。

 ナログに行って気づいたが、ナログで使われている金貨と、ログラムで使われている金貨は表面の刻印が違う。親父はそれを知らなかったらしく、貿易のためにログラムの金貨を手に入れたがっていた商人の調査で、金貨の出所はあっさりバレた。

 あちらのパーティで聞いた話では、需要が膨れ上がっているログラム金貨は、高値で両替されて孤児院の運営を助けているとか。親父に親を殺された孤児たちの気持ちは、複雑だろうなとは思う。

 レコさんが反発しなかった理由はわからないけど、ナログ共和国とログラム王国の関係は大幅に変わりつつある。

「天測航法を行うためには複雑な計算も必要じゃしな。航海士が育つまでには少しかかるじゃろ。計算に必要な情報はそろっとらんし、観測技術もまだまだ不十分じゃ。ナログも、人材と技術をあせらず育てるのが良いじゃろ」

「わかりました。2年以内に追いつけるよう努力します。観測等で我が国の助力が必要な場合は、いつでも声をかけてください」

 悔しそうなレコさんに、ゴート爺さんがフォローを入れてくれた。周りが大物すぎて、レコさんがちょっとかわいそうな気もする。

「ところで、ビットは先の戦場で『望遠鏡』を鹵獲して、すでに研究を始めているそうですね。あれは羅針盤と並んで、航海の安全性を上げる上で不可欠な技術です。我が国にも生産技術を一部転移していただけないでしょうか?」

 そうでもなかった。

「それは事実ですか?」

 宰相閣下がイニング氏を見る。

「いやいや、あれは便利なもんやから、誰かが研究しているかもしれへんけども、いや、別に隠していたというわけやのうて……」

 今度はイニング氏がしどろもどろになっていく。そこで僕は重要なことに気づいた。

「えーと、外交交渉ならよそでやってもらっても良いですか? 今は僕の面接の時間なんですが―――」

 前世であれば、僕は一受験生にすぎなかった。ここで取り合われている技術も、前世では教科書レベルのものにすぎない。

「どうしてこうなった。教科書の知識なんて、役に立たないはずだったんじゃー—ー」

 国の偉い人たちは、僕の前世を起源とした知識を取り合うことに夢中で、僕の呟きなど届かなかった。

 多分、前世の受験生なら、誰が転生してきても同じことができるはずなんだが。
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