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第六章『学校開校』
175話 革新前夜
しおりを挟む―――どうしてこうなった。
ショーンは、パーティ会場の柱の影で頭を抱えていた。見上げる天井は高く、シャンデリアに灯る蝋燭は異様に多い。
ここは国家の中枢たる評議会が開かれる議事堂の横、この国最高峰の迎賓館の中である。国賓をもてなすため建物で、今日も国の有力者がたくさん詰めかけていた。
―――こんなところへ招待されるとか、場違いすぎる……
場違いすぎるのは間違いないのだが、思い当たる節はあった。イントから貰ったあの許可証、実はとんでもない効力があったのだ。なにせ、フロートの街にある大半の工房に出入りできて、職人たちから詳しく話が聞けたのだから。
実はそういう意図ではなかったという可能性もあるが、書いたのはイントだ。考えた末に盗める限り技術を盗んで、あとは素知らぬ顔をするつもりだった。首都へ入る前、郊外に見覚えのある飛行船を見るまでは。
―――くそっ。首が飛んだらどうしよう。
今回の主賓はログラムの王太子殿下なのだそうだ。国交は正常化したが、一部の国民感情はログラム王国に対し敵対的。暗殺の危険はまだある。
しかも、内乱の鎮圧で活躍した兵器でもある飛行船を、訪問に使うのはかなり強引だと言わざるを得ない。やろうと思えば、この街を奇襲して、機能不全に陥らせることもできるだろう。力を見せつけるのは脅しととられる可能性もある。
それを強行したということは、無理をしててでも急いでくる必要があったということだ。停泊する船を見た瞬間、その目的が自分ではないかと、ショーンは邪推してしまった。
「オーディ・レコッド議長、ご入場!」
ショーンの不安が最高潮になったところで、場内放送が流れる。ログラム王国で普及しはじめている拡声聖紋具だろう。
入場してきたのは、この国の最高権力者だ。
ナログ共和国は議会制をとっている。議員は有力ギルドや都市の市長、軍閥、土豪の中から納税額順に選ばれ、さらにその中から投票で議長が選ばれる。
現在の議長は、就任してから2年ほどで、なんとまだ20台後半の若者だ。その後ろを歩いていたのは、議長の妻のパイラ・レコッド。ログラム王国では、現国王の妹として名が知られているが、ナログ共和国では『海賊狩り』としての印象のほうが強い。今日のドレス姿からは想像できないが、ナログ共和国内で有数の仙術士である。
その隣を歩いているのが、ショーンの母でもある護衛のアノーテ。今日は華やかなドレス型の鎧を着ていた。笑顔で、しかし油断なく周囲を見回している。
「ログラム王国王太子、スターク・ログラム殿下、ご入場!」
そして主賓が入場してきた。
「どういうことだ? 王太子殿下、護衛を連れていないぞ? 子どもが二人だけだ」
ショーンの背丈では、人垣が邪魔をして良く見えなかったが、拍手に混じる声から状況を悟る。
「肝が太いな。それだけ我が国を信用しているということか?」
―――それ、確実にコンストラクタ家の兄妹だろ。詐欺だな。
街に滞在していた時、ショーンは二人の日課になっている朝夕の訓練に混ざったことがあるが、結局ストリナには一勝もできなかった。イントはフェイントを入れると踏み込みにキレがなくなるクセがあり、良い勝負ができていたが、二人とも、そこらの兵士ならまとめて一蹴できる実力がある。
「今日は急な訪問であるにも関わらず、このような盛大な歓迎パーティを開いていただきありがとうございます」
王太子は、パーティ会場の中心までたどり着いたところで、一段高い場所に立って挨拶をはじめた。会場すべてに行き渡る声量で、明らかに声が増幅されている。出席者の何人かが聖紋具の存在に気づいたらしく、目の色が変わった。
「過去、両国は不幸な行き違いを起こしました。しかし、今や誤解は解け、両国は新たな連携の時代に入っています。一例をあげれば、私をここまで運んできた飛行船でしょう。かの飛行船は、ナログ共和国からもたらされた造船技術によって飛躍を遂げました」
パチパチとまばらな拍手が起きる。まだ会場の熱量は少ない。
「飛行船を使えば、1日でここからログラム王国の王都へ行くことも可能です。この乗り物は、両国の友好をさらに深める一助となるでしょう。その記念として、まずはナログ共和国にあの飛行船を一隻、寄贈させていただきます」
王太子が窓を指さすと、遠くの空を一隻の飛行船が空をよぎっていく。聴衆はいつの間にか釘付けだ。
「さらに、国境の街フロートに新技術へとつながる『学校』を開校し、ナログ共和国からは留学生を受け入れます」
元々予定していたことではある。しかし、その凄さがわかるのは、技術を盗み出して命の危険まで感じているショーンだけだ。
「学校で教える内容は、叡智の極み、とだけお伝えしておきましょう。その叡智を応用した技術にについては、すでにショーン商会に一部伝えていますので、この国のためにお役立ていただき、その有用性を実感いただければ幸いです」
ギラギラした視線がショーンに集まる。技術を持ち帰ったことは、母親には報告していたので、一部にはすでに知られていた。王太子はそれを責めず、逆に利用してきたわけだ。聴衆の上がったボルテージを感じて、身がすくむ。
ーーー大人コワイ!
「今後、両国の友好によって、さらなる躍進が実現することを期待しています。ありがとうございました」
ワッと歓声が上がった。
盛り上がる周囲と対照的に、ショーンは大きく息を吐き出した。これで、ショーンはログラム王国の技術を伝える立場に確定されることになる。それはそれで大変だが、産業スパイとして暗殺される恐れはなくなったはずだ。
「ショーン商会の会頭というのは、君かね?」
まだ幼いショーンは、大人ばかりの会場の中で目立った。あっという間に、挨拶の行列が出来上がる。議長の挨拶が始まったが、ショーンは名刺交換の渦に巻き込まれて、余裕を完全に失った。
◆◇◆◇
次期伯爵であるナーグ・フォートランは焦っていた。
戦後、貴族院の特別監査官として、謀反を起こした公国派貴族家を捜査しなければならず、火が出そうなほど忙しい日々を送っていた。しかし、恨みばかりを買って評価される気配はない。
それに対して、一緒にコンストラクタ領を監査した同期一の愚か者であるアモンは、コンストラクタ家の支援を受けて伯爵家の当主候補筆頭に成り上がっているし、同期一お気楽だったオーニィは王直々の使命を受けてコンストラクタ領に派遣されて、その縁なのかその兄がコンストラクタ家が考案した部隊の司令官として活躍。王太子直属の近衛騎士に取り立てられた。
アモンは最近崩壊しかけている伝統重視の古典派貴族家で、オーニィは教会の教えを重視する聖堂派。コンストラクタ家やフォートラン家が所属する王族派ではない。
にも関わらず、差は開くばかりだ。その原因は、コンストラクタ家との繋がりであるのは明らかで、しかしナーグにその恩恵は訪れなかった。
「父上! コンストラクタ家にマイナを輿入れさせるのも危険です! 婚約を解消させてしまいましょう!」
ナーグは遂に不満を父であるフォートラン伯爵に吐き出した。フォートラン伯爵がイントに出した結婚条件は、イント本人が子爵になること。その条件はもうすぐ満たされてしまう可能性が高いことも、ナーグを焦らせた。
「そんなん言うてもやな。マイナちゃんすでにイントと一緒に寝とるらしいやないか。今引き離しても、次の貰い手なんておらへんで?」
伯爵は、いつもは物静かな息子が怒鳴っていることに面食らいながら、反論する。出世の階段を駆け上がるコンストラクタ家への対応は課題だが、少なくとも足を引っ張っても解決にはならない。
「イントはまだ精通もしていないガキですよ。それで問題があるならマイナは私が娶りましょう。マイナは優秀です。彼女がいればうちの領内はもっと発展するでしょう」
ナーグの鼻息は荒い。
「なんや嫉妬か? それとも、公国派の取り調べをやりすぎて、思想が感染したか?」
「公国派は関係ありません! コンストラクタ家自体がリスクなんです! 教会を刺激したら、聖地で聖櫃を探索している聖櫃騎士団が帰って来てしまう。というか、すでに帰還を促す使者が送られているのは父上もご存知でしょう!」
聖櫃騎士団は聖地奪還のために派遣された騎士団だ。教会の教えを信奉する国々がこの半島以外からも参加している。使徒、聖人、聖騎士と呼ばれる人外の精鋭が多く所属し、兵力としては百万人以上らしい。もしそんな規模の騎士団と戦争になれば、公国派の内乱とは規模が違う動乱に発展するだろう。
ナーグ以外にも、コンストラクタ家の恩恵からはずれた家々からは、懸念の声が上がり始めている。
「やっぱり公国派が言うことを真に受けとるやないか。ちょっとは『派』の意味を考えてみぃ。聖堂派貴族は真正面からアンタム都市連邦と戦っとったやろ。教会は一枚岩やない。アリマ派は、イントの契約聖霊を調べようとしとるほどや」
ナーグは息を飲む。
「聖霊を? つまりイントが使徒であると?」
ナーグは苦々しげにつぶやいた。『使徒』は天使級の聖霊と契約した神術士に与えられる称号だ。聖典や言い伝えにあるだけではなく、現代でも十人ほどそう呼ばれる騎士たちがいる。
「せや。万学の祖と呼ばれたテレースが生まれてから千年以上。その停滞をたった半年で崩しとるんやぞ。使徒かも知れんし、そうでないかも知れんけどな。どっちにせよ、これは技術革新のチャンスや」
「しかし、使徒にしてはイントは聖霊神術を使いません。それに監査に行った際、彼らの知識の源泉はイントではなく、マイナだとこの耳で聞きました。マイナさえいれば、我が家は安泰です!」
続く反論に、フォートラン伯爵はため息を一つつくと、うなずいた。
「よっしゃわかった。ナーグも仕事、そろそろ落ち着くやろ。休職してイントが作った学校に入学してみよか。すでにあの街にフォートラン家の屋敷は確保してある。一回自分の目で確かめてこよか。この渦の中心が誰か」
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