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第六章『学校開校』
174話 王太子の才覚
しおりを挟む「イントくん! 大変だよ! うちの技術をショーン君が持ち出しちゃったみたい!」
フロートの街に到着した僕らの飛行船に、準備のために一足先に帰っていたマイナ先生が駆け込んできた。メガネのレンズが激突しそうな勢いで飛び込んできたので、受け止めようとして思いっきり転んでしまった。怪我の影響で踏ん張れない。
「あ、ごめんなさい!」
僕を巻き込んで冷静になったのか、マイナ先生が僕の上でパチクリとまばたきする。
「いや、そんなことより、何だってそんなことに?」
「そうだった! イント君が出した許可証だよ。『禁輸技術がない』工房は自由に見て回って良いって」
あー。書いたなぁ。僕らは忙しいから、ガラス技術を手取り足取り教える時間はない。だから、工房を直接見て盗んでもらおうと思って書いたのだ。
「え? もしかしてガラス工房以外も見て回ったってこと? なんで!?」
「これのせいだよ!」
マイナ先生がポケットから、見覚えのある文面のメモを取り出す。
『ショーン商会へのソーダ石灰の販売を認める。また、ショーン氏の工房入場を認める。ただし、国が定める禁輸技術のエリアをのぞく』
あ、しまった。確かにこの文面だと確かにガラス工房以外も見れる。もっと限定して書くべきだった。
「うーん。それで、どの程度漏れたの?」
「ショーン君、ヴォイド様と髪の色や瞳の色をのぞけばそっくりだし、イント君の許可証もあったから、各工房、そりゃもう丁寧に手取り足取り……。あ、でも禁輸指定を受けてるものは大丈夫」
頭が痛くなってきた。領主の一族と見なされて、技術者の人たちか伝授しちゃったか。無理もない。
「それで? ショーン兄さんはどこに?」
マイナ先生は僕の胸ぐらを掴んで、思いっきり覆いかぶさってくる。後頭部を床にぶつけられて痛い。
「わたしが気づいた時には、もう帰っちゃっててっ……。何であんな許可証書いたのよっ!」
マイナ先生はたいそうご立腹のようだ。そう言えば、人工呼吸の時も、技術漏洩気にしてたっけ。うーん、許可状一つで影響がでかい。
「何やらいちゃついているところ申し訳ないが、それはここで話しても大丈夫な話題か?」
王太子殿下が僕を見下ろして、半眼になっている。今僕はマイナ先生に馬乗りでのしかかられていた。考えてみればかなり恥ずかしい格好だ。
「え? 嘘?? 王太子殿下!?」
マイナ先生は殿下を認識していなかったらしい。そのまま固まってしまった。いつもの飛行船とは内装が違うし、普段のマイナ先生なら気づいてもおかしくないけどいくら何でもこの話を聞かれるのはまずい。
ただの望遠鏡を禁輸技術にしたぐらいだ。ナログ共和国は友好国になったとはいえ、技術の漏洩は僕の立場が悪くなる可能性がある。
「そう硬くなるな。イントは優秀な忠臣で恩人だ。手助けすることも可能だが、どうする?」
王太子殿下は後ろ盾。僕がヘマをしたら、一蓮托生で殿下の失点にもなってしまう。
「マイナ先生? とりあえずどいてもらって良い?」
殿下やその護衛騎士たちの視線も気になるので、とりあえず僕の上からどいてもらう。少し残念そうにマイナ先生は立ち上がって、僕に手を貸してくれる。
「殿下、お願いできるのであれば、ぜひ手助けを。漏洩した技術は、国から秘匿指定されていない技術のみです。どの道学校では教えることになっていました」
学校にはナログ共和国からも商業都市ビットからも生徒を受け入れる。まぁ、小学生レベルからのスタートなので、生徒が中学や高校レベルに到達するのは少し先になるだろうが。
「ふむ。では国内向けではその線で押すか。その上で、ナログ共和国には恩を売る形としたいな。ところで、今回の入学試験だが、知り合いの貴族の子息令嬢が数名、受験予定なのだが……」
言葉に詰まった。多分、交換条件で知り合いの貴族の子を優遇しろということだろう。この世界には学校がない。大半は徒弟制を取っているが、弟子に取るかは人脈による縁故で決まっている。
将来の為政者なので、何か思惑があってもおかしくはない。おかしくはないが、学校の試験に縁故を持ち込んでしまうと、今後いろいろ問題が出てしまう。
「殿下、申し訳ありませんが、知り合いを優遇せよというお話でしたら、それとわかる優遇は致しかねます。試験の目的は、授業を受けることが可能な段階か見極めるためのものです。家庭教師と違い、集団で学習する場合、ある程度の基礎力は必要になりますので」
本当は義務教育を提案したかったのだけど、教員が圧倒的に足りない。この国の専門的な学術研究機関は賢人ギルドのみで、彼らが家庭教師についた教え子たちは、貴族や商人になっていく。教師には滅多にならない。
「それは道理だな。だが、傘下の貴族に何も情報提供しないというわけにもいかん」
王太子殿下が助力してくれれば、できることは広がる。これは交換条件といったところだろうか。
かと言って、裏口入学を許すわけにはいかない。もちろん、王国貴族である僕が、王太子殿下の面子を潰せるはずもない。
「では、願書に付属している説明資料をよく読んでください、とお伝えください。そこに試験方法や目的は書かれていますので、対策はできるでしょう」
今年が初めての試験なので、過去問もない。模擬試験をやる予定もない。だから、説明資料は手厚く書いた。あの説明資料を読み込んでいるかどうかは、間違いなく明暗を分けるだろう。
「ふむ。余の願いよりも、試験の目的のほうが大事か。まぁそれもよかろう。ところで、ここからナログ共和国の首都まで、どれくらいかかる?」
王太子殿下は面白そうに笑うと、話題を変えた。
「そうですね……」
脳内にログラム王国を中心とした半島の地図を思い浮かべる。だが、縮尺が正確かわからないので、そこからだと計算できない。風向きとかも計算に入れる必要があるだろうし。
「どう思う? マイナ先生」
僕には無理だが、マイナ先生なら可能かもしれない。
「ここからログラム王国の王都までは馬車で西へ6日程度かかります。その行程が飛行船なら半日。これに対し、ナログ共和国の首都は馬車で東へ5日程度。この時期に吹くのは北風ですので、おそらく東西への移動に与える影響は同程度かと」
殿下は顔をしかめる。
「小難しいな。つまり、どういうことだ?」
聞いていると、比率で所要時間を計算したようだが、王太子殿下にはうまく伝わらなかったようだ。これは確かに、学校で勉強したほうが良いかもしれない。
「ログラムの王都よりは近いということです」
「なるほど。今日は早朝に王都を出て、昼過ぎにはフロートに到着したわけだが、これより早いと?」
「はい」
「ちなみに、ショーンとやらが街を出たのはいつだ?」
「二日前のようですね」
マイナ先生の返事に、殿下は少し考え込む。
「飛行船を浮かすのに必要な水素ガスの製造法は、禁輸指定の技術だったな?」
「はい」
「ふむ。ではその供給は独占できているな? 確か飛行船の下降時に、水素ガスは燃やして抜くのだったか?」
僕との雑談の内容を、よく覚えていらっしゃる。
確かに入港時には、水素ガスを燃やして高度を落としている。
気嚢は二重構造になっていて、内側の袋に強引に外気を流し込めば水素が圧縮されて浮力が落ちるし、気流を操作する聖紋を使えば下向きへの移動もできなくはない。が、どちらの場合も時間がかかるのだ。
「はい。その場合、再上昇のためには水素ガスの補充が必要になります」
僕は殿下の意図を悟った。殿下はマイナ先生より歳下。ようやく中学生に上がったばかりの年頃のはずだが、しっかりしすぎだろう。
「よし、では小型の飛行船を2隻、用意してくれ。一隻は急ぎ王都に報告の手紙を届けてくれ。もう一隻はナログ共和国に向かわせ、余の手紙をナログ共和国の元首に届けよ。そして、ここにある飛行船の武装を今日中にすべて外せ。一番古いもので構わない。ナログ共和国に引き渡すぞ」
飛行船の引き渡しは、国内の定期便が就航できる数がそろって以降になる予定だった。
「よろしいのですか?」
思わず聞き返すと、殿下は少し呆れた顔をした。よくよく考えれば、飛行船の引き渡しを前倒しできる権力はあるだろう。何せ王太子なのだし。
「イントよ。飛行船の設計にはナログの技術者も加わっていると言っていたではないか」
そう。現在の飛行船が短期で開発できたのは、外洋へ出ることが可能な造船技術を持っているナログ共和国の技術を取り入れたからだ。
「つまり、飛行船の建造を我が国が独占できるのは、ひとえに水素ガスの製法が秘されているからだ。我が国の意に反して飛行船が使われるのであれば、水素の提供を止めれば良いだけの話。ここは友好の象徴として、飛行船を贈ろうではないか」
なるほど。水素ガスを高く売れば、うちの儲けにもなるか。技術供与した体にすれば隣国に恩も売れるし、情報漏洩の件もうやむやにできる。
これが王族か。味方につくとすごく心強いな。
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