上 下
173 / 190
第六章『学校開校』

173話 悪だくみ

しおりを挟む

「飛行船は、まだ少し怖いな」

 空港でスターク王太子殿下が、巨大な飛行船を見上げて呟く。

 ここは王宮近く、今回の内乱で接収されたスカラ侯爵邸を改造して建設された空港である。さすが侯爵だっただけあって、それなりの間隔をあけて、飛行船を三機は係留できる広さがあった。

 本格的な空港は郊外に建設予定だが、王都は巨大で、郊外に行くには馬車でも3時間程度はかかってしまう。中心部にも空港が 必要ということで、こちらの建設が優先された。

「僕もです」

 パラシュートが破れて墜落してしまった影響は大きく、僕の足にはまだ痛みが残っていてる。歩く時には全力で身体強化が必要で、しかし霊力は骨折した場所から抜けるので杖が手放せない。ここまでのダメージを負う状況、想像しただけで背筋が寒くなる。

 だが僕はまだマシだろう。爆発に巻き込まれたところまでで、記憶が飛んでいるからだ。しかし殿下は、そんな僕を助けた。つまり落下の恐怖の中、僕のパラシュートの紐を引き、その後に自分もパラシュートを開き、最終的に負傷した僕を見た。

 きっと僕以上のトラウマになっているだろう。

 まぁ僕はクソ親父のアドリブの方がトラウマになっているが。王都の屋敷で謹慎となると、王都の存亡に関わる夫婦喧嘩が勃発しかねないので、親父には第十五騎士団の宿舎で謹慎してもらっている。

 あんなことが起きた後なのに、お願いを聞いてくれるとか、王太子はどこまで良い方なのだろうか。

「ところで殿下、開校式のためにフロートの街まで来ていただけること、ありがとうございます」

 トラウマな会話を避けて、露骨に話題を変えてみる。

「ああ、それなんだが、余も試験も受けるつもりだ」

 んん?

「えっと?」

 最初は幼年学校からと思っていたのだが、コンストラクタ村の術士の多さや、先生が発表した筆算の重要性に目をつけた国王陛下から、騎士科と行政科を前倒しするように依頼された。

「将来、家臣の言うことを理解できないのは、王として話にならないだろう?」

 王太子の言葉に、ちょっと感動する。思い返してみれば、その昔うちの村の監査に来たアモンさんは、文字を読むのすら部下任せだった。高貴な血筋は労働しない、というような思想も残る中、きちんと勉強しようとする姿勢は素晴らしいと思う。

 が、責任が重大すぎる。僕ですら何度も襲われてるのに、王太子とかもっと襲われそうだ。護衛のことを何も考えてなかった。『右衛士』という称号までもらっておいて、護衛できませんでしたというのでは話にならない。
 
「しかし、護衛もなしに授業を受けるのはいかがなものかと……」

 大人しく家庭教師で満足して欲しいところだが……

「イントもそうだが、我らは同年代に顔が知られていない。言わなければわからないと思わないか?」

 なるほど。それはそうかもしれないが、この人、実は悪い人だったんだな。随分と嬉しそうに言う。

「しかし、学校には平民も在籍しています。御身に万が一があれば……」

 戦災孤児などにも教育を行う予定なので、割と荒れている生徒もいるかもしれない。僕が心配していると、飛行船に取り付けられた昇降用のタラップを上りながら、殿下は肩をすくめる。

「学校の門には騎士団から衛兵を派遣しよう。余、いや私も一介の生徒に負けるような訓練はしていないつもりだし、イントも護ってくれるのだろう?」

「いや、しかし……」

 守りたいが、見ての通りの足だし、自信はまったくない。

 タラップの上では、待ち受けていた顔見知りの騎士が、殿下のために扉を開けた。

「ふむ。良い船だ」

 戦時中に急造した飛行船の内装は、ろくにヤスリがけもされていない木材でできていて、素手でこするとトゲが刺さった。
 この船は、王族用の専用船として、内装をやり直した船だ。内装はかなり貴族の屋敷に近くなっていて、窓も二枚のガラスの間に透明なスライムの皮を挟んだ特注品である。並の神術なら弾くし、シーピュの矢や『断罪の光』でも一撃までなら防ぐヤーマン親方自慢の逸品だ。

「船内異常はありません!」

 王太子府付きの騎士たちが船内確認から戻ってくる。彼らは身辺護衛のプロで、事前確認は過剰なほどだ。学校でこれをやったら確実にバレる。

「ご苦労。引き続き頼む」

 王太子は、操縦席が見える位置の座席に座り、僕を隣の席に手招きした。

「さてイント卿、まずは我々の偽名から考えようか。こういう陰謀は、何だかワクワクするな」


◆◇◆◇


「それで、謹慎中のヴォイド卿の処分はどうされるおつもりで?」

 王宮の執務室では、いつもの二人が話し込んでいた。王国の中枢の判断は、この二人の雑談から始まる。

「それなんだがな。あの家は師匠はもちろん、ジェクティにイントにストリナまで、尋常ではない功績を上げ続けている」

 筋骨隆々の国王と、小太りな宰相。10年近く施政を共にした二人は、慣れた様子で苦笑をかわし合う。

「そうですね。見合った報奨を与えれば嫉妬の対象になり、与えなければ信賞必罰をしない王と見なされます。バランスを欠けばまた国が乱れかねません」

 国王は深くうなずく。

「しかも、教皇と対立しかけている今、彼らがいなくなったらこの国は亡びる。ならば、ここらで家を本格的に分割してしまうのはどうだ?」

 宰相は深いため息を一つついた。

「何をいまさら。元々そのつもりでしょう?」

 宰相はあきれ顔だ。

「わかるか?」

 国王は、なぜか得意げだ。この二人の意見が一致した施策は、だいたいうまくいく。それを経験上知っていたからだ。

「何年一緒にやってきたとお思いか。この戦争で、公国派と古典派が派閥として機能しなくなった。貴族たちの暴走を防ぐ牽制機構として、新たな派閥を起こす気でしょう? また王太子派とでも名付けますか?」

 国王は得意げに鼻を鳴らす。

「それはそうなんだが、その中で師匠をどう扱うかだ。師匠は戦争の英雄。謹慎を続けさせることも軍事上のリスクになる。だから、このまま師匠をコンストラクタ子爵家から外し、スカラ子爵家を継がせるのが良いのではないかと思っているんだ」

 国王の提案に、宰相はすぐには答えず、黙って焼き菓子を口に放り込んだ。ゆっくりと咀嚼して、用意された紅茶で口の中のものを腹に流し込む。

「なるほど。ヴォイド卿の父は、スカラ子爵家の跡継ぎ争いに敗れて国外逃亡しているとか。失踪記録を整理すれば、正式な跡継ぎとして擁立することは法的に可能でしょう。しかし、その方法は危険な前例となりかねませんよ?」

 十分に吟味してから、宰相はため息と共に言葉を吐き出した。貴族にとって、家は重要なものだ。王の一存で当主が簡単に変えられると思われれば、貴族の心は離れてしまう。

「わかっているさ。ジャワ攻防戦の報告書は読んでいるだろう? 今回師匠が自分の出自を掴んだキッカケは、救出したスカラ子爵家の娘からだ。では、いつ、どうやって彼女とそんな話をしたと思う? そしてスカラ子爵家の存続なんて話を、どうして家族や我々に相談なくあの場で始めたと思う?」

 宰相は話を聞いて、頭を抱えた。

「それは、まさか、また悪い癖が」

 さほど外観に気を配っておらず、普段の服装もこだわってはいないが、それでもヴォイドは美男である。かつては、それなりの浮名も流していた。
 結婚して以降は治っていたが、ここに来て再発した可能性がある。

「だが、今回はちょうど良いかもしれないな。スカラ子爵本人からも、服毒と家族の助命の嘆願が出ている。本人を助けることは王としてできないが、思うところはあるし、あれだけ見事に戦ったジャワの防衛力は惜しい」

「ジェクティ卿にとっては、複雑な沙汰となりますね」

「あれほど怒っていたしな。重要な時期だから、体調を崩さないようにしてもらいたいところだが。今姐さんが産褥熱で亡くなったりしたら、国が滅ぶかもしれん」

 ログラム王国は、9年前にヴォイド、ジェクティに並ぶ戦力を失っている。その妹ならば、同じ原因で亡くなりかねない。

「産褥熱ですか。それで亡くなる女性は多いですし、ならばそちらをイントに解決させますか?」

「それが可能なら面白いな。産婆ギルドには勅命を入れておこう」

 この王国の中枢の判断は、いつもこの二人の雑談から始まるーーー
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~

楠富 つかさ
ファンタジー
 地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。  そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。  できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!! 第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!

なんか黄金とかいう馬鹿みたいなスキルを得たのでダラダラ欲望のままに金稼いで人生を楽しもうと思う

ちょす氏
ファンタジー
 今の時代においてもっとも平凡な大学生の一人の俺。 卒業を間近に控え、周りの学生たちは冒険者としてのキャリアを選ぶ中、俺の夢はただひとつ、「悠々自適な生活」を送ること。 金も欲しいし、時間も欲しい。 程々に働いて程々に寝る……そんな生活だ。 しかし、それも容易ではなかった。100年前の事件によって。 そのせいで現代の世界は冒険者が主役の時代となっていた。 ある日、半ば興味本位で冒険者登録をしてみた俺は、予想外のスキル「黄金」を手に入れる。 「はぁ?」 俺が望んだのは平和な日常を送るためだが!? 悠々自適な生活とは程遠い、忙しない日々を送ることになる。

元チート大賢者の転生幼女物語

こずえ
ファンタジー
(※不定期更新なので、毎回忘れた頃に更新すると思います。) とある孤児院で私は暮らしていた。 ある日、いつものように孤児院の畑に水を撒き、孤児院の中で掃除をしていた。 そして、そんないつも通りの日々を過ごすはずだった私は目が覚めると前世の記憶を思い出していた。 「あれ?私って…」 そんな前世で最強だった小さな少女の気ままな冒険のお話である。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

クラス召喚に巻き込まれてしまいました…… ~隣のクラスがクラス召喚されたけど俺は別のクラスなのでお呼びじゃないみたいです~

はなとすず
ファンタジー
俺は佐藤 響(さとう ひびき)だ。今年、高校一年になって高校生活を楽しんでいる。 俺が通う高校はクラスが4クラスある。俺はその中で2組だ。高校には仲のいい友達もいないしもしかしたらこのままボッチかもしれない……コミュニケーション能力ゼロだからな。 ある日の昼休み……高校で事は起こった。 俺はたまたま、隣のクラス…1組に行くと突然教室の床に白く光る模様が現れ、その場にいた1組の生徒とたまたま教室にいた俺は異世界に召喚されてしまった。 しかも、召喚した人のは1組だけで違うクラスの俺はお呼びじゃないらしい。だから俺は、一人で異世界を旅することにした。 ……この物語は一人旅を楽しむ俺の物語……のはずなんだけどなぁ……色々、トラブルに巻き込まれながら俺は異世界生活を謳歌します!

葬送神器 ~クラスメイトから無能と呼ばれた俺が、母国を救う英雄になるまでの物語~

音の中
ファンタジー
【簡単な章の説明】 第一章:不遇→覚醒→修行 第二章:信頼出来る仲間との出会い 第三章:怪に殺された女の子との出会い 第四章︰クラン設立と合同パーティ 第五章:ダンジョン『嚥獄』ダイブ 【あらすじ】 初めて日国に魔獣が目撃されてから30年が経過した。 その当時を知る人は「あの時は本当に地獄だった」と言っているが、今の日国にはそんな悲壮感は漂っていていない。 それは25年前に設立された『ハンター協会』により、魔獣を狩るハンターという職業が出来たからだ。 ハンターという職業は、15年連続で男女問わず『大人になったらやりたい職業』のトップを飾るくらい人気で、多くの人たちがハンターに憧れている。 それはこの物語の主人公、神楽詩庵にとっても例外ではなかった。 高校生になった詩庵は、同じ高校に進んだ幼馴染との楽しい学園生活や、トップランクのハンターになって活躍できると信じていた。 しかし、現実は―― 中学まで仲良かった幼馴染からは無視され、パーティを組んだ元メンバーからは無能と呼ばれてしまうように。 更には理不尽な力を持つナニカに殺されて何も達成できないまま詩庵は死んでしまった。 これは、神楽詩庵が死んでからトップランクのハンターになり、日国を救うまでの物語だ。 ※タグの性描写有りは保険です ※8話目から主人公が覚醒していきます 【注意】 この小説には、死の描写があります。 苦手な方は避けた方が良いかもです……。 苦手な描写が唐突に来るとキツイですもんね……。

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。 彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。 ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。 彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。 これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。 ※カクヨムにも投稿しています

処理中です...