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第五章『開戦』
167話 国王の仕事
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「三日前、ジャワの街が陥落したとのことです」
公都にある自邸で開かれたパーティの最中、プリーク・スカラ侯爵は連れてきた執事に耳打ちされた。
「ふむ、一ヶ月か。さすがスカラの血族。期待以上だったな」
レイ・スカラ子爵は侯爵のハトコにあたる貴族だ。侯爵の印象は、目立った功績もなく、さりとて失点もない、地味な親戚である。
籠城戦を命じ、勝手に降伏しないよう監視役を置いたものの、期待はまったくしていなかった。
「レイ子爵は捕虜になったようです」
勝利したらいち早く解放してやらねばなるまい。優秀な人材は貴重だ。
侯爵は笑顔を崩さず、皮算用を再開する。
枢機卿からは、半年耐えれば、聖地に送り出した神の軍が戻ってくると聞いていた。現時点で、公都までの防衛拠点はあと三つ。これまで落とされた拠点と同じペースで計算すれば、あと二ヶ月は時間を稼げるだろう。
そしてこの公都。公国最大の兵力を擁し、防備も完璧な都市なので、籠城すれば半年は戦える。問題は半年で援軍が来なかった場合だが、例え一ヶ月や二ヶ月遅れても、我々の勝利は揺るがない。
「侯爵閣下、何かありましたかな?」
不安げな顔をして、門閥貴族の子爵が近寄ってくる。王都から一緒に避難した子飼いの貴族だ。
「ああ、ジャワの街が陥落したとか」
「おお、それはお悔やみ申し上げる」
「ありがとう。生き残った親族は、厚く遇さなければなりませんな」
もしも全滅していれば、次男か三女あたりに継がせれば良かろう。血族の領地であれば、誰も文句は言うまい。
「ところで、お耳に入れておきたいことが」
酒で少し紅潮した頬を引き締めて、子爵が耳打ちしてくる。
「実は、次の都市を守る領主は、うちの一族なのですが、いまだ包囲されていないそうなのです。もしや、都市を無視して進軍したのではないかと……」
「まだ包囲されておらず、報告も入ってきているのなら、偵察も出せるはず。ご一族からの報告に、その結果はなかったのですかな?」
プリーク侯爵は、落胆を隠さない。西の貴族はもう百年以上主体となって戦争していないから仕方ないが、こうも中途半端な対応をされるとイラついてしまう。
「は? いやしかしーーー」
「み、皆さま! すぐに避難を! 敵襲でぎゃああ」
剣を抜いた執事がホールに駆け込んできて、後ろから何者かに斬られて倒れる。
「おお。いるじゃないか。取り逃したネズミどもがうじゃうじゃと」
身長ほどもある長剣を担いで、悠々と現れたのは、筋骨隆々の大男だった。
「な……ファンク・ログラム……どう、して……」
敵地へたった一人で現れた国王に、列席していた貴族たちの反応は三種類に分かれた。護身用の短剣を抜いて立ち向かおうとする者と、その場から逃げようとする者、そしてその場に崩れ落ちる者だ。
「はっはっは。その顔が見たかったぞ」
反応した護衛と貴族は、間合いに踏み込むことすら許されず、長剣の一振りでまとめて胴を両断された。
「な……伸びた!?」
国王が手にした剣は、再びグニャリと形を変え、今度は空中に聖紋を描く。
「今死ぬか、叛逆者として裁かれるか、選べ」
集まってきた護衛兵が、弓を構えようとしたところで、国王が聖紋を拳で貫く。
侯爵の身辺を護衛兵の装備は最高級だ。遠距離から簡単に貫けるようでは、鎧の意味がない。
「ぎゃあ」
侯爵の信頼は、目の前で裏切られた。護衛兵は間抜けな声とともに、聖紋から放たれた水で肩を射抜かれ、きりもみしながら吹き飛んで行った。
「ば、バカな、バカな、バカな! 城門で戦闘はなかったはずだ!」
一度は崩れ落ちていたプリーク侯爵は、急に立ち上がって駆け出した。邸内で激しく戦闘が繰り広げられているのが、ここにいてもわかる。しかし、侯爵には何も理解できない。
侯爵はホールのテラスまで走り抜き、そこで主君の城が一部吹き飛ぶのを目撃した。
「なんだ! なんなんだこれは!」
城を飾る細い尖塔が、中程から折れて落下していく。
籠城戦で時間を稼ぐ。その目論見が、目の前で城とともに崩れていく。
立ち尽くす侯爵は、突然滑空してきた人影に蹴り倒されて、気を失った。
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