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第五章『開戦』
166話 公都奇襲
しおりを挟む三日前、僕らは城塞都市ジャワを半日で陥落させた。
僕らの戦果は、街の門を開かせたことだ。だが、僕個人でいえば、安全地帯の飛行船から、地上を狙撃していただけ。
いつも今回ぐらい安全な任務なら、ちょうど良いのだけど。
そして門が開いてしまえば、後はトントン拍子だった。今回の戦死者は、門の守備兵数百名と、領主別邸にいた公爵の私兵が百名ほどだけだ。味方側は負傷者がでたものの、死者はでていない。
詳しくは知らないが、先に街に潜入していた親父が、領主の別邸を単身襲撃し、中にいた領主の家族を捕らえたのをキッカケに、領主のレイ・スカラ子爵は降伏したらしい。
騎兵を率いて街に突入してきた国王陛下が、領主邸の前に捕らえた家族を並べたところで、素直に投降してきたのだそうだ。
きっと家族想いの良い領主だったのだろう。うちの親父とは大違いだ。
「よし、天船と熱気球に特級戦力を全員乗せろ。公都を奇襲する」
そして、その日のうちに謁見した国王陛下の第一声がこれだ。飛行船から降りてくる時に、連絡用の熱気球を見せてしまったのがまずかった。
飛行船は降下のために一度ガスを抜いてしまうと、再び浮上できるようになるまで時間がかかる。だから、地上との連絡用に熱気球を積んでいた。
この気球、聖霊が見えるようになる聖紋布の技術を一部使い、自力で移動できる。ここから公都はそれほど離れていないので、気球でもすぐいける。それも使って、公都を少数精鋭で奇襲しようというのが、陛下の指示だった。
「こんな兵力で大丈夫かな」
それから死ぬほど忙しい2日を乗り切って、ようやく公都上空まできた。飛行船のデッキに新たに作った狙撃席から、真下に向けられたスコープをのぞき込む。
市場は賑わっていて、公都はまだ平穏そのものだ。
すでに飛猿降下隊は、降下を始めている。しかし、飛行船の高度が高くなったこと、聖紋神術での推進に切り替えて騒音がほとんどなくなったこともあり、まだ誰も気づいていないようだ。
「さて、目標はと……」
地図と眼下の街を見比べて、作戦目標を特定していく。
「プリーク・スカラ侯爵邸がここ、ログラム公爵邸がここね」
雲歩で潜入した親父殿の情報通り、侯爵邸の周辺には高級そうな馬車が集まっている。パーティが開かれているらしく異様に警備兵の数が多い。
公爵邸のほうは規模的にほとんど城で、上空から警備状況はうかがえない。
僕も参謀たちの作戦立案に巻き込まれたので、作戦は熟知している。
「補給の飛行船を投入できたのは運が良かったけど、焼け石に水なのよな」
飛猿方式の降下は、二日では習得できない。だから新しく参加する人の大部分はパラシュート降下方式で降下する。飛行船八隻と熱気球十六機、総勢三百五十名の小規模奇襲攻撃だ。
「お、はじまった」
二箇所から、ほぼ同時に土煙があがる。先鋒は『雲歩』が使える仙術士による一撃である。スカラ侯爵邸には国王陛下、ログラム公爵邸にはシーゲンおじさんと親父とストリナが向かったはずだ。
「重力加速槍、投下!」
次鋒は飛行船からの槍投下である。フロートの村から、飛行船二隻分の補給を受けたので、槍の残弾が回復したのだ。
着弾を観測する前に、飛猿隊が戦闘に参加するのが見えた。上空から大規模神術が炸裂して、侯爵邸の停車場にあった馬車が、まとめて吹っ飛ぶ。
「おー早い」
スコープ内で、護衛の兵士が杖を構えたのが見える。支援の護法神術士だろうか。息をとめて、揺れに合わせて引き金を引く。
まったく同時に、スコープの中の護法神術士が痙攣して倒れる。
「うん。チートだ」
僕が持っているのは、元々敵が使っていた『断罪の光』を改良したものだ。核になっているのは、もう絶滅したと言われる光竜の魔石である。
オバラ先生からプレゼントされた珍しい魔石のセットの中に、たまたま光竜の魔石があったので、『断罪の光』を再現してみたのだ。
この魔石、霊力と太陽光をチャージすることで、強力なレーザーを放てるという性質がある。放物線を描く矢などと違い、光は直進するので、スコープで照準を合わるだけで正確な狙撃ができる。もちろん光なので、ほとんど透明な護法結界なら、威力をたもったまま透過できる。
さらに、僕は叡智の天使から『灯り』の力も与えられているので、霊力の続く限り弾切れがない。
味方を護法神術で支援する術士や詠唱をしている術士を特定して、軽やかに引き金を引いていく。スコープがあれば放出は一瞬で良いので、ほとんど消耗がない。
「そろそろ良いかな?」
公爵邸では、降下予定ポイントの弓兵排除が半分ぐらい終わっていた。僕は連絡員にハンドサインで指示をだす。
「パラシュート降下部隊! 降下開始!」
パラシュート部隊に参加したのは、全員聖紋神術が使えるメンバーだ。自由落下の後、パラシュートを開き、縫い込まれた聖紋で着陸地点まで向かう。
「よっしゃ、いくぞ!」
デッキからパラシュート部隊が次々に飛び降りていく。
「ご武運を! いってらっしゃい!」
降りていく兵に声をかけつつ、再びスコープをのぞいた。兵士が飛び降りた影響で、船の揺れが収まっておらず、精密な狙撃ができない。
「さてさて、なら次善の策といきますか」
『断罪の光』は、もともと街を一撃で滅ぼす光竜のブレスと同等のものだ。威力は、数本あれば第十三騎士団を、楽に壊滅させられるほど。
威力を狙撃モードから、最大解放に切り替えて、公爵邸の兵舎を薙ぎ払う。
少しだけ手元が狂って、公爵邸の屋根や尖塔も一緒に吹き飛んだ。花崗岩はブレスでもそう簡単に破壊できないはずなので、あの塔は飾りだったのだろうか。
「アチチ」
砲身になっている筒から、陽炎とともに火傷しそうな熱気があがってきて、我に返る。
「誘爆の危険があるから、休憩しなきゃ」
フロートの街では、義母さんの神術を使わないメッキ技術が実用段階に入った。メッキの際に出る水銀蒸気を、冷却して回収する設備が複数の工房で稼働を開始したからだ。
この技術があれば、筒の内側をミスリルメッキすることも簡単なのだが、それでもこんなに熱くなる。飛行船の水素に引火したら大変なことになるので、このあたりが限界だろう。
眼下では、パラシュートの花がいくつも咲いた。そのままスルスルと移動を開始し、僕が攻撃で破壊した公爵邸の屋根部分に降りていく。
「援護射撃はこれで充分かな?」
「ジャワの攻略戦でも思ったが、イント卿のそれはすさまじいな」
僕が起き上がって水を飲みだしたのを見て、スターク殿下が声をかけてきた。この飛行船団の指揮をとる名目で同乗しているが、指揮も何も、作戦中飛行船は上空で待機しているだけだ。
仕事は、外壁からの援軍が動き出したら、重力加速槍で動きを妨害することだけ。
国王陛下と王太子殿下が同時に戦死したら国が終わりかねないのだが、なんでわざわざ来る必要があったのだろうか。下っ端の僕が気にするようなことではないかもしれないが。
「大出力で使うと、発熱して連続使用できないのが課題なんですよね」
魔石に霊力を込め、あわせて光もチャージする。ミスリルメッキのおかげで、性能も連続使用時間も向上したが、全力のブレスモードはすぐに使えなくなる。
出力を絞った狙撃モードの援護射撃なら、肩がこるまではいけそうだけど。
「冷やすのなら、水をかけたら良いのではないか?」
「あー熱膨張と収縮の関係か、筒が割れたりメッキがはがれたりするんですよ。まだ試験してないですけど、多分危ないです」
「熱膨張? 良く分からないが、そういうものか?」
筒の周りがまだ陽炎のように揺らめいているので、狙撃再開を諦めてデッキの縁から眼下を望遠鏡で覗く。
侯爵邸の庭や停車場には、そこかしこに死体が転がっている。なぜ死体とわかるかと言えば、首や胴が両断されているのが望遠鏡越しでもわかるからだ。
「無残ですね」
作戦は、滞ることなく、順調に推移していく。空飛ぶ魔物の対策はされているはずなのだが、上空から槍の穂先を落とすだけで簡単に無効化できてしまった。
「まぁ、これでも街の住人ごと巻き込んでいないだけ、マシなんだそうだ」
確かに。都市丸ごとの籠城戦は被害が大きそうだ。
「こういうの、早く終わると良いですね」
スターク殿下と王宮ではじめて会った際、王宮で公国派の決起の話を聞いた。その時は襲われなかったが、街ではその後義母さんが出るレベルの大規模な騒乱が起きたらしい。
ここに来る途中に立ち寄った王都を上空から見ると、瓦礫と化していた区画があった。きっと死人も出ていただろう。
だから今も、王都には義母さんが残っていて、治安維持にあたっている。
「そうだな。国が乱れるとたくさん死ぬからな」
戦争は良くないと、前世の先生も言っていた。ここから戦場を見ていると、それがとても良く分かる。
「あ、ちょっと冷めてそうですね。狙撃に戻ります」
僕が援護しないと、誰か死ぬかもしれない。それは村の顔見知りかもしれないし、僕の家族かもしれない。
「ああ、頼む」
僕は再びデッキに寝そべって、狙撃を再開した。こちらの兵力は敵の百分の一以下。まだまだ予断は許されない―――
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