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第五章『開戦』

160話 無自覚仕事中毒

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 王都から馬車で約2週間。除雪された街道を進み、ようやく見えてきたフロートの街は、遠目から見ても発展していた。

 街の壁が高くなったのはもちろん、ところどころにそそり立つ煙突からはモクモクと煙が吐き出されていて、街の活気が目に見える。

 しかし何よりの違いは、戦場でしか見かけないような使役された魔物が、連結したコンテナ馬車を引いている姿だ。

「連結して引かせるなんて、かなり無理してない?」

 ログラム王国は内陸の国で、国土のほとんどは山地だ。この辺りも山間の盆地ではあるのだが、高低差がないわけではない。いくら魔物でも、さすがにあれだけ連結して運ぶのは辛いだろう。

「イント君が言ってた鉄道を敷いたからね。あれ、すごく軽く荷物を運べるから、連結してもいけるわ」

 馬車鉄道か。前世でも文明開化頃はあったと教科書に載っていたっけ。鉄道の仕組みを説明しただけで、ここまで作るとは驚きだ。

「フロートの街とシーゲンの街は鉄道で結ばれているのです。お陰でシーゲンの街からフロートの街に、毎朝安全に出勤できるようになって、シーゲンの街から失業者がいなくなったのです」

 ユニィも嬉しそうに補足してくる。フロートの街へは銀行の資金が惜しげもなく投下されているので、仕事はたくさんあるだろう。

「工事中なのは?」

 フロートの街から、峠へ向かう道にも、移動式のクレーンが見える。雪をかぶったままで、何か工事しているようだ。

「あれはコンストラクタ村の方向へ伸ばしてるの。いずれは『死の谷』とも繋ごうと思ってるんだけどね。まだあんまり工事が進んでないみたい」

 メモレベルで説明した内容が、どんどん現実になっている。コンストラクタ村と街が繋がれば、木材や魔物素材、塩が大量輸送できるようになるので、フロートの街も村もさらに発展するだろう。

「シーゲンの街からは『黄泉の穴』と繋ぐ鉄道工事が始まっていて、直接石灰岩をフロートの街に出荷できるようにする予定なのです」

 ユニィはやたら嬉しそうだが、その計画は初耳だ。銀行の出資なしに、必要な資金はどう調達しているのだろうか?

「うん。やっぱりとんでもないね」

 二人から街づくりの成果をいろいろと聞いている間に、僕らの馬車は街の門をくぐっていた。
 僕らは領主の一族なので、ここまで同行した隊商の馬車とは入り口が違う。スムーズに街の中に入ることができた。

 街に入ると、まだ建物はまばらだった。しかし、道だけは完成していて、王都のものより馬車2台分ほど広い。端と中央には街路樹の苗木が点々と植えられていて、その横には鉄道のレールが並行して敷かれている。

 中心部に近づくと、白い石灰岩でできた建物が整然と立ち並んでいるのが見えてきた。広い整地されたグラウンドもいくつかある。

「あれが学校区画になるところだよ。今は小学校と、中学校の騎士コースと文官コースの校舎ができたところ。内装まですんでるのは小学校だけだけど」

 僕らの馬車は、工事の音がする校舎や寮の横を抜け、さらに進む。

「ちなみに役場街と領主館は計画通り街の中央だから。館はまだ未完成だけど、一応住めるよ」

 新しい家というのは、なんでこうワクワクするのだろう。

「それは楽しみだなぁ」

 街としての機能はまだまだだが、大規模な工事が行われている区画には屋台が並ぶ。窓を開けると、焼ける肉やスープの匂いがただよってきた。
 自分が紙に書いた計画が次々に実現して、どんどん人々が集まって、ここでみんな生活している。考えてみれば不思議な話だ。

「あ、あれシーピュさんとリナちゃんだ」

 偵察のために先行していたシーピュと、街が見えた瞬間かっとんでいったストリナが、屋台の一つで何かを買っていた。
 二人がこちらに気がついたので、馬車を停めてもらう。

「フロートの街じゃマヨネーズと骨出汁のスープがブームらしいですぜ! 美味しそうだから買ってきやした」

 そろそろ干し肉を水で戻した塩味のキツイやつと旅行用の硬いパンは飽きていたところに、こんな匂いを嗅いでしまったらもうたまらない。

「おお、ありがとう」

 帰還一食めは、屋台料理。貴族らしくはないけど、僕ららしいだろう。

「わたしもいっしょにたべる!」

 二人が持ってきてくれた食事は、わりとしっかりした麻袋に入っていた。
 中をのぞくとちゃんと底板が入っていて、四人分の食事が入っている。シーピュは別の袋を抱えて、御者台へ向かう。多分あれは御者と自分の分だろう。

 再び動き出した馬車の中で、僕は袋の中から葉っぱに包まれた棒状の何かを取り出す。

「うわ、あっつあつ」

 葉っぱをほどいてみると、薄焼きのシート状のパン、前世風に言うとクレープにくるまれた何かが出てきた。頬張ってみると、柔らかい鶏のモモ肉のようなジューシーな旨みが口いっぱいに広がる。ソースはマヨネーズの味だ。

「ホントにマヨネーズが使われてるんだね」

「これ、労働者の食事場所がなかったから、オーニィさんがはじめたらしいわ。イント君が教えたんじゃないの?」

 記憶を探るが、マヨネーズのレシピを教えた記憶はない。監査に来た時に提供して、お土産にも渡したけど、それだけだ。

「いや、オーニィさんには教えてないね。でも、跳鳥の卵を出荷してほしいと言われていたっけ」

 マヨネーズを最初に作ったのは、石鹸を作ろうとしていた時だ。水と油が混ざらないことはこちらでも知られていたので、鹸化の事例として実演してみせ、一時村でブームになった。

 ちなみに製法は、村人と国王陛下ぐらいにしか知らせていない。多分村人から広がったのだろう。

「まぁ、秘密ってわけでもないし、美味しいから良いんじゃない?」

「そうだね。それにしても、オーニィさんって、商才もあったんだねー」

 儲かってそうなら融資の対象にしたらどうかと一瞬考えたが、魔物である跳鳥の卵は貴重品なので、原料不足でこれ以上規模を大きくできない。
 この街だけでなら、ギリギリなんとかできそうだが、それぐらいならパイソン家の力でなんとかできるだろう。彼女、貴族院とうちと、両方から給料を貰ってるからお金持ちだろうし。

「多分マニアなだけだと思うよ。あの方、マヨネーズに対するこだわりが異常だから」

 この世界にもマヨラーが生まれてしまったか。

「スープもおいしいよ」

 ストリナが木のお椀からスープを飲んでいる。白濁したスープで、屋台あたりに漂っていた美味しそうな匂いの大元だろう。
 
「このスープも、前にイント君が言ってたやつだよね。『旨味』だっけ。出汁の概念は画期的だわ」

 僕もお椀の蓋をはずして、一口飲んでみる。出汁として、いろんな骨を混ぜたのだろう。複雑な旨みが、塩味でまとめられている。これは確かに美味しい。

「うん。人間は塩辛い、酸っぱい、甘い、苦い、そして旨いの五種類の味を舌で感じ取れるんだ。骨を煮たら出てくるのは、そのうちの旨味だね」

「辛い、が足りてないんじゃない?」

「アレは痛みと同じ仕組みで感じる味らしいよ」

「へー。で、それはどの科目の話?」

「家庭科と生物かなぁ」

「生物って何なのです?」

 マイナ先生と話していると、ユニィが口をはさんでくる。

「あっちでは6年小学校やって3年中学校をやって、その次に3年高校に行くんだけど、その高校でやる科目だよ。今作ってる教科書の範囲で言うと、理科の高度版ってとこかな」

 ユニィには、前世の記憶が戻ったことや、聖霊から教科書という名の『叡智の書』を与えられた話をしたので、いろんなことを気楽に話せるようになった。もし結婚したら誤魔化しきる自信はないし、良い機会だったのだろう。

「ちなみにイー君、他にも調理関係の知識があったりするのです? 例えば長期間腐らない保存食の作り方とか」

 ユニィが、思いついたように聞いてくる。腐らない方法か。しばらく考えて、授業でやったことを思い出した。

「あー。腐敗の原因って、目に見えない生き物の菌なんだけど、高温とか低温には弱いんだよ。ほら、うちが作った感染症予防マニュアルで、感染者の衣類や寝具を煮沸洗浄するよう書いてあったでしょ? あれも仕組みは同じで、つまり滅菌した状態で密閉して新しい菌が入らないようにしたら、かなり長期保存が可能になると思う」

 ピタリ、とマイナ先生とユニィの動きが止まる。

「ちなみに、今こちらにあるもので実現できる?」

 一瞬の停止期間のあと、先に戻って来たのはマイナ先生だった。思い当たるものは色々ある。

「考えられるのは、缶詰か瓶詰だけど、溶錬水晶でなら出来るかも?」

 問題は蓋の密閉をどうするか、かな。

「マイナ先生の言う意味がようやくわかったのです。イー君を野放しにすると、何をしでかすかわからないのです」

 ユニィもため息をつく。え? 僕、今なんかおかしなこと言いました?
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