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第五章『開戦』

159話 ユニィの要求

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 王国内の主要街道は、王都を中心に整備されている。今回の戦争が始まるまでは、アンタム都市連邦方面との交易が盛んだったため、西側の街道ばかり整備され、東側へ向かう街道は整備が遅れていた。

「寝れないよー」

 路上の凸凹が、西側の道よりダイレクトにお尻に響く。あまりのお尻の痛さに、隣のマイナ先生の膝の上に崩れ落ちる。

「馬車、揺れすぎじゃない?」

 話しかけたが、返事がない。マイナ先生を見上げると、揺れる車内で器用に眠りについていた。

「マイナ先生もずっと無理をしていたのです。寝かせてあげるのです」

 膝枕状態の僕を、向かいから半眼で睨んでくるのはユニィだ。

「だよね~。僕らはがんばりすぎた」

 この3日間は本当に大変だった。

 初日は、パール子爵家に聖紋布を買いに行き、帰りに市場を巡って店頭で売られているスライムの皮や水銀を買い占めた。

 二日目は、ゴート爺さんに振り子の原理を、バネ振り子も含めて説明した。こちらも勅命なので、おろそかにはできない。驚くべきことに、なぜかコイル型のバネはここでは普及していなかったらしく、根掘り葉掘り聞かれたので、方位磁石の磁針に着磁するために作ったコイルの余りで実演しておいた。
 その後は王都の下水道技師との意見交換だ。今後、下水の浄化やゴミ処理でスライムを使えるかどうかは、飛行船量産のカギにもなる。街の設計変更が必要になるので、技師さんにも早めにフロートの街に来てもらう必要があるだろう。

 三日目は、義母さんに会って、聖紋を紙に書いてもらった。摂理神術で風の流れを作るものから、反作用部分を削ったものらしい。うまくいけばプロペラも不要になるだろう。
 それからハーディさんの隊商に混じって、馬車で領地に向けて出発した。

「せめて夜はちゃんと寝るのです。イー君とマイナ先生の寝室が一緒って話は聞いていたのですけど、あんなことやってるとは思わなかったのです。寝室に呼ばれたから覚悟していたのに、拍子抜けなのです」

 先生は夜更けにちゃんと部屋に帰っているはずだけど、そういう噂が立っているのか。
 それにしても、ユニィは何を覚悟していたのだろう。いや、前世は高校生なので、わからないわけではないが、僕らはまだ子どもだ。

「いや、忙しくて夜しか時間とれなくてさ」

 マイナ先生の教科書に対するこだわりは強い。領地にいた時も、夜は小学一年生から順に教科書のレクチャーをさせられた。こんな初歩的なところ必要か? とも思ったけど、マイナ先生は貧欲だった。
 だから、教えたり教えてもらったりして、疲れたらそのまま寝る。そんな生活を送ってきた。

「人をもっと雇って、昼間にちゃんと時間を作るのです。さすがに毎晩は巻き込まれたくないのです」

「いや、ホントに感謝してるよ。ユニィが手紙をチェックしてくれたから、教科書の原稿が間に合ったんだし」

 僕らが教科書の翻訳作業をしている横で、ユニィも仕事を手伝ってくれた。えらく可愛らしい寝巻きだったので、すごく申し訳なかったけれども。

「あの仕事、本来は家令のお仕事なのです」

 ユニィがやってくれたのは、外部からの手紙チェックと返事の文面指示、あとは王都屋敷の使用人たちの論功行賞についてだった。冬を前に、使用人に功績に合わせたボーナスを出すのが王都の慣例だったらしい。

「うちにはパッケがいるしなぁ」

「パッケさんは領地守ってるのです。王都の屋敷にもう一人必要なのです」

 確かに。論功行賞で王都の屋敷の使用人を全員把握したが、オーニィさんと一緒に貴族院から派遣されてきた二人が多大な貢献をしていて、なんとか回っている状態らしい。
 もちろんこの二人は家令にできないし、かといって他の使用人たちせいぜい読み書き計算と最低限の礼儀作法ぐらいの技能しかなさそうだった。

「ところで、あの聖紋布を使って、二人で見てた本ーーー」
「おにいちゃん!」
「ひっ」

 ユニィが何か言おうとしたところで、ストリナがすごい勢いで馬車に入り込んできた。走っている馬車の扉を開けて、入り口に足をかけている。
 それだけでも異様な光景だったが、それに加えてストリナは全身血に染まっていた。

 敵襲か?

「そらからみてたら、まものがいたからたおしたよ! これおみやげ!」

 ユニィはまだ生暖かい、茶色い魔石を渡してくる。多分魔狼のもので、五匹分ぐらいはあるだろうか。

「こらリナ、返り血浴びたらダメでしょ! あと死体はちゃんと埋めた? アンデット化したら、旅人さんに迷惑になるからね」

「あ、わすれてたー! ちょっとうめてくる。ついでにみずあびも!」

「道に迷わないように気をつけて! 強い魔物が出たら逃げてくるんだよ!」

「わかったー」

 そのまま、空中を蹴ってどこかへ駆け去っていく。しばらく屋敷に閉じこもっていたから、好き勝手できる外が楽しいのだろう。
 このあたりは王都の近くで、比較的安全な領域だ。魔狼などほとんどいないはずの場所で、わざわざ見つけ出して殺すとか、ストリナの将来がちょっと心配だ。

「さて。じゃあ寝ようかな?」

 受け取った魔石を麻袋に放り込み、再び横になろうとすると、向かいの席のユニィが横にズレた。

「マイナ先生はお休み中なのです。こっちへ来るのです」

 マイナ先生と比べると小さな太ももを、ポンポンと叩く。最近ユニィからのスキンシップの要求が強くなってきた気がする。

 僕は素直に席をユニィのほうにうつし、パタリと倒れる。ちょっと硬いけど、高さはちょうどいい。
 寝ようとすると、ユニィに顔を両手で挟まれて、顔をのぞきこまれた。

「じゃ、あの本について、詳しく教えてね。マイナ先生だけしか知らないのは、悔しいから」

 まさかの罠。僕が眠れるのは、もう少し先になりそうだーーー
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