転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

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第五章『開戦』

157話 進む懐柔

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「これは……王太子殿下もご愛用されているコンストラクタ家の溶錬水晶のペンですか。しかも5本も。素晴らしいものをありがとうございます」

 僕らはほとんど待つことなく、第一応接室に通された。即座に現れたリシャス様に挨拶がてらに手土産を渡したのだが、なぜかリシャス様の顔は引きつっている。

「ええ。溶錬水晶のペンというのは少し長いので、うちではガラスペンと呼んでいます」

 相当気になるのだろう。さっきから、視線はチラチラとユニィの方へ向いていた。そのユニィはといえば、僕にピッタリくっついて座っている。もっと小さかった頃をのぞけば、家でもこんなにベタベタしたことはない気がする。

「まだ出荷は始まっていない品ですが、画期的な品で、贈り物に重宝しますよ」

 僕が続けると、リシャス様にの視線がこちらに向いた。

「なるほど贈り物。五本もあるのはそういう意味ですか」

 いや、五本あるのは、耐久性がまだわからないからだけど、何か勘違いされたような気もする。

「ははは。そんなところです。しかし、今日は良かったのですか? 急に来たのに、会っていただいて」

「いやいや、我々がこうしていられるのも、イント殿とストリナ殿のおかげ。恩人に足を運んでいただいたのに、会わないなどということはありませんよ」

 亡くなったパール伯爵は、将軍だったシーゲン子爵の指示を無視して先陣を切り、敗北して騎士団を壊滅させた。リシャス様の父は副騎士団長の立場なので、生きていれば罰せられただろう。そしてその責任は、この家にも及ぶ。

 だが、リシャス様はそこで終わらなかった。リシャス様は決闘で僕に負けた罰として、たまたま一兵卒として従軍していたのだが、貴族の血を最大限に活用して騎士団の指揮権を掌握。『断罪の光』を前に大混乱に陥った騎士たちをまとめて、撤退戦を成功させたのだ。

 その後、疲れを癒すために王都へ帰還するよう命令されていたが、こっそり陣地の塹壕掘りに参加。その最中に奇襲を受け、飛行船から降下した僕らに救われた。

「あの後、リシャス様は敵の奇襲を二度も防いだとか。あの混戦の最中に、味方が崩れては我々も無事ではすまなかったでしょう。助けられたのは我々も同じですよ」

 リシャス様の背後には、家令が二人もいる。いかつい顔をしていたが、僕が賛辞を送ると、少し表情がやわらいだ。

「我々は陛下からの御沙汰を待つ身。そう言っていただけるのは本当に幸いです」

 実際、リシャス様が罰せられる可能性は、いかほどだろうか。僕はないと思っているが、もしあったら減刑を嘆願しよう。

「ところで、我がパール子爵家は、コンストラクタ男爵家に謝罪せねばならないことがーーー」
「若様! それはなりません!」

 リシャス様が何か言おうとして、家令があわてて口を挟んできた。

「黙れ」

 リシャス様は、気迫をみなぎらせてピシャリと家令を黙らせる。

「失礼しました。謝罪というのは、以前王都でイント殿やマイナ殿がならず者に襲われたことについてです」

 家令が黙ったのを見届けて、リシャス様がこちらを向く。

「僕らは何度か襲われていますが、どれのことでしょうか?」

 治安が悪いのか、恨みを買っているのか、繰り返し襲われている。何だったら昨日も襲われたぐらいだ。

「何度も襲われているのに、馬車もなしにここにこられたのですか……」

 言われてみれば確かに。ユニィはそこそこ強くなったけど、マイナ先生もいるし、今度からは気をつけよう。

「うちは武門なので、脅しには屈しないよう父から教えられています」

 とは言え、強がっておかないと親父が怒る。

「な、なるほど」

「それで、どの襲撃の話ですか?」

「イント殿が私とユニィ、殿と平民街で会った後の話です。二人組のならず者を投げたでしょう」

 それは覚えている。ヤーマン親方と初めて会った日のことだ。

「覚えています」

「あの時のならず者、実は当家の手の者なのです」

 その可能性もあるなとは思っていた。しかし、それを正直に話すとは、どういう風の吹き回しだろう?

「おや、今さらどうしてそんなことを?」

「あれは元々私がたくらんだことなのです。ユニィ殿があまりにイント殿を褒めるので、イント殿に解決できなかった相手を、私が叩きのめしたら、少しは私のことを見直すのではないかと」

 うん。それはやめろ。もうやめろ。

「ところが、イント殿はやすやすと倒してしまった。その後については、先日、父の遺した書類で知りましたが、面目を潰されたならず者が、徒党を組んでイント殿を襲ったとか」

「ええ。父の助けもあり、撃退することができましたが……」

「ご迷惑をおかけして、大変申し訳ありませんでした」

「あ、ちなみに、そのならず者の王都内の拠点は、すべてヴォイド様とジェクティ様がその日のうちに焼き払ったらしいわ。襲撃の証拠も揃っていたので無礼討ちとして処理されたらしいけど、一人も殺さずに組織ごと壊滅させたのはすごいって叔父上が驚いてたわ」

 マイナ先生が補足を入れてくれる。

「そうなんです。我が家へ繋がる証拠ごと焼き払っていただいたようで、我が家へのお咎めはなかったのですが」

 そんなことになっていたのか。良く考えると、舐められることを極度に嫌う親父が、あいつらを放置することは考えにくかったかもしれない。

「なるほど。まぁ、元はと言えば、婚約者の前でユニィが僕のことを褒めすぎたのが原因のようですし、お気持ちはわかります」

 そういえば、当時はボロカスに言われるリシャス様に同情していたんだったっけ。僕も気をつけないとやばいかもしれない。

「イー君!?」

 不満そうなユニィが思いっきり太ももをつねってくるが、僕は平静をよそおう。

「過ぎたことです。お互い、もう気にするのはなしにしましょう」

 組織が壊滅して、パール子爵家の当主も死んだ以上、これ以上僕が狙われる心配はない。
 親父も失敗から再起した人だし、リシャス様が再起できるなら、それはそれだろう。

「寛大な言葉、ありがとうございます。いずれ、我が家が立ち直った折には、このご恩は必ずお返します」

 左右の家令の顔色が赤くなったり青くなったり、くるくる変わって忙しい。

「恩を返すと言うなら、一門から僕らを狙う不届者を出さないようにお願いしますね。昨日もパール伯爵邸の前で、前伯爵の家臣の方に囲まれまして」

 右の家令の顔色が青くなった。

「イント殿、パール一門の身で差し出がましいことを言うようですが、うちに来られる際は護衛をつけたほうが良かったのではないですか?」

 リシャス様の忠告に、苦笑いを返す。

「それもそうなんですが、我が家は人材不足なのですよ」

 もうすぐシーピュは近衛騎士団の教官で行っちゃうし。

「なるほど。もし我が家で不届き者が出るようなことがあれば、自由に斬り捨てていただいて構いません。ところで、当家へ来られた御用向きは何でしょうか?」

 ひとしきり雑談に花を咲かせてしまった。

「そうでした。シーゲン子爵家は聖霊を見ることができる聖紋布をお持ちとか。十分な対価をお支払いしますので、当家にお譲りいただけないでしょうか?」

「確かにありますが、なぜ聖紋布を?」

 しまった。自称天使さんの話は、外部に話してはいけないんだった。なんて言おうか。

「イー君は、シーゲン子爵家を支援するつもりなのです」

 ガタっと、右側の家令が音をたてる。無表情をたもってはいるが、汗びっしょりだ。

「そうか。ユニィ殿にはあの布を見せたことがあったね。君なら当家の状況ぐらいわかってしまうか」

 きっと婚約者時代に、いろいろ勉強したのだろう。いつか当主を補佐するために。
 あれ、でも、そんな話聞いたことないけど。

「戦死者への補償はできているのです?」

 リシャス様は渋い顔をする。

「いや、売れる物は順次売ってるけど、追いつきそうもないね。あの布を買ってくれるなら、願ってもない話だね」

 リシャス様は、僕をまっすぐ見つめてくる。値段はいくらにしたら良いだろうか。相場を全然しらない。

「そこまで知っているなら、値段はユニィに任せるよ」

 お願いだ。僕のお小遣いで足りる額であってくれ。

「いいのです? じゃあ、シーゲン子爵領から出兵して戦死した兵一人につき金貨2枚と考えて、金貨五千枚にしたいのです」

 ごふっ。思っていたより高い。うちの王都屋敷が金貨一万枚、改修費用が金貨五千枚であることを思えば、布一枚に五千枚は高すぎる。

「うん。妥当だと思うわ。いいんじゃないかしら」

 マイナ先生まで同意してくる。天使がらみに結び付けられないよう、支援にかこつけているのは理解できるので、僕に選択肢はない。

「リシャス様もそれで良いですか?」

 まぁ親父も勝手に金貨五千枚持ち出してたし、ここまでお膳立てされてしまうと仕方ない。義母さんには、親父と一緒にしめられそうだけど、後で謝ろう。

「も、もちろんです。それだけあれば―――」

 どうやらリシャス様は足りるらしい。僕はまだあといくつか買わなければならないものがあるので、多分足りない。

 貴族って怖い。
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