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第五章『開戦』
149話 小さなブレイクスルー
しおりを挟む翌日は朝から大忙しだった。
日が昇ると同時に、眠い目をこすりながら字が書ける執事やメイドを集めて手紙の返事の指示、その後呼び出したヤーマン親方に箱とガラスペンの磨き直しをお願いする。
朝ご飯を食べる暇はなかった。その後すぐに昨日連絡があったパーティ用の服が届いたからだ。服と一緒に服飾ギルドの職人さんたちまで手配されていて、その場でサイズ調整が始まってしまった。
サイズ調整をしてもらいながら、職人さんたちと話したところ、彼女らの馬車は、朝からの渋滞のせいでうちに近づけず、途中から荷物を手で運んできたらしい。
とんでもなく迷惑な話だ。ご近所からうちに苦情がこないのが不思議でならない。
なので、昼からは渋滞の解消に勤しんだ。うちの紋章入りの服を着せた屋敷の執事に、渋滞中の馬車を回って手紙を集めさせ、返事を取りに来ていた人には用意しておいた返事を配らせた。
僕はと言えば、昼食替わりのパンと干し肉をかじりながら集められた手紙を読み、返事を指示して、たまに直接返事を書いて、それで一日が終わる。
「つまんない」
日課になった夕方の訓練、ストリナはちょっとむくれていた。この屋敷には今、ストリナの訓練相手になりそうな人間が僕しかいない。
いつもなら誰か護衛につけて、冒険者ギルドなり治療院の手伝いなりに行っているのだが、護衛できそうな人がいない上に上に騒ぎが大きくなりすぎて、外へ出かけられなくなったのだ。
多分暇だったのだろう。
「わかった。じゃあ今日の訓練は制限なしでやろうか」
僕がそう言うと、ストリナの機嫌は一気に良くなった。
「え? いいの? やったぁ!」
うちの練習用の防具は地竜の皮鎧だし、武器も木製だ。仙術で強化すれば、お互い死にはしないだろう。
「いや、死ぬような攻撃はやめてね?」
やっぱり不安だ。今日はヘルメットまでかぶろう。
「せいげんなしっていったもん」
うん、これは死ぬかもしれない。
「ーーーーッ」
何の合図もなく、定番の開幕『縮地』が始まった。いつものようにさばこうと横に飛んだら、飛ぶ斬撃が追尾してきた。
「何でっ」
『金行飛刃』は金属でないと使えないはずの技だ。親父ぐらいになると木剣でも使えるらしいが、難易度は桁外れのはずーーー
思考が追いつかず、僕は直撃を受けて吹っ飛んだ。さすがに本物の剣でやるより切れ味は悪く、防具でどうにかなった。
「まだだよ」
ストリナは井戸の横に着地すると、水の入った桶に手を突っ込んだ。水が形を保ったまま、桶から引き抜かれる。そのまま『縮地』で姿が消えた。
「ナニソレッ」
雑な認識だが、ああやって操作してちゃんと武器になるのは水銀やアマルガムぐらいのものだ。
「どこだ?」
それきり、ストリナの気配が消える。
仙術の習得は封身仙術から始まる。その基礎となるのが、拘魂制魄という魂魄強化技術だ。平たく言うと、魂は霊力のことで、魄は肉体のことだと言われてる。
拘魂制魄というのは、普通なら拡散される霊力を肉体に封じることで、外部からの干渉を防ぎ、いろいろな能力を高めることができる術だ。
それは首から上も例外ではない。
「ハッ!」
タイミングを合わせて手甲の金属鋲から衝撃波を放つ。『金行衝波』を放つための金属は何でも良いので、別に武器からである必要はない。
「キャ!」
動体視力と脳を強化すれば、ストリナの『縮地』だって見切れる。衝撃波はこちらへ飛来していた『金行飛刃』の軌道を変え、そのままストリナに襲い掛かった。
距離があるので、威力はまったくないが、牽制ぐらいにはなっただろう。
戦場はトラウマ満載で二度と行きたくないけど、あえてメリットをあげるとするなら、仙術の呼吸を常にできるようになったことだろう。いつ奇襲が来るかわからない場所だったので、常にやっていたら癖になった。
仙術は霊力を蓄える量が多ければ多いほど強くなるので、他の仕事をしている間でも、霊力を高めていける。
さすがにまだ寝ている間は維持できないので、朝には元に戻る。なので、僕は今ぐらいの時間帯が一番強い。
「おにいちゃん、やっぱりちょっとかわった」
ストリナの後退にあわせて、今度はこちらから踏み込んで打ち込んでいく。視界の隅に、村の出身者が屋敷の窓に鈴なりになっているのが見える。見ていて面白いものでもなかろうに。
「どこがっ!?」
ストリナに隙が見えたのでそこを突いたが、やっぱり偽物の隙で、反撃が飛んでくる。想定済みだったので、それにさらに反撃を合わせる。
「かわしにくい」
ガキン、と木剣が護法結界に阻まれる。そういえば聖霊と契約していたっけか。
「じゃ、あたらしいのいくよー」
ストリナの手の中に、茶色く濁った水の玉ができている。これは見たことのない技だ。
慌てて飛び退くが、ストリナに追撃されて至近距離まで踏み込まれる。見たことのない技だったせいで間合いが分からず、少しだけ反応が遅れた。
その夜、僕が最後に聞いた音は、ズドン、という鈍い音で———
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