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第五章『開戦』
146話 騒動の後始末と銀行融資の始め方
しおりを挟む「すまなかった」
アモンさんが屋敷から出てきて頭を下げたのは、家人たちが気力を失ってすぐのことだった。それなりの数の野次馬が集まっている前で、家人たちを部下に捕縛させていく。
僕もそうだが、アモンさんもこの半年でかなり変わった。アモンさんは、うちのクソ親父に斬られる前提で送り出されてきたのだ。捨て駒として扱った家に対して、恨みはかなり深い。
厳しい顔で、周囲を睥睨している。
「いえいえ。さほどの腕ではなかったですし、この程度なら問題ないですよ」
僕が答えると、アモンさんは複雑そうな顔をした。
「さほどの腕ではない、か。うちが没落するわけだ」
いやアモンさん、執事や庭師、メイドなんかに何を求めているのか。明らかに非戦闘員だろうに。
「ところで、話って何だったんです?」
無駄な時間を使ってしまった。次の予定もある。この話し合いは、短く終わらせたい。
「私がパール家を継ぐために、イント殿に協力いただこうかと思っていたのですが、その目的はもう果たされたようだ。ご協力感謝する」
再度アモンさんが頭を下げる。衆目がある中、子どもの僕に何度も頭を下げて大丈夫なのだろうか?
「目的が果たされた? 僕が来るまでもなかったということですか?」
「いやいや、この者たちをしりぞけてくれただけで充分という意味だ。三男の兄は昔の私と負けず劣らずの愚物だからな。当主代理として、この襲撃を主導するぐらいはやっているだろう」
ん? またよくわからない。
「どうしてそんなことがわかるんですか?」
アモンさんは少し驚き、そして苦笑いした。
「まぁ、責任というのはそういうものなのだよ。ちなみに、今のイント殿であれば、うちの家を取り潰すことが可能だが、それはしないでもらいたい」
この世界は治安が悪いので、暗殺、襲撃、誘拐まで何でもあり。日常茶飯事と言って良い。
「伯爵家がこんな程度で取り潰せるわけないじゃないですか。あ、でも今日の犯人たち、面倒だからもう二度と僕の前に現れないようにしてくださいね」
「承知した。奴らが二度とイント殿の前に現れないよう、手配しよう」
一瞬、そんなことが本当に可能なのかという疑問がよぎったが、言葉にせず飲み込んだ。
◆◇◆◇
その後、パール伯爵邸前の停車場は物々しい雰囲気に包まれた。
あの場を離れた御者が、衛兵の詰所や第十五騎士団の司令部に事件の報告を回したため、凄まじい人数の援軍が続々と到着してしまったのだ。被害者だった僕は、各方面に事情と、アモンさんが無関係であることを説明して回らねばならなかった。
「それで、この時間になったと?」
ここは冒険者ギルドの王都本部の応接室で、向かいには副ギルドマスターのモモさんが座っている。何故か目が座っているような気がしないでもない。
「すいません……」
しばし、僕を睨むように見た後、モモさんはフッと雰囲気を和らげた。
「キミはオーブさんの忘れ形見なんだから、死んじゃダメだよ」
懐かしむような砕けた口調。母さんと仲が良かったからだろう。
「はい。もっともっと訓練して、死なないようにします」
さっき馬車で考えていたことがある。僕がたびたび襲われているのは、こちらの世界の治安が悪いからだと思っていたが、もしかしたら僕やコンストラクタ家が恨まれたり妬まれたりしているからかもしれない。
事業も軌道に乗ってきたので、今後はもっと妬まれる可能性があるだろう。となると、襲われる回数も増えるかもしれない。考えるとゾッとした。
面倒だけど、やっぱり訓練は必須だ。
「そういうところは親子ね。がんばってね」
今どっちと比較したのだろう。親父だろうか。それとも母さん?
「じゃあ依頼の報告をしましょうか。国内の塩田開発は、調査で開発可能と判断した十カ所すべて終了したわ。予定通り、銀行からの融資を受けて、領主かその一族を運営主体にできたわ。砦の増築が必要な場所もあるけれど、あとは領主側に任せても大丈夫ね」
モモさんは、あっさり依頼した仕事の報告に入った。もう少し話を聞きたかったけど、頭を切り替える。
塩田開発の融資は金貨や銀貨で行われるが、その利子は塩で支払われる契約だ。アモンさんと宰相閣下が開発した塩田からは、すでに利子の支払いが始まっていたが、他の八箇所からも支払いが始まれば、電気分解工房への塩の供給がさらに安定するだろう。生産量が増えれば、いろいろと出来る事も増えていくはずだ。
「それで、コンストラクタ領は利子で得た塩を売却していないようだけど、何に使ってるのかしら?」
モモさん、受付嬢から本部の副ギルドマスターまで叩き上げで出世しただけあって、中々に鋭い。
塩水を電気分解すると、水酸化ナトリウムと塩素ガスと水素ガスに分かれる。それを素材として製品を作り、高値で売りさばいているので、塩はフロートの街で消えるように見えるだろう。
ちなみに水酸化ナトリウムは、石鹸や紙の原料として使われる。量産できるようになった石鹸は今や爆発的に売れていて、さらにターナ先生がいろいろ研究してバリエーションが増えた。紙も、植物を腐らせる工程が不要になって、生産速度がみるみる向上したらしい。
塩素は消石灰の粉末にそのまま吸着させて、さらし粉にする。これは消毒薬や紙や布の漂白剤として使われている。辞書で調べたら、ドイツではカルキと呼ばれているらしく、臭いは学校のプールで嗅いだアレだ。
水素ガスは、飛行系の魔物の妨害用に浮かべられる風船や、飛行船に注入されるガスとしてそのまま利用されている。その他、戦場への行き帰りで化学を教えたヤーマン親方からは、酸化鉄である鉄鉱石を溶かす際に水素ガスを注入すれば、炭だけを使うより効率的に酸素を奪えるのではないかと提案されている。高炉にも興味を持っているので、実験は帰ってからする予定だ。
「言えませんね。コンストラクタ家の秘伝なので」
まぁ、同じレベルの情報を商業都市ビットが把握していたぐらいだ。モモさんが本気になったらすぐにバレそうな気はするが、とりあえず伏せておく。
「でしょうね。まぁ今日の本題はそれではないのだけど」
そう言って、手書きの紙束を目の前に置いてきた。一瞬、キレイに磨かれた爪に意識を持っていかれかけたが、すぐに紙束に視線を戻す。
紙束の表紙には『銀行とログラム王国ギルド協会との業務提携について』とある。
「これは?」
ちょっと気になるタイトルだ。ログラム王国ギルド協会というのは、冒険者ギルドはもちろん、行商人ギルドや賢人ギルドなども所属する協会のことだ。
今銀行の預金残高は右肩上がりに急上昇しているが、人手が足りなくて銀行の融資にまで手が回っていない。
そこは悩んでいた部分だったので、是非とも話を聞きたい。
「各ギルドには、盗難にあった際に全財産を失わないための預り金制度があるの。まずその制度を改定して、各ギルドの支部に銀行の支店としての機能も与えたらどうかって」
ふむ。となるとさらに残高が膨れ上がることになる。
「で、各都市の支部間でも送金できるようにしてね。今そちらの銀行ではフロートの街とシーゲンの街と王都の間は送金できるようにしてるよね?」
確かに、今はハーディさんの商会についでに書類を運んでもらっているけど、いずれは定期便の飛行船で連携できるようにしたい。
「今は少し時間がかかりますけど、できますね。でも、それだと僕らに旨味はない気がするんです。送金に手数料を取るという手も使えますけど、やっぱり融資して利子を取らないと……」
「ええもちろん。そういう意味でも、ギルド員に対して、ギルドほど適切に融資の審査ができる組織はないと思いますよ?」
そういえばそうだ。例えばハーディさんは行商人ギルド所属だが、もしギルドから融資を受けていたら、うちの支援を受けるまでもなく事業を拡大できていただろう。
「なるほど。この企画書、協会にはどの程度まで根回しを?」
「副ギルドマスターの会議で、承認をうけてる段階ね。条件を見直したら、また話をしにいかないといけないけど」
ということは、教会側も本気か。
「この企画書は持って帰って目を通させてもらっても?」
「ええ。もしもその企画を採用してくれるなら、ギルド協会から銀行に出向する人員も用意できるわ。その中には私も含まれているから」
んー? それはとっても魅力的。モモさんの有能さは製塩所の開発で証明されているし、協力を得られるならすごく心強い。
「前向きに考えさせてもらいますね」
こういう話を相談するなら、オーニィさんとハーディさんなんだろうけど、今どこにいるだろう。
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