転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

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第五章『開戦』

137話 道徳不在の世界

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 塹壕の中から、敵陣をのぞく。

 前線にはズラッと敵兵が並び、こちらの突撃を妨害する木柵が並べられていた。

「坊ちゃん、これ、成功すると思いますかい?」

 隣で同じようにのぞいていたシーピュが、情けない声で聞いてくる。雷竜狩りの立役者が、えらく気弱になったものだ。

「これはちょっと予想外だけど、やるしかないんじゃないかな」

 本陣への奇襲に成功して、敵軍は混乱の只中にある、と思っていたが、ここの敵兵力は徐々に増強されていて、雰囲気も落ち着き払っている。すでに兵数差だけなら圧倒的で、つけ入るスキはなさそうだ。

「でも、あの中に、お館様クラスの化け物がたくさんいるんですぜ……」

 嫌なこと言うなぁ。
 数だけでなく、質まで上回られたら、僕らに勝ち目はない。そして、最強戦力の一角である親父殿が苦戦していたのは、元聖騎士長である。噂レベルだが、教皇領ルップルには、守護聖人や使徒と呼ばれるとんでもない戦力がいるとかなんとか。そんなのが出て来れば、僕らでは対応しきれない。

「僕らの狙いは『断罪の光』だけだよ。あれさえなくなれば、塹壕戦など不要だし」

 そんな中で、『断罪の光』が配備された部隊が1箇所に固まっていているのは、不幸中の幸いと言えるだろう。
 しかも、前方は大きく開いている。『断罪の光』の威力に絶対的な自信があるのか、単に射線を確保するためか、ともかく、チャンスはある。

「あれ、本当に効果あるんですかね? みんな不安がってますぜ?」

 そんなことを言われても、実物で試すことはできなかったから仕方ない。かくいう僕も同じ不安を感じているほどなのだから。

「そういうのは、もっと小声で言おうか。僕が先頭行くから、ダメだったら塹壕に戻れば良いよ」

 どっかできいたセリフだなと思いつつ、キリキリと痛くなる胃を撫でる。理屈ではいけそうとは思っているものの、いけなかったら死ぬ。自分の命をチップにしたギャンブルは嫌だ。

「そこは一緒にいかせてもらいやすけどね」

「じゃあお願い」

 手が勝手に装備を確認を始める。ストレスを感じた時の癖みたいなものだ。

 前世で言うところの脇差が一本、投げナイフが八本、背中に弓、矢筒が2セット、手に槍が一本。鎧の紐はちゃんと結ばれていて、籠手は左だけ重い。
 ここまではいつものフル装備だが、今回はさらに大楯を装備している。さほど分厚くないが、これが今回の要だ。

「お? お館様が動きやしたね」

 計画通りに、堂々と空中に親父殿が姿を現す。早速、『断罪の光』が親父を狙う。だが、照準は甘いようだ。遠くの米粒のような人間を狙うのは難しいからだろう。一旦近くに適当に撃って、一度外したところから照準を補正してくる。

 親父はそのタイミングで、ピンポイントにミスリルアマルガムを展開して防いでいるようだ。そしてアマルガムを幕状に展開したまま、ゆっくりと空中を歩き出す。

「来たな! 今日こそ地獄に落としてくれる!」

 兜で顔は良く見えないが、親父を迎撃するために、一人の騎士が口上を叫びながら上空に上がっていく。予定通りだ。

「よし、敵の斉射を確認。護法結界発動! 密集陣形! 突撃するよ!」

 僕が先頭になって、塹壕から大楯を掲げて飛び出す。
 僕についてくる兵士は五十人ほど。大半が村から来た顔見知りだ。見回すと、案外みんな不敵な顔をしている。びびっているのは、僕とシーピュぐらいのものだったらしい。

 次の瞬間、透き通った護法結界を突き抜けて、光の柱が僕に集中してくる。

 しかし、盾には何の衝撃もない。

「調整っと」

 若干の罪悪感を感じつつ、盾の角度を調整する。

「ぐあああっつ」

 次の瞬間、最前列の敵兵が悲鳴をあげた。

「よし、仮説通り! いけるぞ」

 おそらく、これぐらいの仮説なら、前世で義務教育を終えた生徒なら誰でも可能だ。有効な射程距離までは計算できないので、敵兵も今は火傷ぐらいで済んでいる。

「坊ちゃんに続け!」

 平面鏡の盾を並べての突撃。矢は護法結界が阻み、閃光は鏡が反射する。

 そして、ついに敵主力の一角である神術士部隊が表に出てきた。

「坊ちゃん! 護法結界が侵食されてます。来ますぜ!」

 護法神術は無敵の壁ではない。半透明なので光を通すし、護法系の神術には今のように結界を無効化する術もあるのだ。
 結界の一部にジワリと穴が開き、村でも頻繁に見る炎の槍が撃ち込まれてくる。あまりに計算通り過ぎて、シーピュが笑っていた。
 これは村で、何度もテストしたのだ。

「ひるむな! 突っ込め!」

 錫という金属の融点は二百三十一度、沸点は二千六百二度。それに対し、ガラスをドロドロにするには、添加剤なしで二千度、炭酸ナトリウムなどの添加剤を混ぜると、もっと低温で溶解する。
 そして錫は重く、ガラスは錫に比べて軽い。つまり溶けた錫の上に溶けたガラスを流しこんでゆっくり冷やせば、完全に平たいガラス板ができあがる。
 さらにこのガラス板の裏面に銀、今回の場合はミスリルをメッキすれば、美しい鏡ができあがる。

 『断罪の光』は、名称からネタバレしているように、その正体は光、しかも収束させたいわゆるレーザーだ。なので、この鏡盾があれば簡単に反射できる。

 しかも、この盾の真価はそれだけにはとどまらない。

「「ヤッホウ!」」

 味方から次々に歓声があがり、突撃速度がさらに加速する。

 鏡盾に当たった神術は、軽い手応えと共に、弾けて消えた。

「こいつは革命ですぜ!」

 ガラスは、ケイ素の塊である。
 城壁などで花崗岩が多く使われているのは、含まれる石英が神術を妨害するためだ。そして水晶にも同様の神術妨害効果があり、当然ガラスにも同様の効果がある。

「こりゃ無敵っす」

 次々に放ってくる神術を鏡盾で防ぎつつ、それを無視して、一直線に『断罪の光』の部隊を目指す。

 近づくにつれ、反射した『断罪の光』に焼かれる敵兵が増え、全軍に動揺が走りはじめる。

「我は商業都市ビットの守護聖人、ブローク! ここは通さへんぞ!」

 何かオーラがヤバめの人が出てきた。

「シーゲンおじさん!」

「任せろ!」

 マッチョモードのシーゲンおじさんが、隊列から飛び出して、守護聖人を棍で殴り飛ばす。

 それを追うようにシーゲンおじさんが地面を蹴って、一瞬で視界から消える。

「もうすぐ届くぞ! 急げ!」

「我こそは修道騎士団の聖騎士長……」

「アブス! モーリ!」

 再び立ちふさがろうとした男を見て、すべて言い終える前に指示を出す。二人は親父の高位の弟子で、今では免許皆伝の証となったミスリルアマルガムも与えられている。
 あれは幕状に展開すると金属でできた鏡のようになり、『断罪の光』を反射させられるので、レーザーが降り注いでも生き延びられるだろう。

「貴様! どこから!」

 気配を隠していたアブスが、急に現れて横から槍で現れた聖騎士長を串刺しにしようとして、それをかろうじてかわした騎士にモーリの大剣が襲い掛かる。

 その横を、僕らは駆け抜けた。

「神に仇なす異端者よ! 我は正当なる天使との契約者、ああああ」

 背中に白い羽根のはえた空中に浮かんでいた白衣の男が、大爆発とともに吹っ飛ぶ。一瞬、結界が見えたので、結界で包んでから内部を爆発させたのだろう。

 親父を寝台送りにした、義母さんの凶悪な技である。

「うっさいわね。戦場で暢気に口上をあげるとか、馬鹿なのか天使なのかはっきりしたらどう?」

 義母さんが空中で敵を罵っている。その下を、死ぬ気で駆け抜けた。

 油断したわけではなかったが、顔見知りの兵士の首が、二人分飛んだ。

「げぇ」

 ちょっと衝撃的な光景に、膝から崩れそうになる。羽根男が上空から何らかの術を放ったらしい。

「舐めんじゃないわよ!」

 義母さんが空中にびっしりと投影させた聖紋が、太陽に負けないほどの光を放つ。そこから多種多様な神術が放たれ、羽根男の攻撃が止まる。

「坊ちゃん、あの二人の死を無駄にしちゃいけねぇ!」

 シーピュに腕を引かれて、僕らは突撃を続ける。

「弓兵確認! 結界でも風壁でもいいから防げ!」

 護法結界が切れたところに、左右から矢が降り注ぐ。シーピュの指示で神術士が防壁を展開するが、防御が間に合わなかった矢が数本、後続の盾に当たって、盾が砕ける。

 溶錬水晶の鏡盾は無敵ではない。材質がガラスなので、矢が当たれば割れる。

「負傷3! まだ走れま———」

 報告の声が届き、すぐに途切れた。盾が割れた場所に、『断罪の光』が撃ち込まれて、肉の焼ける匂いが置き去りにされる。

「クソがっ」

 走るコースを少しだけ変えて、味方を焼く光を盾で反射させる。狙いは『断罪の光』を構える兵士たち。

「ぐあああああっ!」

 うまく返せたようで、敵兵が数人燃え上がった。もがく姿が、とても気持ち悪くて夢に見そうだ。この距離なら、もう敵兵の表情まで見える。

「オラッ!」

 攻撃が止んだ隙に、敵部隊に向けて槍を投擲する。

「坊ちゃん! まだ早いです!」

 シーピュが慌てて止めようとしたが、もう遅い。槍は空中で放物線を描き、タイミングよく展開された護法結界に弾かれた。結界はもう目と鼻の先だ。

「神術士隊、結界に穴をあけろ!」

 そうこうしているうちにさらに味方が脱落していき、焦りで時間が引き延ばされていく。

「アッチッ」

 盾が熱くなって、耐えられなくなる前に、目の前の結界に穴が開く。怯えた顔と、僕を見下ろして子どもと侮る敵兵の顔がたくさん並んでいる。

「抜剣! かかれ!」

 シーピュと僕が『縮地』を発動すると、僕らを侮っていた首が、ぽんぽんと宙を舞う。

 僕らの大半は仙術士だ。この距離なら、絶対に負けない。吐き気と戦いながら、脇差を振るう。

 脇差から伝わる人の骨を断つ手ごたえと、あちこちで噴き出す返り血の温かさを、僕は一生忘れないだろう。
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