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第五章『開戦』

136話 イントの役割

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「帰りたい」

 僕はなぜかシーゲンおじさんの隣に座らせられていた。

 一緒に来たユニィは、治癒系の神術が使えるという理由で負傷者の手当てに駆り出され、義母さんは本来の業務に復帰して前線へ、ヤーマン親方はミスリルメッキの武具を調整ながら兵士に配っている。ゴート爺さんは、クソ親父から送られてきた要求の答え合わせを行うために準備中だ。
 なのに、なんで僕はここなのか。

「そういうことは、もっと小声で言うんじゃな」

 七福神の布袋様のような見た目のシーゲンおじさんが、ギョロリとこちらを見た。

「いや、僕がここにいても、できることってないと思うんです。ほら、僕ってそもそも騎士団の団員じゃないし、領主代行だから早く領地に帰らなきゃならないし」

 なぜか僕の背後で直立不動で立っているシーピュが噴き出し、リシャス様が困ったように咳払いする。

「『天船』ともあろう者が、面白い冗談に目覚めたもんじゃなぁ」

 面白いと言いつつ、シーゲンおじさんの顔はあまり笑っていない
 『天船』というのは、あの急造の飛行船が多くの兵士に目撃されてしまったせいでついた、僕の二つ名だ。

「やめてください。不本意です。あれは僕らで作ったんです」

 すでに尾びれ背びれが盛大にくっついてきている。曰く、僕は天使と契約して、その御座船を与えられたとかなんとか。

 もともと『天船』というのは、聖典に出てくる天使の乗り物なのだ。あの船は自称叡智の天使に願って得た教科書の知識から作られたものなので、まったくのデタラメとは言い難い。
 しかし、黒い聖霊を悪魔だと解釈している教会に、事実がすべてバレてしまうのは問題だろう。

「それなら、うちにも一つ売ってもらいたいもんじゃ。うちの領地から王都まで、一日なんじゃろ?」

 確かに、雷竜の魔石さえ用意できるなら、本体を売るぐらいなら可能だろう。が、正しく操船するためには、それなりの霊力操作の能力と、ベクトルの計算能力が必要になる。

「とりあえず、学校に船員を養成するコースを作る予定なので、売れるとしてもそれからになります」

 来る途中で王都に寄ったら、国王陛下と宰相閣下と近衛騎士団長閣下に随分問い詰められた。

 急いでいたので、法律的に問題ないかだけ確認して王都を離れたが、多分帰ったら何か言ってくるはずだ。望遠鏡の例を見るに、まずは飛行船を騎士団に卸せとかだろうか。

「その学校とかいうの、どんなコースを予定しとるんじゃ?」

「今は、船員養成コース、教師養成コース、役人養成コース、武人養成コース、化学者養成コース、医師養成コース、美容師養成コース、職人養成コース、商人養成コースの十コースが案に上がってますね」

 領主代行になってみてわかったが、うちの村には、神術士や仙術士以外の人材がいない。いくつか新事業を起こしただけで、もう人手不足だ。

「そんなにかー。一コース百人と考えても……。まぁたくさん集まるな」

 シーゲンおじさんは暗算をしようとして、途中で諦めた。

「千人ですね。でもすぐに専門的なことを教える前に、読み書き計算とか体力とか、基礎的な学習を受けられるようにしなっくちゃならないから、もっと規模は大きくなるかもしれません」

 実際、新しい街の5分の1は学校区画になる予定だ。開校したら莫大な資金が必要になるだろう。新事業は順調に利益を積み重ねているが、まだ建物代にすら届いていない。

「そうか。あの街、半分はうちの領地なんだから、ちゃんと人を回してくれよ?」

「いつになるかはわかんないですけど、そのためにも早く帰らせてくださいよ」

 僕が唇を尖らせながら言うと、シーゲンおじさんは大きなため息をついた。

「だから、そういうことは、もっと小声で言うんじゃ」

 シーゲンおじさんはさっきの言葉を繰り返し、

「お前さんら、たった三人で鎧竜の鱗騎兵一個小隊を軽く一蹴したじゃろ。しかも兵士を無尽蔵に治癒できたり、飛行船やらミスリルメッキを簡単に作れたりするような逸材、帰るなんて聞かれたら、騎士団の士気が落ちるんじゃ。戦争に協力するのも貴族の嗜み。もう少しいてもらえんか?」

 と続けた。その三人には、リシャス様も入っている。僕が敵である鱗騎兵を殺せなかったため、リシャス様がかわりに殺してくれた。リシャス様はあそこに残っていたこと自体が命令違反だったそうだけど、三人で鱗騎兵の奇襲を食い止めた実績と評判で、処分は帰還まで先送りになったそうだ。
 中途半端な僕についてくると、手柄を立てられると思ったのだろう。今も後ろに立っている。

「とは言っても、僕はさっきから何にもしてませんよ?」

 ちなみに、シーゲンおじさんも何もしていない。指示はシーゲンおじさんの副官兼奥さんであるフォーおばさんが全部出している。
 おじさんは真ん中で、コクコクと頷いているだけだ。

「気づいたことがあれば、その場で言えば良いんじゃよ」

 そうは言われても、前世でも今世でも軍事的な知識なんて習ってない。

「ご報告です! 先ほど、ヴォイド副団長と敵将チェインとの一騎討ちが中断しました! 副団長には熱中症のような症状が出ており、担架でこちらに移送中です!」

 あら。親父殿、まだ戦ってたのか。最近は夏の盛りもすぎて、熱中症はかなり減っていると聞く。今頃熱中症かとは思うが、飲まず食わずで丸一日以上戦い続ければ、そうなるだろう。

「チェインは元聖騎士長だろう? 奴はどうなっている?」

「疲れていたようで、追撃はせず同時に撤退しました」

 親父のような人外と丸一日以上戦い続けて、互角というのは凄すぎる。世界は広い。

「師匠はどこまで見せた?」

「紅い刺青までですね」

「チェインの技は?」

「神術と剣術の複合技です。ただし、霊力が無尽蔵で、しかも濃度が姐さん並でした」

 シーゲンおじさんは報告を持ってきた兵士にいろいろ聞いている。次はおじさんが戦うからかもしれない。

「そいつは厄介だな」

「そこから先は俺が説明しよう」

 報告の兵士が入ってきた入り口から、料理の入った皿と水筒をかかえた親父が入ってくる。思っていたより元気そうだ。

「師匠、担架で運ばれてたんじゃ?」

「ちょっとめまいがしただけだ。スポドリを飲んだら、だいぶ良くなった。あれ、体調によって全然味が違うな」

 親父はドカっと座って、飯をかきこみだす。

「確かにあいつ、霊力濃度が高かったが、ありゃ多分神器ってやつのおかげだろ。霊力を溜めておけるタイプのやつだ」

 そこでようやく、親父と目が合う。

「おおイント。来てたのか。頼んでたものは持ってきてくれたか?」

「金貨と武具と新兵器の対策でしょ? 金貨と武具は重くて全部は無理だったから、先に半分だけ持ってきたよ」

「重い?」

 あー。説明するのめんどくさいな。

「村から飛行船で来たんだよ。あんまり重いもの載せると、飛べなくなっちゃうから」

 ちなみに残りは別働隊が馬車で輸送中だ。

「おお。そういえば戦場で見かけたぞ。今度俺も乗せてくれ」

「もう燃えたから、しばらく無理だね~」

 親父は食べる手を止めない。

「もう落とされたかー。それは残念」

 僕も残念だよ。帰りは徒歩確定だし。領地まで一体何日かかるのか。

「それで守護聖人数人と司教を巻き添えにしたらしいから、この戦の一番手柄じゃの」

 ピタリ、と親父の手が止まった。にらみつけるように、こちらを見てくる。いや、やったのは義母さんだけどね。

「俺が戦ってたのは元聖騎士長だったか。これは出し惜しみしている場合ではないな」

 うん。聖騎士長と守護聖人なら、守護聖人のほうが強いと考えられている。まぁ競争してるわけでもないんだけど。。

「何で一気に倒さないの?」

 なんせ闘技場を半壊させるほどの攻撃力だ。聖騎士長というのがどの程度の実力かはわからないが、人間が耐えられるとも思えない。出し惜しみの意味がわからない。

「あー。『断罪の光』だったか。微妙に援護射撃が入るんだよ。あれさえなんとか出来れば、錬丹仙術の発動にアマルガムを使えるんだが」

 ん? 『断罪の光』といえば、聖地奪還戦争で、遠征軍が異教徒から手に入れたものとゴート爺さんがいっていた。護法神術の結界を貫く特性があり、この戦場で高位の仙術士への効果も絶大であることが証明された。

「どうやって防いでるの?」

 親父に研究を命じられていたものでもあるので、ある程度は考えているが、親父はその機材を持っていないはずだ。

「こうするんだよ」

 親父が腰に手をやると、銀色の円盤が空中に出現した。なるほど。これで防げるなら、僕らの予想は正しかったことになる。

「なるほど。『断罪の光』を何とかしたら、その元聖騎士長に勝てる?」

 親父は残った食事を平らげると、ニヤリと笑った。

「楽勝だ」

 それが断言できるなら簡単だ。

「じゃあシーゲンおじさん、持ってきたミスリルの武具を装備した隊を借りれない? 『断罪の光』は僕らが抑えるよ」

「ええじゃろ。じゃが、まずは師匠を寝かせてやれ。話はそれからじゃ」
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