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第五章『開戦』

133話 空飛ぶ夢の乗り物(現実)

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「敵襲!!」

 大声の伝令とともに、笛が吹かれた。オレは、土を掘り返すシャベルを投げ捨て、まださほど深くなっていない塹壕から這い上がる。

 第十五騎士団の団長であるシーゲン子爵からは、負傷者とともに王都へ撤退するように命じられた。だが、持てる権力のすべてを使って、後方支援の部隊に紛れ込んだ。
 れっきとした命令違反だが、このまま帰っても家が権力を失ってしまうことは避けられないし、今回参加できなかった親族たちが負けて帰ったオレを許すとも思えなかった。ここで踏みとどまらねば、無数にいる弟たちの下克上を許してしまう。

「リシャス坊っちゃま! お逃げくだ、ギャア!」

 近くで作業していたパール家の家令の一人が、こちらに駈けてくる途中で、肩に矢を受けて沈む。

 パール家の本家の伯爵家に仕えている、子どもの頃から見知った顔の家令だ。どんどん知っている人間が減っていくことに耐えられず、オレは前に出る。

「クソッタレ! これを待っていたんだろうが!」

 何としても、ここで敵に一矢報いて手柄をなければ、オレに未来はない。 なのに、なぜこんなに足が重たいのか。

 戦場で拾った剣を抜く。そういえば、この剣を研いでくれたのもあの家令だったか。

「ぼ、坊っちゃま! 早く、早くお逃げください」

 良かった。家令はまだ死んでいない。オレは家令の前に進み出て、飛んでくる矢を切り捨てる。
 
 使い慣れた細剣は、切れ味は鋭かったが、戦場ではすぐに折れた。今の剣は無骨で重いが、細剣より頼りになる。

「逃げる先などあるものか、オレを死なせたくないなら、立て!」

 敵は、矢を射掛けながら前進してくる。矢が飛んでくるたび、家令守るために丁寧に弾き落とす。

「ぼっ、坊ちゃん……」

 家令は肩に矢を受けた状態のまま、もがくように立ち上がる。

 近くの塹壕から、味方の矢の応射が始まるが、勢いは弱い。

「急げ!」

 家令をかばいながら、ジリジリと後退する。

「ははは」

 矢を落とすためだけに剣を振る。真の貴族であるはずのパール子爵家の嫡男が、なんと無様なことか。

 戦場というのは、もっと栄光に満ちた場所だと教えられていた。

「貴族とは、騎士道とは、何なのだろうな?」

 家庭教師の言葉を必死に暗唱したはずが、今は何も浮かんでこない。

 矢が数本、スローモションのように飛来する。それを一振りでまとめて切り払う。

「失敗すれば死ぬ。貴族であろうと、騎士道にのっとっていようと」

 世界とは、戦場とは、何とシンプルなんだろう。正々堂々と、という言葉をここで吐くためには、圧倒的な強さが必要になる。それこそ、オレたちを助けた術士たちのような。
 そんな彼らでさえ、軽々に正々堂々などと言わない。そして、軽々に正々堂々と言っていた伯父や父は、あっという間にいなくなった。

「ちくしょう———」

 飛んでくる矢がどんどん増える。独り言は増えていくが、案外オレは冷静なのかもしれない。

「――がっ!」

 見落とした矢が、横合いから太腿に突き刺さった。

「ったく、何が手柄だ」

 もう少し剣の道に邁進していれば違ったかもしれない。人脈と権力を最大限に使って、例えばシーゲン子爵の弟子になっていたら、今頃はこの戦場にふさわしい術士になれていたかもしれない。

 だが、すべてはもう遅い。

 弓兵が左右に割れて、馬の三倍はありそうな鎧竜に乗った騎兵隊が姿を現す。軍事都市サリアムが誇る鱗騎兵だ。鎧竜は馬よりも高低差に強く、塹壕による防御はあまり意味をなさない。
 そのくせ人間より足は速く、尻尾の一撃は強力だ。

「突撃!」

 数百騎の鱗騎兵が、長槍を構えて加速を始める。魔物である鎧竜に矢は聞かないし、それを操る兵士も重そうな鎧を着こんでいて、矢は効きそうもない。

 一方、こちらの軍勢は穴掘りに疲れた工兵だけで、塹壕から出ている兵士はオレたち以外、みんな射殺されていた。
 ここからの反撃の余地など、ありそうもない。

「最後にユニィに一言、謝りたかったな」

 もう自分の呟きすら聞こえない中、オレは半身になって剣を構えた。


◇◆◇◆


「重力加速槍の初撃弾着を確認。標準補正。次弾100本放出、行きます」

 チートというのは、こういうことを言うのだろう。

 飛行船から尖った槍の穂先がばら撒かれ、一直線に地上に落下していく。

 重力加速度を味方につけた槍が、地上に密集して展開していた鎧竜を、騎手もろとも貫いた。
 それにしても、魔物って、飼いならせるんだな。

「命中!」

 僕が作った仕組みが、易々と人を殺していくのを、望遠鏡でぼんやりと見下ろす。矢よりは高くつくが、ほとんどただの鋼なので安価である。

 遥かな上空から見下ろすと、戦場の動きが手に取るように分かった。味方は街道沿いに幾重にも空の堀を作って、その中に潜んで戦っているようだ。
 たまにチカチカと閃光が瞬いて、味方が燃え上がっている。あれは神術だろうか?

「ねえねえ、おにいちゃん。あれ、たすけにいってよい?」

 プロペラがたてる大きな音が邪魔をするが、ストリナの声は何とか聞き取れた。その指差す方向では、矢で集中攻撃を受けているできかけの陣地があった。
 どうやら、主戦場を迂回され、後方部隊が奇襲されているらしい。

「んん? どれどれ?」

 望遠鏡をのぞくと、作りかけの塹壕から逃げ出した工兵たちが、次々射殺されているところだった。

「かわいそう」

 ストリナの声が聞き取りづらい。今、この飛行船を動かしているプロペラとモーターは4基あるが、どれも未完成な品である。

「敵は後方の工兵を潰して、新しい塹壕を作れなくするつもりなのかもね」

 永久磁石の開発は間に合わず、モーターはすべて電磁石を使用しているし、軸受けと呼ばれるプロペラを支える部位も馬車の車軸の流用で、騒音が激しすぎる。
 さらに電源は婚約祝いに貰った雷竜の魔石で、魔狼の魔石と同じように霊力を注入して電気に変換しているが、こういう使い方をされたことがないらしく、いつまで使えるかもわからない。

 にもかかわらず、初飛行の二日後には戦場の上空にいるという強行軍っぷりで、いつどこが壊れるかわからない代物だ。
 いや、実際に空中で何度も壊れ、共同開発者のゴート爺さんとヤーマン親方がその都度調整して、だましだましここまで来た。

「さすがに間に合わないでしょ……ってわけでもないか。助けよう」

 操舵手にハンドサインで指示を出す。船が傾き、旋回を開始する。

「やだなぁ」

 見下ろすと、弓兵が左右に割れて、鎧竜が進み出ているところだった。肉眼で見ると、鎧竜の巨体でさえ砂粒より小さい。

「発案者が何言ってるんですかい。風向き補正終了しやした。『重力加速槍』、いつでもいけやすぜ!」

 僕の逡巡を無視して、ヤーマン親方が声をかけてくる。

「上空到着と共に残りの全弾投射だ!」

 空飛ぶ乗り物はワクワクするなとは思ったけど、多分用途はこれじゃない。嫌なものは嫌だ。

 数拍おいて、地上に向けて無数に槍の穂先が落とされる。雨のように広がり、小さくなって、すぐに視界から消えた。

 『重力加速槍』という名称は大仰だが、要は自由落下する槍である。高さ次第で威力は上がり、しかもあの槍の切っ先には、ごく微量のミスリルメッキが施されているのだ。
 この高さから落とせば、防御力の高い竜種であろうと刺さる。魔物だけを精密に狙うことなどできないので、もちろん人にも刺さるだろう。

 学校での道徳の授業を思い出す。授業はグループワークが多く、特定の答えがないことが多かった。

 この戦争をグループワークの題材にしたら、どんな議論になるのだろう。

 塩がなければ食料を保存できなくなって冬を越せない人が出るから、塩を輸入して値段を下げようとしたら、反対する貴族たちが邪魔してきた。

 だから国王陛下が、僕から聞いた需要と供給の話を応用して、反対する貴族たちに大損をさせた。国民を守るためには、やむを得ない措置だ。

 そのはずだったのに、望遠鏡の中では、鎧竜とその騎手たちが落ちてきた槍に次々に貫かれて倒れていく。飢え死にで国民が死ぬのと、戦争で軍人が死ぬのと、どちらが良かったのだろうか。

「いこ」

 ストリナが籠手を引っ張ってきた。ストリナはここで降りて、友軍を助けに行くつもりらしい。

 『雲歩』が使えない僕を誘うの、どうかと思うけど、妹だけで行かせるのはどうかと思う。

「義母さん!親方! あとは任せるよ」

 隣で望遠鏡を覗き込んでいた義母さんが、こちらを向く。

「ええ。確認だけど、武具をうちの本陣に届ければ、この船はもう用済みなのよね?」

「うん。あ、でももし船が墜ちるなら、できれば雷竜の魔石だけは回収して欲しいかも」

「わかったわ。任せておきなさい」

 義母さんは、力強くうなずいた。

「よろしく! 降下担当のみんな! 降りるよ!」
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