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第五章『開戦』
128話 義母さんの帰郷
しおりを挟む「いや、やっぱり我が家が一番よね」
古い建物特有の臭いがする村の館で、義母さんが藁を詰めこんだクッションに横たわり、優雅に果実水を飲んでいる。
「仕事するか休憩するか、どっちかにしてよ」
僕の目の前には、義母さんが制御する聖紋が二つ、床と空中に浮かんでいる。その二つは光る靄でつながっており、まるで柱のようだ。
そこにバラした剣身を差し込むと、なぜかミスリルメッキが出来上がる。
「えぇ。せっかく帰って来たのに、休憩するなとか、イントってもしかして鬼なのかしら」
義母さんはクスクスと笑う。開発中の街と、様変わりした村を見たせいか、とても機嫌が良い。
「そういうこと言ってるんじゃなくて」
会話をしながらも、僕は次々と剣身を差し込んでいく。差し込む前の黒っぽい銀から、抜いた時の美しい白銀への変化は、とても同じ剣だとは思えない。
しかし、何でこうなるかは理解できない。僕が義母さんに教えたのはミスリルアマルガムを表面に塗り、それを蒸発させるというメッキ方法だ。
「こんなこと出来るなら、帰ってくる必要なくない? あっちで作れば良かったじゃないか」
手紙にあった武具の類は、義母さんが率いる部隊が運んできた。僕がやっているのは、靄の柱に剣を差し込むだけ。これなら誰にでもできるし、多分僕でなくても良い。
「何か理由がないと、帰ってこれないじゃない。騎士団って頭の固い軍人しかいないから、息が詰まるのよね」
ミスリルメッキの原料は、砦にあったもう一本のミスリル製の槍と、王都の賢人ギルドにサンプルとして確保されていた水銀である。
砦の槍がなくなってしまうが、代わりにメッキされたものを10本ぐらい送っておけば良いだろう。
「そりゃ騎士団っていうぐらいだから、そうだろうね」
よく研がれた新品の剣をバラして、錆止めの油を取るために石鹸で洗い、拭き取って埃がつかないように乾かす。その作業は、パッケが村人たちを指揮して、外の広場で行なっている。
中身だけがここに運ばれて、メッキされるわけだ。
「しかもよ? あのパール伯爵がね、塩の販売益でこれ見よがしに兵員をどんどん増やすもんだから、ヴォイドもムキになっちゃってね。訓練名目で団員をしごくの。それが厳しすぎて、新しい人もなかなか集まらないし」
親父の訓練が厳しいのは身に染みてわかっている。訓練を受けている団員さんには同情してしまう。
「じゃあせめて、訓練をくぐり抜けた団員さんには使いやすい武器を使ってもらわないとね」
実は今回、柄の握る部分から刃の根元まで、銀線で繋ぐ構造に変更したものを混ぜる予定だ。
ゴート爺さんが、電力の話を聞いて霊力にも通りやすい通りにくいがあるのではないかと言い出したのをキッカケに、実験してみることになったのだ。
柄に銀線を通すための小さな穴を開けなければならないので少し煩雑になるが、有効性が証明されれば、団員の皆さんも楽になるだろう。
「そうね。今回はアマルガム用に残さなくて良さそうだから、もう少し作れそうね」
ミスリルアマルガムは、普段液状だが、霊力を流し込むと硬化し、しかも形を変えられるという特性がある。錬丹仙術という術に使えるらしく、親父の高位の弟子やストリナには与えられた。
前回はそれで水銀がなくなってしまった。今回はミスリルアマルガムをあげる相手がいないので、多分余るだろう。
「とりあえず、親父の注文の品以外にも作るから手伝ってね」
「良いけど、美味しい飲み物用意してね。あ、話変わるけど、ユニィとも婚約者にしたんだって?」
剣を突き入れた姿勢のまま、一瞬固まる。
「あー。メッキが分厚くなっちゃう」
不意打ちから復帰して、慌てて靄から剣を引き抜く。革手袋ごしでも、剣が熱くなっているのがわかる。メッキの仕組みを説明したのは僕だが、何をやっているのかはわからない。
「それ、親父が同意してたって。ユニィのことだから、僕にも不満を溜めそうな気がするけど……」
前の婚約者であるリシャス様の悪口をいっぱい聞いただけに、同じように言われてしまわないか心配だ。
「そうね。弱いのは嫌いらしいから、仙術でユニィちゃんに負け始めたら危ないかも。訓練はやめないことね」
義母さんは簡単に言うけど、ユニィは凄い勢いで成長している気がする。一回負けたし。
「訓練嫌だなぁ……」
とはいえ、ユニィを赤熊から救えたのだって、ユニィにせがまれて訓練を再開していたおかげだろう。
「またそんなこと言って。ここに来るまでの動きだって、仙術の訓練のおかげでしょ」
確かにその通りだ。建設中のフロートの街で合流して、村の領主の館まで一緒に走ったが、例の『縮地』の応用を使ってみた。義母さんもストリナも平然とついてきたが、圧倒的に速くなったのは見てくれていたらしい。
「そうだけどね……」
多分、親父から仙術を習ってなければ、どこかで死んでいたはずだ。この世界は過酷なので、腕や足がない人がけっこういて、死んだ人はもっとたくさんいる。そっちに仲間入りをしないためには、強くなるのが正解なんだろうが。
「おにいちゃん、あかぐまとたたかってるときすごかった」
隣で僕と同じようにメッキ作業をしていたストリナが、思い出したようにほめてくれた。
「あれ、よく生きていられたもんだと自分でも思うよ。途中で霊力が切れてたらと思うと、ゾッとする」
言いながら、ふと、違和感におそわれる。
「そう言えば、何で途中で霊力が切れなかったんだろう? 前はあんな簡単に気を失ったのに」
「ああ、それは術の特性の違いね。神術は拡散する霊力を媒介に世界を改変するのに対して、仙術は霊力を体内に留めて世界に対する影響力を高めるの。
仙術士に神術が効きにくかったり、神術と仙術が同時に使えないと言われているのは、そのあたりが理由ね」
「なるほど、仙術は霊力を身体に留めてるから、消費しにくいってことか」
倒れた時に使っていた『灯り』は、確か自称天使と契約して得た聖霊神術なんだったか。
「でもみんな、せんじゅつとしんじゅつ、いっしょにつかってるよね?」
ストリナはメッキの手を休めず、しかし核心に斬りこんでいく。
「よく気づいたわね。偉いわ、リナ。実は封身仙術の『拘魂制魄』は神術でも有効なの。神術に使う霊力は必要な方向だけに放出すれば充分だから、神術士がいちいち全方位に霊力を放出するのって、無駄なのよね。そこに気づけば、同時に使えるのよ。うちの村の人以外に話ちゃダメよ?」
なるほど。例えば封身仙術の『縮地』は、身体強化の踏み込みで急加速し、一瞬の霊力の放出で急減速する技だ。同じ要領で、必要な方向にだけ霊力を放出して神術を展開することも可能かもしれない。
なんとなく、ストリナはできてる気がするが。
「ということは、僕らも聖紋神術を使えたりするの?」
「そうねぇ。あなたたちも随分霊力が安定してきたみたいだし、そろそろ教えても良いかもーー」
扉の外で荒々しい足音がして、会話が止まる。メッキの柱は消えて、アマルガムは壺に戻っていく。
「大変です! アンタム都市連邦の軍が国境を越えたとのこと!」
あまりにも勢いよく扉が開いたため、蝶番が弾け飛んだ。
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