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第四章『領主代行』

126話 融点と比重と鏡

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 熱気と共に窯から取り出された板ガラスは、まるで鏡のようだった。

 どうやら耐熱性のある浅い箱に、不純物を取り除いた砂と錫の塊を入れて、オーブンのような窯で溶かしたものらしい。

 溶けた比重の軽いガラスは自然に上に浮かび、比重の重い錫は下に沈んで、そのまま固まったため、こうなったのだ。

「私がこんなにキレイに映ってるのです!」

 窯出しについてきたユニィが、自分の姿をうつしてえらく興奮している。
 マイナ先生も鏡に映った自分の顔を上からのぞき込んでいて、笑ってみたり怒ってみたりしている。

「ねぇねぇイント君、これ、母に報告しても良い? こんなハッキリうつる鏡、見たことないよ。これは絶対お化粧に革命が起きる」

 元々板ガラスを作ろうとしていたのに、うっかり鏡ができてしまった。

 そう言えば、今世では義母さんが持っていた金属を磨いただけの手鏡しか見たことがなく、まして姿見サイズの鏡など一度も見たことがない。

「いいよ。もしかして、これをご婦人方に売ったら、高値で売れるかな?」

「間違いなく売れるよ」

 試しに僕も顔をうつしてみる。そう言えば今まで、自分の顔をはっきり見たことがなかった。

 髪の毛が栗色なのは気づいていたけど、瞳の色も、眉毛も、まつ毛まで同じ色だ。少しタレ目で、口元にホクロがある。目が大きいと思うのは、まだ9歳だからだろうか。親父より義母さんに似ているのは、母似だからだろうか。

 いろんな角度で自分を見ていると、気づいていなかった寝グセを見つけた。手ぐしで整えようとするが、なかなか頑固な寝ぐせで、ちょっとやそっとでは直りそうもない。

「イー君、鏡にはまる男は女遊びするっていうのです」

 ユニィがからかうように言ってくる。

「そうだよ。イント君。これ以上はダメだからね?」

 鏡を見ているだけなのに、二人からの風当たりが厳しい。この世界では鏡が珍しいせいか、すさまじく偏見の臭いがする。

「大丈夫だよ。父上は鏡なんて持ってないけど、遊んでそうだし」

「余計に不安だよっ!」

 マイナ先生とユニィが、何やら視線をかわす。

 それにしても、転生して随分雰囲気が変わったな。いや、前世自分がどんな顔だったか覚えているわけではないけど。

「坊ちゃん、うまくいったのは2枚だけで、あとの4枚は割れてますぜ。もう少しゆっくり冷ますべきだったかも」

 無駄話をしていると、親方が窯から新たな箱を押し出して出てきた。そちらの箱には、ひび割れたガラスが入っている。

 箱を滑らせるたびに振動で弾んでいて、どうやら錫とガラスはくっついてはいないようだ。

「それもカットしたら何かに使えるかも」

 小さな破片から、けっこう大きな破片もある。貴重なので、捨てるのはもったいない。

「わかりました。試しに磨いてみますぜ」

 こちらの世界ではガラスは貴重で、準宝石のように扱われている。失敗でも、使い道がないわけではない。

「さて、じゃマイナ先生、溶錬水晶でも神術が防げるか、実験をしてみようか」

 さて、いよいよ今日の本題だ―――


◆◇◆◇


「コンストラクタ領で、新たな発明があったようです」

 国王は執務室で宰相にそう声をかけられると、読んでいた書類を閉じて、脇にずらした。本当に嬉しそうに顔を上げる。

「ほう。またか。今度はなんだ?」

 普段の報告では書類から目を離さないことも多いが、コンストラクタ領の話は本当に楽しそうに聞く。

「まず、宙に浮く物質が発見されたようです」

 国王は驚かなかった。驚くべき内容ではあるが、その程度ならすでに密偵から報告を受けていたからだ。

「公になったのか? あれは結局何に使ったんだ?」

「最近申請のあった新たな街の建設現場上空に、いくつも紐付きのスライム皮膜が浮かべているそうです。何でも、飛行系の魔物対策だとか」

 通常、広く行われる飛行系魔物対策では、塔を建ててそこから放射状に紐をめぐらせたり、建物の間に紐を渡したりして、魔物の急降下を阻害する。そのため、街でないところでは対策しきれないので、飛行系の魔物の被害はなかなか防げない。

「なるほど。宙に浮かぶなら、塔を建てなくとも魔物対策はできるか。考えたな」

「それが、それだけでもないようで。実験を目撃した者によれば、遠隔からの火矢を射掛けると、上空のスライムの皮膜は大爆発を起こしたのだとか。おそらく、翼竜対策としては強力な効果がでるかと」

 翼竜という魔物は、意外に賢い。そのためか、一度人間の味を覚えると頻繁に人間を襲うようになる。村を襲う際は上空から急降下しながら塔にブレスを放ち、飛行を阻害する紐を燃やした上で、村にいる人間を襲うのだ。

 新しい対策であれば、塔を狙う要領でブレスを吹きかけた時点で、翼竜は大爆発に巻き込まれてしまう。

「それは素晴らしい。翼竜被害の多い村々のために、いくつか購入を打診しておこう。『まず』ということは、他にもあるな?」

「はい。ゴート・コボル卿と共同研究して、護法神術の防御結界を物理的に再現することに成功したとのことです。こちらはまだ公表されていませんが、おそらく開戦に向けてのヴォイド卿の指示でしょう。摂理神術を中心に、実証試験を開始したようです」

 宰相が続けた内容は、衝撃的だった。水晶や石英に神術を阻害する効果があることは有名だが、加工が難しく、結界の物理的な再現にはまだ至っていない。
 それが再現できるというのはミスリルメッキによる劇的な武具の威力向上に続く、軍事バランスを崩しかねない発明だ。

「ふむ。ゴート卿がコンストラクタ家を嗅ぎつけたか。良い鼻をもっているな」

 『ログラムの賢者』との異名を持つゴート・コボル元侯爵は、3年前に弟子が異端審問裁判にかけられた際に、教会のテレース派と対立し、自ら教皇に会いに行ったという行動派の学者だ。
 そして教皇から弟子の放免の言質を勝ち取ったものの、帰国した頃にはすでに弟子は異端者として処刑されていた。

 その後、ログラム王国内でテレース派が満足に異端審問を行えなくなったのは、その後の彼の暗躍のおかげでもある。

 最近コボル家の当主や『賢人ギルド』のギルドマスターを引退し、何をするのかと思えば、なんと格下のコンストラクタ家に潜り込んだらしい。

「あの御仁は相変わらずの行動力なようで。おかげで聖典の印刷も予定を前倒しできました」

 真っ白な紙の生産や、本を大量生産する印刷技術により、安価な聖典が出回れば、教義を拡大解釈して国の発展を妨げるテレース派を一掃できるようになる可能性が高い。
 そんなチャンスを、『ログラムの賢者』は見逃さなかったのだろう。

「ふむ。順調なようで何よりだ。他にも何かあるか?」

「イント卿にはまだ腹案段階のアイデアが多くあるようですが、一人では手が回っていないようですね。また何かありましたら、ご報告させていただきますので」

「そうしてくれ」

 宰相はそう言い残して、執務室を去って行った。

「しかし、イントのあの知識の源泉は、東方由来のコンストラクタ家の秘伝とやらではないな。まさかとは思うが―――」

 執務室に残された国王の呟きを、しっかりと聞き取れた者は誰もいなかった。
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