転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

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第四章『領主代行』

125話 新しい街の名前

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 僕が新しい街に戻ってきたと伝わったらしい。うちに就職した技術者たちが、僕が泊まっていた宿に押しかけてきた。

「『電気分解』の理論について、ちょっと聞きたいんじゃがのう。あ、これ誕生日プレゼントじゃ」

 電気分解は面接時に見せたし、手順はマイナ先生が教えておいてくれたはずだが、それだけでは足りなかったらしい。『ログラムの賢者』ことゴートじいさんが、なんだか豪華そうな小包を押し付けてくる。

「おう、なかなか見に来ねぇからこっちから来たぜ。これが新しい窯で作った溶錬水晶の杯だ。柔らかくなったおかげで、息を吹き込んで膨らませて作ってみたんだ。面白い形だろ?」

 ヤーマン親方も来てくれたらしい。持ってきたのは足がついた透明なグラスである。前世のものより丸に近いが、これはどう見てもワイングラスだ。

「ごめんね、イント君。止めたんだけど、聞いてくれなくって」

 マイナ先生がメガネを片手でクイと持ち上げながら、花束を渡してくる。それ以外にも重厚な本が3冊。こちらはログラム王国の歴史についての本らしい。

 他の者も、たくさんプレゼントを運び込んでくる。それほど広くない部屋が、あっという間に人とプレゼントで埋まった。

「思ったより元気そうじゃし、ちょっとでええんじゃ。『化学』とやらの話を聞かせてくれんかのう」

 ため息をついて、天井を見上げる。もうどうせバレてるし、話すしかないかも。

(物質の三態について、教科書を開いて)

 心の中で自称天使さんに声をかけると、空中に2冊の教科書が開かれた。中学1年の理科と、高校の化学である。

 あとは、元素表と比重、あとは融点の話でもしておけば良いだろう。

 さて、こちらの錬金術はまったく知らないが、ちゃんと通用するだろうか?


◆◇◆◇


 錬金術師に、比重の話はまずかった。

 例として、電気分解の過程で生まれた水素を詰めたスライム袋と、色水と油を入れたガラスのワイングラスとを対比でさせて説明したのだが、錬金術師たちの反応は凄まじいものがあった。

 翌日には、電気分解の過程で生まれた浮かぶスライム袋が、新しい街の上空にいくつも浮かんでいた。
 飛行系の魔物対策らしい。袋を固定するロープが街上空の飛行を阻害し、避難する時間を稼げる上に、大物だったら爆発させてビックリさせることもできる。塔を立てなくても使える、革命的な防衛装置になったのだそうだ。

「住民たちは、この街をフロートの街と呼び始めたらしいのです」

 木剣を構えたユニィが、そんなことを教えてくれる。

 視線の片隅で、ふわりと新しい袋が浮かび上がっていくのが見える。フロートというのは、水に浮かぶ『浮き』のことなので、なかなか安易なネーミングだ。まぁ、地名なんてそんなものかもしれないが。

「よし、じゃあそれ、採用しようか」

 街の名前など、考えるのも面倒臭い。すでにピッタリの名前があるなら、もうそれで良い気がする。

 踏み込んでくるユニィの一撃を、軽くかわす。剣を剣で受けない。それが我が家の流儀だ。

「リナちゃんかイーくんがこの街を拠点に独立したら、家名がフロートになるのです。もう少しよく考えるので、すっ!」

 ユニィの追撃を、今度は籠手で受け流した。
 大半の冒険者は盾を持っているが、盾は剣の両手持ちを阻害する。しかし、厚めの籠手ならそんな問題もない。

「ユニィ・フロートならぴったりでしょ。半分はユニィのものなんだか、らっ!」

 ユニィの身体が泳いで、体勢が崩れる。そのまま肩で体当たりして、ユニィを突き飛ばす。軽い手応えで、ユニィが飛んでいく。

「これで、とど、めっ?」

 さらに踏み込んで、一本を取ろうと思ったら、ユニィはうまく着地して、逆に剣の間合いの内側に踏み込んできた。びっくりした僕は、そのままユニィをギュッと抱きしめてしまった。

 背中に木剣の感触が触れる。

「へへっ。私の勝ちなのです。私はユニィ・コンストラクタになるから関係ないのです」

 そのまましばらく、呆気にとられてしまった。数日寝込んだ後とはいえ、まさか剣術歴の浅いユニィに負けるとは。

「で、ヤーマン親方の実験はうまくいきそうなのです?」

 ユニィに少し背中をなでられた後、離れ際にユニィが聞いてくる。

 比重と融点の説明は、実はもう一つ技術革新の種を生み出していたのだ。

 今、親方とゴート爺さんが共同で実験を進めているが、新型ガラスの研究である。水と油をみたヤーマン親方が、溶けた錫という金属の上に、溶けたガラスを浮かべるという製法を考案したのだ。
 静止した状態にすれば、溶けた金属とガラスの水面は必ず平行になる。
 つまり、うまくいけば真っ平なガラス板ができるということだ。

 これが成功したら、窓ガラスはもちろん、顕微鏡用のプレパラートやカバーガラスも作れるようになるだろう。

 比重と融点の説明だけで、よくもまぁいろいろ考え付くものだ。

「今ゆっくり冷やしているところらしいよ。あとで見に行こうか」

 ユニィが嬉しそうにうなずく。
 ユニィが婚約者になったことで、ユニィにも僕らの研究について全部教えた。それから、少しユニィが浮ついているような気がしないでもない。

「つぎはあたしのばん!」

 元気な声で、妹のストリナが割り込んでくる。ユニィが訓練をしたがるのでしぶしぶ付き合っているが、ほぼ確実にストリナがついて来るので、かなり疲れてしまうのは問題だ。

 最近は仙術の訓練法である制魄、前世風に言うと筋トレや走り込みもしているので、けっこうなハードスケジュールになる。

 今日も夜にはマイナ先生と一緒に、勉強を教えあう約束をしているのだが。

「いっくよー」

 ユニィ相手には使っていなかった霊力を、呼吸に合わせて圧縮する。ユニィが使える戦闘用の仙術は、短距離の瞬間移動に見える『縮地』、空中を蹴ってジャンプできる『雲歩』、斬撃を間合いの外まで延長できる『飛刃』の3つ。

 『飛刃』は五行仙術の一種なのだが、五行とはすなわち木、火、土、金、水の5つの系統を差す。このうち『飛刃』は金行に属する術なので、金属の剣でないと難易度は跳ね上がる。
 なのでストリナは、木剣では『飛刃』はそうそう使えない、はずだ。

 とはいえ、僕は『縮地』一択なので、『雲歩』も使えるストリナ相手に雑念を入れると瞬殺されてしまう。

「えいっ!」

 案の定、視界からストリナが消える。前後左右どちらかも警戒していたはずだが―――

「上っ!?」

 一撃目の間にギリギリ剣を差し込んで弾き返し、二撃目を前に転がってかわし、三撃目をかわそうとしたところで、宙に浮いた木のナイフが額にピタリと当てられて終わった。
「え?」

 これは知らない。新しい攻撃方法だ。

「まいった?」

 ストリナは嬉しそうだ。木のナイフは、宙に浮いたまま、額をツンツンしてくる。

「参った。これどうなってるの?」

 多分、ここまで5秒かかっていないんじゃなかろうか。

「スライムさんがうかんでいるのをみて、せいれいさんにおねがいしたの!」

 見えないけど、あの骸骨の聖霊がナイフを持っているのか。うーん。これは初見ではかわせないなぁ。

「すごいね~」

 ストリナを誉めながら、ため息をつく。今日はいろいろ浮かぶ日だ。
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