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第四章『領主代行』

124話 波乱と叛乱の予兆

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「ユニィ、僕はどうしたら良いと思う?」

 部屋でユニィと二人きり。なぜかユニィのためのテーブルが持ち込まれ、肉とサラダとスープとパンが並べられ、一方の僕の前には麦粥と水が置かれている。

 エルス様が気をきかせて場をセッティングしたようだが、とても気まずい。ユニィのことは友達だと思っていたから。

「それを私に聞くとか、いい根性をしてるのです。イー君の好きにしたら良いのです」

 目の前の麦粥が、強烈に空腹にアピールしてくる。むしゃぶりつきたいのを我慢しながら、話を続ける。

「でもさー。ユニィは嫌じゃないの?」

 領地が隣の同派閥貴族、しかも両親同士が戦友ということもあり、シーゲン家とは小さな頃から行き来があった。ユニィとはいわゆる幼馴染だが、だからこそ僕の情けないところをたくさん見ている。つい数年前に、僕がシーゲン家の庭でお漏らしをした瞬間を目撃しているほどだ。
 
「母様は私の嫌がることはしないのです」

 つまり? どういうこと?

「いやでも、これって二股ってやつなんじゃ……」

 前世は一夫一婦制だったので、奥さんが二人とかものすごく抵抗がある。浮気とか修羅場とか、そんな言葉が胸中を去来する。

「何をわけわかんないこと言っているのです? マイナ先生とはちゃんとお話してるのです。平民じゃあるまいし」

 常識が違う。歴史の授業では見たことあるけど、前世だったら僕はマイナ先生にぶっ飛ばされてる。

 馴染めない感じに、僕は頭を抱えた。

「イー君はどうなのです? 私では不満なのです?」

 ユニィは少しだけむくれたまま、麦粥を見つめる僕をのぞきこんでくる。いつか僕もリシャス的な扱いをされてしまう日が来てしまうことだけが少し怖いが、それだけだ。不満はない。

「そうじゃない。そうじゃないんだけど、ユニィとはずっと友達だったから」

 いつの間にか、ユニィの顔は呆れたようなジト目になっていた。

「イー君の気持ちはわかったのです。でもイー君が母様に出した条件は、私が望んだら。私は望んでいるから、私が婚約者になるのはこれで確定なのです」

 そうか。そうなるのか。貴族は政略が基本なので、これも何かの政略かもしれない。問題は、それがどんな目的かわからないことだ。

「もしイー君が私を好きになれなかったなら、その時は婚約を解消してくれても良いのです」

 そういうユニィはちょっとしょんぼりしている。ああ、どうしたものか。貴族の世界はわからない。なんだか激しく間違えている気がする。

 それもこれも、きっとお腹が空いているせいだ。

「なんかわかんなくなってきた。とりあえず、ご飯食べない?」

 グルグルと考えた結果、口をついた言葉に後悔する。さすがにデリカシーがなさすぎたか。

「もう。そこでイー君らしいのはずるいのです」

 意外なことに、ユニィの機嫌はさほど悪くならなかった。


◆◇◆◇


 それは、僕の9歳の誕生日のこと。

 僕はシーゲン家の屋敷から、新しい街の宿屋の一室に移っていた。

「ええ。公爵が独立する?」

 僕が静養している部屋に訪ねて来たのは、親父の騎士団に参加した元村の狩人頭のアブスさんと、王都の雑務を終わらせてこちらにやってきたオーニィさんだ。まだ開けてないが、手元には彼らが運んできた親父からの司令書がある。

「まだ確定ではねぇですが、公国派貴族が不満を爆発させるんじゃねぇか、と大隊長は見てるみてぇです」

 アブスさんの言う大隊長というのは、シーゲンおじさんのことだ。公国派貴族というのは、現国王に退位させられて、公爵家に封じられた前国王を中心とした貴族派閥である。一番の特徴は教皇に寄進を重ねて、我が国二人目の大司教を派遣されるに至っていることだろう。
 大司教は戴冠式を行える階級の権威ある聖職者なので、その気になれば王になることも可能なのだ。

「何でそんなことに? というか、何がそんなに不満なの?」

「いやいや、坊ちゃんがそれを言いますかね。奴らは陛下の指示に逆らって塩を買い占めてたんで、こないだの大暴落で大損したんですよ。で、借金してまで買い占めてた連中が、秋の納税を免除してもらえるよう陛下に願い出たんですが、認められなかったとか」

 それはそうなるだろう。むしろ、なんで認められると思ったのか?

「バカなの?」

「いやー、それがそうとも言えないみたいでさー。公国派貴族は、塩不足に苦しむ民衆に塩を配るために買い集めていたと主張しているみたいでね。あっちの大司教は、民のために動いた貴族の税を免除しなかった国王を非難してるんだ」

 オーニィさんの補足説明が続いた。あー、教会か。そういえばマイナ先生の兄弟子が異端審問にかけられたって聞いたことがあるし、貴族相手にそれが許されるなら、教会は貴族以上の力があるのだろう。そういえば前世の世界史でも、カノッサの屈辱とかあったっけ。

「でも、公国派が独立しようと思ったら、内乱になるでしょ? 公国派って兵力少ないんじゃなかった?

 公国派は王国の北西部に領地を持つ貴族を中心に構成されており、一応国境地帯だが、接しているのがアンタム都市連邦のルップル教皇領である。ナログ共和国との戦争の際には、兵力不足など、いろいろ理由をつけて戦わなかったらしい。

「確かに兵力は弱いんだけどね、それはお隣の教皇領の庇護下にあるからなんだ。あそこ、今は大半の戦力が聖地奪還に出払ってるけど、ここらじゃ一番の強国だから」

 それは初耳だ。都市連邦というのは複数の都市国家の集合体だが、名前の語感から、軍事都市サリアムが軍事力トップかと思っていた。

「え? じゃ、アンタム都市連邦が内乱に介入してくる?」

 そういえば、親父も騎士団の訓練が終わったら西の国境に赴任するだっけか。国王陛下はどこまで見通していたのだろうか。

「そうそう。だからその手紙」

 最初に渡された手紙は、なんか読みたくなくてまだ開封していない。二人の前で開封するのも良くなかろうと思っていたが、内容は既に知られているようだ。

 封蝋を切って開封してみる。
 

『イントへ

 ミスリルメッキの武具と食糧、金貨を至急送れ。

 内訳は

 士官用鎧を百

 士官用の盾を百

 騎士団採用タイプの長剣を3千

 騎士団採用タイプの槍を3千

 騎士団採用タイプの短剣を3千

 食糧は2千人を一ヶ月養える程度

 金貨は1万5千枚

 武具については、1週間後にそちらに持ち込むので、3日程度で加工して送り返せるよう準備を整えて置くように。

 ちなみに、想定される相手には、護法神術で防御できない攻撃手段があるので、それを防御する方法を考案せよ。また、奇襲に適した新たな戦術や武具を考案せよ』


 読み間違いかなと思ったが、二度読みして間違いではないことを確認する。二枚目以降は神術に関する資料のようだ。

 手紙を、腰掛けていたベッドの上に放り投げる。

「これは、ぶっ飛んだ誕生日プレゼントだなぁ……」

 僕らがミスリルの槍を材料に作った剣4百本のうち、3百本は騎士団の装備として供出された。

 僕自身も使っているが、あれは仙術士にとっては革命的な武器になることは間違いないだろう。脳筋なクソ親父のことだ。いずれ増産要求がくることは予想していた。

 ただ、問題が二つある。

 一つ目の問題は、メッキに必要な水銀が思っていたより希少だったことだ。まず鉱山が、この国どころかこの半島内にない。国交が回復したナログ共和国の商人に発注すれば、海の向こうから運んできてくれるかもしれないが、そうなると誰かにメッキの秘密に気づかれてしまう可能性もある。

 二つ目の問題は、公害の問題だ。前回は元々水銀を紋様神術の展開に使っていた義母さんが、表面にミスリルを残して水銀を回収していたので問題は発生しなかったが、あれができるのは義母さん以外にはいない。もしやろうと思えば、ミスリルのアマルガムを武具に塗った後、焼いて水銀を飛ばさないといけない。
 奈良の大仏造営でもやっていた方法だが、気化した水銀の回収方法がわからず、放置すれば公害が出るかもしれない。

「ああ、誕生日プレゼントっていやぁ、剣を一本預かってるぜ。隊長と姉御からだ」

 両親からの誕生日プレゼントが剣。6歳の誕生日に貰った短剣は嬉しかったが、前世の記憶を取り戻した今となっては、微妙だ。

 剣はちょっと豪華な箱入りだった。細長い箱をあけると、湾曲のある剣が入っていた。

「何でも、隊長が修行時代に使っていた東方の剣の再現らしいですぜ。王都にいる東方人の鍛治屋に打たせたものだとか」

 剣を抜くと、片刃の刀身が姿をあらわした。拵えは洋風だが、刀身の見た目は完全に日本刀だ。サイズは子ども用なのか、大人用と比べると短いが、きっちりミスリルメッキまでしてある。

「ん?」

 というか、よくよく考えれば、義母さんは元々紋様神術の展開用に水銀を持っていて、それにミスリルを溶かしたので、アマルガムを一番たくさん持っているはずだ。

 つまり、ミスリルの地金があれば簡単にメッキできるのだから、僕に指示をするまでもないんじゃなかろうか?

「何考えてるんだろう?」

 手紙には他にも気になる点があった。手元には金貨2万枚以上の資金が残ってはいるものの、金貨を1万5千枚も送ってしまったら、手元に残るのは5千枚程度になってしまう。
 すでに一通り融資は済んでいるので、街のほうはしばらくは大丈夫だと思うが、敵の神術を防ぐ方法や、新戦術の考案の研究費用、まだ払っていない闘技場の修理費用までとなると、ちょっと不安だ。

「準備以外にねぇと思いますけどね。じゃ、あっしらはこれで。お大事になさってくだせぇ」

 用を済ませたアブスさんとオーニィさんが部屋を出て行く。残された僕は、ベッドの上に寝転がり、どうしたものかと考え込んだ。
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